6―47 治癒と蘇生
南門の外に舞い降りたバルバロスから、エルザとキャロライン、マリリンが飛び下りた。
ステファンは三人を下ろすと、再びバルバロスを飛立たせて逃げた賊を追う。
三人とも目の前の光景に、思わず息を飲んだ。
百を超える人々が、大怪我や火傷を負って斃れている。未だ息のある人の呻き声があちこちから聞こえた。
エルザが気を取り直すと前に出て叫んだ。
「エルザ・グランベールである。ここに兵士はいるか! 兵士でなくても良い! 動けるものは怪我人の治療を手伝ってくれ!」
直ぐにエルザの前に、数人の兵士が集まって来た。
兵士達がエルザの前に膝を付くと頭を垂れる。
「守備隊の者です。奥方様、我々は何をすれば宜しいですか?」
「ポーションを持ってきた。すぐに怪我を負った者達の治療を始めてくれ、動かせるものは街の中に運べ!」
直ぐに兵士たちがキャサリンたちと手分けして、倒れている人々の傷にポーションを振り掛けたり、抱き起して飲ませ始めた。
エルザは半壊した門に向かった。
外側の鉄格子は破壊されて内側に大きく捻じれていたので、隙間を通り抜けて内側の鉄格子に向かう。
足元の地面には大きなクレーターが二筋走っていた。
「奥方様!」
門の内側からブルーノがエルザの側に駆け寄って来る。
「危ないから離れておれ」
エルザはそう言って鉄格子に右手を当てるとユニークアーツ“龍之咆哮”を放った。
鉄格子が砕けて弾け飛ぶと、門の中に入ったエルザがブルーノに同じ指示を出す。
「動かせる怪我人は街の中に運べ」
「はっ!」
ブルーノの兵士達が外に向かって駆け出して行った。
マリウスの方も決着がついた様だった。
マリウスとハティがエルザに向かって歩いて来る。
ガルシアの兵が衣服の破れた女を縛り上げていた。
腕に嵌められた枷は魔法封じのアイテムである。
「終わった様だな。殺さずに捕えたのか」
「ハイ、あの人には色々と償って貰わないといけない事が有りますから」
マリウスが努めて感情を出さない様に答えたが、顔がこわばってしまった。
エルザも改めて街を見ながらため息交じりに呟いた。
「やられたな。ベルツブルグの街がこれ程荒らされたのは建国以来、初めての事だ。いや、これでも被害を最小限に留められたのはマリウスの御蔭か」
ブルーノの兵士たちが怪我人を戸板に乗せて運んで行く姿が見える。
マリウスがブルーノたちの所に行くと、声を掛けた。
「怪我人は広場に連れて行って下さい! 今日中なら大抵の怪我は治ると思います」
広場には未だ“治癒”と“再生”の効果が続いている筈である。
背中にアナスタシアを背負ったアレクセイが、空から舞い降りて来た。
マリウスとエルザに一礼すると、門の外に向かって駆けて行った。
クラウスたちも到着した様だった。
「これで終わったのでしょうか?」
「解らん。シルヴィーは未だ捕らえていない」
エルザが眉間に皺を寄せて、マリウスに首を振った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
逃げていく騎馬の一団の前をバルバロスのブレスが薙いだ。
爆風で先頭の二頭が吹き飛ばされる。
舞い上がった土砂を浴びながら後続の五人が馬を止めた。
粉塵が晴れて視界が開けた先に、地面に舞い降りたバルバロスの巨体が見えた。
「これで全部か? おとなしく武器を捨てて投降しろ!」
ステファンが“気配察知”を働かせながら、騎馬の男たちに言った。
五人が馬上で剣を抜くのを見て、ステファンはバルバロスから飛び降りると腰に差した『神剣バルムンク』を抜いた。
馬上の五人に向かって軽く剣を振る。
無数の旋風の刃が馬上で剣を抜いた五人を切り刻み、五人が馬から崩れ落ちた。
ステファンがバルムンクを鞘に納めると、拍子抜けした様に呟いた。
「おかしいな、ユニークが混じっていると聞いていたが」
周囲に“気配察知”を走らすが、気配は感じられなかった。
ステファンは仕方なくバルバロスに駆け上がると、再び空に舞い上がった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(やはり追って来たか。間違いなく辺境伯ステファン・シュナイダーのようだな)
エミールは追手を予測し、部下達を囮に先行させて馬を捨てて、森の中を徒歩で移動していた。
ゴート村に向かう北東の街道に進んだのも、追手を撒く為の作為であ、エミールの目的は北のシルヴィーに合流する事だった。
“探知妨害”のアイテムは上手く稼働している様だった。
100名近くのガーディアンズを投入した作戦であったが、残ったのはシルヴィーが率いて行った20名と自分一人だけになってしまった。
ベルツブルグにそれなりの被害は与えたが、標的であった公爵夫妻とマリウスを討つことは出来なかった。
作戦の成否はシルヴィーに託される事になった。
彼女は『禁忌薬』をロランド近くのリザードマンの群生地ロス湖に散布し、故意にスタンピードを起こす心算だった。
同時に帝国軍がエール要塞に進軍する事で、守備軍の動きを封じる。
北部最大の鉱山都市ロランドを壊滅させることで、公爵家に打撃を与えるとともに、王都に駐留する公爵騎士団の主力を公爵領に戻させて、手薄になった王都でブレドウ伯爵を中心とした親教皇国派の貴族たちが、宰相ロンメルに対しクーデターを起こすと言うのが作戦の全貌だった。
ただエミールはこの時点で、親教皇国派の主力である第2騎士団のクシュナ―将軍が、ロンメルに捕えられたことを知らなかった。
更に本部教会が商業ギルドからマジックグレネードを大量購入した事、エールマイヤー公爵騎士団の残党が王都に潜入している事等、王都の状況も目まぐるしく変わっていた。
未だ戦いの行方は全く見えていなかった。
エミールは木陰に隠れて飛び去って行くドラゴンの姿を見送ると、シルヴィーに合流すべく“アクセル”を発動し、北に向かって駆け出した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「先ほどのドラゴンはやはり辺境伯殿か」
エルヴィン・グランベールは城のバルコニーから、町並みを見下ろしながら、文官達の報告に頷いた。
「街の被害の方はどうだ?」
「はっ。現在火災は全て消化されました。“魔物憑き”に変えられた市民も全て辺境伯様のドラゴンが運んで来た、ゴート村の新生薬師ギルドが開発した解毒薬で全員元の人の姿に無事戻っております。ただ……」
エルヴィンは無言で頷きながら続きを促す。
「アースバルト家から供与頂いた高効能ポーションや、エルフの司祭殿の協力で多くの者を助ける事が出来ましたが、現在確認できただけで50余名の市民が命を落としたとの事です。また、南門にて来訪者に多くの被害が出た模様で、今奥方様が出向いて救助の指揮を執っておられます。ただマリウス殿の付与された武具の御蔭で騎士団の者に被害はございませんでした」
「うむ、亡くなった市民の家族には、手厚く見舞いをいたせ」
エルヴィンは振り返ると、武官に向かって言った。
「辺境伯殿に援軍を受けたのなら儂が行って挨拶せねばなるまい。馬の用意をせよ」
武官たちが慌ただしく部屋を出て行く。
エルヴィンは鷹揚にゆっくりと後に続くが、内心の怒りを必死に抑えていた。
建国以来の名門グランベール公爵家の41代目当主は、これから長く続く戦いに、ようやく本気で踏み出す決意を固めたようだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
アナスタシアが“蘇生”と“特級治癒”を同時に発動した。
大火傷をした行商人風の男が目を開く。火傷の跡も少しずつ消えていった。
「司祭様、こっちも御願いします」
キャロラインが向こうで手を振っている」
アナスタシアが立ち上がるが、すぐにふらりとよろけて倒れそうになるのをアレクセイが抱き留めた。
「申し訳ございません。今ので魔力切れのようです」
未だ周囲には数十人の人々が斃れている。
未だ息のある人もいるが、ポーションも既に底を突いていた。
「僕が代わりにやってみます」
マリウスが、大怪我を負って動かない少年を抱き抱えたキャロラインの傍らに近づいて言った。
「えっ! 若様、回復魔法も使えるの?」
キャロラインが驚いてマリウスを見上げる。
使えると云うか今“術式鑑定”と“術式記憶”で。アナスタシアが使った魔法を覚えたのだが、恐らく使えそうだった。
「多分大丈夫だと思う」
「何か頼りないですね。本当に大丈夫ですか?」
横でマリリンが疑わし気にマリウスを見る。
マリウスは曖昧に笑うと右手を少年の胸に当てた。
マリウスの魔法効果と魔法適性の相乗効果は既に100倍を超えている。更にそれをアイテムで効果を上げているが、ここ最近は全力で魔法を放ったことは無かった。
この魔法なら恐らく全力で放っても問題ないであろうと思いながら、マリウスは今 覚えた“特級治癒”と“蘇生”の二つの魔法を同時に発動した。
マリウスを中心に眩しい光が周囲に広がっていく。
アナスタシアとアレクセイが驚いた顔でマリウスを見た。
治療の終わった怪我人を運んでいたブルーノたち、門のところで指揮を執るエルザとクラウスやアメリー、ケリーが皆突然広がった眩しい光に思わず振り返る。
「暖かい」
少年と一緒に光に包まれながらキャロラインが呟いた。
周囲一帯を包み込むように広がった光が、やがて唐突に消えた。
少年が目を開くと、キョトンとして、自分を抱きかかえるキャロラインを見た。
「凄い! 生き返った!」
マリリンが声を上げる。
「こちらも息を吹き返しました!」
「この人も火傷が消えました!」
「こちらももう大丈夫のようです!」
周囲で兵士達が叫び、倒れていた数十人の人々が次々と立ち上がった。
キャロラインとマリリンが驚きながら周囲を見回している。
「何だか私まで体の調子が良くなっちゃった、若様本当に何でもありですね」
「全員治療が終わっちゃたみたいですよ。初めから若様が魔法を使えば良かったのに」
二人が呆れた様に言った。
そんな事を言われてもと思いながら、マリウスも周囲を見回した。
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