6―10 ステファンとエルマ
ガルシアとマヌエラの二人は、部屋に入って来たエルザに片膝を付いて礼をとった。
マヌエラがエルザを見上げて言った。
「付与魔術で御座いますか?」
「そうだ、私は以前マリウスが馬車を片手で持ち上がる位軽くするのを見た。さしずめその反対の術式を賊の鎧に付与したのであろう」
「付与魔術でその様な事が出来るのですか?」
「うむ、あの少年の付与魔術は色々と規格外だからな」
驚くマヌエラにエルザが苦笑して答える。
「それと実は、クラウス殿の隊列が襲われた現場でこれを拾いました」
マヌエラは懐から黒い球を出した。
「それはもしや例の?」
エルザの眉が吊り上がる。
「はい、公国の新兵器マジックグレネードと思われます。現場にはこれが10個落ちていましたが全て作動しておりません」
ガルシアも懐から、クルトから預かった黒い球を出した。
「私の方でも一つ預かっております。クルトが下町で賊と交戦になった時、賊が使おうとしたようですが、マリウス殿が現れて中の魔法を消してしまわれたそうです」
「魔法を消しただと? 成程、魔道具なら付与魔術と同じ。付与魔術師のマリウスなら刻まれた術式を消すこともできると云う訳か」
感心して唸るエルザにガルシアも頷いた。
「やはり此度の戦いの趨勢を決めるのは、マリウス殿の力のようですな」
「うむ、それでマリウスは今どうしておる」
「街に出ているようですが、そろそろ儂の屋敷に戻っている頃でしょう。クラウス殿も到着しておる筈です」
丁度アメリ―とブルーノが帰って来たという報せが入った。
帰って来た二人の顔色が悪い。
「奥方様、申し訳ございません。賊を三人討ち取りましたがマジックグレネードを使われてしまい、街の者に被害が出てしまいました」
「特級火魔法“ヘルズデトネーション”の爆発に巻き込まれて20軒ほどの家屋が消し飛び、兵士6名と住民7名が亡くなりました、怪我人も多数出ております」
二人の報告にエルザの柳眉が吊り上がる。
「街中で特級魔法を使うとは、教皇国の犬どもめ、必ず報いを受けさせてやる! ガルシア、時が惜しい。マリウスに逢いに行くぞ!」
エルザを先頭にガルシアたちが後に続いて、一行は足早に部屋を出て行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「スターク河の周りだけが豊作なのですか?」
「ええ、それだけでなく河口の海から上流まで魚が溢れて漁師たちがお祭り騒ぎです」
ステファンが苦笑しながらエルマに言った。
「まあ、それで原因がこの村の水なのですか?」
エルマが首を傾げて、ステファンを見る。
「はい、御婆様がデリクに細かく豊作の地域を調べさせたところ、やはりこの村から流れる小川に続いている様です」
ステファンの言葉にエルマはクスクスと笑った。
「マリウス様の御力ならそんな事が起こっても不思議ではありませんね。豊作はきっと女神様の贈り物なのでしょう」
「笑い事ではありません母上。それでなくても薬師ギルドや魔道具師ギルドまでがこの村に移る事になって王都では大騒ぎのようなのに、豊作まで自由にできる等と知れたら、益々マリウスとこの村を狙う者達が増えて来るでしょう」
ステファンが苦々し気に言った。
「マリウスに一言苦言を呈そうとやって来たのですが、そうですか、マリウスはベルツブルグに発ちましたか。」
「ええ、昨日の朝エールハウゼンを出たようですよ」
「ふふ、あのマリウスにフィアンセが出来るのか。それは帰ってきたら揶揄ってやらねば」
「まあ、ステファン。あなたの方こそどうなの、ウルカ殿とは上手くいっているのですか」
エルマがステファンを見た。
ゴート村の教会の脇に建てられたエルマの館である。
「はは、それはまあ、追い追いと」
「女の子の事はちゃんとしてあげないと駄目ですよ。イザベラの事もはっきりとさせて上げなさい」
ステファンが苦笑して言った。
「勿論イザベラの事はきちんとするつもりです。第二夫人にしかできませんが、大切にするつもりです。ウルカの事は正直解りません。あの者には何か大きな望みがあるようですが、私に話してくれる気はなさそうです」
「ベルンハルト殿は承服しているのですか」
「はい、伯父上は理解してくれました。ただ……」
言い淀むステファンにエルマが言った。
「ベルンハルト殿がどうかしましたか?」
ステファンは少し迷っていたが、思い切ってエルマに話始めた。
「伯父上はシュナイダー家が、グランベール公爵家と手を結ぶことには反対のお考えのようです。シュナイダー家が辺境の地に独立する事は父上と伯父上の、ひいては祖先伝来のシュナイダー辺境伯家の悲願でしたから、今更王家に最も関わりの深いグランベール公爵家と手を結ぶのは、受け入れられない御様子です」
エルマの顔が曇る。
「ベルンハルト殿がそう申したのですか」
ステファンは首を振って答えた。
「いえ、御婆様に対してはっきりとは反対した訳ではありません。御婆様の意見に従うと言われましたが、私には伯父上が承服したようには見えませんでした」
部屋には二人しかいない。エルマは少し声を潜めてステファンに言った。
「ステファン。憶測で物を言ってはいけません。誰かが聞いているかもしれません。良からぬ考えの者たちにでも聞かれてしまったら、その話を広めて辺境伯家の結束を乱そうとするかもしれません」
ステファンが困ったように眉を下げて言った。
「母上、既に噂は広まりつつあります。伯父上が魔境での敗戦を理由に、息子のシュバルツ殿に家督を譲り、ライメンの城で隠居したいと御婆様に申し出になられました」
シュバルツはイザベラの兄で、ステファンより四つ上の21歳である。
「御義母様は何と仰せなのですか?」
エルマが驚いてステファンに尋ねた。
「勿論伯父上を留意しておられますが、伯父上の意志が固く、今は保留の扱いとなっております」
ベルンハルト・メッケルは辺境伯家の陸海軍を束ねる最高司令官である。
もしベルンハルトが離反してしまったら、辺境伯家は二つに割れかねない事態に陥る。
「そうですか。ベルンハルト殿のお気持ちも分かりますが、私も御義母様の意見に賛成です。今はこの国が結束しなければ、何れ私の故国の様に、教皇国に滅ぼされてしまうと思います」
ステファンもエルマに頷いて言った。
「私もそう思います。最早シュナイダー家だけが事態を静観できる時ではないという、御婆様の判断は正しいと思います。魔境への進出もマリウスと手を携えて進むのが、最も良い考えだと思っています」
エルマはステファンを見た。
「ステファン。あなたは一番難しい時に当主になってしまったようですね。でも私はあなたが立派にシュナイダー家を守っていけると信じています。あなたはきっと何時か父上を超えて、あの人が見られなかったものを見る事が出来るでしょう」
ステファンはエルマを見て笑顔で言った。
「ありがとうございます母上。もう一度伯父上と話をしてみます。イザベラも心を痛めておりますれば、私が必ず伯父上を説得して見せます」
新しい時代が開かれる。
こんな処で立ち止まってはいられない。
ステファンは決意を新たにしてエルマの元を去った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「マリウス。お前の付与魔術で倒され黒騎士たちを動かせずに、公爵家の騎士団の者が苦労しおったぞ」
あっ、忘れていた。
「戻って術を消してきた方が良いでしょうか?」
「放っておいて良かろう。数人掛かりで少しずつ鎧を脱がせていたようだから、夜までには帰って来るだろう」
クラウスが苦笑して言った。
「クルト達から聞いた。やはり敵はこの街の中にも既に入り込んでいるようだな」
「そのようです。逃げた聖騎士もかなりの実力者のようでした」
頷くマリウスにクルトが言った。
「マリウス様、実は北側の住宅街でも戦闘があり、例の黒い球が使われたようです」
「えっ! あれを街中で使ったの。それでどうなったの?」
「賊は全て打ち取られましたが、かなりの死傷者が出たようです」
エリーゼやノルンたちの顔が青ざめた。
「特級魔法を街中で使うなんて。教皇国の人間は頭が狂っているんじゃないの?」
憤慨するエリーゼにマリウスも頷く。
「これ以上被害が出る前に、あいつらを全員捕まえないと」
「その通りだマリウス。だがお前には先にやって欲しい事が有る」
「エルザ様!」
突然部屋に入って来たエルザにクラウスやマリウス、クルト達も全員が片膝を付いて頭を下げる。
エルザの後ろにはガルシアとアメリ―、マヌエラとブルーノも付き従っていた。
「僕にやって欲しい事とは?」
マリウスが頭を上げてエルザを見た。
「“魔物憑き”の薬の話はきいているな。お前には至急このベルツブルグの井戸全てに、“消毒”の術式を付与して貰いたいのだ」
「この街には井戸は幾つあるのですか?」
「およそ120余りだ」
マリウスは思ったより数が少ないのに安堵して言った。
「それなら明日には全て付与出来るでしょう。場所の分かる人は居ますか?」
マヌエラがマリウスの前に出る。
「私がご案内します」
「マリウス。うちでも魔石を用意した。少ないが使ってくれ。」
エルザがそう言うと、ガルシアの兵が袋を三つマリウスの前に置いた。
「上級魔物の魔石が50に中級が150、低級の物が200ある。使ってくれ」
「それなら“浄化”も付与しましょう。司祭のエルマ様の話では“魔物憑き”には“浄化”が効果あるそうです。未だ魔力が7000近く残っているから今からでも、近くから片付けていきましょう。」
マリウスが持ってきたものと合わせて、上級魔物の魔石が全部で200個になるので、120の井戸全てに”浄化”を付与できる。
マリウスは上級魔物の袋と、低級魔物の袋をハティの背に括り付けた。
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