6―16 夜の大捜査線
「見てたんやったら、もっとはよ助けんかい!」
頭に包帯を巻いたダックスが、第6騎士団の兵士に怒鳴っている。
矢で射られた御者の男も、何とか命はとりとめたようだった。
「怒るなダックス。お前のおかげで王都の大掃除が出来そうだぞ」
ウイルマーがダックスに笑いかけた。
「あっ! 将軍はん、儂を囮にしたんでっか。あんまりでっせ!」
「いや、お前がいたのは偶々だ、お前もどうやら、クレスト教会から狙われる程出世した様だな」
ウイルマーは昔の配下の獣人兵士達の、ゴート村移住の件でダックスの事は良く知っていた。
「なんやそれ! 全然嬉しないわ! 儂みたいな善良な一般市民を、戦争に巻き込まんといてほしいわ!」
ぼやくダックスをビアンカが客室に押し込むと、ウイルマーに一礼して馬車を走らせ帰って行った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
昨夜のエルザとの打ち合わせで、ガルシアの兵士と第6騎士団の兵士の鎧に、“魔法防御“と”物理防御“を付与する事になっていた。
“熱防御”は今回は諦めて、出来るだけ多くの付与装備を揃える事になった。
鎧は第6騎士団の鎧140領とガルシアの兵の鎧が161領という配分に決まった。
第6騎士団の140領のうち30領は『野獣騎士団』に配られるらしい。
全部で301領の鎧に、中級魔物の魔石602個を使って付与する。
マヌエラの親衛隊は既に300の付与装備が配られているので、今回は遠慮したらしい。
マリウスはいつものように魔石を7個握ると、7領ずつ鎧に付与して行った。
「す、凄い。アーティファクトが量産されていく」
アメリ―はマリウスが手を翳す度に、7領の鎧が青く光るのを見ながら呆然とした。
1時間ちょっとで86回の付与を終わらすと魔力の残りは未だ700程あった。
中級魔石の残りは40個位になった。
「これだけの装備があれば、最早聖騎士も恐れるに足らん。この戦マリウス殿の御蔭で勝ったな」
ガルシアが満足げに呟いた。
「ついに我らもアーティファクトを装備できるのですね」
副官のブルーノは、涙を流さんばかりに感激している。
上級魔物の魔石も残りが少ないので、武器の強化については改めて検討するそうだが、これで街を警護する兵士達の安全はかなり守られるだろう。
ベルツブルグの街に平和を取り戻せれば良いと思いながら、マリウスは城を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ブロン隊長率いる第6騎士団の精鋭150人が、エルダー商会を取り囲んで門を破ると、一斉に中に踏み込んだ。
同時刻に『野獣騎士団』40名がエルダー商会会頭バルトルト・エルダーの自宅を包囲する。
更にアルベルト率いる公爵騎士団5千とルチアナの率いる魔術師団3千も第2騎士団の屯所を包囲していた。
勿論宰相ロンメルの令状を携えている。
第6騎士団団長ウイルマー・モーゼル将軍は、監視下にあったエルダー商会に不審な兵の一団が集結しているという、『野獣騎士団』からの報告を受けて、出撃の準備を整えていた。
エルダー商会から黒鎧の兵士二十名が飛び出して、一台の馬車を追っているという報を受けて、すぐさま出撃した。
てっきりシルヴィー配下の聖騎士のテロ活動かと思っていたが、黒騎士を捕えたところ、第2騎士団の兵士が変装した一団だった。
ロンメルに報告すると直ぐにバルトルトの逮捕命令と家宅捜査命令、第2騎士団団長トッド・クシュナ―の出頭命令が出された。
「バルトルト・エルダー! 貴様にはマルダー商会会頭ダックス・マルダー氏襲撃の容疑で宰相様より捕縛命令が出ている!」
「ま、待ってくれ! 誤解だ! だ、誰かブレドウ伯爵様に連絡を……」
問答無用でバルトルトは捕縛されエルダー商会の広い店舗、厩、倉庫などに兵士達が踏み込んだ。
聖騎士は一人も発見されなかったが、行方不明になっていた元薬師ギルドグラマス、レオニード・ホーネッカーが潜伏しているのが発見されて捕えられた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
第2騎士団長トッド・クシュナ―将軍は突然の魔術師団と公爵騎士団の包囲に、騎士団の緊急招集をかけるが、僅か千人程の兵士しか集まらなかった。
「何をしている?! 何故兵が集まらん!」
クシュナ―将軍が副官のドミニクに怒鳴った。
「公爵騎士団と魔術師団に屯所を完全に包囲されてしまいました。街も第6騎士団の兵士が封鎖している様です」
「おのれ、謀られたか! お前は正門で時間を稼げ。儂は第7のバンベルク将軍の元に向かう!」
そう言ってクシュナ―将軍が供の者だけ連れて部屋を出ようとした時、正門の方で轟音が響いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「それじゃあ行くわよ!」
正門の前に整列する公爵騎士団の先頭に立つ三人の中からバルバラが一歩前に出た。
「何でお前が仕切る! 先鋒はリーダーの俺だろう」
「いつお前がリーダーになった。お前たちでは不安だ、ここは私が行こう」
アレクシスとカイがバルバラの横に並ぶ。
「誰でもよい! お前たちくれぐれもやり過ぎるなよ! ここは国王陛下のお膝元であるぞ!」
軍師アルベルトが後ろからアレクシス、カイ、バルバラの三人に怒鳴った。
第2騎士団の屯所の正門は閉ざされて、中には千人程の兵士が弓を構えて此方を睨んでいた。
「よし、ここは三人で〇ェット・〇トリーム・〇タックを……」
「ハーイ! バルバラ行きまーす!」
バルバラが手を挙げると、いきなり特級光魔法“ライトニンバースト”を発動した。
巨大な光の玉が屯所の鋼鉄製の正門に激突して轟音を立てて爆発する。
はじけ飛んだ鋼鉄の扉に、後ろに居た第2騎士団の兵士達が薙ぎ倒された。
爆発の粉塵で霞んだ屯所の中にアレクシスとカイの二人が“瞬動”で斬りこんだ。
屯所の中から兵士の怒号と悲鳴、爆音が聞こえて来る。
「だからやり過ぎるなと言っておるだろうが!」
アルベルトがこめかみに左手を当てて呟きながら、右手を振って兵士に突入を命じた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「将軍! 正門が破られました! 公爵騎士団の兵が侵入した模様です!」
伝令の報告を聞くまでもなく、この屯所兵士達の怒声や争う音が聞こえてくる。
「お前たちも行って、何とか食い止めろ!」
クシュナ―将軍はドミニクにそう云い捨てると部屋を出て屯所の裏の通用門に向かった。
周囲に人影は無い。供の者が通用門を開けようと近づくと突然通用門の前に氷の壁がせり上がった。
高さ20メートル程の分厚い氷の壁がそのまま周囲に広がっていき、クシュナ―将軍達をぐるりと取り囲んだ。
「部下を置いて一人だけ逃げる気? それでも王国騎士団長かい!」
数十人の魔術師のローブを着た兵士を従えて氷の壁の上に立つルチアナが、クシュナ―将軍を冷ややかに見下ろしながら言った。
ルチアナは魔術師のローブではなく、モーゼル将軍と同じ、コート風の革鎧と革のズボンを装着し、腕には皮の腕輪を嵌めていた。
「くっ! ルチアナ・キースリング。貴様儂にこんな事をしてタダで済むと思うなよ!」
クシュナ―将軍が腰の剣を抜いて構えるとルチアナを睨んだ。
「ただで済まないのはあんたの方よ、トッド・クシュナ―。ダックス・マルダー氏襲撃の容疑で宰相様より出頭命令が出ているわ。大人しく縛に付きなさい!」
氷の壁の上で、30人の魔術師たちが魔力を高めているのが分かる。
何時でも高威力の魔法を放つ気でいるのを感じてクシュナ―将軍は歯噛みするが、やがて諦めると剣を地面に放り投げた。
数名の魔術師に魔法で拘束されたクシュナ―将軍も、魔術師団に連行されて王城に連れていかれた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
マリウスはガルシアの館で朝食を摂りながらフェリックスやブルーノ達の報告を聞いていた。
結局昨日の巡回で聖騎士達の一団は見つからなかった。
おそらく敵も、此方が“魔力感知”で強者を炙り出していることに気が付いて、力のある者は地下に潜った様だった。
結局街を虱潰しに当たっていく以外ないという結論になった。
マリウスは昨日残った魔力と上級魔物の魔石10個を使って、用意していた腕輪2個に“魔力感知”を付与して、フェリックスとブルーノに渡し、クルトには用意していた“結界”、“念話”、“索敵”、“暗視”を付与したイヤリングを渡した。
クルトは苦労してクリップ式のイヤリングをトラ耳に付けていたが、すぐに使い方を覚えて気に入ったようだった。
エリーゼとノルンも欲しがったが、魔力も200ほどしかなかったし、魔石の残りが少なくなってきたので今回は遠慮して貰った。
今朝ニナとオルテガ、マルコに“念話”を送ったら、ゴート村にいる三人と問題なく会話出来た。
ゴールデントラウトはゴート村まで登って来たそうで、皆が河原でバーベキューをしているらしい。
マリウスは早くゴート村に帰りたいと思った。
ステファンが来ていたらしく、辺境伯領でも川の周辺の農地が豊作で、海では河口まで魚が押し寄せているそうだ。
王都を発った錬金術師達が、明日にはゴート村に到着する報せが入ったようだった。
新し工房の建設もぎりぎり間に合った様で、錬金術師達に住居を割り振ったら、ギルベルトを中心に、ポーションの量産を始める予定だった。
カサンドラは幽霊村の研究所で『禁忌薬』の解毒薬の研究を続けている。
ティアナとゲルトと共に連日徹夜で作業している様だった。
マリウスはオルテガに言って、カサンドラに無理はさせないように命じた。
マルコの話では今のところ、エルシャの処の聖騎士に怪しい動きはないようだった。
ゴート村の警戒も続けるようにマルコに言って“念話”を切った。
クルトとフェリックスが、2隊に別れて街に巡回に出て行った。
マリウスも今日は特に用事は特にないので、ハティを連れてエリーゼとノルンでぶらぶら街を散歩がてら巡回しようかと考えていたら、マヌエラが訪ねて来たと報せが来た。
客間に行くとマヌエラと一緒に何故かエレンがいた。
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