6―15 ダックス危機一髪
「ライアン隊長! 井戸を守っていた兵士たちが消えました!」
「何だと! ふん、さすがに街を守り切れずに兵を巡回に回したか」
ライアンはそう嘯くと、部下のルイに言った。
「予定通り今夜決行するぞ。多分敵は“魔力感知”を使って我らを炙り出そうとしているようだ。魔力量の少ない物を選んで、井戸に例の物を投げ込ませろ」
ベルツブルグの北の住宅地にある、聖騎士たちの秘密のアジトであった。
昨日から街を巡回する兵士達の一団が増えている。
“探知妨害”のアイテムを持っているにもかかわらず、相手に見つかっているのは、“魔力感知”のスキルの所為だとライアンも気付いていた。
「明日、騒ぎが起きるのと同時に外にいる総帥に合図を送り、我らは南門を内部から襲う。エマ、お前の隊も協力してくれ」
ライアンが同じ隊長格の水魔術師、エマに声を掛ける。
「分かったわ。それとマリウス・アースバルトとフェンリルが街で目撃されたようよ」
「マリウスは俺がやる。殺しても構わないと総帥から許可が出ている。一緒にいる獣人もだ」
ライアンが口元に酷薄そうな笑みを浮かべてエマに言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、未だ痛いで、ホンマ無茶しおるわ」
ダックスが大袈裟に頭の上のタヌキ耳を撫でた。
馬車は西門の獣人街に近いダックスの店から、貴族街の傍の大通りにあるエルダ―商会に向かって馬車を走らせている。
「全く。約束の時間に遅れそうじゃないですか」
「構わへんわ。向こうが呼びつけとるのやさかい、待たしたったらええねん。ちゅうかビアンカちゃん何で馬車に乗っとんや?」
「会頭が逃げないか心配で、付いて来たんです」
ダックスの向かいの席に座るビアンカが、ダックスを睨んだ。
それでなくても獣人に風当たりの強い王都で、商業ギルドの理事に睨まれてしまったら非常に厄介な事になりかねない。
「そないな事言って、やっぱり儂と一緒がええんやろ。あ、嘘! 冗談や、冗談!」
座席から立ち上がって、ダックスのケモミミに手を伸ばすビアンカから逃げながら、ダックスが喚いた。
ダックスは溜息を付くと、座席に座り直すビアンカの、長い脚に視線を走らせながらぼやいた。
「ホンマ洒落の解らん娘やなあ。そないきりきり働いてると、嫁の貰い手があらへんで」
「会頭、それは完全にセクハラ発言です。死刑確定ですね」
「何でやねん! 儂の軽妙なジョークやろ。ビアンカちゃんも、もっとビジネストークを勉強しいや」
「職務以外の事を強要するのはパワハラですね。市中引き回しのうえ、磔にして貰いましょう」
「無茶苦茶やなあ。勘弁したってや」
馬鹿な会話をしているうちに、日が西に傾いて辺りが薄暗くなる。
御者が御者台の前にある突起に触れると、馬車の前に“発光”の灯りが灯った。
馬車はエルダー商会の近くまで来ていた。
ダックスが不意にケモミミと尻尾を立てる。
「あかん、停まってや! Uターンや!」
ダックスが立ち上がってビアンカの横に駆け寄ると、小窓を開けて御者に叫んだ。
「何です会頭、此処まで来て逃げるんですか!」
「アホ、これは罠や! エルダー商会にようけ兵隊がいてる! 待ち伏せや!」
馬車が急停車して、大通りをぐるりと回って向きを変えた。
「何で会頭にそんな事が分かるんですか?」
「儂には若様からもろたアーティファクトがあるんや!」
ダックスの首のスカーフの下には、マリウスから“索敵”と“魔力効果増”、“疲労軽減”の付与が付いた、タヌキのペンダントが掛けられていた。
何とかダックスの少ない魔力でも半径100メートル位の敵は感知できた。
「ダックスも危ない目に合うかもしれないからお守りね」
マリウスがそう言ってダックスに渡してくれた物だった。
エルダー商会から20騎の黒い鎧を着た騎士が飛び出した。
ダックスの馬車を追いかけて来る。
ビアンカが後ろの窓を覗きながら叫んだ。
「本当に追ってきます!」
ダックスは御者に怒鳴った。
「全速力や! 思いきり飛ばしてや!」
御者が馬に鞭を入れる。
二頭立ての馬車は速度を上げて、大通りを駆け抜けた。
周りの通行人が慌てて道の端に寄って避けて行く。
「駄目です! 追いつかれます!」
弓を構えた騎士が馬車の後ろに張り付くと、馬車に向かって矢を射かけて来た。
「キャア-!」
後ろの覗き窓を覗いていたビアンカは、悲鳴を上げて身を伏せるが、“強化”を付与された客室は飛んで来た矢を全て弾いた。
追って来る騎士が更に速度を上げ、馬車の横に並ぶと、馬車の前で手綱を握る御者に向かって矢を放った。
「ギャアーッ!」
肩口を矢に貫かれた御者が馬車から転げ落ち、御者のいなくなった馬車が左右に蛇行する。
ビアンカが客室の扉を開けて、外に体を乗り出した。
「ビアンカちゃん?!」
客室の床に伏せていたダックスが驚いてビアンカに叫んだ。
「こんなところでタヌキと心中なんて御免です! 私は王国一の商人になるのです!」
ビアンカはそう叫ぶと客室の外枠をがっしりと掴んで御者席に飛び移った。
伏せた頭の上を矢が通り過ぎる。ビアンカは手綱を握ると馬を呷った。
追いついてくる騎士に、馬車を右に振って右側の騎士に馬車を寄せて跳ね飛ばした。
亜人にとって生きづらい王都で、妹のオリビアはダックスに紹介状を書いて貰って、ゴート村に行かせた。
だがビアンカはこの王都で、必ず商人として成功する事を諦めてはいなかった。
「び、ビアンカちゃん?!」
衝撃で床を転がりながらダックスが叫んだ。
ビアンカは二頭の馬を器用に操作すると、馬車を左の路地に向けて強引に曲げた。
左側にいた騎士が止まり切れずに、馬車に激突する。
衝撃で馬車が傾いたが、何とか立て直して路地に滑り込んだ。
ダックスは衝撃で転がって、客室の壁に頭をぶつけて気を失っていた。
ビアンカは構わずに狭い路地に馬車を全力で駆けさせた。
馬車の灯りが迫って来るのを見て、道にいた人が慌てて端に逃げる中を、馬車と黒騎士の一団が駆け抜けた。
ビアンカは路地の向こうの広い通りに出ると、馬車を強引に曲げて西に進めようとしたが、慌てて手綱を引いて足元のブレーキを同時に踏み込んだ。
ダックスが再び客室の中で転がって、シートに顔をぶつけて目を覚ます。
目の前に20人位の武装した獣人の兵士が弓を構えて立っていた。
追って来た黒騎士達が馬車の後ろに停まる。
待ち伏せをしていた兵士が一斉に矢を放った。
ビアンカは御者台に身を伏せて、目を瞑った。
「ぎゃー!」
「うわあっ!」
周囲から悲鳴が上がった。
矢は馬車を追ってきた黒騎士達を襲った。
黒騎士達はフルプレートメールを装着していたが、“貫通”を乗せた矢が黒騎士達の三人を貫いた。
「引くぞ!」
指揮官らしい男が叫んで馬首を返すと、通りの反対側からも50騎の騎馬の兵士が現れて黒騎士達の退路を塞いだ。
騎馬の先頭の、コート風の革鎧と革のズボン姿の男が剣を抜くと、黒騎士達に向かって馬上で軽く剣を振った。
剣から放たれた衝撃波が黒騎士達の馬を一斉に薙ぎ倒し、黒騎士達が石畳の上に叩きつけられた。
「これは確かに凄まじい威力だな」
革鎧を着た男、ウイルマー・モーゼル将軍は、剣を持つ右手の手首に巻かれた革の腕輪を見つめて呟く。
この腕輪と、革鎧はマリウスがクライン男爵に持たせた装備品の一組である。
アースバルトの紋章は刺繍されていないが、騎士団の標準装備品と同じもので、腕輪には“物理効果増”、“魔法効果増”、“筋力増”、“速力増”が、革鎧には“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”、“疲労軽減”が付与されていた。
クライン男爵はロンメルを通して、マリウスから進呈された装備を、取り敢えずウイルマーとルチアナに一組ずつ渡していた。
ブロンたち第6騎士団の兵士達が、路上に投げ出された黒騎士達の中に一斉に斬りこんだ。
ビアンカは御者台の上で、呆然としながら戦闘を眺めている。
ダックスも恐る恐る、客室の覗き窓から外の戦いを覗いていた。
黒騎士達が、獣人兵士達と騎馬の兵士達に次々と倒されていった。
ブロンが取り押さえられた黒騎士の兜を外すと、驚いた様にウイルマーに叫んだ。
「将軍! 此奴ら聖騎士じゃありません! 第2騎士団の連中です!」
「第2騎士団だと。何故第2騎士団が王都で馬車を襲うのだ?」
ウイルマー・モーゼル将軍は馬の上で剣を鞘に納めると、兜を外された黒騎士達を見て首を傾げた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
“術式記憶”で読み取ったエレンの精霊召喚の魔法は、トーマスから読み取った水精霊を召喚する魔法とは術式が少し違っていた。
トーマスの話では召喚魔法の術式は誰かに教わったのではなく、福音の儀でギフトを得た時、頭の中に入って来たそうだ。
つまりスキルとして一つの召喚魔法を得たらしい。
エレンにもその辺を聞いてみたかったが、そんな雰囲気ではなかったので諦めた。
未だマリウスは覚えた召喚魔法を使った事がなかった。
何が出て来るか分からない魔法を使う気にならなかったからだった。
ハティがいれば充分だったし、止められないような怪物が出てきて暴れ回ったりしたら、目も当てられない事になる。
そう言えばエレンの為に用意してあったプレゼントを渡しそびれてしまった。
マリウスはエレンとの対面が急遽終了になると、広い部屋に連れていかれた。
ガルシアと第6騎士団のアメリ―が同行している。部屋には大量の鎧が並べられていた。
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