6―31 ガルシア無双
雷を伴った理力の槍がジェーンの頭上を通り越して、エミールを襲った。
展開したままだったエミールの“フォースシールド”を粉砕した雷の槍を、エミールが辛うじて後方に跳び下がって躱す。
「奥方様の従者か、よく足止めしてくれた。後は儂にまかせよ」
地面にうつ伏せに倒れたジェーンが顔を上げると、馬に跨ったガルシア・エンゲルハイト将軍が立っていた。
エミールに駆け寄ろうとするニコラの足元に次々と矢が飛来し、ニコラが飛び下がりながら“フォースシールド”を展開する。
「あんたの相手は私だよ」
ニコラの後ろの路地の陰から剣を抜いたキャロラインが飛び出すと、二コラに向かって“剣閃”を放った。
ニコラは振り返って理力の盾で“剣閃”を防ぐと、剣を構えてキャロラインと対峙した。
ガルシアは馬を降りると『神槍グングニル』を構えて、エミールを睨み据えた。
エミールとニコラが、ガルシアとキャロラインに前と後ろを塞がれていた。
マリリンが弓を構えたままジェーンの傍らに寄るとジェーンに手を伸ばした。
「大丈夫ジェーン? 立てる?」
ジェーンはマリリンの手を取って、よろよろと立ち上がると、マリリンを見た。
「だ、大丈夫よ。でもヤバかった、ホント死んだかと思ったわ」
「あいつ絶対ユニークね。将軍にビビってないみたい」
槍のガルシアことエンゲルハイト将軍は老いたとはいえ、大陸に名を馳せるユニークの槍士であり東の公爵家の武の象徴である。
臆した様子も無くガルシアを睨むエミールの体を、理力のオーラが包んでいく。
ガルシアは眉を顰めると、エミールに呼応するように構えたグングニルに理力を集中し始める。
「若造、仲間は全て捕えた。残るはお前たちだけだ。大人しく下れば取り敢えず命だけは助けてやる」
エミールはガルシアの言葉には答えずに、ミスリルの細剣をガルシアの足元に向けて構えると、再びユニークアーツ“ドラゴンブレス”を放った。
ガルシアもすかさずレアアーツ“龍槍雷砲”を放つ。
二つの理力の光が激突して爆風と雷を伴って弾けた。
エミールの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「馬鹿な! 私の“ドラゴンブレス”をレアアーツ如きで相殺しただと。老いぼれ! どんな手品を使った!」
「ふふ、儂のグングニルは特別仕様でな。鈍らなアーツなど通用せんわ」
ガルシアは特別にマリウスから『神槍グングニル』に“物理効果増”と“魔法効果増”、“貫通”、“強化”を付与して貰っていた。
もともとユニークの槍が、最早レジェンドに進化している。
マジックグレネードを使おうと懐に手を突っ込んだニコラの肩を、マリリンの放った矢が貫いた。
すかさず踏み込んだキャロラインがニコラの胴を払う。
ニコラが斃れた後にキャロラインの姿は消えていた。
ユニーク二人の戦いに巻き込まれる前に、素早く路地から離脱したようだった。
改めて槍を構えるガルシアを、初めて表情に余裕をなくしたエミールが、鬼の形相で睨みつけた。
レアアーツ“ホーリーソード”を発動したエミールの20メートル程もある光の剣が、振り回す度周囲の建物を粉砕し、瓦礫がガルシアに向かって弾け飛ぶ。
ガルシアは『神槍グングニル』に理力を込めると次々と中級アーツ“槍影”を放った。
雷を纏った光りの槍が瓦礫を粉砕し、エミールに向かって突き抜けて行く。
前面に展開していた三枚の“フォースシールド”を次々に砕かれながら、エミールも光の剣を振るって“ブレイドキャノン”を放った。
ガルシアが左手の肘に装着した盾で、理力の砲弾を受け止めると、“物理反射”と“魔法反射”を付与された盾に弾き返された“ブレイドキャノン”が、エミールに向かって飛来する。
エミールは後方に跳び跳ねて自分の“ブレイドキャノン”を躱しながら、自分の圧倒的な不利を感じていた。
自分と同格の相手が、明らかに自分より遥かに優れた装備を手にしている。
これも恐らく裏にマリウスがいる事にエミールは気付き始めていた。
やはりマリウスを討たなければこの劣勢を覆す事は出来ない。
既に包囲網の外側に抜け出しているが、戦闘の騒ぎを聞きつけて兵士達が此方に向かってくる足音が聞こえる。
エミールは何とかこの場を脱出する事に頭を巡らせながら、再びガルシアに向けて“ドラゴンブレス”を放った。
「ガルシア将軍圧勝じゃん。あの聖騎士もかなりヤバい奴みたいだけど全然勝負になって無いね」
路地裏を迂回してジェーンとマリリンの処に合流したキャロラインが、エミールとガルシアの戦いを見ながら二人に呟いた。
「若様の特別仕様だものね。今ならアークドラゴンでも余裕で倒せるんじゃない」
ジェーンに肩を貸しながら、マリリンも頷いた。
「早く此処を離れましょう。ユニーク同志の戦いに巻き込まれたら大変よ」
ジェーンが二人の戦いを見ながら、青い顔で言った。
ガルシアが盾で弾いた聖騎士のユニークアーツの光の柱が、夜空を切り裂いて煌煌と周囲を照らし出す。
三人は路地に向けて走ると、戦いの場から距離を取るべく市街地の方に逃げた。
路地を二つ抜けると、騎士団の兵士達が野次馬に集まった市民たちを、ロープを張って堰き止めている現場に出た。
避難させられていた市民も、度々上がる爆音と閃光に引き寄せられて百人近い野次馬が集まって、夜空の光を指差しながら騒いでいた。
再び爆音が響き渡り、稲妻が夜空を引き裂いた。
おそらくガルシアの槍の攻撃であろう。
群衆が騒めきながら夜空を見上げる。
騎士達も爆音に釣られて、光の方を振り向いた隙に、10歳くらいの三人の少年たちが頷き合うと、ロープを潜って騎士達の横をすり抜けて駆けだした。
好奇心を抑えられなくなった子供たちであった。
「あっ! そっちに行っちゃ駄目よ!」
ジェーンが叫ぶと騎士達も少年たちに気が付いて後を追うが、重い鎧を着た騎士達は少年達になかなか追いつけないようで、少年たちは路地に飛び込んで行った。
キャロラインとマリリンも慌てて後を追う。
「あっ! ちょっと待ってよ!」
魔力切れのジェーンは付いて行けず、その場にへたり込んで二人を見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガルシアの放った“龍槍雷砲”が三枚展開したエミールの“フォースシールド”を全て粉砕するが、エミールは構わず“アクセル”で雷の槍を躱しながらガルシアに迫った。
ガルシアが放った『神槍グンニグル』の必殺の一撃を紙一重で躱すと、ガルシアに向かって光速の剣を振り下ろす。
“エンハンスメント”で強化されたミスリルの長剣を、ガルシアは肘の盾で受け止めた。
盾に付与された“物理反射”の衝撃を受けてエミールが後方に弾き飛ばされた。
受け身を取りながら素早く立ち上がったエミールは、辛うじて剣を離さずにいたが剣を持つ手に激痛が走り、左手に細剣を持ち替えてガルシアを睨みつけた。
ガルシアの体が理力のオーラに包まれ、手にした『神槍グンニグル』が輝きを増す。
ガルシアがユニークアーツを放つ殺気に反応して、咄嗟に“フォースシールド”を五枚目の前に展開したエミールの視線の端に、ガルシアとエミールの間の路地から飛び出した三人の子供の姿が映った。
エミールが口角を上げると、懐から黒い球を取り出して素早く子供達に向けて投げつけた。
子供達に追いついたキャロラインとマリリンが目の前に転がる黒い球を見ると、子供達を抱える様にして庇った。
二人の革鎧は勿論マリウスの付与が付けられている。
“瞬動”で移動したガルシアが更にキャロライン達と黒い球の間に立って盾を構えた。
“ヘルズデトネーション”の爆風を盾に付与された“魔法反射”が前面に弾き返し、周囲の家屋が粉砕される。
噴煙が晴れて視界が戻った時、エミールの姿は既に消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フレデリケ・クルーゲが机の上に置いた黒い球を見て、ラウム枢機卿やブレドウ伯爵たちが目を剥いた。
「それは、まさか! 何故あなたが?」
「勿論公国から仕入れた本物ですよ」
フレデリケがそう言って笑った。
「此方に持ってくれば高く買って頂けると思いまして」
「それをいったい幾つ買って欲しいのですか、まさかこれ一つというわけでは無いのでしょう?」
自分を睨む枢機卿にフレデリケが怪しい笑みを浮かべて言った。
「特級火魔法が6百個、特級風魔法が4百個の、合わせて千個。一つ百万ゼニーでお譲りしますわよ」
「せ、千個だと! いやそれは真ですか?」
レアクラスの魔術師が一日に使える特級魔法は精々20回前後である。千個のマジックグレネードはつまり一日で使えば特級魔術師50人分の戦力に匹敵する。
使いようによっては戦の勝敗を決するほどの物量である。
マジックグレネードはシルヴィーが大量に持ち込んでいるがそれでも精々二百個程であり、教皇より特別に持たされたもので、千個というのは本国の保有量に匹敵する数だった。
「しかし百万ゼニーは高すぎる。全部で十億は法外ではないか」
ブレドウ伯爵が食い下がるが、フレデリケはラウム枢機卿に向かって言った。
「たかが十億ゼニーで今の状況を逆転できるなら安い買い物だと思いますが。そうですね、それでは全部お買い上げいただけたらサービスにポーションを一万本お付けしましょう。どちらも今一番欲しい品物なのではありませんか」
王家が解放したポーションは当然教会には卸されていない。
今の状況では治療費を下げるしか対応する手段が無いが、本国から取り寄せているポーションの原価と輸送費を合わせると今の市場価格よりも高くなり、価格競争ではとても太刀打ちできるとは思えない上、市場に下ろされたポーションの量は数万本と聞く。
確かに悪い取引では無いと枢機卿は思った。
マジックグレネードに関しても、密かに動かせる戦力の当てが枢機卿には有った。
「しかし何故? そのような事が宰相に漏れればあなた達も只では済まないでしょう」
「商業ギルドの立場はあくまで中立。中立とは二つの勢力が均衡していてこそ成り立つのです。このまま行くとあまりにも宰相様の方が有利過ぎて商売に障りがありますわ」
嫣然と微笑むフレデリケにラウム枢機卿も肩を竦めて頷いた。
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