6―19 魔物憑き
走り続けるマリウスの前に城壁の壁が見えて来た。
次第に周りに家が少なくなり、人の姿も見えなくなってきた。
不意にマリウスが立ち止まって振り返る。
三人の追手はマリウスが立ち止まったのを見ると、分かれてマリウスを取り囲むように接近した。
水魔術師のエマが、特級水魔法“コキュートス”を放つ。
マリウスの周囲がたちまち真っ白に凍り付き、分厚い氷の山にマリウスが包まれて見えなくなった。
突然マリウスを包んでいた氷の山が砕けて、氷塊が周囲に弾け飛んだ。
エマが慌てて魔法の氷を消そうとするが、飛んで来た1メートル大の氷の塊の直撃を受けて地面を転がった。
銀髪の男とライアンは“フォースシールド”を前面に展開して氷の塊を弾きながら、マリウスに向かって駆け出した。
銀髪の男がマリウスに向けて上級アーツ、“ソニックブレイド”を放つ。
ライアンはレアアーツ“ホーリーソード”を発動した。
ライアンのミスリルの剣が、理力の光に包まれた10メートル程の長大な光の剣になる。
衝撃波がマリウスの“結界”で弾かれると、“アクセル”で接近したライアンが、マリウスに光の剣を振り下ろした。
マリウスは自分に向けて光の剣を振り下ろすライアンに向けて自分の周囲3メートルに縮めていた“結界”を、一瞬で50メートルに広げた。
“フォースシールド”が砕け、ライアンと銀髪の男が衝撃で弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた二人が地面を転がって瓦礫に激突して止まった。
二人がよろよろと立ちあがるのを見て、マリウスは聖騎士の耐性の凄さに内心舌を巻いた。
ライアンは頭から血を流し、銀髪の男は左手がおかしな方向に捻じれていた。
銀髪が懐に手を入れて黒い球を取り出すと、マリウスに向かって投げつけた。
マリウスは空中で黒い球に刻まれた特級風魔法、“ヘルズハリケーン”を消去した。
目の前に転がった黒い球を拾い上げると、手に持ったままライアン達に向かって歩き出す。
「ば、化け物め!」
ライアンがミスリルソードをマリウスに向かって構えた。
マリウスは手に握った黒い球の中にある、ガルラの魔石の魔力を感じていた。
マリウスに向かって“ブレイドショット”を放とうとした銀髪の男の右肩に、ケントの放った矢が突き立つ。
“光速転移”で接近したマヌエラが、剣の柄で銀髪の男を殴って昏倒させた。
迫って来るクルトの大剣をライアンが“フォースシールド”で受け止めると、後ろに跳び下がりながら剣を振り上げた。
再び“ホーリーソード”を発動しようと振り上げたミスリルの剣を、支えきれずにライアンが地面に落とした。
マリウスが手に持った黒い球の中のガルラの魔石を使って、ライアンの剣に“重量化”を付与したのだった。
マリウスの前に、背中にエレンを乗せたハティが舞い降りた。
「マリウス!」
ハティがずっと上空で待機しているのをマリウスは知っていた。
マリウスが笑顔でエレンに言った。
「怪我はなかったですかエレン様?」
「あるわけないじゃない! ずっと空の上にいたんだから。あなたこそ大丈夫なの?」
エレンがマリウスの体を上から下まで眺めて呆れた様に呟いた。
「怪我どころか汚れてもいないのね。それも何かの魔法?」
マリウスは結界を常時発動しているので、埃も被っていなかった。
ライアンはクルト、エフレム、フェリックスやセルゲイ達に取り囲まれている。
周囲もフェリックスの部下と親衛隊の兵士が取り囲んでいた。
遠くに見える南門から、守備の兵が騒ぎに気付いてこちらに向かってくるのが見える。
気が付くと水魔術師の女がいなかった。
どうやら意識を取り戻して、一人で逃げた様だ。
追い詰められたライアンが懐に手を入れた。
また黒い球を出す気かと、クルトが飛び掛かったが“フォースシールド”に阻まれる。
ライアンが小さな小瓶を取り出してコルクの栓を抜くと、中身を一気に飲んだ。
「ごおおおっ!」
ライアンが雄叫びを上げて喉を掻きむしりながら蹲った。
「何だ! 毒か!」
エフレムが叫んでライアンに近づいたが、ライアンの腕に払われて、“物理防御”、“魔法防御”の鎧を着たエフレムの、2メートルの巨体が弾け飛んで地面を転がった。
クルト達がライアンから飛び離れて、剣を構えた。
ライアンの額が割れて、血を流しながら禍々しい角が二本伸びていく。
口が裂けて鋭い牙が剝き出しになった。
背中が不気味に盛り上がって蠢動している。
四つん這いになったライアンの体から、ゴキゴキと骨が砕ける様な音がして、体が大きくなっていった。
服を引き裂いて、背中のコブから2本の長い手が飛び出した。
ゆらりと立ち上がったライアンに数分前の面影はなかった。
不気味に背中を丸めた姿は2メートルを軽く超えていた。
耳まで避けた口から牙が覗き、真っ赤な目は憎しみに燃えていた。
破れた服から覗く肌は青味がかっている。
その姿はハイオーガに似ていたが、以前見たハイオーガより更に禍々しいとマリウスは思った
ライアンが右手を振ると衝撃波が広範囲に放たれて、フェリックスとクルトが咄嗟に“結界”を広げて、周囲の兵士を守る。
立ち上がったエフレムが前に出て、大盾を構えて衝撃波を受け止めると、よろめきながらも“物理反射”で弾き返した。
はじき返された衝撃波を受けてよろけるライアンに、クルトが“瞬動”で迫りながら“羅刹斬”でライアンの脇腹を斬った。
背中に伸びた長い手がクルトに振り下ろされる。
クルトは後退して躱しながら再び剣を構えた。
ライアンの切り裂かれた脇腹の傷がみるみる塞がっていく。
ノルンの“フォールサンダー”がライアンを直撃するが、ライアンは意に介さずに耳まで避けた口を大きく開いた。
口から光の砲弾がノルンに向けて放たれた。
ノルンが張った“エアーシールド”に激突した光の砲弾が爆発し、衝撃でノルンが後ろに跳ね飛ばされる。
「ノルン!」
ハティの上で呆然と戦いを見つめるエレンの後ろに、マリウスが飛び乗った。
ノルンが立ち上がってマリウスに手を振る。
どうやら無事の様だが、マリウスによって“物理防御”、“魔法防御”を施された革鎧ですら、衝撃を止められなかった事に驚いている。
ハティが地面を蹴って空に舞い上がった。
ライアンの力はゴブリンロードやハイオーガを遥かに凌いでいた。
或いは夜叉姫以上かもしれない。
「マリウス殿! あれは何だ?!」
20人程の兵を引き連れたブルーノが、地上からマリウスに問い掛けた。
「解りません! 多分あれが“魔物憑き”だと思います!」
「“魔物憑き”だと! あれは人だったのですか?!」
ブルーノが驚いた様に不気味な姿になったライアンを見つめた。
「聖騎士です! 自分で薬を飲みました。かなり危険な奴です!」
ハティが空を駆けながらライアンに迫った。
ハティの角が光って、急速に辺りに暗くなり、強い風がライアンの周囲に巻き起こる。
エレンがマリウスにしがみ付いた。
竜巻がライアンを包み、ライアンの体が地面から浮き上がった。
数本の落雷が轟音を立てて竜巻の中のライアンに直撃し、ライアンが絶叫を上げる。レジストしきれず落雷で焼けただれたライアンの体が、地表に叩きつけられた。
俯せに倒れたライアンが、腕を着いて起き上がった。
体の火傷がみるみる再生されていく。
マリウスはハティを急降下させると、“結界”を一気に広げてライアンに叩きつけた。 ライアンが背中を圧し潰されて地面にめり込む。
背骨を砕く鈍い音がしたが、それでもライアンは腕を着いて立ち上がろうとしている。
体の中からゴキゴキと骨を再生する音が聞こえた。
マリウスは“インフェルノフレーム”をライアンに放つ。
炎の柱の中でライアンが絶叫しながら、背中の長い二本の腕を上に伸ばした。
二本の腕が理力の光に包まれて、巨大な光の剣が50メートルほど伸びる。
立ち上がったライアンが、再び“結界”で圧し潰そうと急降下してきたハティに向かって、光の剣を振り下ろした。
マリウスの“結界”と光の剣が激突し、衝撃波が辺りに広がった。
クルトとフェリックスが“結界”を広げて味方を包みながら衝撃波に耐える。
“結界”の中で身を伏せた兵士達が、マリウスとライアンの戦いを見つめていた。
マリウスの“結界”に罅が入り、ガラスの様に砕けて散った。
その儘振り下ろされる光の剣をハティの結界が防いだ。伝わる筈のない衝撃が、マリウスとエレンにまで伝わった。
「きゃあっ!」
エレンが悲鳴を上げてマリウスにしがみ付く。
マリウスは再び結界を張ると、ハティを後退させながら、ライアンに“フォールロック”を五つ放った。
直径10メートル程の石の塊が次々とライアンに激突する。
頭を潰されて倒れたライアンに、陣を組み直したクルト達の後方からノルンとカタリナが“フォールサンダー”、“ファイアーボム”を立て続けに放ち、ケントとダニエルが“貫通”を付与された矢を“連射”する。
雷撃と炎に包まれるライアンに、クルトとマヌエラ、フェリックスとブルーノが“瞬動”で迫った。
頭を再生させながら、片手を付いて立ち上がろうとするライアンの腕をマヌエラが“疾風斬”で切り落とした。
再びどさりと倒れたライアンの背中に、クルトとブルーノ、フェリックスが剣と槍を突き立てると、ライアンの背中の腕が四人を襲って振り回された。
柄まで深々と刺さった剣を引き抜いて四人が“瞬動”で後退すると、再びノルンとカタリナの魔法や、ケントとダニエルの矢が放たれた。
ブルーノ隊からも矢と魔法が次々と放たれた。
爆炎と土煙が舞い上がる中に、頭と腕が再生されたライアンが立ち上がった。
ライアンが全くダメージを受けていないかのように、再び背中の腕を天に向けて上げると、光の剣を伸ばした。
周囲を長大な光の剣で薙ぎ払うと、瓦礫と土砂が弾け飛んで降り注ぐのを、クルトとフェリックスが“結界”を広げて後ろの騎士たちを包んだ。
ブルーノとマヌエラは部隊を後退させて距離を取る。
「無理よ! あんなのに勝てないわ!」
上空からライアンの圧倒的な力を見ながらエレンが悲鳴を上げた。
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