6―17 マリウスとエレン
少し驚きながらもマリウスは笑顔でエレンに礼を取る。
「これはエレン様、今日は何か私にご用ですか」
エレンはそっぽを向いていたが、少し顔を赤らめてマリウスを睨むと言った。
「私あなたに負けたわけじゃないから。母上に言われたの、マリウスより強くなりたかったら、マリウスのやる事を見て来なさいって。だからあなた、今日は私を連れて行きなさい」
よく見ると今日は、商家の娘風の地味なドレスを着ている。
マリウスは困ってマヌエラを見た。
マヌエラが済まなさそうにマリウスに言った。
「どうか姫様を、今日一日同行させていただけないでしょうか。お願いいたします」
「えっと、今日は特に予定がないので、街を巡回するつもりでしたが」
そんなところにお姫様を連れて行っていいのか?
マリウスが眉根を寄せてマヌエラを見た。
「私たちも一緒に行きますので問題在りません。どうかよろしくお願いします」
必死に頼み込むマヌエラに、マリウスは止む無くエレンを連れていくことを了承した。
ノルンとエリーゼも勿論一緒に行く。
「え、あの御姫様が付いてくるのですか、戦闘になったら危ないですよ」
「うーん、親衛隊長さんが付いてくるから大丈夫じゃないかな」
「親衛隊長さん? ああ、あの綺麗な人ですか」
マヌエラは短く刈った髪と、鋭い目つきで男性っぽい感じがするが、良く見るとかなりの美人だった。
「へえ、ノルンああいう人が好みなんだ」
エリーゼがノルンを揶揄う。
「そ、そんな事は言って無いよ! 一般論だよ、一般論!」
ノルンが赤くなって必死に抗弁する。
え、マジですか?
マリウスとエリーゼが、生暖かい目でノルンを見た。
誤解ですと騒ぐノルンを揶揄いながら、ハティを伴って外に出ると、エレンとマヌエラが待っていた。
エレンがハティを見ている。
マリウスはハティの頭を撫でると、エレンの前にハティを進めた。
エレンが緊張するのが分かる。
「ハティが怖いですか?」
マリウスが尋ねると、エレンがきっとマリウスを睨んで言った。
「こ、怖く何かないわよ」
ハティがエレンの顔を舌で舐めた。
「きゃあっ!」
エレンが悲鳴を上げてのけ反る。
マリウスが笑いながらハティの頭を撫でた。
「頭を撫でてあげてください」
エレンは迷っていたが、恐る恐るハティに手を伸ばした。
「あ、柔らかい」
エレンがハティの頭を撫でる。
ハティが気持ちよさそうにすると、エレンの前でしゃがんだ。
マリウスがハティの背中に乗ると、エレンに手を差し出した。
エレンは少し迷っていたが、マリウスに手を伸ばす。
マリウスはエレンの手を掴むと、自分の前に乗せた。
ハティが空に向かって一声吠えると、立ち上がって地面を蹴った。
「きゃあ!」
エレンが目を瞑ってマリウスにしがみ付いた。
「大丈夫だよ、目を開けて」
エレンが恐る恐る目を開けて、恐々とハティの上から下を覗くと、マヌエラ達が自分を見上げている。
空からベルツブルグの街が見渡せた。
エレンはマリウスにしがみ付きながら呟いた。
「空を飛んでる。街が小さく見える」
ハティの風魔法が、エレンとマリウスを包んでいる。
エレンはマリウスにしがみ付いているのに気が付いて、慌てて手を離した。
上気した顔でハティにしがみ付きながらエレンが言った。
「凄い、空を飛んでる! ねえマリウス、何処に行くの?!」
「うーん、何処が良い? 行きたいところある?」
「人が一杯いるところが良いわ。私お城から出た事が無いの!」
「じゃあ、大通りかな。しっかり捕まっていてね」
ハティが南に向けて空を駆け出した。
マヌエラが慌てて後を追って走る。
陰に隠れて警護していた20人程の親衛隊の兵士も、慌てて後を追った。
ノルンとエリーゼが顔を見合わせた。
「またこのパターン?」
「大体あれで女の子はイチコロなのよね」
嚙み合わない会話をしながら二人は溜息を付くと、マリウスを追って走り出した。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
大通りにハティがふわりと降りた。
通りを行きかう人々がハティに振り返るが、さすがに三日目になるとパニックは起きない。
「あ、フェンリルとアースバルトの若様よ」
「わあ、可愛い。」
「今日は女の子も一緒だ」
エレンは珍しそうに、キョロキョロと街を見回している。
人々が立ち止まって、ハティとマリウス達を見ていた。
「ねえ、マリウス。あれは何?」
エレンが通りに面して並ぶ出店や屋台の列を指差して声を上げた。
「あれは出店だよ、色々な物を売ってるんだ」
エレンがハティからピョンと跳び降りると、出店に向かって歩いていく。
マリウスもハティから降りると、エレンの後ろを付いて行った。
エレンは道にびっしりと並ぶ出店を一軒一軒覗いて行った。
切子ガラスのグラスや瓶を売る店、織物の並んだ店、剣や短刀を並べた店、焼き物の皿や壺を並べた店を珍しそうに覗いていく。
マリウスは“魔力感知”を働かせながら、エレンの後ろを歩いた。
「綺麗。これは何?」
エレンが立ち止まったのは、魔石の店だった。赤い魔石を覗き込んでいる。
「これは魔石だよ、それはオーガの魔石だね」
「これが魔石なの? 初めて見た。」
エレンが目をキラキラさせてオーガの魔石を眺めていた。
「魔石は魔物の命そのものなんだって。この中に魔力が詰まっているんだよ」
マリウスは嘗てザトペックに言われたことをそのままエレンに伝えた。
「これが魔物の命、こんなに綺麗なのに」
エレンが熱心にオーガの魔石を覗き込んでいると、狐獣人の店主が言った。
「お嬢ちゃん。そのオーガの魔石、15万ゼニーだよ。子供の買える物じゃないよ」
オーガの魔石はハイオークの下、上級と中級の中間位になる。前は6、7万位で取引されていた。
「高いよ、前の倍以上じゃないか」
マリウスが思わず店主に言った。
「仕様が無いよ、今は辺境伯家から魔石が入ってこないからな。王都じゃ三倍位の値段になってるよ」
辺境伯領の魔石の供給が激減して、国内の魔石が高騰している話は聞いていたが、現実に見るのは初めてだった。
やはり低級や中級の魔物の魔石くらいは、市場に流した方が良いかもしれないとマリウスが考えていると、エレンが言った。
「マリウス。随分魔石に詳しいのね。あなたも魔石持っているの?」
「付与魔術師だからね。魔石はいつも持ってるよ」
マリウスはポケットに手を突っ込んで、ハイオークの魔石を三つ掴んで、掌に広げて見せた。
「おお、坊ちゃん。それはハイオークの魔石じゃないか? 何で子供がそんなものを持ってるんだい」
オーガと同じ位の大きさの、乳白色の混じった灰色の魔石を見て店主が声を上げる。
エレンがマリウスの掌のハイオークの魔石を見ていたが、がっかりしたようにマリウスに言った。
「こっちの赤い魔石の方が綺麗だわ、私はこっちの方が好きよ」
マリウスはハイオークの魔石をポケットに戻すと、上着の内ポケットに手を入れて、ハイオークの魔石より更に一回り大きな、深紅の魔石を取り出した。
「ぼ、坊ちゃん! そ、それはまさか、ハイオーガの魔石?」
マリウスの掌の上の大ぶりな深紅の魔石を見て、店主が驚愕の声を上げる。
エレンは食い入るようにハイオーガの魔石を見ている。
「ねえ、触ってもいい?」
エレンがマリウスの顔を見て言った。
「良いよ、落とさないでね」
「うん」
エレンは手を伸ばすとマリウスのハイオーガの魔石を手に取って、顔の上に翳すと日の光で透かす様に魔石を見つめた。
「中で動いてる」
「へー、魔力が見えるんだ?」
マリウスは“魔力感知”のアイテムで魔石の中の魔力の揺らめきを目で感じ取ることが出来るが、エレンはスキルもアイテムもない筈なのに魔力を目で見る事が出来るらしい。
ユニークの精霊魔術師の力なのだろうか?
「炎が揺らめいているみたい。凄く強い炎」
エレンはうっとりした表情で、ハイオーガの魔石を見つめていた。
「この魔物、あなたが倒したの?」
エレンがマリウスを見た。
「うーんどうかな、一匹は僕が倒して、もう一匹はクルトが倒したな」
確か女のハイオーガの方をマリウスが倒した。
「強い魔物だったの?」
「うん、レアの魔物だからね、かなりの強敵だったよ」
「レアの魔物に勝ったんだ」
エレンはそう言うとマリウスにハイオーガの魔石を返した。
「坊ちゃん、その魔石を儂に売ってくれないか。30万、いや50万ゼニーでどうだ」
再びマリウスの手に戻った魔石を見ながら、店主がマリウスに捲し立てた。
マリウスは内ポケットに魔石を仕舞うと笑いながら店主に言った。
「これには大事な使い道があるから売れないよ」
そう言ってエレンの手を取ると店を離れた。
“魔力感知”でマヌエラ達が傍に近づいて来たのと別に、大通りの向こうから大きな気配が近づいてくるのを感じたからだ。
同時に発動している“索敵”に姿が映っていない処を見ると、間違いなく探知妨害系のアイテムを所持した敵であろう。
「マリウス? きゃっ!」
マリウスがエレンを持ち上げて、ハティの背中に乗せた。
ハティがエレンを乗せたまま地面を蹴った。
「マリウス?!」
ハティにしがみ付きながらエレンが叫ぶ。
エレンをハティに預けたマリウスは、こちらに迫って来る、大きな気配に目を向けた。
旅人風の姿だが腰に剣を吊った5人、先頭の男には見覚えがあった。
広場でクルト達と戦っていた聖騎士、ライアン・オーリックだ。
そして一番魔力が大きかったのはライアンの横を走るローブの女だった。
おそらくレアクラスの魔術師かと考えながら、マリウスは大通りから路地に向けて走り出した。
大通りの反対側からも5人迫って来るのを“魔力感知”で感じた。
此処で戦闘になるのはまずいと考えて、マリウスは人気のない処を目指して路地に駆け込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます