6―43 希少級付与術式
「奥方様。アレは!」
ガルシアが石壁の下で、空を見上げて声を上げる。
「うむ。どうやら辺境伯殿のようだな」
エルザも次第に巨大になって来る赤いアークドラゴンの姿に、少し驚いている様だった。
「成程ね。辺境伯が薬を運んでくれるんだ」
「ドラゴン宅急便、なんちゃって」
「良くこの状況で冗談が言えるわね」
ジェーンがマリリンを睨む。
マリウスが水魔術師達を振り返って言った。
「それでは皆さん手筈通りお願いします。出来るだけ魔物憑きの口に入れるようにしてください」
「分かりました」
頭上まで迫ったバルバロスの巨体を見上げながら、水魔術師達が緊張した顔で答えた。
巨大な赤竜の上で、ステファンとケリーがマリウスに手を振った。
「ジェーンさんもよろしく!」
「いつでも良いわよ!」
ジェーンも真面目な顔で答える。
(ケリーさん! 始めて下さい!)
(よっしゃー)
「辺境伯様たのんだぜ!」
「分かった。バル! あそこの真上に上がってくれ!」
ステファンが石の壁で囲まれた広場を指差しながら叫ぶと、バルバロスが咆哮して広場の真上で上昇した。
(行くぜ! 若様!)
ケリーがバルバロスの体に括りつけた三つの樽のロープを大剣で切った。
宙を舞う樽を、次々とケリーが“剣閃”を放って空中で粉砕すると、中の解毒薬が飛沫をあげて飛び散り、地上に降り注ぐ。
ジェーンと10人の水魔術師が“水操作”スキルを発動し、降り注ぐ解毒薬の雨を受け止めると、霧に変えていった。
霧が地上で蠢く“魔物憑き”たちをゆっくり包みこむように降りていくと、洗う様に”魔物つき”たちの周囲で渦を巻いた。
霧の渦に包まれた“魔物憑き”が苦しみだして、のたうちながら地面に膝を付いた。
ジェーンたちが、倒れて藻掻く“魔物憑き”の口にも霧をねじ込むように突っ込んでいった。
バルバロスがマリウスたちの処まで高度を下げる。
「マリウス!」
ステファンがマリウスに向かって布の袋を投げた。
マリウスが袋をキャッチして中身を掌に出すと、フレイムタイガーの魔石六個とアースドラゴンの魔石一個が入っていた。
マリウスは足元の石の壁の上に魔石を並べると、更に上着のポケットから七つの特級魔物の魔石を取り出してその横に並べた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
エマたちが陽動を始めたようだった。
エミールは路地の陰から200メートルほど離れた石の壁を見つめた。
頭上を赤竜が通過していく。
赤いアークドラゴンは恐らく報告に有った辺境伯ステファン・シュナイダーの騎竜であろう。やはり辺境伯とグランベール公爵が手を握ったという話は本当のようであった。
エミールは石壁の上に立つ魔術師らしい姿をした一団の中に、マリウスと少女を乗せたフェンリルの姿を見つけた。
マリウスを狙うかと周囲に視線を走らすエミールは、石壁の下でマリウスたちを見上げる、先日戦ったエンゲルハイト将軍の隣に立つ、燃える様な赤い髪の女に気付いた。
グランベール公爵夫人エルザ、宰相ロンメルと並ぶ反教皇国派貴族たちの盟主。
軽装の革鎧を羽織っただけのエルザが此方に背を向けている。
エミールは静かに剣を抜くと、迷わず“アクセル”を発動しながら、路地から飛び出した。
ミスリルの長剣に理力を集めながら、エルザの背中に向けて、ユニークアーツ“ドラゴンブレス”を放つ。
エルザがこちらを振り返るが遅い。確実に殺ったとエミールが思った瞬間、常時発動する“結界”が理力の奔流を弾き返し、空へと舞い上げた。
「むうっ! あの男!」
振り返ったガルシアが槍を構えてエミールを追う。
騎士が10騎程ガルシアの馬に続いた。
エミールは自分の攻撃がエルザに通用しないのを覚ると、迷わず撤退を決めて路地に駆け込んだ。
最早公爵家と正面から戦うのは不利のようだった。公爵夫人も将軍も騎士団も既にマリウスの力で守られている。
これ以上この街に残っても犬死するだけだとエミールは覚った。
脱出の為、外の戦力が南門を襲う事になっている。エミールは南門に向かって駆けた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
空に上がる理力の光にマリウスが振り返ると、ガルシアの馬が駆けていくのが見えた。
敵の姿は見えなかったので、“魔力感知”を働かせてみると、単身で南門の方に向かって、離れていく気配があった。
周囲を味方が警戒の為囲んでいるので、単身の敵が接近しているのを“魔力感知”で識別できなかったようだった。
下を見るとエルザが問題ないと云う様に手を振った。
マリウスは再び広場の中に視線を戻した。
既に半数以上の“魔物憑き”たちが解毒薬の霧を浴びて、倒れのたうっていた。
「ダメ! 解毒薬が足りない」
ジェーンが叫んだ。他の水魔術師達も焦っているのが分かる。
「なるべく多くの“魔物憑き”に解毒薬を浴びせて下さい。後は僕がやります」
マリウスは地面に並べた特級魔物の魔石から、ハイオーガの魔石1個を掴んで広場に向けて右手を翳した。
広場全体を覆う様に上級付与“浄化”を付与する。
持続時間は数時間で充分である。最大限、範囲と効果を上げるように付与を発動した。
広場全体が青い光に包まれ、広場にひしめく“魔物憑き”たちが、地面に倒れて口から絶叫を漏らしながら不気味に震え始めた。
水魔術師達が残りの解毒薬の霧を、倒れている“魔物憑き”たちにさらに浴びせていく。
“魔物憑き”たちの体がしだいに縮んでいき、背中の腕が折れて、地面に落ちた。
額の角が抜けて血が顔を濡らしている。
マリウスは今度はもう1個のハイオーガの魔石を掴んで広場全体に上級付与“治癒”を付与する。
広場全体が青く光ると、もがいていた“魔物憑き”たちがしだいに動きを止めていった。
マリウスは最後に、残ったアースドラゴンの魔石3個と9個のフレイムタイガーの魔石を布の袋に入れて左手に持つと、右手を広場に翳した。
希少級付与“再生”の術式を“術式記憶”で呼び出す。
特級魔物の魔石12個の魔力を左手に感じながら、いけると思った瞬間、広場が一際強く青い光に包まれた。
人の姿に戻っていく“魔物憑き”たちの体が、ビクビクと痙攣している。
やがて人々の体が静止して動かなくなった。
マリウスが広場を覆った“ストーンウォール”を地上まで下ると、周囲を囲んでいたガルシア軍や親衛隊、魔術師団の兵士達が、警戒しながら倒れて動かない人々の側に駆け寄って行った。
マリウスやエレンたちも固唾を呑んで人々を見つめていた。
「大丈夫です! 皆生きています!」
兵士達の声が広場に響き、一斉に歓声が上がった。
「やった! 成功ねマリウス!」
エレンがハティから飛び降りると、マリウスの側に駆け寄ってマリウスの手を取った。
「うん。上手くいって良かった」
「よくやったマリウス。ベルツブルグはお前の御蔭で救われたぞ」
振り返るとエルザが笑顔で立っていた。
「エルザ様、御無事ですか?」
「ああ、お前のアーティファクトの御蔭でご覧の通りだ」
エルザが公爵家の紋章である鷲を象った銀のペンダントを、胸から取り出して見せながら言った。
マリウスたちの前に、バルバロスが翼を広げながら舞い降りた。
大通りが狭く感じるバルバロスの巨体からケリーとステファンが飛び下りた。
「マリウス! 成功かい?!」
「ステファン! ケリーさんも! 上手くいったみたいだよ。二人の御蔭だよ、ありがとう」
「いや、僕たちは薬を運んで来ただけさ」
ステファンが笑いながらマリウスの傍まで來ると、傍らに立つエルザに向かって胸に手を当てて礼をとる。
「シュナイダー辺境伯家当主ステファン・シュナイダーで御座います」
「エルザ・グランベールだ。此度の御助力、感謝する」
「久しぶりだなエルザ」
後ろからケリーがエルザに声を掛けた。
「ケリーか! マリウスの村にいるそうだが、お前が来てくれたのか?」
エルザが嬉しそうにケリーを見た。
「五年振りか、王都でアイリスと飲んだのが最後だったな」
「ああ、あれからずっとアンヘル暮らしだったが、今は若様の村で司祭様の護衛をしている」
そう言ってケリーが街を見回した。
「随分派手にやられた様だな」
「ああ、かなり被害が出た。マリウスがいなかったら危うかったな」
エルザとケリーがマリウスを見る。マリウスはステファンにエレンを紹介している様だった。
「ふん、このあたしが勝てなかった相手だからな。聖騎士なんぞ敵じゃないだろうよ」
「ふふ、ああしていると只の子供なのだがな」
エレンがワクワクした目で、マリウスを引っ張ってバルバロスに近づいて行く。
ステファンとハティが二人の後ろに付いて行った。
エレンが恐る恐るバルバロスを見上げると、バルバロスが空に向かって咆哮を上げる。
エレンがびくりとマリウスにしがみ付くと、真っ赤になってマリウスから手を離した。
「エルザ様! ご無事ですか」
クラウスが数騎を引き連れて広場に戻って来た。
「私は無事だ。そちらはどうだった? 戦闘になっていたようだが?」
「一人魔術師の女に逃げられました。今クルトたちが追っています」
「こちらも今、ガルシアが逃げた聖騎士を追っているところだ。とうとうシルヴィーは現れなかったようだな」
エルザが眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「ここ以外に狙いがあるのでしょうか?」
「分からん。あるとすればエール要塞かもしれん」
元々ブレドウ伯爵領から侵入した聖騎士たちの狙いがベルツブルグか、エール要塞、或いは近接している鉱山都市ロランドか意見が別れていた。
「あちらは今どうなっているのですか?」
「メルケル・ビルシュタインが二万五千の兵でエールを守っている。帝国軍は国境のバシリエフ要塞にやはり二万五千が入ったようだ」
クラウスの問いにエルザが答えた。
「ロランドの方は?」
「そちらには正規の騎士団を200残し、徴兵した民兵400と冒険者100を加えた700人が警備しているが……」
「うちのクランの王都組も援軍に向かった筈だぜ」
後ろからケリーが二人の話に割って入った。
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