6―29  三人娘の戦い


 騎士達がすかさず散開して身を伏せる。


 ブルーノは剣を抜くと、構わずに男に向かって駆け出した。


 ブルーノの前で閃光が弾けて、特級火魔法“ヘルズデトネーション”の爆発と炎が周囲の家屋をなぎ倒す。 


 踵を返して逃走しようとしたレオは、爆炎の中から飛び出したブルーノに、背中から斬られて血しぶきを撒き散らしながら倒れた。


 ブルーノは振り返って部下たちが無事なのを確認する。


 “物理防御”、“魔法防御”、を付与された鎧は特級魔法の炎と爆風を全く寄せ付けていなかった。


 宿舎の中から冒険者風の装備を着た者達が、剣を抜いて次々と表に飛び出して来る。


 公爵騎士団から一斉に矢が放たれた。


 数人の冒険者姿の聖騎士が、“フォースシールド”を前面に展開して矢を弾きながら、“ブレイドショット”を放ってくる。


 公爵騎士団の騎士達は理力の弾丸を躱しもせずに鎧で受けながら、一斉に聖騎士達の中に斬り込んで行った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「始まったな」


 西門近くの城壁の上、衛兵の宿舎に近い辺りに陣取ったアメリ―は“ヘルズデトネーション”の炎で浮かび上がる宿舎を見下ろしながら呟いた。


 特級火魔法が合図の様に、宿舎から飛び出した冒険者に変装した聖騎士達と、公爵騎士団の騎士達との戦闘が始まった。


 アメリ―が初日に聖騎士達を発見したときに使われて、兵士に多大な被害を出してしまったマジックグレネードと同じ“ヘルズデトネーション”の爆発に、公爵騎士団の兵士は全く被害を受けていなかった。


 マリウス・アースバルトが付与したアーティファクトはやはり、特級魔法も寄せ付けない様だった。


 アメリ―は“暗視”スキルを発動すると、夜空に向かって弓を構え、“遠射”、“的中”、“貫通”、“追尾”、“連射”のアーツを同時に発動して5本の矢をほぼ同時に放った。


 夜空に消えて行った矢は戦場の上に降り注ぎ、マジックグレネードを構えた聖騎士の腕、剣を構えた聖騎士の肩、呪文を唱えかけた魔術師の背中に正確に突き刺さる。


 恐らくアドバンスドであろう聖騎士が理力の盾で辛うじて二本の矢を弾いた。


 アメリ―は舌打ちしながら次の矢を番えたが、彼女が暗視で捕えていた聖騎士の胸に夜空から飛来した矢が突き立った。


 アメリ―に腕を貫かれた聖騎士が落したマジックグレネードが地面で破裂し、“ゴッズラース”の雷の閃光が周囲を照らす。


 アメリ―が傍らを振り向くと20メートル程向こうの城壁の上で弓を構えていた少女の姿が、雷の光に浮かび上がった。


 確か公爵夫人の従者だと紹介された少女だった。


 此の暗闇でこの距離から正確に乱戦の中の敵を射抜いた少女にアメリ―は少し驚いていた。


 未だ15、6歳に見えるが、複数のアーツとスキルを同時発動できるだけの実力と理力量を持っている様にはとても見えなかった。


 アメリ―は気を取り直すと再び夜空に向かって矢を放った。


 弓を構えた少女、マリリンはマリウスから貰った“暗視”と“索敵”のアイテムの力で、次の標的に狙いを定めると、“飛距離増”、“的中”、“貫通”、を付与された矢を次々と夜空に放っていった。


「自分のスキルを使わなくていいから楽ね」


 マリリンはそう呟くと、明かりの灯るベルツブルグの町並みを見下ろした。


「ジェーン、大丈夫かな。久しぶりで大分肩に力が入っていたみたいだけど」


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


 “ゴッズラース”の轟音が響き渡り、衛兵の宿舎が半壊する。


 崩れて埃を巻き上げる建物の裏側から三人の聖騎士が駆け出して来た。


 先頭を走る聖騎士に向けて、拳を構えた白熊獣人のヴィクトルが上級アーツ“気功砲”を放った。


 聖騎士が“フォースシールド”を展開して衝撃波を弾くと“ブレイドショット”を放ち返した。


 ヴィクトルの陰から飛び出した『野獣騎士団』団長ミハイルが背中の長剣を抜きながら理力の弾丸を弾き飛ばすと、そのまま“瞬動”で先頭の聖騎士に迫った。


 魔術師らしい男がミハイルに向けて“ファイアーストーム”を放つが、ミハイルは躱しもせずに鎧で受け止めた。


 続けて魔法を放とうとする魔術師の腹をターニャの投げたダガーが貫いた。


 炎の渦を潜り抜けたミハイルの剣が振り下ろされるのを、聖騎士は辛うじて理力の盾で受け止める。


 剣でミハイルの胴を横薙ぎに払うが、剣は鎧に阻まれて弾き返された。

 聖騎士がミハイルの二激、三激を捌ききれずに肩に斬撃を受けて剣を落した。


 獣人の兵士達が素早く魔術師と聖騎士を押さえつけて拘束する。


 もう一人の聖騎士と対峙していたヴィクトルが聖騎士の理力の盾に阻まれて、後ろに下がると、横から茶髪の少女が聖騎士に向かって飛び出した。


 聖騎士が再び“フォースシールド”を展開するが、少女は構わず理力の盾を上段に振りかぶった剣で粉砕した。


 少女は驚愕する聖騎士の横を“瞬動”で駆け抜けながら、聖騎士のプレートメイルを纏った横腹を剣で切り裂いた。


「やっぱり若様に貰った剣はすっごく切れるな」


 キャロラインは“強化”と“物理効果増”、“切断”、“貫通”、を付与された、ドラゴンの鱗で鍛えた剣をしげしげと眺めながら呟いた。


「ここは片付いたみたいだけどジェーンは大丈夫かな?」


 キャロラインは独り言を呟きながら振り返ると、明かりの灯る市街地の方に視線を向けた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 エミールはニコラを伴って“気配察知”を働かせながら、包囲の隙間を駆け抜けていた。


 “探知妨害”と“鑑定妨害”のアイテムは二人とも作動させている。


 暗い路地を進むエミールたちの前に突然氷の壁がせり上がって、彼らの行く道を塞いだ。


「ここから先には行かせないわよ!」


 氷の壁の上で銀髪の15,6歳くらいの少女が、腰に手を当ててエミールたちを見下ろして言い放った。


 後ろから自分を追う兵士の足音が聞こえてくる。

 エミールは剣を抜くと氷の壁に向かって“ブレードキャノン”を放った。


 理力の砲弾が氷の壁を粉砕する。

 少女、ジェーンは壁から飛び降りながら“アイスジャベリン”をエミールたちに向けて三本放った。


 エミールが“フォースシールド”を三枚展開して氷の槍を叩き落とし、ニコラがジェーンに向かって駆け出そうとした次の瞬間、狭い路地が氷に包まれて真っ白になった。


 エミールとニコラの脚元が氷に包まれていく。

 二人は“魔法耐性”を全開にしながら白く凍っていく路地から跳び下がった。


 路地の反対側から十数人の公爵騎士団の兵士が剣を抜いて、此方に向かって駆けて来るのが見えた。


 振り返ると水魔術師の少女は“アイスウォール”を更に二重に構えて退路を塞ぎ、姿を隠していた。


 ニコラが懐からマジックグレネードを取り出すと、此方に向かってくる公爵騎士団の一団に向かって投げつけた。


 先頭を走る指揮官らしい騎士の合図で全員が立ち止まって身を伏せた。

 エミールたちも“魔法耐性”を発動したまま身を伏せる。


 公爵騎士団の目の前で特級火魔法“ヘルズデトネーション”の爆炎が上がった。

 路地の両脇の家屋がなぎ倒されて土砂が舞い上がる。


 噴煙の向こうで公爵騎士団が立ち上がる姿を見て、エミールは報告に有った通り、マジックグレネードの特級魔法が公爵騎士団の兵士に通用しない事を知った。


「全て僕が無効にするからです」


 マリウスの言葉が頭を過る。

 エミールはこれが恐らくマリウスの力だと感じていた。


 ライアン達の『禁忌薬』を使って街に混乱を起こす作戦も、マリウスに封じられてしまったのだろう


 自分達は決定的に間違っていていたのだ。

 何よりも優先すべきはマリウスの抹殺だった。


 ピエールとラファエルの作戦はある意味正しかった。

 あそこで全戦力を投入していれば、或いはマリウスを討ち取れていたかもしれない。


 結果、マリウスは西の公爵を葬り去り、王国内の親教皇国派の勢力は力を失い、更に『奇跡の水』だけでなく新薬の開発で、確実にクレスト教会の頭を押さえつけつつある。


 マリウスが宰相とグランベール公爵の陣営に与した時点で、全力で排除すべき存在だったのだ。


 エミールは剣に理力を集中させながら、なんとしてでもこの場を脱出する事を考えていた。


 騎士達の鎧が魔法も物理攻撃も寄せ付けないのなら、彼らの立つ足場を破壊する。


 エミールは剣先を下に向けて構えると、ユニークアーツ“ドラゴンブレス”を放った。


 剣から放たれる理力の光の奔流が、土砂を巻き上げながら地表を深々と抉ぐっていく。


 数名の騎士達が逃げ遅れて、足元の地表に開いた10メートル程の深さがありそうなクレバスの中に落ちて行った。


 路地の両脇の建物が、ニコラの投げ込んだマジックグレネードの“ゴッズラース”と“ヘルズデトネーション”の爆炎と雷で弾け飛び、巻き上げられた瓦礫と粉塵が騎士達の上に降りかかる。


 粉塵が晴れて視界が戻った時、エミールと二コラの姿は騎士達の前から消えていた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 

「ヤバいわね。絶対あいつユニークね」


 ジェーンは自身のスキル“魔力感知”で逃走する二人の聖騎士を追っていた。


 マリウスに水道部長に任命されて魔物討伐からは暫く離れているが、それでも基本レベル14のアドバンスドの水魔術師であるジェーンは、マリウスから与えられた装備やアイテムを装着している。


 聖騎士達に後れを取る事は無いと思っているが、相手の一人が明らかに自分よりも格上なのを感じていた。



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