6―27  アーティファクト


「あの歳で親衛隊の隊長さんだから仕方が無いんでしょうね」


 エリーゼがそう言いながら、店員がテーブルに並べたお薦め料理を皿に取り分けていく。


「わあ、いい臭い。美味しそうね」


「それじゃあ始めようよ」


 皆のテーブルに料理が届いたのを見て、マリウスが言った。


「辛い、でもおいしいわこれ」


「そうでしょう、一度食べたら病みつきになる辛さですよ」


 エレンとエリーゼが香草とスパイスで煮込んだ羊肉の煮込みを絶賛している。

 マリウスも一口食べてみた。


 確かに辛いがそれ程でもない。むしろ食欲をそそる辛さだ。

 香草が肉の臭みを消してくれている。少し舌がひりひりするが嫌ではない。


 ゴート村でもこの香草を育てられないだろうか、あとで誰かに聞いてみよう。


 ハティは辛いのは嫌いらしく、一口食べると皿を前足で脇に避けて、もう一つの皿の鶏のローストを骨ごとバリバリ食べている。


 マリウスは仕様がないのでハティに鶏ローストをもう二皿頼んだ。


「ノルン、お肉を避けるの、止めなさいよ。行儀悪いわよ」


「エリーだって人参を避けているじゃないか」


「マリウス様、こっちの川魚のフリッターも美味しいですよ」


「ノルン君、そこの塩を取って」


 ノルンが隣のテーブルのカタリナに塩の壺を渡すと、代わりにサラダの大皿を受け取っている。


 何時ものようにがやがやと食事をするマリウス達を、エレンが楽しそうに見ている。


「私、大勢で食事するの、初めてだわ」


「え、そうなの。でもエルザ様は大勢で食事するのが大好きみたいだったけど」


 マリウスが皆と一緒に食事するのはエルザを真似たのだった。


「御父様が嫌がるの、直ぐ喧嘩になるからずっと別々に食事しているわ、それに母様はしょっちゅう城を開けているから」


 寂しそうに笑うエレンにマリウスが言った。


「うちではいつもみんな一緒にご飯を食べるんだよ、がやがや煩いけど楽しいよ、エレン様もそのうち遊びにおいでよ」


「本当に? 約束よマリウス、それと私の事はエレンって呼び捨てにしていいわよ」


 ツンと上を向いて赤い顔でそういうエレンに、エリーゼとノルンがちらりと視線を見合わせると、ジト目でマリウスを見る。


 マリウスは二人の視線に気づいた様子もなく、川魚のフリッターを摘むと、ハティの皿の上に投げて、ハティの頭を撫でた。


「ハティと仲が良いのね」


 エレンが羨ましそうにハティを見ている。


「チェパロ様は呼ばないのですか」


「呼んでも10分くらいで魔力切れになっちゃうから、夜寝る前にお話しするだけよ」


 エレンが寂しそうに言った。


 確かに昼間に倒れられたら困るかも。

 マリウスはハティの頭を撫でるエレンを見ながら、最初に会った日の事を思い出していた。


 マリウスはエレンにプレゼントを用意していたのに、あの騒ぎで渡しそこねていた。


「クルト、今アレ持ってる?」


 隣のテーブルのクルトに呼びかけると、クルトがにやりと笑って、床に置いてある背負い鞄から布の包を出して、マリウスの元に持ってきた。


 マリウスはクルトから包を受け取ると、エレンの方を向いた。


「エレン、この間渡しそびれちゃったけど、君にプレゼントがあるんだ」


 そう言ってマリウスは布の包を開くと、30センチ位の鞘に入った短剣を取り出した。


 マリウスが、ステファンに貰ったミスリルの剣の先を切って、短くして貰った時の先端の材料を、ブロックに打ち直して貰った物だった。


 柄にも鞘にも、ナターリアに綺麗な花模様の細工をして貰った短剣には、マリウスの手によって“物理効果増”、“魔法効果増”、“治癒”、“結界”の四つの付与が付けられている。


「綺麗、ありがとうマリウス」


 エレンが短剣を嬉しそうに受け取って、鞘から抜いて眺めた。


「夜、チェパロ様を呼び出すときその短剣を身に付けてから呼び出してみて」


「何か魔法が仕掛けてあるのね」


 エレンの瞳が好奇心でキラキラ光っている。


「いつも身に着けていたら、きっとエレンを守ってくれるよ」


 マリウスがそう言うと、エレンは短剣を大事そうに胸に抱えた。


 両方のテーブルからクルトやダニエル、ケントやナタリーたちが生暖かい目でマリウスとエレンを見守っている。


 ノルンとエリーゼがまたちらりと視線を合わすと、少し苦笑して肩をすくめた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それで、どうして皆さん私の診療所に来たんですか?」


 クリスタがお揃いの革鎧を着た『ローメンの銀狐』のヘルミナとダミアン、公爵騎士団のカイとバルバラを見た。


「だから言ってるじゃない。やっぱりあの女、ラウラが言った通り、滅茶苦茶ヤバい奴だったんだって」


「そうなんだクリスタ。俺たちは仕方がないからクライン男爵に改めて護衛として雇われて、屋敷で匿って貰える事になったんだけど、ラウラがクリスタも危ないんじゃないかって」


 ダミアンの話にクリスタの顔色が変わる。


「えっ、なんで私が?」


「あんたが私達の仲間なのは調べればすぐに分かるから、絶対アイツらあんたの事を狙ってくる筈だって」


「そ、そんな。私困ります。診療所を休めないし、患者さん達も待っています」


 今はお昼休み中だが既に待合室に、患者が5、6人待っていた。


「うん、多分あんたがそう言うと思って、仕方がないからあたし達があんたの警護に来たんだよ。でももし彼奴らがここを襲ってきたら、患者さん達も危険かもしれないよ」


「えっ、それは駄目です! 何でそんな事になるんですか?」


「巻き込んじゃって御免。でも本当にヤバい奴らなんだ」


 ヘルミナとダミアンがクリスタに頭を下げる。

 ヘルミナたちの後ろからバルバラがクリスタに声を掛けた。


「まあ今日は私達が警護しているからいつも通りにしていて良いよ。終わったら取り敢えず自分の家には戻らずに、私達と一緒にクライン男爵の屋敷に行こうよ、うちのアレクシスとあんたたちの残りの仲間は男爵を警護しているから」


 クリスタがバルバラとカイを見ながら首を傾げる。


「貴方達は確かこの前先生と一緒にいた、公爵騎士団の人達ですね。でも何で公爵騎士団の人が一緒なの?」


「私達は宰相ロンメル様の命で彼らと行動を共にすることになったのです」


 カイがそう言うと手に持っていた袋をクリスタに差し出した。


「さ、宰相様が何で? それに何ですか、それは?」

 クリスタが眉を顰める。


「貴方の分のアーティファクトです。クライン男爵が特別に私達に支給して下さった物です」


 クリスタが中を覗くとヘルミナ達と同じコート風の薄手の革鎧と革のズボン、革の腕輪が入っていた。


 勿論マリウスが付与した、アースバルト騎士団の装備と同じものである。


 マリウスはクライン男爵に、騎士団の予備の装備を全部で12組渡していた。

 男爵は自身とアルベルト、モーゼル将軍とルチアナに一つずつ送っていたが、残りの8領を『ローメンの銀狐』の5人と、公爵騎士団の3人に支給する事にした。


 それだけフレデリケが危険な人物だと判断した結果であった。


「出来たらもう少しお洒落な色にして欲しかったけど」


 バルバラが手を広げて自分の茶色の革鎧を見ながら不満そうに言った。


「クリスタも着てみなよ。マジで凄いアーティファクトだから。多分国宝級の代物よ」


 ヘルミナが戸惑うクリスタを診察室の奥の部屋に無理やり連れていく。


 クリスタも冒険者パーティのヒーラーを務めている位だから革鎧位は持っていたが、この革鎧は普通の服と大して変わらない重さの様で、着替えてみると動き易く、“疲労軽減”が効いてきて、体がすっと楽になった。


「体が楽になったでしょう。それだけじゃなくその鎧、剣も魔法も炎も寄せ付けないから。こっちも凄いわよ」


 そう言ってヘルミナが革の腕輪を差し出した。

 クリスタは半信半疑に腕輪を装着するが、すぐに全身に力が漲り始める。


 驚くクリスタの顔を見て笑いながらヘルミナが言った。


「それで魔法やアーツを使ったら、何時もの倍くらい力が出るから気を付けてね。」


 本当にそんなアーティファクトがこの世にあるのだろうか。クリスタは眉を顰めながらも取り敢えず装備を外す気は無い様だった。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽   


「えっ! 五万人の移民を受け入れるのですか?!」

 ノルンが驚いて声を上げた。


「うん。帝国にいる獣人、亜人の人達全員にアースバルト領に移住して貰う心算だよ」


「いくら何でも五万人は無理ですよ、今でも精一杯なのに」


「そうかな。土地があるんだから後は皆の力で切り開いて行けば良いんじゃないかな。百人でも五万人でもやる事は同じだと思うけど」


 広大な未開の土地を抱えている上に、薬師ギルドと魔道具師ギルドが移転してくることで人手は幾らでも必要になる筈である。


 マリウスは寧ろ、これは好機だと考えようと思った。


「最初は大変だと思うけど、それを乗り切ったら一気に色々な問題が解決すると思うんだ。大丈夫だよ、皆の力を合わせればきっと出来るよ」


「そんなに簡単にはいかないと思いますけど……」


「私は賛成よ。帝国なんかでずっと嫌な目に合ったり、殺し合いを続けたりするより、うちの村に来て貰った方がきっと皆幸せになれると思います」


 エリーゼが賛成してくれた。


「マリウスは戦いが嫌いなの?」


 エレンが不思議そうにマリウスに尋ねた。


「うーん、強くなりたいとは思うし、戦わないといけない時は戦うけど、あまり好きじゃないと思う」


「どうして? あんなに強いのに」


「戦いに勝ってもあまり楽しくなかったからかな。それに結局何も変わっていない気がする」


 幸いチートの御蔭で一度も負けた事は無いが、戦いに勝って何かが解決したとも思えない。


 教会の件が良い例だった。一時的に解決しただけで、寧ろ事態はどんどん悪化しているようだった。


 結局レジスタンスたちと同じだとマリウスは思った。戦い勝つことが決定的な解決策にはならない。


「じゃ、どうすれば良いの?」


 マリウスは首を振ってエレンに微笑んだ。


「そんなの分からないよ。結局戦う事になるかもしれないけど。それでも何が一番良い方法なのか、みんなで一緒に考えよう」


 ノルンやエリーゼ、隣のテーブルで聞いていたクルトやダニエルたちがマリウスに頷く。


 エレンも頷いてマリウスに微笑んだ。



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