6―41 反撃
酒場『アルラウネ』の地下に潜伏していたエミールはマリウスとエルザ・グランベールが城から出撃したという部下の報せを受けて、エマと二人で『アルラウネ』を出た。
『禁忌薬』の散布は上手くいった。何とか最低限の成果は上げたが、チャンスがあれば標的を一人でも仕留めておきたかった。
出来ればマリウスを仕留めたい。アレは自分達の障害になるとエミールは確信していた。
索敵に出ていたポルトが合流点で待っていた。
「エミール様! “魔物憑き”の様子がおかしいです。皆一か所に集まっているようです」
「如何云う事だ?」
エミールが眉を吊り上げて問い返すが、ポルトが分からないと首を振った。
南の下町を見下ろすが、思ったほど騒ぎが広がっていない。
兵士に誘導されて避難して来る住民たちの行列を避けながらエミールは下町に向かって駆けた。
恐らくこれもマリウスの仕業だとエミールは予感していた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「マーヤ!」
大通りで集まって佇んでいた人々の中から犬獣人の女性がマーヤを見て叫んだ。
「お母さん!」
マーヤが駆け寄って母親のミーナに抱き着いた。
「良かった。無事だったのね」
「うん、お母さんも」
大通りでも惨劇があったらしく、彼方此方で人が斃れている。
息のある人を助け起こしている人たちや、周囲の燃えている家を、井戸から汲んできた水を掛けて消そうとしている人たちが駆け回っていた。
クルトが頷くと、ダニエルやナタリー、カタリナ達が怪我をしている人に駆け寄ってポーションを飲ませた。
ジェーンが“コールド”で炎を消していく。
「あの怪物はどうなりました?」
一人の男がクルトに尋ねた。
「“魔物憑き”は今広場の方に集まっています。貴族街の方が安全ですから。あちらに向かって避難してください」
丁度アメリーの部下達、第6騎士団の兵士達が帰って来たので、アメリーが兵士達に避難民の誘導を命じた。
「良かったね、マーヤ」
エレンが母親と並ぶマーヤの傍らに駆け寄る。
「はい、ありがとうございますエレン様。でもお店が……」
振り返ると『蜻蛉亭』は店の半分ほどが焼け落ちて燻っていた。
マーヤが来週から働く予定だった店だった。
これではマーヤどころか母親のミーナも失業してしまうかもしれない。
顔色を曇らせたエレンに逆にマーヤが明るく言った。
「大丈夫です。また水売りの仕事を頑張ります」
マーヤはエレンに手を振ると、ミーナと一緒に貴族街の方に避難して行った。
「大丈夫。マーヤは強い子だよ」
しょんぼりと肩を落とすエレンにマリウスが後ろから声を掛けた。
「マリウス。うん、そうね。わかっているわ、でもなんだか悔しくて……」
振り返ってマリウスを見るエレンの目に涙が滲んでいる。
「うん。こんな事をした連中は絶対許さない。今は戦う時だと思う」
マリウスがエレンに頷いた。
相手にどんな大義があろうが、一生懸命生きている人々の暮らしを壊す権利も、命を奪う権利も無いし、そんな者を許すべきではない。
クルトやエフレム、ノルンとエリーゼ、ダニエルたち、アメリーやジェーンたちが、マリウスの元に集まって来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私がグラマス代行なんて無理です!」
殆ど悲鳴の様にクリスタが叫ぶ。
「クリスタさん。もうあなたしかいないのですよ」
クライン男爵が諭す様にクリスタに言った。
「今回の事件でブルクハルト師の高弟たちは殆どお亡くなりになりましたから」
「そ、それはそうですが」
元々医術師ギルドは西の公爵の圧力を受けて、薬師ギルドからも敬遠されながら、細々と教会で治療を受けられないような貧しい人々の治療を行ってきた。
ほとんどの高クラスの医術師達が、貴族や騎士団のお抱え医師になる中で、レアの医術師ブルクハルトとその弟子たちだけが、医術師ギルドを支えてきたわけである。
もう王都の医術師ギルドでアドバンスドの医術師はクリスタと彼女より二つ後輩のアルマの二人だけで、あとはミドルの者が数人いるだけであった。
「でももう私達だけではギルドを維持していくのも無理です。医術師も足りないし、診療所もほとんど破壊されてしまったのでしょう」
「建物はまた建てれば良いです。あなたには医術師の育成とギルドの運営をお願いしたいのです」
ロンメルがクリスタを見る。
「王都を中心にミドルとビギナーの医術師のギフトを持つ者を募集します。安定した収入を得られる様になれば医術師になりたい者もそれなりにいるでしょう。そういった者達の教育をして貰いたいのです」
「ビギナーでは“初級診断”と“初級治癒”のスキルしか在りませんし、使える魔力量もほんの少しです。教育しても、とても役に立つとは思えません」
医術師や聖職者の使う“治癒”等は魔法スキルで、他の魔法の様に独自に習得する事は難しいと言われている。
首を振るクリスタにロンメルが言った。
「それについては私に考えがあります。医術師ギルドも薬師ギルド同様、マリウス・アースバルト殿の傘下になって頂く心算です」
「マリウス・アースバルト様ですか?」
クリスタがハッとして、自分の腕に巻く革の腕輪を見た。
「彼はビギナーの生産職や魔術師達を集めてアーティファクトの力と、独自のレベル上げのプログラムで大きな成果を上げています。恐らく医術師にも彼の手法は効果を期待できるでしょう」
「医術師ギルドも辺境に移るのですか?」
「いえ、それはさすがに困ります。医術師ギルドは王都に本部を置きます。その為にあなたに頑張って頂きたいのです」
「クリスタ、御願いです。医術師ギルドの火を消さないで下さい」
ベッドからブルクハルトが無理に起き上がろうとするのをクリスタが押しとどめた。
「私に出来るでしょうか?」
「クリスタは私の弟子たちの中でも一番の頑張り屋さんでした。ギルドの立て直しを任せられるのはあなたしかいません」
このまま医術師ギルドを終わらせたくないと思うのは、クリスタも同じだった。
クリスタは師に頷くと、振り返ってロンメルを見た。
「私にできるかどうか分かりませんが、出来る限り努力してみます」
ロンメルは微笑んで、満足そうにクリスタに頷いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
(カサンドラ。薬は今何本出来てる?)
(今220本分完成しています)
(その薬は振り掛けるだけで効果があるの?)
(はい、それだけでも効果はある筈ですが、飲めば更に効果は高い筈です)
(分かった。これからハティで取りに戻るから、運びやすいように樽に詰めておいて)
(若様! 戻ってこなくても大丈夫そうだぜ)
(ケリーさん! 今どこですか?)
(ゴート村に戻って来たとこさ。事情は聞いた。大変な事になってるみたいだな)
(そうなんです。大至急解毒薬が必要なんです)
(グッドタイミングだ。今丁度良い運送屋が来たぜ……)
“念話”を切るとクラウスが到着するのが見えた。
「マリウス。“魔物憑き”たちは粗方広場の方に集まった様だぞ」
クラウスとフェリックスたちがマリウスの側に集まって来る。
「解毒薬もすぐに届きます」
「ああ、聞いていた。しかし数が少し足りないのではないか?」
「仕方ありません。後は僕がどうにかします」
珍しく強い息子の言葉に、少し驚きながらクラウスが問い返す。
「どうにかするとは、一体何をする気だ、マリウス?」
「勿論付与魔術を使って、解毒薬の効果を補う心算です」
マリウスは上着の内ポケットに入れてある特級魔物の魔石7個と、解毒薬と一緒に運んでくるように頼んだフレイムタイガーの魔石6個、アースドラゴンの魔石1個を使って、未だ試したことの無い希少級付与術式を使ってみる心算だった。
「うむ。それで我らはどうすれば良い?」
「広場の周りを警戒して下さい。“魔物憑き”が集まっているのを知れば、必ず賊もやって来る筈です。一人残らず捕まえて下さい」
マリウスはアメリーを振り返ると更に続けた。
「魔術師団に伝令を送って、出来るだけ水魔術師を集めて下さい」
「水魔術師ですか? 解りました」
マリウスはクルトたちのほうに振り返る。
「クルト達も周囲の警戒をたのむ。僕は広場に向かうよ。あ、ジェーンさんは僕と一緒に来てください」
「何をする気? まあ良いわ。一緒に行けば良いのね」
戸惑いながら頷くジェーンにマリウスが笑いながら言った。
「ハイ、お願いします。今日で全て終わらせます」
クラウスやフェリックス、クルト達が兵を率いて分散していく。マリリンとキャロラインはジェーンと一緒に付いてくるようだった。
「マリウス! 私はどうすれば良い?」
振り返るとエレンがワクワクした顔でマリウスを見ていた。
「えーと。エレンは……」
マリウスが少し困りながらエレンを見たが、マリウスの横でハティがブンブンと尻尾を振った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
広場には“魔物憑き”が溢れかえっていた。
体長が2メートルを超える、額に二本の角を生やした嘗ては人だった者達が、広場の中央に刺さった剣に群がる様に集まっている。
中には背中に二本の腕が生えている者や、肩にも角が生えた者、肌に鱗の様なものがある者まで、様々な異形の姿に変わった“魔物憑き”たちが皆、中央の剣に魅かれて集まっているようで、マリウスたちに気付かない様子だった。
彼方此方で“魔物憑き”どうしで殴りあったり、噛みついたり、炎を吐いたりしているが、傷ついても再生能力や強い耐性が有るので平気なようだった。
周囲の家もほとんど破壊されて、廃墟の様になった広場は正に地獄絵図のような様相だった。
マリウスに付いて来たジェーン達も顔が青ざめている。
運が悪ければ彼女達もこの中の“魔物憑き”になっていたかも知れなかった。
「本当に元の人間に戻せるの」
ジェーンが不安そうにマリウスを見る。
問題はどうやって解毒薬を投与するか、だった。出来れば振り掛けるだけでなく、いくらかでも“魔物憑き”に薬を飲ませたい。
「マリウス!」
振り返るとエルザとガルシア、マヌエラに率いられた騎馬の一団が広場に到着した処だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます