6―45  裏切りの逃走


 エミールは“アクセル”を発動しながら南門に向けて下町を駆けていた。

 “気配察知”でガルシアと10騎程が自分を追走している気配を感じていた。


 下町の家並みを駆け抜けると、周囲が開けて南門が見えた。自分の横をエマが走っていた。


「エマ! 他のものはどうした?!」


「皆討たれました。エミール様の首尾は?!」


「失敗だ! 最早公爵夫人に私の剣は届かん!」


 エミールが口元を歪めて怒鳴った。

 エマも追われているようで、振り返ると獣人の兵士が追って来ていた。


 揃いの革鎧は恐らくアースバルトの騎士団であろう。

 南門の前には騎馬の兵士が30騎並んで陣を組んでいるのが見える。


「エマ! 怪我をしているのか?」


 見るとエマが左手から血を流していた。


「はい、アースバルトの騎士にやられました」


 エミールは上着のポケットに手を入れると素焼きの瓶を取り出した。


「ポーションだ! 使え!」


「ありがとうございます」


 エマが受け取ったポーションを走りながら傷口に振りかけ、残りを飲み干した。


「?! エミール様!」


 突然エマが立ち止まって、胸を押さえながらエミールを見た。


「すまんなエマ。少し時間を稼いでくれ」


 エマが膝を付いて胸を掻きむしりながらエミールを睨んだ。


「まさか『禁忌薬』を私に……!」


 エマの額から二本の禍々しい角が伸びた。

 エミールはエマを振り返らず、真っ直ぐ南門に向かって駆けて行った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


「クルト!」


 ガルシアの馬が住宅街から抜け出すと二つ向こうの通りからクルトたちアースバルトの騎士団が飛び出したのがほぼ同時だった。


 どうやらクルト達が追う女も南門に向かっていたらしい。

 男と女が駆けて行く先、南門は閉じられてブルーノが30騎程を従えて待ち構えている。


 最早逃げ場はないだろうとガルシアが思ったその時、突然女の方が跪き、地面に両手を着くと空に向かって絶叫を上げた。


 男の方は真っ直ぐ南の門に向けて駆けていく。


 女の背中が不気味に蠢いたかとおもうと、突然衣服を突き破って二本の腕が伸びた。


「むうっ! あれは!」


 ガルシアが馬を止めて槍を構えた。

 クルトたちも立ち止まって剣を抜く。


「また自分で『禁忌薬』を飲んだの?!」


 エリーゼが立ち上がった女、エマを見て悲鳴を上げた。


 優に2メートルを超える、エマの不気味な背中に向かってガルシアが迷わずにレアアーツ“竜槍雷砲”を放ったが、背中から伸びた手の前に氷の盾が浮かび、雷を纏った理力の槍を防いだ。


 振り返って真っ赤な目でガルシアとクルトたちを睨んだエマが、耳まで裂けた口が開くと、白い息を吐きだした。


 周囲が真っ白な氷に覆われて行く。

 ガルシアたちが一瞬で凍り付いてしまった馬から飛び降りた。


 “魔法防御”を施されたガルシア達の鎧が冷気を遮断してくれているが、視界がどんどん氷で覆われていった。


 クルトが味方を包んでいた“結界”を30メートル程に一気に広げて氷を弾き返すと、開けた視界から数十本の氷の槍が飛んで来た。


 氷の槍を剣と槍で叩き落としながらガルシアとクルトがエマに向けて走り出した。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 ブルーノは真っ直ぐ此方に向かって駆けて来る男を見ると、馬上で剣を抜いた。

 後ろの門は頑丈な鉄格子の扉が二重に下ろされている。


 鉄格子の隙間から入城を待つ人々の列が見えた。


 駆けて来る男、エミールがブルーノたちの300メートル程手前で立ち止まると剣を抜いた。


 ブルーノが剣を振り上げてエミールに突撃を命じようとしたその瞬間、後ろで立て続けに爆音が轟いた。



 振り返ると門の向こうに爆炎が上るのが見えた。人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っている。


「何が起きた!」


 ブルーノが櫓の上の兵士に向かって怒鳴った。


「賊です! 入城を待つ者達の中に数名の賊が混じっているよう……」


 兵士の声が再び起きた爆音で掻き消された。

 門のすぐ傍で特級火魔法の爆発が起きたようだった。ブルーノが爆風を浴びて振り返ると、外側の門の鉄格子が曲がっているのが分かった。


 熱波がブルーノたちの所まで届いて来る。


 ブルーノが暴れる馬を押さえながら、殺気を感じて振り返ると、エミールが此方に向かってユニークアーツ“ドラゴンブレス”を放ったところだった。


「しまった!」


 マリウスによって付与された自分達の鎧なら問題ないと信じていたブルーノは、理力の光が足元の石畳を深々と抉りながら此方に迫るのを見て、慌てて馬を捨てて脇に飛んだ。


 逃げ遅れた騎士十数人が、馬と一緒に深い溝に落ちて行くのを見ながら、ガルシアが遭遇したユニークらしい相手が、そんな技を使った話を聞いていた事を思い出す。


 “ドラゴンブレス”が抉った地面は門の鉄格子まで達していた。門の下が衝撃で外側に捻じれているその下に、外に向けて溝が深々と続いていた。


 エミールが更に“ドラゴンブレス”を今度は上に向けて放った。

 門の上の物見櫓が粉砕されて、瓦礫がブルーノたちの上に降り注ぐ。


 外でも再び爆発が起こった。外側の鉄格子の扉が完全に破壊されたようだった。

 エミールが三度“ドラゴンブレス”を地上に向けて放つ。


 最初に抉った溝に平行に、石畳に亀裂が走った。


 二つの溝の間を“アクセル”を発動して駆け抜けるエミールは、ブルーノが放った“剣閃”を剣で弾くと、嘲笑うかのように深い溝に飛び降りた。


 その儘溝の底を駆け抜けると、門の外で地上に飛び出した。


 直ぐに騎乗の男たちがエミールの側に集まると、曳いて来た一頭の馬をエミールに渡した。


 ブルーノは門の鉄格子越しに、去って行くエミールの背に“剣閃”を連続して放つが、理力の盾に全て弾かれた。


「門を開け!」


 ブルーノが下から怒鳴るが、鉄格子の門は開かなかった。


 この門は、上の物見櫓から滑車を使って数人がかりで巻き上げるものだが、物見櫓は半壊状態で門を開けられる状況ではなかった。


 ブルーノは門の鉄格子を拳で殴ると、小さくなっていくエミールの背中を見ながら歯噛みした。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 地面から次々と氷の壁がせり上がりクルトとガルシアの前を塞ぐ。


 氷の槍が次々とエリーゼ達に向かって跳んでくるのを、前に出たエフレムが大盾で防いだ。


「なにこれ! “魔物憑き”になると魔法もパワーアップするの?!」


 エリーゼが悲鳴を上げる。

 ノルンが“フォールサンダー”を、カタリナが“ファイアーボム”を放ち、ケントが“的中”を乗せた矢を“連射”するがエマの周囲に浮かぶ氷の盾に全て阻まれた。


 ガルシアの放ったレアアーツ“龍槍雷砲”が氷の壁を次々と打ち砕き、エマの肩に理力の槍が突き刺さったが、雷を伴って黒く焦げた傷は直ぐに塞がっていった。


 クルトがエマの眼前まで迫ったが、背中から生えた二本の腕に握られた氷の剣がクルトに向かって振り下ろされた。


 クルトは振り下ろされた剣を躱して。後ろに下がりながら“剣閃”を放つが、次の瞬間クルトの体が水に包まれた。


 巨大な水滴にクルトの躰が包まれて、その水滴が一瞬で氷に変わった。


「副団長!」


 エフレムが盾を構えて駆け寄りながら叫んだ。

 クルトが“結界”を広げて、内側から氷を粉砕する。


 砕けて飛び散る氷の中をクルトが“瞬動”で駆けながら、“羅刹斬”でエマの腹を切り裂いた。


 同時にエマに迫ったガルシアが放った必殺のユニークアーツ、“爆雷神槍”がエマの右胸を貫いた。


 エマに左上半身が爆散し、エマがよろめいたが斃れることなく、すぐに体が再生を始めた。


 エマが天に向かって咆哮すると、エマの周囲を氷が白く覆っていき、放射線状に氷の槍が周囲に広がった。


 クルトとガルシアが“結界”と付与装備で氷の槍を受け止めながら、堪りかねて後ろに後退する。

 さすがに二人も決定打を与えられず、攻めあぐねている様だった。


 エマの再生能力も魔力も無限のように思えた。周囲を全て凍らせていくその姿は正に氷の魔女だった。


 エマが街に向かって少しずつ進んでいた。


 恐らく“魔物寄せに魅かれているのだろが、このまま街に入られると、街中が凍り付いてしまう。


 南門の向こうで立て続けに爆音が響き、火柱が上がるのが見えた。門の前を走る音かが放ったユニークアーツで、正面を守るブルーノの軍が崩されている。


 再び剣を構えるクルトに、マリウスの“念話”が届いた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 赤茶色の丘が、巨人が歩く為の階段のように、段々に削られている光景が周囲に広がっている。


 所々に隕石が落ちた後の様なな深い大穴が口を開けており、周囲に櫓が組まれ、滑車に駆けられた太いロープを数十人の鉱夫が引っ張って鉱石の入った木箱を引き上げている。


 赤鉄鉱石の露天掘りの採掘場に囲まれた中央に、10メートルを越える石造りの城壁と空堀に囲まれた城塞都市ロランドがあった。


 人口7万人を抱える公爵領の北部最大の鉱山都市である。

 七つの丘陵の頂上には監視所がおかれていて、正規兵4人、民兵8人が詰めていて、昼夜交代で外を監視していた。


 このロランドから北に10キロほど離れたロス湖は、リザードマンの群生地で、数千と言われるリザードマンや水生の魔物が生息していて、しばしばこの近くの森で目撃されており、毎年数十人の犠牲者が出ている。


 ロス湖との間には木々が一本もない荒れ地から一変して、深い森が続いていた。

 森には十数組の冒険者パーティーが今もパトロールに出ていた。


 王都の冒険者クラン『ランツクネヒト』所属のAランクパーティー『オルトスの躯』のリーダー、ジオ・メイア-はクランの命で『ランツクネヒト』所属の6パーティー27名を率いて、ロランドに派遣されていた。


 地元の冒険者たちと合流し、リザードマンに対する警戒の仕事に就いていた。


「ねえジオ。少し奥に入り過ぎじゃない? この辺りはもうリザードマンの縄張りみたいだよ」


 同じパーティーの弓士ベティーナが地面に付いた足跡を見ながら言った

 

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