6―21  エレンとマーヤ


「先ほどの光は“ホーリーソード”でしょうか? しかしあんな巨大な?」


「恐らくライアンは『禁忌薬』を自分に使ったのであろうな」


 シルヴィーの言葉には何の感情も感じられなかった。


 ベルツブルグの街を見下ろせる丘の上で、聖騎士エミール・ロベールは噴煙を上げる城壁の向こうを見つめていた。


「我らも突入すべきでは?」


 エミールの言葉に、ベルツブルグの城壁を眺めながらシルヴィーが冷たい表情のまま答えた。


「合図も無く、ライアン自身が『禁忌薬』を使ったという事は、作戦は失敗したという事だ」


「今我らが突入すれば、形勢が変るのでは?」


 エミールはフランツ・マイヤーを王都に送り届けるという名目でエールハウゼンを離れた後、王都には戻らず密かに公爵領のシルヴィーに合流していた。


「無理だな、グランベール夫妻とマリウス・アースバルトを殺せねば意味はない。見た処さほど市内に混乱が起きた様子もない」


 確かに計画では『禁忌薬』を使って街中に混乱を起こし、中に潜入している者達が更にマジックグレネードを使って混乱を煽り、内部から南門に奇襲を仕掛けるのを合図に、シルヴィーとエミールが率いる50騎が突入し、城のグランベール公爵夫妻に迫る計画だった。

 

 持ち込んだ『禁忌薬』の量は5000人分。作戦が上手く運べば、スタンピードともいえる大混乱が起きている筈だが、南門の傍で戦闘らしい噴煙が上がっているだけで、街は静かだった。


「私は次の作戦に移行する、お前は残った戦力で作戦を続行し、奴らの注意を引け」


 シルヴィーはそう言うと20騎を率いて北に向かった。

 エミールは去っていくシルヴィーを見送った後、視線をベルツブルグの街に戻した。


 噴煙が収まりつつあり、戦いが終わったのが見て取れた。


 エミールの目には噴煙の立ち上る空を飛ぶフェンリルと、それに跨った少年と少女の姿がはっきりと見えた。


「マリウス・アールバルト。何処までも我らの前に立ち塞がるか」


 街の上空を見つめるエミールの顔に何時ものにやけた笑みは無かった。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 広場に着くと昨日と同じ場所にマーヤがいた。

 ガラの悪い三人組の獣人に囲まれていた。


「おう、誰に断ってここで商売してるんだ!」


「ここはゴロッキーファミリーの縄張りだ、此処で商売したきゃショバ代払いな!」


 うーんなんて分かりやすい連中だとマリウスが思うのと同時に、エレンがハティから飛び降りると、止める間もなくすたすたとゴロツキの方に駆けて行った。


 そのまま三人のリーダー格らしい派手な格好をした熊獣人の大男の背中に、エルザ譲りのドロップキックを食らわせた。


 大男が前につんのめって膝を付きながら、振り返って怒鳴った。


「イッテーッ! 何しやがるこのクソガキ、ぶっ殺す……」


 “瞬動”で迫ったマヌエラの剣が男の喉元に当てられていた。


「なんだテメー達は、俺達を誰だと……」


 凄んで威嚇しようとした猿獣人と狐獣人の二人も、自分達が屈強な親衛隊の兵士に囲まれていることに気が付いて、顔面が蒼白になる。


「連れて行け!」


 マヌエラの命令で三人は親衛隊にあっさり捕えられて、そのまま引きずられて行った。


「あっ、マリウス様!」


 状況が分からなくておろおろしてたマーヤが、マリウスを見つけて声を上げた。


「こんにちはマーヤ、大丈夫だった」


「はい、ありがとうございます。助かりました」


「ああ、お礼なら僕じゃなくてエレン様に言ってあげて」


「エレン様?」


 マーヤが振り返ると、真っ赤な髪の少女が腰に手を当ててドヤ顔で立っている。


「あっ、エレン様ですか? 助けて頂いてありがとうございます」


「領民を守るのは貴族の義務よ、このベルツブルグで乱暴を働くような者は、私が許さないわ」


「貴族様? エレン様は貴族様なのですか?」


「エレン様はこの街の御領主様のお姫様だよ」


「えっ! 御領主様のお姫様!」


 マーヤが青い顔で、膝を付いて頭を下げようとするのを見てエレンが慌てる。


「ちょと! 止めてよ! そんな事しなくて良いわよ。それよりお水を頂戴」


 エレンがマーヤを立ち上がらせて、果実水の瓶が入った籠を指差した。


「あ、はいどうぞ。皆さんもどうぞ」


 マーヤが果実水の瓶を一つエレンに渡した。

 ノルンやエリーゼたちも集まって来る。


「20本頼むよ」


 マリウスはポケットから大銅貨を6枚取り出して、マーヤに言った。


「あ、お金は良いです。助けて頂いたのですから」


「駄目よ、そんなつもりじゃないんだから、お金はちゃんと受け取って!」


 エレンがマリウスの手から大銅貨を取ると、マーヤの手を取って大銅貨を握らせた。


「そうだよマーヤ、遠慮しないで受け取って」


 マリウスはそう言いながら、籠の中から果実水の瓶を取ると、クルト達に配っていった。


「ありがとうございます」


「ずっと走り回っていたから喉が渇いちゃったわ、マーヤ、もう一本頂戴」


 あっという間に果実水を飲み干したエリーゼが、マーヤに小銅貨を三枚渡して果実水の瓶を取った。


「あ、僕も御願い」

 ノルンも小銅貨を渡して瓶を取る。


 俺も、私もとセルゲイやカタリナ、ダニエルたちが集まって来て、アッとゆう間に籠の中の果実水が空になってしまった。


 皆ずっと走っていたので余程喉が渇いていたのだろう。


「美味しいわねこの水、これは何の味なの」


 エレンが果実水を飲み干してマーヤに尋ねた。


「これはこの辺の山で摂れる山ベリーを漬けてあります」


「山ベリー? この辺の山に生っているの? 見てみたい。マリウス、連れて行って」


 エレンがマリウスを見る。

 マヌエラが、さっとエレンの後ろに立って無言でマリウスに真剣な視線を送る。


 マリウスが苦笑してエレンに言った。

「街の外に出るのは無理ですよエレン様、父上と母上に怒られますよ」


「母上はそんな事で怒らないわよ。父上は私の事を怒った事は一度も無いわ」


 うん、確かに公爵閣下は娘に甘そうだった。

 ちらりとマヌエラを見ると、マヌエラが全力で首を横に振った。


「未だ山は寒いですから、暖かくなったら一緒に行きましょう」


「ホント、約束よ!」


 エレンが諦めてくれたので、マヌエラと親衛隊の騎士達がほっとしている。


「あなた、幾つなの?」


 エレンが改めてマーヤを見た。


「今年八歳になります」


「私と一つしか変らないじゃない、もう働いているの?」


「はい、御母さんと二人暮らしですから私も働かないと」


「へー。偉いのね」

 そう言いながらエレンはマーヤの頭の赤いカチューシャを見た。


「可愛いカチューシャね」


「あ、有り難うございます。お父さんが買ってくれたんです」


 少し寂し気に笑うマーヤに、エレンも察したのかそれ以上聞かなかった。


「今日はありがとうございました。全部売れたので帰ります」


 去って行こうとするマーヤの後ろ姿にエレンが声を掛けた。


「マーヤ。明日もここにいる?」


「はい。毎日ここにいます」


 手を振りながら去って行くマーヤを、エレンとマリウスも手を振り返して見送っていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 王都のAランク冒険者パーティー『ローメンの銀狐』のラウラ・ギ―レンは、商業ギルド王都本部から出た馬車を、二本向こうの通りから追跡した。


 レアのシーフである彼女は“探知妨害”、“索敵”、“瞬動”の三つのスキルを同時に発動しながら路地を駆け抜け、馬車を追った。

 標的が馬車に乗ったのは確認している。


 聞いていた情報通り、相手は“探知妨害”のアイテムを持っている様だ。驚いた事に御者も“探知妨害”のアイテムを持っているらしい。


 ラウラは無人の馬車が移動する気配を“索敵”で追いながら、念の為自分も“探知妨害”を発動した。


 レアのシーフである彼女は“探知妨害”のスキルを持っていた。


 昨夜大規模な取り締まりがあったらしい。


 王都の大店エルダー商会の会頭が第6騎士団に逮捕され、第2騎士団のクシュナ―将軍も王城に連行された様だった。


 一夜明けた今日も、街の至る所で第6騎士団や公爵騎士団の兵士が巡回している。


 今王都の冒険者ギルドは微妙な立場に立たされていた。

 グラマスのジャックが西の公爵の謀反に加担した所為であった。


 公的には西の公爵が関わった事は秘密にされているが、実際には西の公爵と薬師ギルド、教会の聖騎士が共謀して、辺境に兵を差し向けて、返り討ちに遭った話は王都民にも口伝で伝わっていた。


 ジャックも最初彼らと共謀していたが、宰相ロンメルに寝返って、彼等と共倒れになるのを回避した事は、既に王都の冒険者たちも皆知っている。


 過去に西の公爵や薬師ギルド絡みの仕事を請け負っていた数組の冒険者が、騎士団に捕えられて未だ釈放されていなかった。


 ジャックも今は必死にロンメル陣営に取り入って、何とか失地回復中であった。


 昨日王都のBランクとCランクの冒険者で構成された部隊が、東の公爵家の防衛の援軍としてベルツブルグに向かって出発している。


「ラウラ達も来てくれたら心強かったんだがな」


「私達はジャックの命令で、他の仕事に回されるみたいよ」


 ケヴィン達と出会う前に所属していたBランクパーティー、『竜の息吹』のカスパーがリーダーとして6パーティーを率いて旅立って行った。


 ラウラたち『ローメンの銀狐』は宰相派の内政官、クライン男爵に雇われて密偵の仕事に雇われる事になった。


(でも何で教会やブレドウ伯爵じゃなくて、商業ギルドの幹部の尾行なんだろう?)


 『ローメンの銀狐』が命じられた仕事は、商業ギルドの幹部フレデリケ・クルーゲの監視だった。


 クライン男爵は理由を告げず、只フリデリケを監視し、何処に行って誰に逢うかを調べるようにとだけ命じた。


 報酬は悪くない。西の公爵が失脚したことで王都ギルドの仕事も減っている。


 リーダーのケヴィンはあっさりこの仕事を引き受けたが、ラウラは正直この仕事にあまり気乗りしていなかった。

 

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