6―11  下町の医術師


 エルザとガルシア、マヌエラ、アメリ―、ブルーノの目がハティに注がれている。


「未だ7000残っている? いったいマリウス殿の魔力は幾らあるのだ?」

 ガルシアが驚いてマリウスに尋ねた。


「今の魔力量は12540です。えっとマヌエラさんでしたね。乗って下さい」 


 マジックグレネードの特級魔法を消去するのに魔力をかなり使ってしまったが未だ半分位は残っている。


マリウス・アースバルト

人族 7歳  基本経験値:60620

          Lv. :35


ギフト 付与魔術師  ゴッズ

クラス アドバンスド

          Lv. :66   

          経験値:220504 


スキル 術式鑑定 術式付与 重複付与

    術式消去 非接触付与 

    物理耐性 魔法耐性 支援魔法


      FP: 1242/ 1254

       MP: 6982/12540


スペシャルギフト

スキル  術式記憶 並列付与

     クレストの加護

    全魔法適性: 824

     魔法効果: +824


 初級付与の“消毒”なら必要な魔力は5、上級付与の“浄化”で108から110だから残った魔力で、半分の井戸は今日中に付与できる。


 ハティの背中にマヌエラも乗るとマリウスが言った。


「何処に行けば良いですか?」


「外に出て北に行ってください」



 マヌエラの言葉を聞くと、何も言わなくてもハティが駆けだした。


 ハティの風魔法が扉を次々と開いて行く。


 屋敷の外に出たハティが門を飛び越えて、外に出ると北に向かって駆け出した。

 速度を上げるハティに、マヌエラが思わず目を瞑りそうになるが、自分の体が風魔法に守られているのに気付くと前のマリウスに言った。


「そこを曲がって下さい!」


 通りを曲がると井戸が見えた。

 マリウスはハティに乗ったまま井戸の傍らに近づくと、リザードマンのモノらしい魔石を左手に握って、右手を翳し“浄化”を付与した。


 井戸が青く光る。

 続けて“消毒”を付与すると再び井戸が青い光に包まれた。


 マヌエラは後ろでマリウスの行動をずっと見ていた。


「次に行きましょう」

 マリウスがマヌエラに言った。


「え、もう済んだのですか? 次はこの通りの向こうです」


 ハティが地面を蹴って空に駆け上がった。

 日が西に傾いている。


 マリウスは空の上からすぐ次の井戸を見つけるとハティを降ろした。

 井戸が二度青く光ると再びハティが空に駆け上がる。


 次々と井戸に付与を続けるマリウスに、マヌエラは驚嘆していた。


(これがマリウス・アースバルト。教会勢力も恐れず、世界を変えていく力。奥方様やガルシア殿が夢中になるのも解かる)


「次は何処ですか?」


「今度は西に飛んでください」


 いつの間にかマヌエラは、マリウスの力を当たり前の様に感じていた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


「四か月で一万越えか。最早呆れるほかないな」


 飛び出していったマリウスとハティの後ろ姿を見送りながらエルザが言った。


「本物のフェンリルでしたね。この目で見ても信じられません」


「真に吟遊詩人の詩そのままの姿で御座いますな」

 アメリ―が呆然と呟き、ブルーノも頷く。


「エルザ様、お久しぶりで御座います」


 ジェーン、キャロライン、マリリンの三人がエルザの前に片膝を付いた。


「おお、久しいな三人とも。少しは腕を上げたか」


「若様の後では恥ずかしいですけど、やっとレベル16に上がりました」

 キャロラインが笑顔で答えた。


「15歳でレベル16なら帰ってきたら士官だな。たいしたものだ」

 エルザが満足そうに頷く。


「私も16に上がりました。今は弓士隊の隊長です」

 マリリンも胸を張って答える。


「……」


「どうしたジェーン? お前はどうなのだ?」

 エルザに名前を呼ばれて、ジェーンが目を反らしながら答えた。


「わ、私は水道部長になりました。行政職です」


「そ、そうか。出世したなジェーン」

 エルザが笑いを噛み殺しながら言った。


 下を向いたキャロラインとマリリンの肩も震えている。


 ジェーンの顔が次第に真っ赤になると、わなわなと震えながらエルザに訴えた。


「これは陰謀です、権力者のオーボーです! あの顔だけ可愛い悪魔が、私を水道部の者たちに売ったのです! 毎日毎日下水道の水を流したり、風呂の湯を継ぎ足したりさせられています!」


 涙目で訴えるジェーンにエルザが笑いながら答えた。


「いや、インフラ整備は国の大切な仕事だ。このベルツブルグでもマリウスの浄水場を建設する許可を国王陛下より頂いた。お前が帰ってきた暁にはお前を水道局長に任命しよう」


 ジェーンの顔が真っ白になり、白目を剥いて口から泡を吹くと、その儘後ろに倒れた。


「ちょ、ちょっとジェーン!」


「あっ! 息してない!」


 キャロラインとマリリンがジェーンに駆け寄って、ジェーンの体を揺さぶった。


「ウソだ。これは悪夢だ。私は金髪巻き毛の悪魔に取り付かれたのだ……」


 譫言を口にするジェーンを二人が連れて行った。


「うむ、気を失う程感激してくれるとはな、いっそ王都に浄水施設が完成したらジェーンを国の水道大臣に就けるよう、ロンメルに打診してみるか。時にクラウス。マリウスと私の娘エレンの事だが。いつ引き合わすのが良いだろう」


 クラウスは、キャロラインとマリリンに引きずられていくジェーンを見送りながら言った。


「マリウスが明日には終わると言っておりましたので、それが終ればマリウスを連れて登城致しましょう」


「うむ、エレンも福音の儀を済ませた。ギフトはユニークの精霊魔術師だ」


「ユニークの精霊魔術師で御座いますか。それは素晴らしい」


 精霊魔術師自体が非常に珍しいギフトなのに、ユニークと云うのは多分この大陸でも幾人もいないだろう。


「きっとマリウスの良き力になってくれるだろう、私に似て少々気が強いが、心根の優しい娘だ」


「それは寧ろ有り難い事ですな。マリウスの首根っこを押さえてくれると助かります。まことマリウスには勿体無い姫君で御座います」

 クラウスが笑って答えた。


 エルザも笑っていたが、再び厳しい表情になるとクラウスに言った。


「婚約の儀が終れば、今度は我らがゴート村に出向く」


「辺境伯と逢われるのですね」

 クラウスも頷いた。


 既にシェリルの意向は、ガルシアを通じてエルザに伝えてある。

 グランベール公爵家とシュナイダー辺境伯家が、長い間の確執を捨てて手を握る。


「エルヴィンは私が説得した。エルヴィンもつまらぬメンツで揉めている時では無い事は、此度の事で身に染みたであろう。問題は辺境の魔女殿がいかに家中をまとめる事が出来るかだな」


 クラウスも頷く。

「あの家の家中は独立自尊の気風が強いですから、反対する者もおるでしょう」


 辺境伯家は所謂地方豪族の集合体で、シュナイダー家がその盟主にあたる。

 先祖代々の強固な主従関係が出来上がっている公爵家とは、少し事情が違っていた。


「まあ、彼方の事は彼方に任すしかないか。とにもかくにもマリウスとエレンの婚約の儀を、無事乗り切るのが先決だ」


「私の連れて来た兵も警備に加えましょう。皆マリウスの付与した武具を装備しているので、御役に立つでしょう。それとマリウスが薬師に作らせた新しいポーションも持参しておりますので、怪我人にお使いください」


 クラウスがそう言って振り返ると、フェリックスが頷いた。


「お任せ下さい御屋形様。必ず賊共を打ち払って見せます!」

フェリックスの部下たちが、ポーションの入った木箱を次々と運んでくる。


「それとこれはマリウスより公爵閣下とエルザ様に土産で御座います、宰相様と同じものを作らせました。エレン様の分は自分の手で渡せと言ってあります」


 クラウスが懐から飾の付いた小箱を二つ出してエルザに差し出した。


「ふふ、ロンメルより効果は文で報せがあった。礼を言うクラウス。しかしこの様な物を次々創り出されては、最早この世界の理すらマリウスには通用せぬな」

 エルザの呆れ顔にクラウスも苦笑する。


「自重せよとは申しておりますが、あれのやる事には親の私も付いて行けませぬ」


「いや、助かるクラウス。そう言えばバタバタして忘れておったがマリアが身籠ったそうだな」


「は、此度は連れて来られず申し訳ございません」


 エルザは笑いながら首を振った。

「いや、目出度い事だ。これからは親類になるのだから、落ち着いたら私の方からマリアと赤子に会いに行こう」


 エルザがクラウス達を見回して言った。


「皆宜しく頼む。シルヴィーにこれ以上好き勝手はさせん。必ずこの街を守ってみせる」


 クラウスとクルト、フェリックスたちがエルザの前に再び片膝を付くと、ガルシアとブルーノ、アメリ―も後ろに並ぶ。


 エルザの瞳は闘志を湛えて、決意に燃えていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 アドバンスドの医術師、クリスタ・ルイスはロゼッタの膝に手を翳すと“中級治癒”を発動した。


「如何かなロゼッタおばさん、少しはラクになった?」


「有難うクリスタちゃん。大分痛みが和らいだよ」

 兎獣人のロゼッタがウサギ耳をペタンと伏せたまま、痛みを堪えて笑う。


「ごめんねおばさん、ポーションが使えればもう少しは痛みを取ってあげられるんだけど」


 王都の下町にある医術師ギルド直営の診療所である。


 クリスタは人族の下町と、獣人街の境界辺りのこの診療所を任されているが、患者は貧しい者達が殆どで、高価なポーションは使えない。


 それどころか治療費もまともに払えないような患者が殆どで、クリスタは診療所を維持する為、時々冒険者に付いてヒーラーのアルバイトをして稼いでいる始末である。


「何言ってんだい、私たちを見てくれる医術師様はクリスタちゃん位だよ、お金が出来たら溜まってる治療費を必ず持ってくるからもう少し待っておくれ」


 クリスタが首を振って笑った。


「いつでも良いよ。早く治してまた煮込みを食べさせてね。私、おばさんの店の煮込み大好きだから」


 突然診察室のドアが乱暴に開かれると、大柄な人族の男がどかどかと中に入って来た。

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