6―22 公爵家の三バカ
始めて遠目に確認したフレデリケ・クルーゲに、何か危険な物を感じていた。
「アレはヤバいかも。絶対普通の人間じゃないわ。賭けても良いよ」
「何だラウラ? 素人相手にビビってるのか?」
「イケイケのラウラ姉さんらしくないな。最近ショボい仕事ばかりで勘が鈍ったんじゃないの。相手はただの商人だろう?」
ケヴィンとアドバンスドの槍士、ダミアンはお気楽に笑うが、ラウラの真剣な顔を見て土魔術師のヘルミナが言った。
「忘れたの? ラウラの勘の御蔭で私等Aランクまで上がれたんじゃない。ラウラがヤバいっていうなら相当ヤバい相手じゃない」
「私もそう思います。たかが商人の監視に高い報酬を払ってAランクパーティを雇うとは思えません。クライン男爵は宰相の懐刀と言われている人ですよ」
パーティのホームに顔を出していた医術師のクリスタもヘルミナに同意する。
彼女は下町の開業医だが、貧しい患者の治療だけでは診療所を維持できないので、ヒーラーとして『ローメンの銀狐』のクエストに時々参加していた。
医術師の仕事が忙しくなりそうなので、暫く冒険者の仕事を休む話をしに来ていた処だった。
「上手く言えないけど、一目見ただけで全身に鳥肌が立った。あの女に近づくのは危険だと思う」
「もう引き受けちまったし、何とか上手くやってくれ。お前の事は俺たちが陰でサポートするから」
ケヴィンに手を合わされてラウラは渋々この仕事を引き受けた。
ギルド本部を出た馬車は南に向かって進んでいた。南門に近付いて行くにつれて次第に周囲が下町の風景に変わっていく。
ラウラは路地を駆け抜けながら、“索敵”の有効範囲ギリギリの距離をとって馬車を追って駆けていたが、馬車が停まったのを感じて立ち止まる。
「私に何か御用かしら?」
何時の間に現れたのか、全く分からなかった。
路地の向こう、30メートルほど先にフリデリケが立っていた。
フリデリケと対峙したラウラは、全身の肌が粟立つのを感じた。
この感覚は2年前、王都北で新しく発見されたダンジョンの調査で、ユニークの魔物、ラミアクイーンに遭遇した時以来だった。
7パーティの合同クエストだったが、三つのパーティが全滅し、ラウラたちも大怪我をしながらなんとか撤退出来た。
医術師のクリスタをパーティに入れる事になるきっかけになった事件だが、今ラウラが感じているプレッシャーはあの時見たラミアネクイーン以上だった。
(ヤバい! ヤバい! ヤバい! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!)
しかし王都の冒険者一の俊足を誇るレアのシーフ、ラウラの足は一歩も動かなかった。
背中を向けたら絶対に殺される。ラウラは確信ともいえる予感を感じていた。
「ずっと後を付けて来ていたわね。あなた冒険者? 何か特別なスキルが有りそうね」
妖艶な笑みを浮かべるフレデリカの後ろから御者の男が前に出た。
ラウラの額に一筋の汗が流れ落ちた。
姿を見せるまで、全く気配に気が付かなかった。
レアのシーフである自分に全く気配を覚らせなかったこの男も、只の御者では有り得なかった。
フレデリカ程ではないが、凄まじい妖気を放っていた。
頭にすっぽりスカーフを巻いた長身の男は、腰に長剣を下げていた。
身構えるラウラの肩がポンと叩かれる。
ラウラがびくりとして振り返るとケヴィンだった。ダミアンも槍を構えてラウラの横に立つ。
ケヴィンが前に出て長身の男と向き合った。
「ケヴィン、気を付けて! その二人多分ユニークよ」
ラウラが二人の後ろに下がりならそう言うと、後ろで魔力を高めているヘルミナの横まで下がった。
「げっ! マジか?」
ケヴィンとダミアンが一斉に緊張する。
「あらあら、随分と沢山隠れていたのね。皆“探知妨害”のアイテムを持っているようね」
フレデリケの発する圧倒的なオーラに、さすがに鈍いケヴィンも気圧されながら、それでも腹を括って引き攣った笑顔を作ると言った。
「私は王都冒険者ギルドのAランクパーティ『ローメンの銀狐』のリーダー、ケヴィン・アンカーです。うちの者が何か失礼がありましたか? 私がお詫びいたしますのでどうかご容赦願いたい」
「ふふ、Aランク冒険者なの。誰に雇われているのか、ぜひ御話を聞きたいわね」
フレデリケの言葉を合図に、長身の男が一歩前に出る。ケヴィンは男の殺気に反射的に腰の剣に手を掛けた。
「王都の街中で刃傷沙汰かい?」
一触即発の空気を全く気にした様子も無い、妙に明るい声が突然一同の上から掛けられた。
驚いてケヴィンたちと長身の男が周囲の民家を見上げると、赤いフルプレートメールを着た男が両者の間にふわりと舞い降りた。
兜を被らず額に赤い鉢金を巻いた金髪の男は恐らく14、5歳の少年だった。
「何かお困りでしょうか?」
突然後ろから声を掛けられてフリデリケが驚いて振り返ると、赤い革鎧を着た黒髪の少年が立っていた。
自分に気配を覚らせなかった少年に驚きながら、フリデリケは表情には出さず少年に言った。
「いえ、私は商業ギルドの役員フレデリケ・クルーゲです。あなた達は?」
「グランベール公爵騎士団、カイ・バルデル。公爵閣下より王都の警備を任されております」
黒髪の少年がフレデリカに恭しく頭を下げながら名乗った。
「同じくグランベール公爵騎士団、アレクシス・ボーグ。貴様ら一体ここで何をしている」
赤いフルプレートメールの少年が、剣に手を掛けたケヴィンと槍を構えたダミアンに向かって言った。
「えっ! いや俺たちは何も……」
「俺たちは王都冒険者ギルドのAランクパーティ。ローメンの……」
「怪しいわね。腕の立つ王都の冒険者は皆ベルツブルグとロランドに援軍に向かった筈よ」
不安そうに成り行きを見守っていたラウラとヘルミナの後ろから、今度は赤いローブを纏った赤茶色の髪の少女が現れた。
「同じくグランベール公爵騎士団バルバラ・アーレンス。ちょっとあなた達、騎士団の屯所迄来てもらおうかしら」
ラウラは、バルバラも自分に全く気配を覚らせなかった事に驚きながら言った。
「待って、私達は怪しい者じゃない。本当に王都の冒険者ギルド所属の冒険者よ!」
「何故冒険者が商業ギルドの役員を襲う? 言いたい事が有るなら屯所で聞こう」
ケヴィンたちを睨むアレクシスの体を理力のオーラが包む。
「あっ! 思い出した。赤い三人組! この子たち有名な公爵騎士団の……」
ヘルミナが突然声を上げると、アレクシスがシュッタとポーズを決めてすかさず名乗りを上げようとした。
「そう。俺たちが公爵騎士団の赤い三連星……」
「あーっ! 知ってる! 公爵騎士団の三バカ!」
ダミアンが大声を上げてアレクシスたちを指差した。
「誰が三バカだ! お前ら絶対怪しい! 武器を捨てておとなしく付いて来い!」
後ろでカイが怒鳴る。
「そうよ! 馬鹿はそいつだけよ! 失礼な!」
バルバラもアレクシスを指差しながら憤慨する。
ラウラが戸惑ったようにヘルミナを見ると、ヘルミナが両手を上に向けて肩を竦めながら言った。
「有名な公爵騎士団のユニークよ。三人とも実力はピカ一だけど、頭が悪すぎて軍を任せられないから、ずっと軍師が付きっ切りでお守りをしているって云う噂よ」
「おい! そこの女! いい加減な噂を流すな! 俺たちは軍師殿の護衛を任されているだけだ!」
アレクシスがヘルミナに怒鳴った。
フレデリケがカイに向かって嫣然と微笑んで言った。
「それでは私達はこれで失礼します」
「どうぞお気を付けて。何かあれば公爵邸までご連絡下さい。すぐに駆け付けます」
カイが道を開けてフレデリケと御者の男を通すと、アレクシスの横に並んでケヴィン達と対峙する。
ケヴィンとダミアンは顔を見合わせるが、溜息を付くと剣と槍を地面に置いて両手を上げた。
三人はまるで気付いていない様だが、結果的にはこの三人に命を救われたらしい。
ラウラとヘルミナも、半分安堵の溜息を付きながら両手を上げた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
マヌエラはエレンを伴って城に戻っていた。
「聖騎士が自分で『禁忌薬』を飲んだのか?」
エルヴィン・グランベールはマヌエラの報告に驚いて声を上げた。
「はい、その効果は凄まじく、恐らくユニークモンスター以上の力でした」
「ロンメルからの文では、普通の人間を上級魔物並に帰るとあったが、誠にそれ程の力が在ったのか?」
エルヴィンの横に座るエルザがマヌエラたちを見た。
捕えた聖騎士を連行してきたブルーノとガルシア、巡回から帰ったアメリ―とアルバンも、マヌエラと一緒にエルザ達の前に控えている。
少し離れてクラウスも控えていた。
「凄まじい理力の力と再生能力、魔法耐性、あれは上級魔物などではありませんでした」
「恐らくあの聖騎士自身がかなりの実力者、レアクラスだったと思います」
マヌエラの意見にブルーノも同意する。
「成程、飲んだ者の力がそのまま反映されるという事か。よくそんな魔物を倒せたな」
感心するエルザにマヌエラが首を振った。
「いえ、我らだけでは到底太刀打ちできなかったでしょう、アースバルトの騎士団と、何よりマリウス殿とフェンリルの力で討伐する事が出来ました」
「うむ、マリウス殿は一体どの様にしてそのユニークモンスターを倒したのだ?」
横にいたガルシアが、マヌエラとブルーノに尋ねた
二人は顔を見合わせたが、二人とも当惑している。
「実はマリウス殿が何をしたのか良く解らないのです。さすがのマリウス殿も最初かなり苦戦している様だったのですが、突然モンスターが青い光に包まれると苦しみだして、そのまま元の人間の姿に戻って死んでしまいました」
「マリウスは“浄化”を使ったって言ってたよ! “魔物付き”には“浄化”が効くんだって!」
首を傾げるマヌエラたちに、それまで退屈そうに皆の後ろに居たエレンが声を上げた。
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