6―8   黒い球


 クルト達は“魔力感知”のアイテムを持つダニエルを中心に、9人で一隊として巡回する事になった。


「ダニエルの“魔力感知”の範囲はどの位だ。」


「半径100メートル位ですね」


 “魔法効果増”で威力は上げているが、やはり“索敵”よりは有効範囲が狭いようだ。


「充分だ、怪しい人間を見つけたら直ぐ私に言え」


 全員が今日は完全武装して、昨日と同じ市の立つ大通り出た。

 午前中大通りから下町の路地まで巡回を続けたが、これと言った収穫も無く、9人は昨日と同じ食堂に入って昼食をとる事にした。



「夕刻には御屋形様たちが到着する。あと一回巡回したら館に戻るか」


 クルトに頷きながらエフレムが言った。


「やはり賊は未だ、街の中に入っていないのではないですか」


「それならば良いのだがな。街に入る門はエンゲルハイト将軍の兵と魔術師団の魔術師が見張っている。そう簡単には入ってこれぬはずだ」


 クルトとエフレムの会話に、ノルンがふと不安を口にする。

「外にいるのならマリウス様たちが襲われると云う事はないですか?」


「ああ、それは考えられるが、ハティもいるしフェリック達も付いている。エルザ様が親衛隊長のマヌエラ殿を迎えに行かすと仰っていたので、万が一にも間違いの起こる事はあるまい」


「大丈夫よ、マリウス様ならそんな連中返り討ちにしちゃうわよ」

エリーゼが胸を張って宣言すると、ダニエルやケントも頷いた。


「若様ならむしろ自分の処に来てくれた方が、話が早いと思っておられるかもしれないですね」


「はは、若様ならありうるな。ハティと一緒に……」

 ダニエルが突然口をつぐんだが、直ぐにクルトに方を向いた。


「副団長、今この店の表を歩いてます。こいつの気配知っています。王都近くの森で『野獣騎士団』の兵士達を襲っていた聖騎士です」


 クルトがすぐさま大剣を掴んで席を立ちあがると、店の外に駆け出した。


 エフレムが大盾を抱えて後に続き、ノルン達も慌てて後に続く。


 外に出ると大勢の人達が通りを歩いていた。

 クルト達が周囲を見回す。


「あそこです!」


 ダニエルが通りの反対側を歩く、冒険者風の4人の男たちを指差した。

 聖騎士ライアン・オーリックも直ぐにクルトたちに気が付いた。


 ライアンはクルトににやりと笑うと、4人は突然逃げるように駆けだした。


「追うぞ!」

 クルトが叫んで人ごみの中を掻き分けながら後を追う。


 ノルン達8人もクルトの後を追って駆け出すが、人混みが邪魔で前に進ず、クルトと引き離されて行った。


 大通りを駆け抜けながら、路地に逃げ込んだライアンたちを追ってクルトも路地の中に駆け込んだ。


 いきなり跳んで来た“ブレイドショット”を大剣を抜いて斬り払うと、クルトは“瞬動”を発動しながら、自分の前に立つ黒髪の男に斬りかかった。


 黒髪の男は“フォースシールド”を展開してクルトの大剣を受け止めながら後方に跳んだ。


 クルトの大剣が理力の盾を砕き、黒髪の男に迫る。

 クルトに突きを繰り出す黒髪の男の脇腹を、すれ違いざまに斬り捨てたクルトに向かって、レアアーツ“ブレイドキャノン”が飛んで来た。


 理力の光の砲弾を、追いついたエフレムがクルトの前に立って“物理反射”、“魔法反射”を付与された大盾で弾き返す。


 弾き返された“ブレイドキャノン”は、100メートル程向こうでミスリルの剣を構えるライアン達の横の、レンガの塀に激突し塀を粉砕して吹き飛ばした。

 舞い上がる瓦礫と埃が消えた時、ライアンたちの姿が消えていた。


「あっちです! 下町の方に逃げます!」


 ダニエルが路地の右手を指差し、クルトとエフレムが再び駆けだした。

 やっと追いついたノルンとエリーゼ、カタリナ達もまたクルトを追って駆け出した。


 ケントは脇腹を斬られて呻く男を後ろ手にロープで縛り上げると、腰のベルトに吊った物入れから取り出したポーションを降り掛けてから、肩に掛けた弓を左手に握ってクルト達の後を追った。


「クソ、何故追って来られる?」


 ライアンが駆けながら舌打ちする。

 “探知妨害”のアイテムが上手く作動していないのだろうか? “気配察知”で、自分たちに確実に迫ってくるクルトを感じていた。


 路地を曲がると3人は、下町の市の立つ広場に出た。

 仲間の一人が大きな籠を持った、犬獣人の少女にぶつかって転倒する。


 ぶつかられた少女は道の端まで転がって石壁に頭をぶつけて気を失った。

 籠の中の素焼きの瓶が飛び出して、道の上で割れて果実水が飛び散る。


 ライアンが振り返るとクルトとエフレムが広場に飛び込んで来た。

 剣を握ったライアンたち三人とクルトたちを見て、周りにいた人々が慌てて広場から逃げ出した。


 逃げる人々たちを掻き分けながらノルンとエリーゼ、セルゲイもライアンたちの後ろに跳び出すと、剣を抜いて構えた。


 ライアンがミスリルの剣を構えるとクルトに向けて再び“ブレイドキャノン”を放った。

 エフレムが前に出て理力の砲弾を弾くと、ライアンたちの脇にあった屋台に激突して屋台を粉微塵に粉砕した。


 周りの人々が悲鳴を上げる中、ライアンの仲間の二人の男が“アクセル”を発動しながらクルトとエフレムに迫った。


 駆け出した二人の間を縫うように再び“ブレイドキャノン”を放とうとしたライアンを、ノルンの“フォールサンダー”が直撃した。


 聖騎士の“魔法耐性”で辛うじて“フォールサンダー”をレジストしたライアンが、増悪を込めた目でノルンを睨んだ。


 クルトに斬りかかった男は、剣をクルトに斬り飛ばされて、クルトの大剣の腹で顔面を叩かれると、広場の端まで飛ばされて気を失った。


 エフレムに斬りかかった男はエフレムの大盾に剣を止められると、“物理反射”で弾かれて手に持った剣が飛ばされた。


 男は“アクセル”で加速しながら後ろに下がると、懐から黒い球を取り出した。

 クルト達に向かって、黒い球を投げようとする男の右肩をケントの放った矢が貫いた。


 男が落とした黒い玉が足元に転がる。


「あっ! あれは!」


 エフレムが広場の脇に倒れているマーヤに駆け寄って庇う様に大盾を構えた。

 ノルンとエリーゼも咄嗟に後ろに居る人を守る様に両手を広げた。


 自分たちの来ている革鎧なら特級魔法も防げる筈。

 そう思いながらもエリーゼは思わず目を瞑ってしまった。


 物凄く長い時間がたったように思えたが、何も起こらなかった。

 エリーゼが恐る恐る目を開けると、広場の真ん中にハティとその上に乗るマリウスがいた。


「マリウス様!」


 ハティが、ケントに肩を矢で貫かれた男を前足で踏みつけている。


「エリー、ノルン大丈夫? 怪我してない?」


 マリウスはハティから飛び降りると、地面に転がっている黒い球を拾った。


「マリウス様! それは……」

 慌ててマリウスを止めようとするクルトに、マリウスが笑って言った。


「大丈夫。特級魔法はもう消したよ。“インフェルノフレーム”が付けてあったみたいだね」


「け、消したって?」

 ノルンが驚きながらマリウスに駆け寄る。


「うん、“術式消去”で消したんだ。付与魔術と同じだから消せるんだよ。」


「あっ! 聖騎士の野郎がいないぜ!」

 セルゲイが声を上げた。


「ホントだ! 逃げられちゃったみたい。」

 ナタリーが辺りをキョロキョロしながら言った。


「駄目ですね。“魔力感知”の範囲から完全に逃げられました」

 ダニエルが悔しそうにクルトに言った。


「仕方ない、街を守れただけでも良しとしよう。それよりマリウス様、何故ここに? 御屋形様はもう到着されているのですか」


「ううん、実は途中で隊列が襲われてね、フェリックスたちと撃退したんだけど、クルト達が心配になって、ハティと二人で先に飛んで来たんだ」


 気がつくと周りの人たちがハティとマリウスを指差して騒いでいる。


「あれ、フェンリルじゃないのか?」


「聞いた事が有るぞ。アースバルトの若様がフェンリルを従えているって」


「じゃあ、あれがエレン様の婚約者のマリウス様なの?」


「可愛い。金髪の巻き毛が素敵ね」


 エリーゼがマリウスの横に来て揶揄う様に言った。

「大人気ですねマリウス様、手を振ってあげれば」


 マリウスが赤い顔をするが、直ぐにエフレムが少女を抱き起しているのに気が付いた。


「どうしたの、その子。怪我をしているの?」


 エフレムが抱き起した頭に赤いカチューシャを付けた犬獣人女の子が、額から血を流して気絶している。


「マーヤじゃない! 大変。怪我してる!」


 駆け寄るエリーゼの後ろから、マリウスが竹筒を手に持って、マーヤの額の傷に少し水を垂らした。


 傷口が塞がってマーヤが目を開いた。


「あ、エリーゼさん。どうして?」


「怪我して、倒れていたのよ、貴女」


 マーヤが起き上がって辺りを見回した。

「私、大きな人にぶつかって……」


 エリーゼがハンカチを取り出して、マーヤの額の血を拭いた。

「怪我してたけど大丈夫ね、傷跡も残ってないわ」


「あの、私……」


「うん、マリウス様の『奇跡の水』で直して貰ったからもう大丈夫よ。痛くないでしょ?」


「あ、はい。大丈夫です、マリウス様って?」


 マリウスがエリーゼの後ろから顔を覗かせる。

「こんにちはマーヤ、未だ痛かったらこの水を飲めば直るよ」


「あ、いえ、大丈夫です」


 マーヤは立ち上がると、地面に転がっている籠を見た。

「あっ! お水が!」


 マーヤは慌てて籠に近寄ると、辺りに散らばる素焼きの瓶を見て泣きそうな顔になる。


「どうしよう、殆ど割れちゃってる。これじゃあ明日のお水が買えない……」


 未だ割れてない素焼きの瓶を拾いながらマーヤがしょんぼりと呟いた。


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