6―26  ベルツブルグの休日


「全くマリウスらしい。相分かった。移民たちの移動はグランベール家も協力する。武具の供給はこれからクラウスと話を詰めよう」


 ガルシアも頷いて、マリウスを見る。


「ハハハ、これはまたしてもマリウス殿に一本取られましたな。我らは王国の都合ばかり考えておった。全ての獣人達を受け入れるとは、このガルシア感服致した」


 どうやらマリウスの提案を皆好意的に捉えてくれたようだ。


「故郷を捨てるのは難しい事だと思いますが、前向きに考えて下さい、僕たちは何時でも貴方たちを歓迎します」


 目に涙を浮かべるアナスタシアたちを見て、マリウスは慌ててそう言うと、逃げるように部屋から出て行った。


 ハティが慌ててマリウスの後を追う。


「全く。言うだけ言って逃げおった」


 クラウスは苦笑すると、アレクセイたちに向き直って言った。


「息子が申した通り、我がアースバルト家は人族、獣人、亜人の関係なく多くの移民を求めている。我が領に来てくれれば全ての移民を平等に扱うと約束する」


 二人はクラウスの前で改めて片膝を付いて一礼した。


「有難う御座います子爵様。国元に帰り次第皆と協議してお返事させていただきます」


 鷹揚に頷くクラウスに、アメリ―が尋ねた。


「しかし本当に5万人もの移民が押しかけても大丈夫なのですか?」


「辺境を切り開いた広大な土地があるのは事実だ。後は皆で作り上げていくしかないが、マリウスが出来ると云うのであれば出来るのであろう」


 さすがにクラウスも5万人もの受け入れについて具体的な計画は思い描けないが、マリウスには見えているのだろう。


 ミハイルがクルトとエフレムの傍に来ると、クルトに向かって言った。


「ありがとうクルト殿、貴殿の仲介で無事同胞たちの願いがかなった。しかもすべての同胞を受け入れて下さるとは。マリウス殿は噂以上に凄い御方だな」


「我等が主は女神の加護を受けて常に前に進まれているが、自分と一緒に歩もうとする者を決して取りこぼす事は致さぬ」


 誇らしげに語るクルトに、ミハイルも頷く。


「命を懸けて仕える事の出来る主に巡り合えて我らは幸せだ、俺も主の命を果たす事が出来たので、ここからは戦いに参加させて貰う」


 差し出された手をクルトががっしりと握った。


「おい、俺も忘れないでくれよ」


 エフレムが握られた二人の手の上に、自分の手を重ねた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 マリウスは城を出ると、直ぐにマルコに“念話”を送った。


(カサンドラの研究の方はどうかな? “浄化”の話は伝えてくれた)


 “魔物憑き”にはやはり“浄化”が効果があった。


 カサンドラに村の“浄化”を付与した水をベースに、薬を開発するように伝えて貰っていた。


(その事ですが、カサンドラさんがどうやら魔物憑きの解毒薬を完成させつつあるらしいのですが、其の為にマルティンに協力してほしいそうなんです)


 マルティンとエミリアは元教会のガーディアンズで、情報を探る為に村に入り込んで来たが、今はマリウスに雇われて密偵を洗い出すダブルスパイの仕事をしている。


 ハティに魔境に捨てられたマルティンは、森を彷徨っていた時にブラッディベアに襲われて、左腕の肘から先を失っていた。


(なんでマルティンなの?)


(マリウス様、カサンドラです)

 カサンドラが念話に割り込んで来た。


(解毒薬は実質殆ど完成しています。“効果判定”の結果では99.8パーセントの確率で再生効果を確認できています。ただ初めての試みなので、できますれば確実性を実証したいのです)


 再生効果と聞いてマリウスも納得する。


 魔物憑きを元の姿に戻すだけなら“浄化”だけでどうにか出来るが、問題は魔物憑きに変わった人を、生きたまま元に戻せるかどうかだった。


(危険性は無いの?)


(勿論それはありません)


 部位欠損すら再生できるのであれば、それはもう単なる解毒薬ではなく万能薬ではないか。マリウスは少し考えたがやはり効果を確認したいと思った。


(分かった。マルティンが承諾するなら許可するよ。マルコは警戒を厳重にして、幽霊村には絶対に誰も近づけない様にして。それとイエルとレオンに伝えて欲しい事があるんだけどだけど)


(なんでしょう?)


(実は5万人の移民を受け入れる事になりそうなんだ、計画を立てておくように言ってくれるかな)


(ご、5万人ですか? そんな途方もない人数無理ですよ!)


(大丈夫、土地はあるんだから何とかなるよ、帰ったら話を進めるけど、取り敢えず話だけでも伝えておいてくれるかな)


(わ、分かりました)


 5万人総てがいきなり直ぐに移住して来るとはマリウスも思っていないが、将来的には大半の者が来てくれれば良いと思っている。


 何方かが死に絶えるまで戦い抜くなんて選択はしないで欲しい。


 “念話”を切って城の城門に向かうマリウスを、クルトとエフレムが追いかけて来た。


「マリウス様、お待ちください」


 追いついて来た二人と、城門の前の中庭で待っていたノルンやエリーゼ、ダニエル達と合流する。


「お腹減ったね、街に出てご飯にしようか」


 そう言うマリウスに、エリーゼがマリウスの後ろを指差した。

 マリウスが振り返ると、親衛隊の兵士を連れたエレンが立っていた。


「マリウス。今日は何処へ行くの?」


 腰に手を当てたエレンがマリウスに笑顔でそう言った。


   ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 

「何! 王都から来た冒険者が偽物だと。それは確かなのかガイア?」


 マリウスとレジスタンスの代表を引き合わせて、無事会談を済ませたエルザ達の元に、ガルシア配下のガイアがとんでもない報告を持って来た。


 ガルシアの問いに、ガイアは勢い込んで答えた。


「私と、魔術師団から応援に来て頂いている魔術師殿とで“魔力感知”で密かに確認したところ、身分証のジョブとクラスに、魔力の気配が釣り合わぬものが2名混じっていました。恐らく23名全員、すり替わった偽物と思われます」


 エルザ達は、帝国内のレジスタンスに送る武具に関する打ち合わせの為に会議を始めた処であった。


 ガルシアとマヌエラ、クラウス、アメリ―とアルバンが同席している。


「それでその者達は今どうしている?」


「全員西門の傍の衛兵の宿舎に入れました。私の配下の者達が監視しています」


「よくやったガイア、そのまま監視を続けよ。儂が出向こう。教皇国の者どもを一網打尽にしてくれる」


 衛兵の宿舎の周りには民家は殆ど無い。

 戦闘になっても市民に被害が及ぶことは無い。

 

 獰猛に笑うガルシアに、クラウスが言った。

「我が兵たちも同行させましょう。聖騎士達との戦いは慣れております」


「アースバルト子爵殿の騎士団は連戦に次ぐ連戦、此度は其の御役目、我等第6騎士団に御譲りください。先日の失策を挽回する機会を頂きたい」


 アメリ―がクラウスの前に出る。


 先日の失策とは、巡回中に聖騎士達と遭遇した際に、討伐したものの、マジックグレネードを使われて兵士や住民に多大な被害を出した件である。


「良かろう。此度は儂らと第6騎士団で向かおう。クラウス殿の兵達は、今回は休まされよ」


 ガルシアの言葉に、クラウスもここは引き下がる事にした。


「それでは我らはこれより軍議に入ります故、これで下がります。奥方様」


「うむ、任せたぞガルシア。必ず全員捕えよ」


 エルザに一礼すると、ガルシアとアメリ―が退室して言った。


 三日後にはマリウスとエレンの婚約の儀が執り行われる。


 部屋を出て行くガルシアとアメリ―を見送りながら、これで戦いの蹴りが付けば良いがとクラウスは思った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

 

 店員はハティを見て驚いていたが、既にベルツブルグにもハティとマリウスの噂は広がっているので、すんなりと中に入れた。


 マリウス達は大通りに面した食堂で昼食を摂る事にした。


 店員はマリウス達を、街を救った英雄扱いで、直ぐにテーブルを三つ開けてくれた。


 親衛隊の人達は表で警護をするからと、一緒に食事するのは断られた。


 マリウスとエレン、エリーゼとノルンが同じテーブルに座り、クルトとエフレム、ダニエルで一つ、ケント、セルゲイ、カタリナ、ナタリーで一つ、マリウス達のテーブルを挟むように座った。


 ノルンとエリーゼも、マリウスとエレンを二人きりにしようとしたが、マリウスが袖を引っ張って無理やり同じテーブルに座らせた。


 マリウス達のテーブルの足元の床にハティが座っている。


 エレンは物珍しそうに店の中をキョロキョロと見回している。

 今日も質素な町娘風のドレスを着ていた。


「私お城以外で食事するの初めてよ」


「エレン様の口に合うかどうかわかりませんよ」


 ノルンの言葉にエリーゼが反論する。


「でもここの煮込みとキッシュはとても美味しかったじゃない。エレン様も気に入るわよ」


 二人は以前クルト達とこの店に来たらしい。


「ノルンとエリーゼはずっとマリウスと一緒なの?」


「エリーで良いです、福音を受けて直ぐマリウス様の近習になりましたから、3年になります」


「僕もエリーと一緒に近習になりました」

 ノルンとエリーゼを見ながらエレンが羨ましそうに言った。


「良いわね友達みたいな近習がいて」


「エレン様には居ないのですか?」


「三人いるわよ、私よりずっと年上の家臣の子供たちが」

 エレンがつまらなそうに言った。


「でもマヌエラさんとは仲が良さそうですね」


「マヌエラの事は大好きよ、格好良いから。でもいつも忙しそうなのよ」


 マリウスが尋ねると、エレンが寂しそうに笑って答えた。


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