6―25  マリウスの提案


「王都の冒険者か、聞いている、全員で23名だな。早速だが君たちは私の部隊に入って貰う」


 ガイアは冒険者ギルドの紹介状を一読して懐に仕舞うと、思い思いの装備を身に着けた冒険者達の先頭に立つ若い男に言った。


「私はBランクパーティ『竜の息吹』のリーダー、カスパー・ボーゲンです、このチームの世話役を任されています」


「そうか、それではカスパー、君たち冒険者には、明日からこの西門の警備と、巡回パトロール組の二班に分かれて勤務して貰いたい。門の傍に衛兵用の宿舎があるので今日はそこに泊って休んでくれ」


 ギルドの紹介状の御蔭か、エミールたちは大した調べも受けずに、あっさりとベルツブルグの中に入る事が出来た。


「いかがしますエミール様?」


「今日はおとなしく宿舎に泊れ、私は夜になったらアジトに向かう。レオとニコラを連れて行く」


 どの程度の戦力が残っているか把握する必要がある。

 シルヴィーが作戦を遂行するまで、この街に敵の戦力を集中させなければならない。


 エミールはベルツブルグの町並みを眺めた。

 シルヴィーから命じられた任務は敵の目を此処に引き付ける陽動だが、それだけで終わらす心算は無かった。


 この街にいるマリウスとフェンリルを自分が仕留める。

 エミールの口元から、にやけた笑みが消えていた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 昨日は結局マヌエラがエレンを連れて帰った後、マリウスはクルト、ノルン達と ベルツブルグの街を巡回したが、何事もなく夕方ガルシアの屋敷に帰還した。


 逃亡した女魔術師は見つからなかったらしい。


 厳しい拷問を受けた聖騎士達は前日の深夜に、街の井戸に『禁忌薬』を投げ込んでいたと白状した様だが、全てマリウスが“浄化”と“消毒”を付与した後の井戸だったので、被害は出ていなかった。


 マリウスは、今日は朝からクラウスと共にエルザに呼び出されて、城に登城した。  クルトとエフレムが同行する。


 勿論ハティも連れて行く。

 要件はクルトから聞かされて分かっていた。


 マリウスに、エルドニア帝国内で反抗する獣人レジスタンスの代表と会って貰いたいと云う話だった。


 帝国の獣人や亜人達がどの様な目に合っているかは、ブロックやナターリアから聞いて漠然と理解している。


 その上でマリウスは、正直彼らに逢うのはあまり気乗りしていなかった。


 王国はマリウスに彼らに武器を支援させて、帝国内の反抗活動を活発にして、帝国の国力を削ぐ考えだと云う事はマリウスにも理解出来た。


 つまり言い換えれば、彼らを王国の為に利用しようという事だった。


 それでも帝国内の獣人達の窮状を考えれば、手助けしない訳にはいかないだろう。


 客間に通されるとエルザとマヌエラ、ガルシアとアメリ―に、マリウスの知らない三人の男女が待っていた。


「よく来てくれたマリウス。“魔物憑き”になった聖騎士を打ち取ったそうだな」


「はい。殺さずに捕えたかったのですが、やはりあの姿になってはもう助からないようです」


 人を殺したのは初めてだった。

 マリウスにとっては余り楽しくない話である。


「もとより聖騎士もその覚悟で『禁忌薬』を飲んだのであろうし、そうまでしてこの街を破壊し、私達を殺したかったのであろう。お前が気にすることは無い」


 エルザの言葉にマリウスも頷いた。


 何故そこまでしたかったのか、マリウスにはライアン・オーリックの気持ちは全く分からないし、理解したくも無かった。


 ただその名前だけは記憶して、気持ちを切り替える事にした。


「今日はお前に引き合わせたい者達がいて、来て貰った」


 エルザがそう言うと、アメリ―と獅子獣人らしい大柄な男がマリウスの前に出て一礼した。


「マリウス殿、お初にお目にかかります。私が『野獣騎士団』のミハイル・アダモフです」


「団長さんですね、エリーたちからお名前は伺っています」


 クルトたちと縁の出来た、第6騎士団のモーゼル将軍配下の獣人結社『野獣騎士団』の話はマリウスもノルンやエリーゼに聞いていた。


 ミハイルはレジスタンスとの橋渡しの為、ベルツブルグに前乗りしていたらしい。


「本日はマリウス様に願い事があってこの者たちを引き連れてまいりました」


 ゆったりしたローブを纏った獣人らしい小柄な青年と、長い耳をした緑色の髪のエルフらしい女性がマリウスの前に出て片膝を付いて礼をした。


「私は獣人解放軍のアレクセイ・スルミノフと申します。マリウス様御会いできて光栄です」


「私は地下教会司祭アナスタシア・レーンと申します。マリウス様、どうか我らにお力をお貸しください」


 マリウスは自分に片膝を付く二人を見つめた。


 ブロックから聞いたことがある。

 帝国では、獣人は教会で福音を受けられない。代わりにエルフの司祭から、福音を受けると。


「大まかな話はクルトから聞いています。僕に支援を求めているという話ですが、具体的には武具の支援ですか?」


「おお、我らを支援して頂けるのですか。公爵様にマリウス様の付与された武具を見せて頂きました、あのような素晴らしい武具を与えて頂ければ我らは必ず帝国に勝利できます」


「勝利するとどうなるのですか?」


 マリウスの問いにアレクセイが戸惑いながら答えた。


「それは勿論、我ら獣人、亜人達が自由に生きられる土地を手に入れる事が出来ます」


「獣人、亜人は今帝国にどれくらいいるのですか?」


「国境沿いに暮らす者達も合わせれば、およそ5万人になります」


 未だ帝国に5万人も獣人や亜人が住んでいるのか。


「帝国の人口は5000万と聞いています、あなた方が勝利するという事は、5000万人の帝国の人々を全て殺すという事ですか?」


「いえ、決してそのような事は考えていません。私達はただ、今の帝政を倒して、私達の市民権を取り戻したいだけなのです」


 アナスタシアが立ち上がって、マリウスを見た。


「帝政が倒れれば、帝国の人々はあなた達獣人、亜人を受け入れるのですか?」


「そ、それは分かりません。しかしこのままでは私達の同胞は全て、帝国の兵士に殺されてしまいます」


「マリウス様は我らの戦いが間違っていると仰せでございますか?」


 立ち上がってマリウスを見る二人にマリウスは努めて表情を変えずに言った。


「帝国の兵士が獣人、亜人を襲い続ける限り永遠に戦い続ける。それがあなたたちの総意ですか? 今帝国に残っている獣人、亜人は皆帝国と戦い続けようと思っているのですか?」


「マリウス、其方は何を……」


 エルザがマリウスに何か言いかけたが、マリウスは手を振ってそれを遮った。


「ああ、あなた方を支援する事に関しては、既に決定している事なので安心してください。勿論帝国にいる獣人、亜人たちが無益に殺させるのを黙って見過ごしたくありませんが、それ以上にそれが僕達王国にとって都合がいいからです」


 二人は戸惑いながらマリウスの言葉を聞いている。


「王国はあなた達に僕の付与した武具を与えて、帝国内に反乱を起こさせて帝国の国力を削ぎたいと思っていますし、僕にできる限りの事はするつもりでいます。ただ僕にはあなた達の勝利というのが如何いう事なのか、どうしても思い浮かべる事が出来なかったのです。本当に永久に殺し合いを続ける事を、皆が望んでいるのですか?」


「仰せになりたい事は分かりますが、私達には戦う以外の選択肢はありません。私の祖父も父も帝政に反抗し、戦いの中で死んでいきました。私の代で止める事は出来ません」


 自分を見つめる二人にマリウスは静かに言った。


「僕の方から一つあなたたちに選択肢をあげます。どうしても帝国で戦って自由を勝ち取りたいというなら止むを得ませんが、唯安心して暮らせる土地が欲しいだけなら僕の村に来てください。全ての獣人、亜人の方たちを受け入れます」


 マリウスの言葉にその場の全員が息を呑んだ。


「マリウス! 何を言い出す、5万人を全て受け入れるというのか? そのような事……」


「出来ると思います父上。勝手に決めて申し訳ありません。しかしアースバルト領にはそれ位の土地はあります」


 慌てるクラウスにそう言うと、マリウスはもう一度二人を見て言った。


「勿論今直ぐこの場で返事をしてくれなくても構いません。帝国内の獣人、亜人達でよく話し合って決めて下さい。戦いたくない人、戦えない人も大勢いるでしょう。何人でも構いません。出来るだけ多くの人に来て欲しい。武具の支援に関しては公爵家と話し合ってできる限り早く送ります」


「あ、有り難うございます。しかし本当に我ら全員を受け入れて下さるのですか。まさか奴隷にされるという事ですか?」


「そんな事はしません。勿論すべて用意する事はできませんし、働いて土地を切り開いて貰う事になりますが、他の村人達と同じです。皆僕の村の村人になって貰います」


 マリウスは二人を真っ直ぐ見つめて笑顔で言った。


「これは僕からの御願いです。僕の村に来て僕達と一緒に辺境を開拓して貰えませんか?」


 彼らに故郷を捨てさせることが正しい事かどうかはマリウスには解らない。


 一生殺し合いを続けるくらいなら、辺境の土地を切り開いて新しい生活を始める方が良いと思うのは、マリウスがそうしたいと云う独りよがりな我儘なのかもしれない。


 それでも、戦いを捨てて新しい人生を切り開きたいと思う人々がいるなら、きっと一緒に歩いて行けると思う。


『良いね。正に新天地、フロンティアだ』


「マリウス様の村では絶えず移民を求めている。獣人もドワーフもノームもエルフも人族も誰も差別されることは無い」


「俺も移民組だが今はこうして騎士団で働かせて貰っている。他にも大勢の獣人達が村に移住してみんな元気に働いているぜ」


 クルトとエフレムが、笑顔でアレクセイ達に頷いた。

 アメリ―やミハイルはあっけに取られて、口を開けてマリウスを見ている。


 突然エルザが声を上げて笑い出した。


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