6―30  ジェーンの奮闘


 今回の作戦はマリウスとアースバルトの騎士団は参加せず、ガルシア軍と王都の第6騎士団で、潜入した聖騎士達をまとめて捕縛する事になっているが、ジェーンたち三人はエルザの召集で強制参加させられる事になった。


 包囲陣の一番後方から支援する予定だったジェーンだったが、どうやら一団から離れて別行動する二人組の敵に遭遇してしまったらしかった。


 路地を一つ挟んで追走しながら如何するか考えていたジェーンの目の前で、突然路地の脇の家屋が理力の光に粉砕されて、瓦礫がジェーンの上に降り注いだ。


ジェーンは慌てて後ろに下がりながら、目の前に“アイスウォール”を張って瓦礫を防ぐと、氷の壁から素早く移動する。


 予想通りジェーンが立っていた場所の氷の壁が、“ブレイドキャノンに砕かれて飛び散った。


 砕けた壁の向こうにエミールとニコラが立っていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ご、五万人ですか?」


 レオンが呆然と呟いた。

 騎士団の屯所の会議室である。


 五万人の移民をマリウスが引き受けたというマルコの連絡にクレメンス、レオン、イエル、クリスチャンが急遽集められていた。


「成程、帝国内の獣人、亜人を全て引き受けるという事ですね」


 感心して頷くイエルにクレメンスが目を剥く。


「どうするのだそんな途方もない人数、アースバルト家の領民全てよりも多い人数ではないか」


「む、無理ですよそんなに大勢! 住むところも食料も用意できませんよ!」


 レオンも我に返ると、声を上げる。

 クリスチャンも青い顔で頷いている。


「落ち着いてください、未だ若様が相手に受け入れると提案しただけで、今直ぐ五万人がやって来るわけではないでしょう。恐らく相手もこれから国元に帰って全員と協議し、希望者が移住して来るという流れに成るのではないですか。恐らく実際にここに来るのは数か月先になるでしょう」


「それは確かに。しかしいずれにしても数万の人間を受け入れる事に変わりはないのではありませんか?」


 レオンがやっと落ち着いて、イエルに問い返した。


「しかし広い帝国の国境沿いに点在して暮らしているという獣人、亜人が全員一斉に移動して来るとは考えにくいですし、帝国も彼らをすんなりと出すとも思えません。恐らく数千か、数百単位で順次移動して来る事になるでしょう。差し当たって考えるべきは、移住者たちの住居、食料、仕事等ですか。秋の収穫量はどのくらいになりそうですか?」


「春播きの麦、カトフェ芋、野菜、豆類などで恐らく一万人が半年消費するほどの量は収穫できるでしょう」


 移住者たちが順調に新しい畑を耕作しているので、それなりの収穫は期待できる。


 イエルがレオンの返事に頷いて言った。


「少し心元無いかもしれないですね、ダックス氏に辺境伯家から食料の輸入を手配させましょう。辺境伯家は豊作のようですから問題ないでしょう」


「住居はどうする、これから暖かくなると言っても皆に野宿させるわけにはいかないだろう。王都から薬師と魔道具師も移住して来る事になっておるし」


 クレメンスが難しい顔で言うとイエルも頷いた。


「現在幽霊村に薬師たちと討伐隊の拠点の砦と工房、住居を建築中ですから、騎士団と冒険者、薬師の半数はそちらに移る事になるでしょう。騎士団の宿舎は元々広く作ってありますから、二つの宿、集会所と合わせてたちまち6、700人位は収容可能でしょう。それに現在拡張したゴート村、ノート村に未だ300人以上は住める家を建設出来る筈です。あとは急ぎ村を拡張していくしかありませんが恐らくゴート村、ノート村、幽霊村の拡張だけでは土地が足りなくなると思われます」


「成程、新たな村の建設を考えねばならなくなるな、分かった。私の方で幾つか候補地を検討してみる」


 クレメンスが頷くと、イエルが皆を見回しながら言った。


「私は明日エールハウゼンに行ってホルス様と協議して参ります。あちらでも移民を引受けて貰う事になるでしょうし、人夫の追加募集も御願いしてきます。全てはマリウス様が帰られてからになると思いますが、直ぐに仕事が始められるように準備をしておきましょう」


 全員がイエルの言葉に頷く。


「大変な事になるでしょうが、これを乗り切る事が出来れば、ずっと抱えていた人手不足の問題は全て解決する筈です。マリウス様の躍進の為に全員で協力して事に当たりましょう」


「ふふ、そう言われちゃあ張り切らざるを得んな。人手が必要なら騎士団からも応援を出すぜ」


 マルコが笑って言うとレオンも頷く。


「フランク親方、ベン親方、コーエン親方にも話を通しておきましょう。資材の手配もしておいた方が良いですね」


 皆の顔に血の気が戻って来ている。


 ここにいる者達は元々心の底で理解していた。

 マリウスに付いて行くという事はつまりこう云う事なのだと。


 自分達の主は止まる事を知らず前に進み続ける。自分達は全力で彼に付いて行くしかないのだと。


 五人は互いに頷き合うと、自分達の使命を果たすべく部屋を出て行った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「何故付いてこられる? 成程“魔力感知”か」


 エミールがジェーンを睨みながら呟いた。


 “探知妨害”のアイテムを装備している自分達を女魔術師は一定の距離でずっと追いかけてきていた。


 しかも自分達は“アクセル”を発動してかなりの速度で走っていたにも関わらず、女魔術師は引き離されることなく自分達を追ってきていた。


 “魔力感知”なら“探知妨害”のアイテムを使っていても、魔力量が多い者の気配は察知できるそうだが、上級スキルであるし相手を判別できるほど使いこなすには、それなりに修練が必要と聞いている。


 公爵家の魔術師だろうか、未だ15、6歳に見えるが上級水魔法を使いこなしていたし、魔法の威力もかなりのものだった。


 レオとニコラだけなら倒されていたかもしれない。


 この女はここで殺しておいた方が良い。

 エミールの殺意に反応して、ジェーンが“アイスジャベリン”を三連射する。


 “フォースシールド”を展開して氷の矢を防ぎながら、“アクセル”で迫るエミールの光速の一撃を、何とか躱す事が出来たのはマリウスの持たせてくれたペンダントに付与された“速力増”、“筋力増”の御蔭だった。


 ジェーンは後ろに下がりながら再び“アイスウォール”をエミールとの間に張ると、踵を返して逃げ出そうとしたが、脚が縺れて転倒する。


 そう言えば上級魔法を連発している。魔力量がもう一桁しか残っていなかった。


 氷の壁が粉々に粉砕されて、欠片がジェーンに降り注いだ。

 ジェーンを見つけたエミールが、止めを刺すべく剣を振りかぶる。


 ジェーンが思わず目を閉じた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「クシュナ―将軍は王城に捕えられている様で御座います。第2騎士団も武装解除されて屯所で拘束されている模様。最早第2騎士団の戦力は当てになりません。猊下、我らは如何すれば宜しいでしょうか」


 顔から血の気の引いたブレドウ伯爵が、ラウム枢機卿に問う。


「くっ! トッドの奴も不甲斐ない。すぐに儂の処に逃げ込めばよかったものを」


 第7騎士団長マークス・バンベルク将軍が苦々し気に吐き捨てる。


「どうやら宰相に先手を取られてしまったようですね」


 ラウム枢機卿が忌々し気に呟き、シュタイン侯爵が歯噛みした。

 王都クレスト教会本部神殿の奥の一室である。


 シルヴィーが公爵領で騒ぎを起こし、エルドニア帝国の兵がエール要塞に迫れば、王都の公爵騎士団も国元に引き上げざるを得なくなると見越した上で、ブレドウ伯爵たち親教皇国派貴族の軍を王都に集結させ、軍事力の優位を背景に宰相とポーションの交渉を行う心算であったが、公爵領で事が起こる前に主力ともいえる第2騎士団を失う事になってしまった。


 更に王都と近辺の王領の都市に王家が放出したポーションが安価で出回り、数日前から教会に治療を求めるものが途絶えた。


 王都周辺の中立派だった貴族が数家、ロンメル陣営に付いたという噂も入ってきている。


 枢機卿は自分達がじわじわと追い込まれている事を思い知らされていた。


「此の儘では、儂の元にもロンメルの手が伸びるやもしれません。儂は国元に引き上げようと思いますが……」


「それは止めた方が良いでしょう。今王家に無断で国元に引き上げれば、謀反の罪を着せられて討伐されるのが落ちですよ」


 ラウム枢機卿の言葉にブレドウ伯爵の顔から更に血の気が引く。


「それでは我らはどうすれば……」


 ブレドウ伯爵の言葉を遮る様にドアが開き神官が入ってくる。


「猊下、御来客ですが」


「今は大切な会議中なので帰って貰いなさい」


 ラウム枢機卿が不機嫌に怒鳴ると、神官が困ったように答えた。


「それが、此処にいる皆様にも御用がおありとか」


 ラウム枢機卿が眉を顰めながら言った。


「いったい誰が来たと云うのです」


「ハイ、商業ギルドのフレデリケ・クルーゲ様です」


 意外な来客の名に一同が戸惑って顔を見合わせた。


「クルーゲ女史が我らに何の用が……?」


 ラウム枢機卿は少し迷ったが、皆を見回して頷くと神官に言った。


「ここにお通ししなさい」


 神官がフレデリケを伴って戻って来る。


「皆さまお揃いの様で。今日は皆さまに良い御話をお持ちしました」


 フレデリケが一同を見回して、優雅に礼をとると、怪しく微笑んだ。




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