6―24 三バカと銀狐
アレクシスが胡散臭そうに長身の男を見た。
「誰だ? このオッサンは」
「馬鹿者! 控えよ! 宰相閣下であらせられるぞ」
アルベルトの叱責に三人が顔色を変えてロンメルに跪く。ラウラたちも慌ててその場に片膝を着いて頭を垂れた。
ロンメルが手を振って七人を立たすと再びラウラに話を促した。
「貴方は確かレアクラスのシーフのギフト持ちでしたね。あなたの目から見てクルーゲ女史はどう見えましたか?」
「恐らくフレデリケ・クルーゲも御者の男もユニークだと思います。特にフレデリケのオーラは圧倒的でした。アレは……」
ラウラは少し躊躇したが自分の感想を正直に述べる。
「正直、人とは思えませんでした。2年前に未踏破ダンジョンの最深部で出逢ったユニークモンスターと同じような妖気を感じました」
「あっ! それっ! 俺も思った。あのダンジョンでラミアクイーンに睨まれた時とそっくりの感じだった!」
ケヴィンが声を上げる。
バルバラが怪訝そうにカイを振り返って言った。
「あんたあの女と話していたでしょう、なんか感じなかったの?」
「いや、何も。上品な美しいレディでしたよ。何処も怪しいところはありませんでした」
「ふん。カイは女を見る目が無いからな。俺は感じていたぜ。少なくともあの御者の殺気は只者じゃなかったぜ」
アレクシスが嘯くとカイがアレクシスを睨みながら言った。
「ウソをつくな。お前は全然あの二人を見ていなかったではないか! 最初からこの四人の方を捕まえようとしていただろう!」
「そりゃ、此奴らの方が先に武器に手を掛けたからな。当然だろう」
「お前たち少し静かにしろ!」
アルベルトに怒鳴られて三人が口を閉じて俯いた。
「しかしあなたたち、クルーゲ女史に自分の身元を明かしてしまったのでしょう。恐らく今仕事を降りても危険な事に変わりはないと思いますよ」
ロンメルの言葉にケヴィンたちが青ざめる。
相手に名乗ってしまった事を今更のように思い出した。
「追って来るでしょうか?」
おずおずと尋ねるケヴィンを、ラウラがまた睨んでいる。
「恐らく雇い主。つまり私たちの事を突き止めるまで狙われるでしょうね」
「申し訳ありません宰相様、少々不用意に近づきすぎたようです。今隠密たちは殆どが教皇国派の監視と、公爵領やブレドウ伯爵領に潜入していますので、止むを得ず彼らを使いましたが、厄介な事に巻き込んでしまったようです」
クライン男爵がロンメルに頭を下げる。
「いえ、私も半信半疑でしたがこれで図らずもクルーゲ女史に対する疑いが増したようですね。只彼女の目的、誰の命で何をしようとしているのか、全く見当もつかないことに変わりはありませんが」
ロンメルは眉間に皺を寄せて考えていたが、再びケヴィンたちを見た。
「どうですあなたたち。正式にクライン男爵の護衛として契約しませんか。その方が個人で動くよりかえって安全だと思いますよ。そうですねアルベルト殿、この三人も暫くお貸し願えませんか?」
ロンメルがアレクシスたちに視線を向けて、アルベルトに言った。
「それは構いませんが、この三人、戦い以外には全く役に立ちませんよ。それどころか足を引っ張る事になるかもしれません」
不満そうにする三人を見ながらアルベルトが眉を顰める。
「充分です。恐らく彼らの方から接触して来るでしょう。三人の力は大いに役立ちます」
ロンメルがそう言ってケヴィン達に視線を戻した。
ケヴィンは戸惑いながら振り返ってラウラを見る。
結局『ローメンの銀狐』を実際に指揮しているのは、リーダーのケヴィンではなくラウラであった。
まったくうちの男どもはと内心うんざりしながら、ラウラが仕方ないと云うように、小さく頷いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
水魔術師の放った“アイスカッター”を“フォースシールド”で受け流しながら、“アクセル”で水魔術師に迫ると、エミールはすれ違いざまに水魔術師の喉を剣で貫いた。
水魔術師が、血を撒き散らしながら音を立てて倒れると動かなくなった。
周囲にはプレートメールや革鎧を着込んだ冒険者風の者達の死体が転がっていた。
「終わったか、Bランク冒険者と言ってもたかが知れているな」
エミールは黒騎士達が、倒れた冒険者達に止めを刺して回るのを見ながら、冷ややかな声で言った。
「ありました。冒険者ギルドの紹介状です」
死体の懐を探っていた黒騎士の一人が、書状を手に持ってエミールに駆け寄った。
「装備を脱がせて、身分証も全て回収したら死体は埋めておけ」
エミールがそう言いながら受け取った文にちらりと視線を走らせると、懐に仕舞った。
全部で23人の死体は、グランベール公爵家の要請でベルツブルグに派遣されてきた、王都の冒険者達だった。
Bランクパーティ3組とCランクパーティ3組は、ベルツブルグに向かう山中の街道で、30人の聖騎士の襲撃を受けて全滅させられてしまった。
エミールはベルツブルグの方向を見て不敵に笑うと、林の中に消えて行った。
★ ★ ★ ★ ★ ★
試薬の入ったガラス瓶に手を翳し、カサンドラはレアスキル“効果判定”を発動した。
「いかがですかカサンドラ様?」
ティアナとゲルトが緊張した面持ちでカサンドラを見た。
カサンドラは眉間に皺を寄せると静かに首を振った。
「駄目だ、魔物憑きを解除する事は出来るがこれでは被験者の94パーセントが死亡する。また失敗だ」
カサンドラの言葉にティアナとゲルトも肩を落した。
幽霊村に新設された製薬研究所である。
マリウスの命でカサンドラ、ティアナ、ゲルトの三人はもう六日余り不眠不休で『禁忌薬』の解毒材の研究を続けていた。
王都の名門、フェザー伯爵家の三女に生まれたカサンドラは、福音の儀でレアの錬金術師のギフトを得た。
八歳で薬師学園に入学し12歳で卒業、14歳の時には講師として母校の教壇に立っていた。
薬師学園の学長を経て25歳で薬師ギルドに最年少理事として迎えられ、製薬部門のトップの地位に就いた。
薬師ギルドの腐敗ぶりはカサンドラを失望させたが、心ある薬師達を集めてギルドの改革に乗り出そうとした矢先、薬師ギルドは実質閉鎖の状況に追い込まれてしまった。
追い込んだのは辺境の子爵家の嫡男で、僅か七歳の少年だった。
宰相の命で少年の元を訪れたカサンドラは、自分の運命と出逢った。
万能の力を自在に人々に分け与える少年の姿は、正しく女神の使徒そのものだった。
自分は彼に出会うために生まれて来た。カサンドラは本気でそう思った。
女神の加護を受けて世界を変えていく少年の傍らに、自分も仕える事が出来る。
カサンドラは自分の幸運に歓喜した。
何としてもマリウスの期待に応える。カサンドラは殆ど睡眠もとらずに研究に没頭していた。
「マリウス様の奇跡の水を使えば『禁忌薬』の効果を解除する薬は簡単に作れるが、問題は魔物に変形してしまった人体を元に戻すときの人体への負担をどう乗り越えるかだ」
「マンドラゴラの成分の治癒効果とアークドラゴンの鱗の滋養効果だけでは足りませんか?」
「やはりそれだけでは限界がある様だ。“魔物憑き”の解除は人体への負担が大きすぎる。壊れた人体を再生する力が足りない」
「やはりガオケレナの実が必要なのでは?」
「新型ポーションに使った他の薬草で代用は出来ないのですか?」
三人は六日間繰り返した議論を、また空しく繰り返していた。
外で馬蹄の響きと、兵士達の喧騒が聞こえる。
三人は顔を見合わせると、ゲルトが緊張した面持ちで腰のベルトに短剣を差し、素早く部屋を出て行った。
この幽霊村は騎士団と冒険者40名が警護していて、街道にも絶えず警備の兵士が巡回している。
周囲は“魔物除け”の杭と堀で囲まれ、修復された高い柵にはマリウスが“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”、“強化”を付与している。
人も魔物も簡単には近づく事は出来ない筈だった。
カサンドラとティアナは息を殺して外の物音に聞き耳を立てた。
兵士達の走り回る足音と、怒鳴り声が聞こえる。
カサンドラとティアナも短剣を握りしめる。マリウスによって“強化”、“物理効果増”、貫通“を付与された短剣はブラッディベアの硬い毛皮ですら刺し貫くことが出来た。
カサンドラは指輪に意識を向けて、“結界”をティアナごと包むように広げると、“索敵”を周囲に広げた。
門の辺りに兵士が集まっている様だが、敵らしい光点は無い。
ゲルトが興奮した面持ちで、部屋に戻って来た。
「大丈夫です、賊ではありません。オルテガ隊長の部隊が村の近くに現れたレア魔物を見事に討伐した様です」
「レア魔物を討伐したのですか。それは凄いですね。Aランク冒険者が10人以上は必要だと聞きますが」
ティアナが驚きの声を上げる。
「フレイムタイガーという魔物です。今村に運び込んでいます。マリウス様不在で騎士団だけでレア魔物を討伐するのは初めての快挙だそうで、皆大騒ぎです」
「フレイムタイガーですか、確か炎属性の再生能力の強い魔物でしたね」
「再生能力……」
それまで黙って二人のやり取りを聞いていたカサンドラが、不意に立ち上がった。
「遺体を村に持ち帰ったのだな?」
そう言いながら、慌ただしく部屋から出て行くカサンドラを、ティアナとゲルトが慌てて後を追った。
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