6―48 帝国軍出陣
全力で魔法を発動してみたが、想像以上に効果があった様だった。
怪我をしていた人々が次々と立ち上がって不思議そうに自分の体に触っている。
中には膝を着いてマリウスを拝んでいる人もいるが、ただアナスタシアがもう駄目だと言った人達は、やはり生き返らなかった。
効果を何倍にしてもやはり時間の制限は変えられない様だった。
「神聖魔法は普通の魔術師には絶対習得できない筈。まして蘇生魔法は聖職者のユニークスキル。マリウス様、あなたは一体……?」
振り返ると驚いた顔でマリウスを見つめるアナスタシアとアレクセイが立っていた。
えーと、今見て覚えたのですがとも言えず、マリウスが困っていると、後ろからエルザが二人に声を掛けた。
「マリウスの力は王国の最高機密だ、二人とも今の事は忘れてくれ」
「あっ。分かりました。決してこの事は誰にも口外いたしません」
アナスタシアとアレクセイが慌ててエルザに頭を下げると、そそくさとその場を去って行った。
人助けの為とはいえ、久しぶりにやらかしていたようだ。最高機密扱にされてしまったが、取り敢えず切り抜けられたと思ったら、去って行く二人を見送ってからエルザが言った。
「神聖魔法の件は後で問い質すとして、御苦労だったマリウス。それですまぬがお前にもう一つ頼みがあるのだが」
やっぱり後で問い質されるのかと思いながら、マリウスがエルザに問い返す。
「僕に頼みとは何でしょうか?」
「これが欲しいみたいだぜ!」
後ろからケリーが右耳に付けたクリップ型のイヤリングを指差した。
「ああ、“念話”のアイテムですか。幾つ必要ですか?」
“念話”は特級付与で、特級魔物の魔石一つか上級魔物の魔石五つで二つ作成できる。
特級魔物の魔石は“魔物憑きの”の解除の為に全て使い切ってしまったが、上級魔物の魔石はまだ30個位は残っていた筈である。
「最低でも四つ、私とガルシア、エールのビルシュタイン将軍、王都のアルベルトの分は欲しいな」
「私も欲しい!」
エルザ達の後ろからマヌエラを伴ったエレンが手を挙げた。
「それがあれば離れていても、いつでもマリウスと御話できるんでしょう!」
声を上げてからエレンが急に赤くなる。
いや、話は出来るけど、“念話”のアイテムを持っている者全員に、話を聴かれてしまうのだけれどもと、マリウスも少し照れていると、後ろから声がした。
「それはぜひ私も一つ欲しいな」
全員が驚いて声の方を振り返る。
「御父様!」
「エルヴィン。やっと出て来たのか」
クラウスとマヌエラ、ブルーノたちが直ぐ片膝を着いて礼をとる。
マリウスも慌てて膝を着いて頭を垂れた。
「よい。皆立つが良い。色々とご苦労であった。礼を申す」
ガルシアを従えたエルヴィン・グランベールは一同を見回して頷くと、エルザを見た。
「辺境伯殿が来られていたようだが?」
「うむ、今ドラゴンで、逃げた賊を追って行かれた」
エルザもエルヴィンがステファンに挨拶する為に、城から出て来たのを察して、ニヤリを笑った。
「あっ。辺境伯です」
マヌエラが南の空を指差した。
バルバロスらしい赤いドラゴンが此方に戻って来るのが見える。
バルバロスがマリウスたちの前に舞降りると、ステファンがバルバロスから飛び降りて此方に向かって歩いて来る。
鎧は纏わず、豪奢な礼服姿のエルヴィンの姿を見つけると、立ち止まって胸に手を当て礼をとる。
「ステファン・シュナイダーで御座います」
「エルヴィン・グランベールで御座る。此度の御助力、感謝いたす」
辺境伯家に助けられるのはエルヴィンにとって二度目である。
11年前の大戦時、ステファンの父親、マティアス・シュナイダーの援軍に助けられ、あわやエール陥落かと思われた危機を脱する事が出来た。
あの時は屈辱感でマティアスに碌な挨拶も出来なかったエルヴィンであったが、今は王国随一の大貴族として堂々と辺境伯家当主と対峙している。
「いえ、マリウスに頼まれて荷物を運んで来ただけで御座います」
「いや、御蔭で多くの領民たちを助ける事が出来た。重ねて礼を申す」
「辺境伯殿、逃げた賊は如何致しましたか」
一通り挨拶が終った処で、ガルシアがステファンに声を掛けた。
「申し訳ございません。ここから5キロ程先、南東に向かう街道で七人組の賊を討ち取りましたが、御話で伺っていたユニークの聖騎士らしき男は混ざっておりませんでした」
「むう。あの男、またしても一人だけ逃げおおせたか。油断ならん奴ではあったが」
最初にエミールを取り逃がしたガルシアも歯噛みする。
「南東というとリーベンの方向か、その先はゴート村だな」
エルザも眉根を寄せる。
マリウスはマルコに警戒させるように、後で“念話”で連絡を入れておく事にした。
たち
エミールを知っているマリウスやクラウス、フェリックスたちはとうとうエミールの姿を見る事が無かったので、その男がエルシャの聖騎士エミールだと誰も気付いていなかった。
「追いますか奥方様?」
「一応兵は差し向けよ。だが相当の手練れのようであるから、見つけても手は出さずに監視だけするように兵に言い聞かせよ」
「リーベンの者にも伝えましょう」
ガルシアが頷くと、すぐに兵士に追撃を命じ、20騎が城門から出て行った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
ジオの放ったレアアーツ“幻刀撃破”が三体のリザードマンの足元を掬う。
前のめりに斃れたリザードマンをパメラの放った特級火魔法“インフェルノフレイム”の火柱が包んだ。
「ダメ! 特級魔法でも倒せない!」
炎の中から立ち上がったリザードマンを見てパメラが叫んだ。
「何なんだ此奴ら! 上位種か? これじゃユニーク並じゃないか!」
フリッツが“気功砲”を放ちながら怒鳴る。
衝撃波に打ち抜かれたリザードマンが、弾かれて後ろに斃れるが、すぐに立ち上がって咆哮を上げる。
リザードマンは上級魔物だが、この頭にっ本の角があるリザードマンの大群は、全て再生能力を持ち、炎に耐性がある明らかに上位個体だった。
中には背中から更に二本の腕が生えた、不気味な姿のリザードマンも混じっている。
ジオたち『オルトスの躯』は今、避難する鉱山労働者の最後尾を走っていた。
聖職者のバルトと救助したサラは先に行かせ、何とかリザードマンの群れを足止め出来ないか必死に戦っているが、殆ど打撃を与える事が出来ないでいた。
ロランドの城門まであと500メートル程だが、城門は逃げ込む人々で混乱していた。
丘の上で魔法や矢を放ってリザードマンを食い止めていた監視所の兵士達が、リザードマンの群れに呑まれるのが見えた。
ジオが放った“幻刀撃破”が眼前に迫るリザードマンの足を切り飛ばすが、倒れたれリザードマンの足が再生されていく。
ジオは仲間を振り返ると叫んだ。
「あと少しだ! 走るぞ!」
「言われなくてももう走ってるわよ!」
パメラが怒鳴りながら先頭を走る。
四人は城門に向けて駆け続けた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
エルドニア帝国の南西の端、リカ湖の湖畔に建つバシリエフ要塞は、ライン=アルト王国のエール要塞から東に15キロ、帝国側の最前線基地である。
湖に突き出すように造られた広大な要塞は、最大15万の兵士を収容でき、三方を湖に囲まれ、高い城壁に囲まれた難攻不落の要塞だった。
湖の対岸の向こうがエール要塞になるが、バシリエフ要塞の開かれた門から続々と出陣する軍馬が、湖を迂回してエール要塞に向かう街道を進んで行く。
「何故一番遅れて参陣したジェニースが総大将なのだ?」
不満そうに言う帝国第5騎士団長イヴァン・マカロフ将軍に第10騎士団長レナータ・アレンスカヤ将軍が笑いながら答えた。
「あの女の差し金に決まってるじゃない。まあバビチェフ将軍がユング王国兵を引き連れて来た御蔭で、8万の軍勢を揃えられたのだから、そこは評価してあげても良いんじゃない」
ユング王国は帝国の西、グランベール公爵領の北に位置する小国で、帝国の同盟国と云うか、体のいい属国であった。
帝国第7騎士団長ジェニース・バビチェフ将軍はユング王国に駐留し、王都ラナースの総督も兼ねている。
二人は城壁の上から出陣していく兵を見送りながら、自軍の兵が出陣する順番を待っていた。
明らかに帝国兵よりも粗末なハーフプレートメールを装備しているのが、徴兵されたユング王国の兵士であろう。
「ふん。どれ程の役に立つのか怪しいものだな」
「城攻めは頭数よ。先鋒のグレゴリオスは使い捨ての兵が手に入ったと大喜びで出て行ったわよ」
レナータが門を出て行くグレゴリオス・アニキエフ将軍の第11騎士団の兵を見ながら言う。
ユング王国の兵士4万8千人は、四人の将軍の騎士団に均等に配備された。
「グレゴリオスは若いからな、大戦に出るのはこれが初めて、張り切るのも無理はないが」
「何か死人の山を作りそうね」
眉を顰めるレナータに、イヴァンが言った。
「お前はどう思う此度の作戦?」
「教皇国のがロランドでスタンピードを起こすから、私たちがエール要塞を攻めてもグランベール公爵家はエールに援軍を送れないって話?」
「ああ、話が旨過ぎると思わんか、本当にそう都合よくスタンピードなど起こせるものなのか?」
「あちらは今日スタンピードを起こすと言っているのだから、夜には斥候の報告が入る筈。それから我が軍がエールを攻める。エールの守りは二万五千、簡単には抜けないでしょうけど、援軍も無く動揺している筈だし、仮にエールを落せなかったとしてもエールに敵兵を留めさせるだけで、ロランドが壊滅する」
レナータは何を今更と云うようにイヴァンを見る。
「だが皇帝陛下はエールとロランドの両方を御望みだ。スタンピードで壊滅してしまったロランドなど手に入れても価値などないであろうに」
「声が大きいわよ! 皇帝陛下の決定は絶対。批判的な事を言うとあなたでもただでは済まないわよ」
レナータが鋭い声でイヴァンと窘めた。
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