6―49  サラマンダー


「私は教皇国等と手を結ぶのが気にくわないだけだ。ロランドの街を、一般市民も巻き添えに壊滅させるなど、女神に使える者の所業とも思えん」


「非道な作戦だからこそ成功する確率が高い。公爵家は主力を王都に置いている。ロランドでスタンピードが起これば、エールかロランドのどちらかを捨てる以外に手立てはないわ」


 レナータが肩を竦めて話を続ける。


「軍で出世したければ上の意向には逆らわない事ね。私は乗り気よ、やっと11年前の借りを返せる。あの時は新兵の小娘だったけど今は一軍の将。必ずエールを落して見せるわ」


 レナータは獰猛に笑いながら軍勢が進む方向、西に広がる高い山並みを見つめた。


 此の山並みの向こうに、唯一王国に抜けられる渓谷を塞ぐ様にエールの長大な要塞がある。


「こんな戦で死ぬなよ」


 イヴァンが諦めた様にレナータに言った。


「止めてよ変なフラグ立てるのは、勿論こんな戦で死ぬ気は無いわよ。私は何時か軍のトップに立つんだから。その時はあなたの事もこき使ってあげるわよ」


 二人は騎士団の同期入隊だった。


「そろそろあたしの軍の出陣みたいだからもう行くわね。あなたも戦に集中しないとホントに死んじゃうわよ」


 レナータがそう言って笑うと、踵を返して出陣に向かった。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 深刻な被害の後なので遠慮するステファンをエルヴィンが引き留めて、城で饗応の宴が催される事になった。


 散々な一日だったので忘れていたが、元々今日はマリウスとエレンの婚約の儀で、祝宴が開かれる予定だったのだった。


「ベルンハルト殿は息災かな?」

 ガルシアがステファンに話を振る。


「ええ、まあ。エンゲルハイト将軍の事はよく話されています」


 ステファンが曖昧に笑って答えた。


「メッケル将軍を御存じなのですか?」


 ガルシアを見るクラウスにエルザが代って答えた。


「ふふ、あれは私が10歳の時だからもう24年前か。兄上の戴冠式の余興に御前試合が行われた」


 エルザが当時を思い出すよう笑った。


「ああ、儂も見ておった。当時大陸一の槍の名手と謳われていたガルシアと、辺境伯家の若き盾使いの一戦を陛下が御所望されてな」


 エルヴィンが得たりと話を引き取った。


「その様な事が有ったのですか。全く存じませんでした」


 クラウスが驚いた様に言い、同席していたアメリーやアルバン、マヌエラも興味津々の様子で話を聴いている。


「ふふ、あの頃は兄上も若かった。無理を言って、辺境の魔女殿とメッケル将軍に王都に上って貰ったのだ」


「4時間にも及ぶ激闘の末辛うじてガルシアが勝を拾ったが、王国の歴史に残る名勝負であったな」


 エルヴィンも昔を懐かしむように相槌を打つ。


「はは、伯父上は余程悔しかったのか、酔う度にその話を致します。次は必ず勝つと」


 ステファンの言葉にガルシアが頷くと言った。


「ふふ、執念深き事は良き戦士の証。最後に勝った者こそが真の勝者で御座れば」


「それ程の試合、ぜひとも見てみたかったですな。しかしそのような御前試合があった事等全くの初耳で御座いますが……」


 クラウスが不思議そうに言うとエルザが可笑しそうに答えた。


「ふふ、二人の試合の後、辺境の魔女殿が兄上の前に進み出て、余興だと言って爆炎魔法で二人の戦った闘技場を吹き飛ばしてしまったのだ。その場の全員が言葉を失って、誰もその後あの日の話を語らなくなった」


「うむ、儂もあれにはさすがに腹の底から震えあがったわ」


 エルヴィンが少し蒼い顔で葡萄酒の杯を飲み干した。

 マリウスはシェリルの事を思い出しながら、改めて辺境伯家とは仲良くしよう思った。


「同盟の会談の席にはメッケル将軍もこられるのかな?」


 エルザが初めて同盟の話に触れた。


「ええ、伯父上にも同席して頂く心算です」


 ステファンはエルザの瞳を真っ直ぐ見返しながら答えた。


「マリウスは辺境の魔女に逢った事が有るの?」


 向かいの席に座るエレンが、好奇心満々の瞳でマリウスに尋ねた。


「御後見様ね。一度だけ逢った事が有るよ。とても綺麗な人だったよ」


「え、御婆さんなんでしょう」


 不思議そうに言うエレンにマリウスが言った。


「20歳位にしか見えなかったよ」


「ハハ、あれは妖怪だからな」


 隅で飲んでいるケリーが笑いながらエレンに言った。今日の功労者なのでケリーも宴に呼ばれていた。


「ヨウカイ?」


「エルフの血が流れているので、見た目は年をとらないんだって」


「見た目だけではないよ、力も若い頃から少しも衰えていないらしい」


 驚いているエレンに、ステファンが笑いながら言った。


「もう50年王国最強と言われている魔術師だからな。けどそろそろ若様の方が上なんじゃねえか?」


 酔っぱらったケリーがとんでも無い煽りを入れると、エレンがキラキラした瞳でマリウスを見る。


「そうなのマリウス?」


「そんな訳ないよ。ケリーさんは酔っぱらっているから……」


「そう言えば神聖魔法の件をまだ聞いていなかったな」


 突然エルザも話に割り込んで来た。


「神聖魔法で御座いますか? マリウス、何の話だい?」


 ステファンもマリウスを見た。

 現場にいたクラウスもハラハラしながらマリウスを見ている。


「今日マリウスが、エルフの司祭が使ったのと同じ蘇生魔法を使って、南門の前で倒れていた数十人の者達を一度に生き返らせたのだ」


「なんと蘇生魔法を? 母上でも蘇生魔法は一日に数回しか使えない、ユニークの聖職者の最大奥義なのに、それを一度に数十人と……?」


「いや、僕が使ったのは前に司祭様に見せて貰った“治癒魔法”だよ、皆まだ息はあったんじゃないかな!」


 驚くステファンにマリウスが慌てて言った。


 この場にはアナスタシアやアレクセイ、キャロライン達はいないので、傍で見ていたものはいない。


「ふふ、お前がそういうのであればそう云う事にしておこうか」

 エルザが口元に笑みを浮かべてそう言うとクラウスもほっとした顔を浮かべる。


「それにしても“浄化”にしろ“治癒”にしろ、聖職者の上級スキルの筈。普通の魔術師には使いこなせないのでは……」


 魔術師団のアルバンがまだ納得がいかない様子でマリウスを見る。


「そ、そうですか。偶々上手く発動しただけかもしれません」


 マリウスが苦しい言い訳をする姿を、ステファンやケリー、エレンまでがジト目で見ている。


「そ、そんな事よりエレン。僕のあげた短剣の効果はどうだった? チェパロ様に何か変わった処は無いの?」


 今度はエレンが顔色を変えた。


「あ、あれは、そ、そうね。そんなに変わらないわよ」


「何だいチェパロ様って」


 ステファンが二人に尋ねる。


「エレンはユニークの精霊魔術師なんだよ、炎の精霊サラマンダーを呼び出せるんだ」


「へー。それは凄いな。サラマンダーと言えば伝説のユニーク精霊だ。ぜひ見てみたいな」


「え、いえ、あの、ホントに短い時間しか呼び出せないので、今日は……」


 焦るエレンに酒が入って上機嫌のエルヴィンが上座から声を掛ける。


「良いではないかエレン。お前のサラマンダーをぜひもう一度見せてくれ」


 エレンが凄い目でエルヴィンを睨むがエルヴィンは全く気が付いていない様だった。


 エレンが諦めた様に立ち上がると、両手を前に翳して呪文を唱える。


「エレン・グランベールの名で命じる。出でよサラマンダー」


 エレンの掌の前に前回見たよりも倍位大きな炎が浮かび上がると、炎の中から30センチ位の赤と黒の斑のトカゲが、ぴょんとテーブルに飛び降りた。


 首の周りにトゲトゲした真っ赤な襞の付いたトカゲがひょいと二本足で立ち上がると、首の周りの襞が突然扇の様に広がった。


『あ、知ってる! 昔流行った。エリマキトカゲ!』


 おお、なんだかカッコいい。首の周りの襟巻が炎みたいで、この前よりずっとサラマンダーっぽい。


「何だチビ。またお前か」


「あ、えーと、チェパロ様ですか?」


 マリウスが恐る恐る尋ねる。


 ステファンやエルヴィンとエルザ、クラウス達も興味津々でチェパロを見ていた。


「見りゃ分かるだろう。そういやお前がいるって事はあのフェンリルも一緒か?」


 エリマキトカゲのチェパロが大きな口をパクパク開けて早口で喋りながら周囲を見回すと、部屋の隅で特大ステーキ肉に噛り付いているハティを見つけた。


 ハティはちらりとチェパロに視線を向けるがすぐに興味を失って、再びステーキに噛り付いた。


 ハティを警戒してエレンの方に後退りするチェパロを見ながらステファンが言った。


「これが炎の精霊ですか、確かにドラゴンに似た姿の様な気もしますが……」


 無理するな、ステファン。どう見ても珍しいだけのタダのトカゲだ。


「えっと、精霊魔法は見せて貰えませんか?」


 マリウスがチェパロにそう言うと、エレンがきっとマリウスを睨んで言った。


「止めてよ! こんな席で倒れたくないわよ。見せてあげたからもう良いでしょう」


 エレンが手を翳すとチェパロが炎の渦に包まれて、炎と一緒に忽然と消えた。

 アメリーやアルバン達がおおと、感心している。


「何でチェパロ様を見せるの、あんなに嫌がってたの?」


 マリウスが小声で尋ねるとエレンが赤い顔で答えた。


「うーん、だって、前の方が可愛かったから……」


 確かに見た目は小さな怪獣と言った感じで、前のヤモリの時のような可愛らしさは無かったが。


『どうせ流行りものなら、ウー〇ールー〇ーとかの方が良かったんじゃねえ』


 エレンのレベルが上がるまで、未だ精霊魔法を見るのはお預けのようだった。


「今度はマリウスの番よ」


「? えーと、何だっけ?」


 マリウスに手を差し出すエレンに、マリウスが首を傾げる。


「忘れたの。離れていても御話出来るアイテムよ」


 そうだった。“念話”のアイテムをエレンの分も含めて作る事になっていたのだった。


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