6―5 軍議
「人を“魔物憑き”に変える薬か。西の公爵も迷惑な物を残して逝ってくれたな」
エルザが眉を顰めながら言った。
謁見の間から場所を変えて、軍議の席上である。
エルザとエルヴィンを正面に、半円状に席が設けられ諸将が座っている。
「何か解毒の薬などは無いのか。薬師ギルドの者は何と言っている?」
エルヴィンが眉を吊り上げてアメリ―に尋ねた。
「はっ。件の製薬所についてはエールマイヤー公爵と元グラマスのレオニード・ホーネッカーが極秘に作らせた研究所で、他のギルドの幹部たちは、存在すら知らなかったようです。研究に携わっていたと思われる薬師は全てシルヴィーに殺され、薬品や資料も持ち去られておりますれば、解毒薬の存在についても全く解っておりません」
アメリ―の報告に皆が重苦しい雰囲気になる。
「公国の新兵器についてはどうだ?」
エルヴィンの問いに、魔術師団副団長のアルバンが答えた。
「はい、マジックグレネードと呼ばれるこの新兵器は現在魔術師団で解析中ですが、魔石に直接特級火魔法や、特級風魔法を焼き付けて魔力を流すと発動する魔道具のようです」
「魔石か、何の魔石か解っているのか?」
エルザがアルバンに問うた。
「は。使われている魔石はガルラという上級魔物の物で、火魔法や風魔法に相性の良い魔石で御座います」
「ガルラか、確か公国、旧アクアリナ王国の西で発見されたダンジョンにのみ生息する魔物であったな。今は教皇国が領有していると聞くが、20年前からあの連中はこんな者を考えていたのか」
パラディ朝アクアリナ王国は21年前にエルベール皇国と神聖クレスト教皇国に滅ぼされたが、二つの国がアクアリナ王国を滅ぼしたのは、ダンジョンを奪うためだと思われている。
そして1年後、エルベール皇国の将軍シャルル・ド・ルフランがアクアリナ王国の復興を掲げて、反乱を起こし現在のルフラン公国を建国した。
その時も教皇国は、公国に援軍を出し、現在ダンジョンは教皇国が管理している。
「新兵器の方はマリウスの防具で防げるが、かといって街中で使われたら被害を防ぐことは難しい、薬に至ってはなおさらだな」
エルザの眉間の皺が更に深くなる。
「マヌエラ。ガーディアンズが街に入り込んでいる様子はないのか?」
エルヴィンの問いにマヌエラと呼ばれた金髪を短く刈った女性が答えた。
「現在、町中に警備の兵を巡回させ、クレスト教会も監視していますが、不審な者は発見されていません」
親衛隊隊長マヌエラ・ジーメンスである。
現在城門の警備はガルシアの軍とベルツブルグの守備隊が、市内の警備は親衛隊が担当していた。
「やはり城門の警備と、街の警戒を厳重にする以外に在りませんな、あとは井戸に警備の兵を立てるなどして、毒物を投げ込まれるのを防ぐとかですかな」
「将軍の話は尤もなれど、この街には井戸だけでも120以上あります。更に民は水魔術師が作った水や、葡萄酒、エールなどを買って飲んで居る筈。その総てを取り締まるには兵が少なすぎると思いますが」
ガルシアに向かってマヌエラが答える。
「しかし放置するわけにはいかないでしょう。使われてしまっては取り返しがつかないのですから。マヌエラ殿の“索敵”で敵を見つける事は出来ないのですか?」
ガルシアの副官ブルーノが、マヌエラを見た。
マヌエラの“索敵”範囲は半径1キロと言われている。
「相手は“探知妨害”のアイテムを持っているようですから、“索敵”で見つけ出すのは難しいでしょう」
マヌエラの代わりにアメリ―が答えた。
「高価な“探知妨害”のアイテムを全員に持たせるか。厄介な連中だな」
エルザがうんざりしたように呟いた。
「この“探知妨害”のアイテムも教皇国のオリジナルの様で、正確には“探知妨害”と“鑑定妨害”の二つの術式が刻まれていて、何方も自由に稼働させたり、切ったりできる様です」
“索敵”は有効範囲の人や魔物を検知できるだけでなく、使用者の熟練度である程度の相手の強さの確認や敵意の有無等も感知できるのだが、このアイテムはそれを自由に遮断できるらしい。
「いっそ狙いが我等なら、我等が囮になって街に出ようか?」
エルザが口角を上げてエルヴィンに言った。
エルヴィンが何か答える前に、ガルシアとアメリ―が声を上げる。
「お待ちください奥方様。それでは我等の面目が立ちません」
「ご夫妻に何かあっては教皇国の思う壺、せっかく我らに傾いた流れがまた元に戻ってしまいます」
そんな事になってしまっては自分たちがここに派遣されてきた意味がなくなる。
返り討ちにしてやると嘯くエルザを他所に、マヌエラが黙って話を聞いているクルトに話しかけた。
「ハーゼ卿は如何思われる。何か良い策は御座いませんか?」
「おお、クルトの意見も聞いてみたいな、マリウス殿なら何か状況を変える事も出来るのではないか?」
ガルシアもクルトを見た。
クルトはゆっくりと考えながら口を開いた。
「人を“魔物憑き”に変える薬、古代ハイエルフの『禁忌薬』については、ゴート村のカサンドラ殿が研究を始めておりますが、直ぐに解毒薬が出来るとは思えません。まず、井戸が120以上と言われたが場所は全て分かっておられるのですか?」
「120以上と言ったのは、120数か所は場所を把握していますが、例えば街で新たに自分たちの家の中に新設したような井戸までは把握できていないという意味です」
マヌエラの答えにクルトが頷いた。
「家族数人が使う程度の物は良いでしょう、井戸に関してはおそらく我が主が、毒を消す付与魔術を使って解決してくださると思います」
「おお、その手が在ったか。しかしクルト、マリウスは既にその『禁忌薬』の事を知っていたのか?」
「はい。詳しくは申せませぬが、我等がゴート村を発つ直前、薬師ギルドが100年以上前から、ハイエルフの霊薬、『禁忌薬』の研究をしていた証拠を発見しております」
幽霊村の件はロンメルに報告済みだが、どの程度明かして良いのかクルトも判断に迷ったので、慎重に言葉を選んだ。
一同が困惑したようにクルトを見た。
アメリ―とアルバンはロンメルたちとの会合で少しだけ話を聞いているが、改めてクルトの話に耳を傾けていた。
「その話も気になるが、井戸を丸ごと“消毒”すると? マリウス殿にはそのような力があるのか?」
エルヴィンが疑い深げにクルトを見る。
「はい、村の浄化槽にもマリウス様は“消毒”を付与されているので毒を入れられても問題ない、全て消してくれると申しておりました」
「しかしこの広いベルツブルグで、120以上もある井戸全てを付与して回るのは、いかにマリウス殿でも短期間では難しいのではないか?」
心配するガルシアにクルトが笑って答えた。
「誰か場所を分かっている物を付けて下されば、マリウス様ならばハティで一飛びで御座る」
「それならば私が同行しましょう。大体の場所は解っています。」
マヌエラが答えた。
「マヌエラなら問題ないな。護衛にもなる。まあマリウスなら問題ないであろうが、あの子こそ狙われている筈だからな」
クルトは頷くと話を続けた。
「“探知妨害”のアイテムについてはマリウス様のお話では“索敵”、“気配察知”では全く気配を探る事も出来ませんが、“魔力感知”なら気配は分るし、気配の大きさで魔力の強い者は見分けられると聞いています」
「成程、少なくとも力のある者は炙り出せるという事ですな」
ガイアが感心したように頷く。
戦士職でもレベル20を超えれば魔力も300位はある。
「“魔力感知”で魔力の高いものを洗い出して直接一人一人誰何するか、或いは目視で捕捉し、更に“索敵”で相手が認識できなければ恐らくそれは“探知妨害”のアイテムを持った賊で御座いましょう」
クルトの言葉に皆が納得したように頷いた。
「“魔力感知”を使える者は何人いる?」
エルザが諸将を見回した。
「我ら魔術師団には私を含めて10名です」
アルバンが答えた。
「儂の処にはガイアを含めて2名だけだな」
ガルシアがそう言うと、アメリ―も済まなさそうに言った。
「第6騎士団は1名だけです」
「親衛隊は2名出せます」
マヌエラがエルザに答えた。
「“魔力感知”のアイテムもマリウス様は作れますが、今来ている者の中ではダニエルが持たされています。ダニエルは“索敵”のスキルも使えるのでお役に立つでしょう」
「ああ、あの犬獣人の斥候か、優秀そうな奴だったな。さすがマリウスだ、用意が良いな」
エルザは満足そうに頷くと、諸将に向かって言った。
「全部で16名か、充分だ。直ぐに16組の部隊を編成して市内を巡回させよ。“索敵”の使えるものも附けてな。あとはマリウスが到着してからだな」
全員がエルザに一礼する。
「クルト、必要な物が在るか?」
エルザにクルトが答える。
「恐らく魔石は必要になると思います」
「魔石か、分かった、直ぐ用意させる」
エルザは口元に笑みを湛えて、クルトを見ると言った。
「クルト、其方の御蔭で少し光明が見えて来たわ、マリウスの到着が待ち遠しいな」
エルザの言葉にクルトも大きく頷いた。
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