6―7 マリウス襲撃
先頭をフェリックス達30騎が進み、その後ろをハティに乗ったマリウスが、クラウスの馬と並んで続いていた。
後ろにはジェーン達が乗る馬車と三台の荷馬車、その後ろに20騎の兵が守っている。
フェリックスとその部隊も、クラウスも皆フルプレートメールではなく、クルト達と同じ薄手のコート風の革鎧とズボン、耳まで隠れる革の帽子の新装備に切り替わっていた。
背中にアースバルト家の紋章である馬と剣の図柄が刺繍されており、クラウスの革鎧は、更に金糸と銀の鎖で装飾されていた。
マリウスは相変わらずの錆色の、騎士団の制服風の上下である。
フェリックス達やクラウスが乗る馬も、馬車を引く馬もメアリー達が作った革製の馬鎧と面を装着させている。
マリウスが“物理防御”、“魔法防御”、“筋力増”、“疲労軽減”を付与した馬鎧の効果は絶大で、予定よりかなり早くベルツブルグに到着できそうだった。
「問題は人を“魔物憑き”に変える薬、ハイエルフの『禁忌薬』ですね、敵はどのくらいの量を持っているのでしょうか?」
マリウスの問いにクラウスは首を横に振った。
「解らん、アルベルト殿の文に書かれていたのは、西の公爵と前薬師ギルドグラマスのレオニード・ホーネッカーが極秘に研究させていたらしいが、全て賊に持ち去られていたと云う話だけだ」
クラウスが眉を顰めて答えた。
クライン男爵に聞かされた話と同じであった。
「カサンドラが幽霊村で解毒薬の開発を始めましたが、直ぐに完成するとは思えません。司祭のエルマ様の話だと“浄化”で“魔物憑き”は落とせるけど、姿形まで変わってしまったらもう助けるのは無理だそうです」
「マリウスは“浄化”を使えるのか?」
クラウスが驚いた様に息子を見た。
「“浄化”の付与術式は使えます。上級付与ですから、上級魔物の魔石があれば付与できます」
本当は使った事は無いが、前にエルマが幽霊村で使った術式も“術式記憶”で記憶しているので、直接“浄化”を使う事も出来る筈である。
上級魔物の魔石を全部で150個持って来てあるので、これで対応できれば良いがとマリウスは思った。
一行は山間の峠に差し掛かっていた。ここを抜けるとベルツブルグが見えてくる筈である。
ハティが突然足を止めて、小さく唸り声を上げた。
マリウスの“索敵”のアイテムは稼働しているが何も気配は感じなかった。
クラウスとフェリックスのイヤリングにも“索敵”が付与されているが、二人とも何も気付いていない様だった。
マリウスは自分のイヤリングに付与してあった、“魔力感知”に意識を向けた。
“魔力感知”の有効範囲はマリウスでも半径400メートル程だったが、林の両側に20人の気配を感じた。
「フェリックス! 止まって! 父上。敵がいます!」
フェリックスが隊を止めるのと同時にマリウスたちの行列の前と後ろ、100メートル程離れた所に5人ずつの黒鎧の騎士達が現れた。
両側の林の中に未だ10人隠れている。
マリウスは迷わずに両側の林の中に“トルネード”を二つずつ放った。
かなり威力を加減したが、四つの竜巻が両側の林の中を駆け抜け、木々が激しく揺れ、枝をへし折り、土や葉を巻き上げる。
何かが木々に激突する音がして、悲鳴が聞こえてくる。木々が数本薙ぎ倒された。
フェリックスの部隊が槍を構える。
隊列の前に現れた黒騎士達が、突然黒い球をフェリックス達に向かって投げた。
マリウスは隊列を結界で包みながら、放物線を描いてこちらに飛んでくる5個の黒い球から、“術式鑑定”で特級火魔法“ヘルズデトネーション”と特級風魔法“ゴッズラース”を読み取った。
“術式消去”のスキルで空中にある黒い球の全ての魔法を消去する。
“術式消去”の使用できる距離は“非接触付与”と同じで、現在半径50メートルを超えていた。
黒い球はマリウスの“結界”に当たって地面に転がったが、何も起こらなかった。
“術式消去”魔法を消去するのに、その魔法を発動するのと同じだけの魔力が必要になる。
5個の特級魔法を“消去”する為に2500の魔力を消費した。
振り返ると隊列の後ろに現れた黒騎士達も、マリウス達に向かって黒い球を投げるのが見えた。
再び黒い球の術式を“術式消去”しながら、これ以上黒い球を使われる前に、早めに勝負をつける必要があるとマリウスが判断したのと同時に、フェリックス隊が前の敵に向かって突撃した。
マリウスはハティに乗って宙に駆け上がると、隊列の後ろに向かってハティを駆けさせた。
黒騎士達がマリウスとハティに向かって矢を射かけ、“ブレイドショット”や、“ファイアーボム”を放ってきたが、全て“結界”で弾いた。
マリウスがハティを黒騎士達の目の前に着地させると、黒騎士達に向けて右手を翳した。
黒騎士達の鎧が青い光に包まれる。
慌ててマリウスに斬り掛かろうとした黒騎士達が、ぐしゃりと潰れる様に地面に倒れた。
「ぐえっ!」
「うぐっ?」
黒騎士達の体が地面にめり込んでいる。
「な、何をした?」
「う、動けない?」
黒騎士達は、意識はあるが全く動けない様だった。
マリウスはポケットの中で、オークの魔石を3つ握り、6人の黒騎士達のフルプレートメールに“並列付与”で“重量化”を付与していた。
多分3トン位の重さになったフルプレートメールで、騎士達は圧し潰されていた。
さすがに聖騎士の“筋力強化”でも耐えられなかったようだ。
膝が砕けて呻いている者もいるようで、必死に足掻いているが、全員全く動けない様だった。
芋虫の様に地面に這いつくばって悪態をつく黒騎士達を放っておいて前を見ると、フェリックス達も前の黒騎士達を制圧していた。
マリウスがハティと隊列の中央に戻ると、馬車から飛び出してきたキャロライン達と会った。
「若様! 敵襲ですか?」
「あ、うん。もう終わったよ」
剣を持って飛び出してきたキャロラインが驚いてマリウスを見た。
「も、もう終わったんですか?」
キャロラインの後ろから、革鎧を被っただけのマリリンとジェーンも出て来て、前と後ろを見て驚いている。
どうやら馬車の中で鎧を脱いで寛いでいたらしい。
フェリックスの向こう、ベルツブルグの方角から30騎程の、騎馬の一団が掛けて来るのが見える。
フェリックス達が再び槍を構えて戦闘態勢に入るが、クラウスが止めた。
「公爵家の旗が見える。あれは味方だ」
マリウス達の隊列の前に騎馬の一団が止まると、金髪を短く刈った、先頭の女性の指揮官がクラウスに声を掛けた。
「私は親衛隊隊長のマヌエラ・ジーメンスです。奥方様の命でアースバルト子爵殿と、マリウス殿をお迎えに上がりましたが、これは……?」
マヌエラは辺りに転がって呻く黒騎士達を見た。
どうやらフェリックス達も、全員殺さずに制圧した様だ。
「クラウス・アースバルトだ、この者たちが突然襲ってきたので、止む無く戦闘になった、林の中にも賊が転がっている筈だ」
「そうでしたか。それは遅くなって申し訳ありません。無傷で敵を制圧するとはさすがで御座いますね」
マヌエラがそう言うと、兵士達に斃れている黒騎士達の捕縛を命じた。
マリウスはハティから降りると、地面に転がる黒い球を拾った。
マヌエラがマリウスとハティを見ている。
黒い球は、既に特級魔法は消してある。
どうやらこれが公国の新兵器という物らしい。
黒い球は見た目より軽く、手に取ると魔力を感じられた。中に魔石が入っている様だ。
マリウスは黒い球を地面に放り投げるとハティに跨った。
「父上、クルト達が気になります。僕は先に行きますので後は宜しくお願いします」
マリウスはそう言うとハティを空に駆け上がらせた。
襲ってきた黒騎士達は多分アドバンスドが三人いた他はミドルが殆どの様だった。
正直、三倍の兵力の公爵騎士団を全滅させたアースバルトの騎士団を襲うには、戦力不足だった。様子見か或いは時間稼ぎの足止めかもしれない。
空の上からベルツブルグの城壁が見えると、クラウスが止める間もなく、ハティが北に向かって空を駆けて行った。
マヌエラと親衛隊の兵士たちが、空を駆けるハティを呆然と見送っていた。
「フェンリルを駆る少年。あれがマリウス・アースバルト」
マヌエルが、見えなくなるハティの姿を見送りながら呟いた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「マジックグレネードが作動しない? 偶然では無い様だな」
遠見の魔道具で、マリウス達の戦闘を見ていたシルヴィーが呟いた。
様子見に出した下位の聖騎士達は、何も出来ずにアースバルトの騎士団とマリウスに制圧されてしまった。
「マリウス・アースバルト。惜しいな、あれほどの力。あの御方ならこの世界の浄化の為に使ってやれるものを」
クラウス達の隊列から1キロ程離れた丘の上で、遠見の魔道具で北の空に消えていくマリウスの姿を見る、シルヴィー・ド・ナミュールの口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
「手に入らぬなら殺すしかあるまいな。あの御方の前に立つ者は全て私が消す」
シルヴィーは馬に跨ると、目の前に整列する50騎の聖騎士達と共に、森の中に消えて行った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
クルト達は昨日ノルン達が散歩していた大通りから下町の辺りを巡回する事になった。
「“魔力感知”を使って力のありそうな人間を探し出せばいいのですね?」
ダニエルがクルトに言った。
「そう云う事だ。“魔力感知”が使える者を加えた部隊を組んで、街中を虱潰しに調べていく。見つけたらまず“索敵”で確認してくれ」
「相手が“索敵”に掛らないなら“探知妨害”のアイテムを持っているという事ですね」
ダニエルが頷くとクルトが言った。
「そういう事だ。後は一人ずつ直接尋問するしかない」
全部で16組のうち、街に入る六つの城門に一組ずつ配置され、残りの10組で市内を巡回する事になる。
当たりを引くと即戦闘になるという事だ。
危険ではあるが、“探知妨害”のアイテムを持つ聖騎士相手に、今のところこれ以上の方法が無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます