6―40  静かな怒り


(マリウス様。今何方で御座いますか?)


(クルト。僕は今エレンやマーヤたちと、広場の北の通りにある、魔法の水の卸問屋に向かってるところだよ。アメリーさんと、ジェーンさんたちも一緒だよ)


(解りました。我々も直ぐ向かいます)


 クルトとの念話を切ると、マーヤが通りの向こうの建物を指差して言った。


「ここです。ここがユルゲンさんのお店です」


 ユルゲンの店は門が閉じられていたが、アメリーと部下の兵士が門を蹴破って中に入って行った。


 マリウス達も後に続く。

 樽の並んだ店の中に入って行くと、50歳位の頭の禿げた男が頭を抱えて蹲って震えていた。


「ユルゲンさん!」


 マーヤが声を上げて近付くと、男は顔を上げてマーヤを見た。


「マーヤ! どうしたんだ。あの化け物はどうなった? この人たちは一体……?」


「店主! 答えてくれ。お前は昨日ゴールという少年に水を売ったな?」

 アメリーが前に出るとユルゲンの胸倉をつかんで詰め寄る。


「ひっ! は、ハイ。ゴールには確かに水を一樽、百本分売りましたが……」


「その水は誰が持ってきた?」


「で、デニスが持ってきました」


「デニスさんは近所に住んでる水魔術師です」


 マーヤが代って答える。マリウスがユルゲンに尋ねた。


「其のデニスさんは幾つ水を持ってきたのですか?」


「4樽です。ああ、一つはマーヤが買って行った分です、あとの二つはアルミンとトマが買って行きました。どちらも一樽、百本分です」


 全部で4樽400本分の水に『禁忌薬』が入っていたと云う事か。只マーヤの分は家にあるから、ばら撒かれてしまったのは最大300本という事になる。


「マーヤ、その二人の事は知ってる?」


「はい、二人ともこの近くで水を売っている仲間の子供たちです」

 マーヤが青い顔で答える。


「取り敢えずそのデニスという男のところに行ってみましょう、店主。案内してくれ」


「賊がいるかもしれません。僕も一緒に行きます」

 マリウスがアメリーに言うと、エレンがすかさず手を挙げる。


「私も一緒に行くわ」


「ダメだよ、危ないからエレンは此処で皆と一緒にいて」


「えーっ。嫌よ、ここだって安全かどうか解らないじゃない」


 それはそうだが、敵にはユニークの聖騎士とレアの水魔術師がいる筈である。

 さすがにエレンを連れて行くのは危ないと思っていると、店の表で声がした。


「マリウス様! こちらですか?」


「クルト! こっちだよ」


 クルトが、エフレムとセルゲイ、ノルンとエリーゼやダニエルとケント、ナタリー、カタリナを連れて入って来た。


「クルト。僕たちはこれから『禁忌薬』の入った水を運んで来た水魔術師のところに行ってくるよ」


「拙者もお供します」


「いや、クルトは此処でエレン様たちを守って欲しい」


 マリウスは自分とハティ、アメリーたちと、エフレム、セルゲイ、ケントでユルゲンを連れてデニスの所に向かう事にし、クルトやノルンたち、ジェーンたちは此処で留守番をする様に言った。


 クルトとエレンは不満そうだったが、二人は“結界”のアイテムを持っているので、ここで皆を守ってくれと言うと渋々頷いた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「“魔物憑き”を一か所に集めるだって。アースバルトの若様はそんな事も出来るのか?」


 ミハイルが一斉に移動を始めた“魔物憑き”たちを追跡しながら、アメリーの寄越した伝令に問い返した。


「ハイ。“魔物憑き”は南の下町の広場に集めて解毒薬を使って治すので、手を出さずに行かせてくれとの事で御座います」


「解毒薬も有るのか? 分かった。俺たちはどうすれば良い?」


 驚きながらミハイルが問い返す。


「住民の避難と怪我人の治療をお願いしたいそうです」


 ミハイル達もクラウス達が運んで来た新型ポーションを各自数本ずつ持たされていた。


 ミハイルがヴィクトルとターニャを見ると二人も頷いた。


「了解した。『野獣騎士団』は住人の救助に向かう」


 ミハイルの命で『野獣騎士団』の兵士達が数組に別れ、黒煙の上がる街の中に消えて行った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「なんと、解毒薬が完成したのか?」

 ガルシアが驚いて、アメリーの寄越した伝令に問い返す。


「ハイ、その様に伺っています」


「さすがカサンドラ・フェザー。最年少理事にして新生ギルドグラマスは伊達ではないな」


 エルザが満足げに頷いた。


 丁度街の方から、避難民を引き連れたアルバン達魔術師団の者が合流して来る。

 街の惨状に視線を向けながらエルザがマヌエラとアルバンに命じる。


「兵を割いて怪我人の治療と非難を進めよ。城の南門を開けて、避難民を受け入れる様に使いを出せ。魔術師団の者は街の消火にあたってくれ」


 数人の兵士が避難民を誘導し、親衛隊と魔術師団の者達が街に向かって消えて行くのを見届けながら、エルザがガルシアを見て言った。


「賊は一人も逃がさぬ。ガルシア、マヌエラ、私に続け」


 エルザはもう一度街に目を向けると、南に向かって馬を進めた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「マーヤ。どうかした?」


 エレンが青い顔のマーヤに声を掛けた。


「あ、いえ。あの、おかあさんの事が心配で……」


「あ。マーヤのおかあさん、大通りの食堂で働いていたんだっけ」


「はい……」


「じゃあ、探しに行こうか!」


 エレンが突然声を上げてマーヤの腕をとる。


「えっ。でも……」


 戸惑うマーヤにノルンが慌ててエレンを止める。


「ダメですよエレン様。マリウス様が此処で待つように言っていたし。街の中は危ないですよ」


「ここが安全とは限らないじゃない。あのお店ならすぐ傍だし、皆でいけば大丈夫じゃない」


「“魔物憑き”が広場の方に集まってるなら、大通りの方が安全なんじゃない」


 エリーゼもエレンに賛成する。


「それ、絶体ダメなやつだと思うけど」


 不安げに呟くジェーンにキャロラインが気楽そうに答えた。


「副団長さんもいるし平気だよ。もしかしたら何か食べられるかもしれないし」


 皆がクルトを見る。クルトは考えている様だが、不安げに泣き出しそうなマーヤを見ると頷いて行った。


「分かった。食事はともかく、母親は心配だ。マリウス様にお願いしてみよう」


「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるマーヤの肩をエレンが抱きしめた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「ここの2階の端の部屋がデニスの部屋です」


 ユルゲンが集合住宅の2階を指差す。

 “索敵”と“魔力感知”を同時に発動したマリウスの顔が曇った。


「どうかされましたか、マリウス様。敵ですか?」


 アメリーが訪ねるが、やはり“索敵”のアイテムを発動させていたケントが答えた。


「敵はいませんが、死体が三つあるようですね」


「死体が、三つだって……まさか!」


 ユルゲンが青ざめてケントを見る。


「デニスの家族は何人だ?」


 アメリーが答えを予測しながらユルゲンに尋ねた。


「女房と6歳の息子の三人暮らしです」


 ユルゲンが震える声で答えた。

 エフレムとセルゲイを先頭にアメリー達とケントが集合住宅の中に入って行った。


 ユルゲンも後について行くが、マリウスは中には入らずハティと外で待った。


 自分と同じ年ごろの子供の姿を見たくなかった。

 怒りで体の芯が冷たくなっていくような気がして、手が震えた。


 ハティが鼻面でマリウスの手に触れる。


 気が付くと爪が食い込むほど強く手を握りしめていた。


 クルトから念話が届いた。

 マーヤの母親が働いている食堂に向かいたいという話だった。


(うん、それは心配だね。解かった、僕達もそちらに向かうよ。ここには賊はいなかったから充分気を付けて)


 念話を切るとエフレム達が出て来た。

 アメリーがマリウスに首を横に振った。


「ああ、なんでこんなことを。未だ小さな子供まで……」


 後ろでユルゲンの鳴き声が聞こえる。

 マリウスは怒りを静めるように、深呼吸した。


「クルト達が大通りに移動しているから、僕達もそちらに向かおう」


 マリウスは擦れる声でそれだけ言うと、ハティと歩き出した。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「先生! 大丈夫ですか」


 クリスタはベッドに寝かされたブルクハルトの傍らに駆け寄った。

 王城の中の一室である。


 クリスタは薬師達の合同葬儀の後、クライン男爵に連れられて登城した。


 ラウラ達とアレクシス達が護衛に付いて来ていたが、控室に待たされてクリスタだけがクライン男爵に連れられて王城の奥に進んだ。


 初めて王城に入ったクリスタが緊張しながら通された部屋が、ブルクハルトの眠る病室だった。


 ブルクハルトの下半身にはシーツが掛けられていたが、意識は戻っている様だった。


「クリスタか? あなただけは無事だったのですね」


「先生」


「アヒムもデボラさんもカインも、他の診療所のみなも、全て死んでしまったのですか」


 ブルクハルトの目に涙が浮かぶ。


「先生……」


 クリスタの目からも、大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。


「さっきみんなを見送ってきました。あと、運よく往診に出ていたアルマは無事でした」


「そうですか、アルマも無事だったのですか、良かった……私も命は助かりましたが、この足ではもう医術師を続けるのは無理のようです」


 ブルクハルトがシーツを掛けられた自分の足の方に視線を向ける。

 彼の両足は膝の上から切断されていた。


 涙が溢れて止まらないクリスタに、部屋の隅に座っていた背の高い法服の男が声を掛けた。


「クリスタ・ルイスさん。実はあなたにお話が有って来て頂きました」


「あ、はい。あなたは?」


 クリスタが涙をハンカチで拭いながら、隅の男を見た。


「宰相ロンメル様ですよ」

 クライン男爵が教えてくれる。


「さ、宰相様。失礼いたしました。クリスタ・レインです」


 クリスタが慌てて立ち上がると膝を付いてロンメルに礼をとる。


 ロンメルはクリスタを手振りで立たせると、口元に笑みを見つめてクリスタを見つめたが、すぐ真剣な表情になって言った。


「クリスタさん。今日お呼びしたのは他でもありません。実はあなたに医術師ギルドのグランドマスター代行を御願いしたいのです」


 自分が何を言われたのか解らずに、クリスタが口を開けたままロンメルを見た。

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