6―50 ロランドのエルフ
「エレン、その話はまた明日にしよう。今日は皆とお前たちの婚約を祝う席だ」
エルザがエレンを窘める。
多分“念話”のアイテムの話を未だ、ステファンに聞かせたくないのかなと、マリウスは思った。
明日ここを発つ予定だが、まあ付与するアイテムがあれば付与するのにそれ程時間はかからない。
ステファンも察したのかその話には触れず、話題を変えた。
「王都でも色々と騒ぎが起きているようですね。第2騎士団のクシュナ―将軍が捕えられたとか」
「さすがに辺境伯殿は御耳が早い。なんでもマルダー商会の会頭を拉致しようとしていたらしい」
「えっ! マルダー商会会頭ってダックスの事ですか?!」
マリウスが驚いて声を上げる。
「ああ、お前はダックスの事は良く知っていたのだったな。安心しろ、ダックスは無事だ」
「何故ダックスが襲われたのですか?」
もしかして自分に関係があるのだろうか?
「第2騎士団が動いたという事は、大方後ろに居るのはブレドウ伯爵であろうな」
ブレドウ伯爵の名を聞いてマリウスの顔に緊張が走る。
ダックスまで巻き添えになっているという事は、やはり自分が標的にされているという話は間違いなかった様だった。
「しかしクシュナ―将軍が捕えられたのなら、王都の親教皇国派は一気に力を失ったのではありませんか?」
ステファンの問いにエルザが首を振った。
「それがそうでもないらしい。つい先ほどロンメルより報せが届いた。一昨日の夜、医術師ギルドを標的に王都で大規模なテロが起きた様だ、医術師だけでなく市民にも多くの被害が出ているらしい」
エルザの言葉に皆が息を飲んだ。
「それは真かエルザ! くっ! アルベルトの奴は何をしておったのだ!」
エルヴィンが立ち上がって怒鳴る。
「教皇国派の貴族や騎士団は全て監視していたそうだが、完全に隙をつかれた様だな。どの軍が動いたのか全く分からないらしい。或いは我らの知らない勢力があるのかもしれん。二十を超えるマジックグレネードが使われたらしい」
王都でマジックグレネードが使われた。
余りに衝撃的な話にクラウスやアメリー、アルバン達の顔が一気に蒼ざめる。
「医術師ギルドが襲われたのですか? 一体何故
驚くマリウスたちに、エルザが眉間に皺を寄せて答えた。
「ロンメルは医術師ギルドを後押しして、王国の医療体制を整える事で、教会の影響力を弱めようと考えていた」
そう言えばポーションや新薬を、優先的に医術師ギルドに卸す様に指示が来ていた。
「それではやはり教会か教皇国派の仕業という事ですか?」
クラウスがエルザを見る。
「恐らくな。医術師ギルドを狙う者など他におるまい。それでだマリウス。ロンメルからお前に幾つか話があるようで、来週またクライン男爵がゴート村を訪れるそうだ」
「僕に話ですか? どのような話ですか?」
クライン男爵と別れて未だ十日も経っていない。予想はしていたが王都でも状況は刻一刻と変化している様だ。
「詳しい事は書かれていなかったが、魔道具師ギルドの移転の件が決まった事ともう一つ、新しい医術師ギルドのグラマスを、お前に引き合わせたいそうだ」
医術師ギルドのグラマスを自分に引き合わせるという事は、医術師ギルドの面倒も見ると云う事なのだろうか。
ゴート村には医術師はいないので興味はあるが。
「前のグラマスはどうなったのですか」
「前のグラマスは今回の襲撃で大怪我をして、引退せざるを得なくなったらしい」
「大怪我ですか、生きてはいるのですか?」
「両足を失ったそうだが、命はとりとめたらしい」
生きているのなら、新薬や下級エリクサーでどうにか出来るかもしれない。
「分かりました。他にも何かあるのですか?」
「うむ、此の件は私も詳しく知らないのだが、商業ギルドとのポーションの取引に関して、一旦白紙に戻して、どうするかお前とクラウスも交えて協議したいようだ」
エルザがクラウスをみる。
「白紙に戻すとは? 来月から東部の商業ギルドにゴート村で作ったポーションを卸す話の事ですか?」
「どうもその様だな。マリウスは何か知っているのか?」
「あ、いえ。僕には良く解りません」
知っていると云うか、やはりフリデリケ・クルーゲの事で何か進展があったとしか思えないが、取り敢えず未だ何も分からないのでマリウスは言葉を濁した。
「そうか。色々と無理を言ってすまぬが、力になってやってくれ」
「はっ。承りました」
クラウスとマリウスがエルザに頭を下げる。
「まあ悪い話ばかりではない。フェザー伯が我らの陣営に加わってくれる事になったようだ。これでライナーも晴れて我らと動けるようになる」
「それは重畳。マリアも喜ぶでしょう」
頷くクラウスにマリウスが尋ねる。
「どなたの事でしょう父上?」
「ああ、フェザー伯爵はこの国の司法を預かる刑部卿で、お前のところにいるカサンドラ・フェザーの父上だ。ライナー・ブロスト伯爵はフェザー伯の下で王都の治安維持を預かる警邏隊の長官で、マリアの兄、つまりお前の伯父にあたる人だ」
「私達と貴族学園の同窓でもある」
エルザがマリウスに笑いかけた。
「ああ、クラウスと二人、お前の従者の様について回っていたあのライナーか」
エルヴィンが思い出したように言った。
どうやら学生の頃からエルザと父、母は関わり合いが深かったらしい。
そう言えばマリアもカサンドラも、実家は王都の名門貴族と聞いた事が有った。
「マリウスも大変だな。村の開拓の仕事があるのに、国の仕事にまで関わっているのか」
ステファンが他人事のように感心している。
「この上5万人の帝国の獣人、亜人を全て受け入れようというのだから、本当に大丈夫なのかマリウス」
エルザが寧ろ面白そうにマリウスに言った。
「5万人だって?! 何の話だマリウス?」
「うん、帝国にいる獣人たちに村に移住してくれるように頼んだんだ」
驚くステファンにマリウスが言った。
「土地の開拓はしたいし、薬師ギルドや魔道具師ギルドが引っ越してくれば色々な人手が必要になるし、人手を集めないといけないと思っていたから、むしろ彼らが移住してくれることは有り難いよ。最初は大変だと思うけど、皆で何とかしていく心算だよ」
「ふふ、マリウスが5万人の領民を従えるという事か。それはどんな領地が出来上がるのか楽しみだな」
「うん、人がいないと何もできないからね。僕も楽しみだよ」
早く戦いは終わらせて、村作りと開拓の毎日に戻りたいというのがやはり本音だった。
「楽しそうねマリウス。働くのが好きなの?」
エレンが不思議そうにマリウスを見る。
「うーん、働くのが好きと云うか、皆が働いて村が出来上がっていくのを見るのが楽しいかな。森を切り開いて村を広げたり、畑に変わっていくのを見ているとワクワクするよ」
「楽しそうね。私も行ってみたい」
エレンが羨ましそうにマリウスに言った。
「何時か遊びに来れば良いよ、普段はいつも忙しくてドタバタしているけどね」
「それも楽しそうだわ。お城にいても退屈なだけだもの」
「エレン。今は城で色々と学ぶことも大切だぞ。お前はまだ子供なのだ」
上座からエルヴィンが厳かに言う。
「マリウス。仕事も大事だが、学問もおろそかにしてはいかんぞ。ちゃんとホランドの講義を受けているか?」
クラウスも厳しい顔でマリウスに言った。
マリウスとエレンが神妙な顔をし、エルザやケリーがにやにやしている。
皆を、厳しい戦いを何とか乗り越えた安堵の気持ちが支配し、和やかな宴が続いていたが、未だ戦いが序の口に過ぎないことを彼らは翌日知る事になる。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「ジオ! しっかりして!」
「す、すまんパメラ……しくじった……痛っ!」
ジオたちは『オルトスの躯』の五人は、辛うじてロランドの城壁の中に逃げ込むことが出来たが、避難民を逃がすために門の前でリザードマンを食い止めていたジオが、リザードマンの強烈な尻尾の一撃を脇腹に喰らって負傷してしまった。
プレートメールが破壊され、肉が抉られて内臓が破壊されたジオを、フリッツが抱きかかえ、パメラとベティーナが援護しながらようやく門を潜り抜けた。
虫の息のジオを石畳の地面の上に下ろし、パメラが大声を上げた。
「バルト! いたら来てくれ! ジオがヤバいんだ!」
後ろで門が大急ぎで閉められた。
周りを取り囲んでいた鉱山労働者や兵士達の後ろから声がする。
「おーい! ここだ! ちょっと道を開けてくれ」
群衆を掻き分けてバルトが出て来た。
「ジオ! しっかりしろ! 今治癒魔法をかけるから!」
そう云いながらジオの脇腹の傷を見たバルトが青い顔をする。
「こりゃ拙いな。内臓までいってるぜ、出血も酷い」
「グダグダ言って無いで早く治癒魔法をかけてくれ!」
既に意識がないジオを揺すりながらパメラがバルトに怒鳴った。
バルトが“上級治癒”を二回続けて発動する。
傷口が徐々に塞がって出血が止まるが、ジオは意識を失ったままだった。
「息が弱い、出血が多過ぎだ」
「何とかならないのかバルト」
バルトが再び“上級治癒”と“体力回復”を続けて発動するが、ジオの躰がしだいに冷たくなってくる。
「ちょっと通してよ、そこ開けて。死にそうな怪我人がいるんだって」
群衆を掻き分けて、緑色の髪のローブ姿の女性が前に出て来た。
「ねえ、あんた達、そこの仏さんの仲間?」
「誰が仏さんだ! ジオは未だ生きて……」
怒鳴り掛けたパメラがジオの顔を見て息を飲む。
「ダメだパメラ。今生きを引き取ったよ……」
「ウソ! ジオ! 目を開けてよ! こんなところでリーダーのあんたが死んだら私達どうなるんだよ!」
半泣きでジオを揺さぶるパメラに緑髪の女が言った。
「ねえ。生き返らせてやっても良いけど、いくら払える?」
女の緑色の髪から長い耳が横に伸びている。どうやらエルフらしい。
パメラが柳眉を吊り上げて緑髪のエルフを見た。
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