6―3   ベルツブルグ


 マリウスの問いにエルシャは、口元に笑みを浮かべたまま答えた。


「そうです。女神クレストは全ての人々に福音を与えますが、私達に与えられた福音は明らかに女神の権能その物です」


 エルシャはマリウスを試す様に、瞳を覗き込んだ。

「女神の権能を与えられた私達には、他の人々と違う使命があると思いませんか?」


「使命ですか?」

 マリウスは戸惑いながらエルシャの話に聞き入った。


「ええ、マリウス様はご自分のギフトを、どのように御使いになるのが正しいとお考えですか?」


 エルシャに見つめられてマリウスはどう答えたら良いのか正直迷っていた。


 同席したクラウスやジークフリート、ホルス達もエルシャが何を言おうとしているのか戸惑いながら二人の話を黙って聞いていたが、突然ルーカスが二人の話に割って入る。


「それは当然人々を導く為でしょう。我らクレスト教会は大聖女様以来2000年間、人々を正しく導いてきました」


 鼻息荒く主張するルーカスに、マリウスが首を傾げる。

「そうでしょうか、僕には一握りの人達が世界を主導する事を女神様が望んでいるとは思えません。それならすべての人々にギフトを与える意味がないでしょう。僕はきっと女神様の福音はもっと人の世界を自由にする物だと思っています。僕はそういう人々の助けになる様に力を使いたいです」


 マリウスの言葉を聞いてエルシャがクスクスと笑い出した。

「マリウス様のお考えは私ととてもよく似ていますが、結論だけは正反対のようですね」


「正反対? どういう事でしょう。司祭様はどの様にお考えなのですか?」

 マリウスが首を傾げてエルシャを見た。


「マリウス様は薬師ギルドだけでなく、魔道具師ギルドも取り込まれるそうですね」

 エルシャはマリウスの問いには答えずに、また唐突に話題を変えた。


「え、ああ、魔道具師ギルドがゴート村に引っ越して來ると云う話が出ていますね。未だ王家に願い出ただけで、許可は戴いていませんが」


「噂では辺境伯家や東の公爵家とも親しいとか」


「ああ、いえ。お隣同士なので、仲良くしたいと思っています」


 マリウスは曖昧に言葉を濁した。


「マリウス様のお考えに魅かれて、多くの者が王都の貴族や教会に見切りをつけて、マリウス様の元に集まって来る。とても素晴らしい事ですが、とても危険な事です」


「危険ですか?」


「ええ、とても危険です。マリウス様の村はまるで私の故国アクアリナ王国のようです」


 エルマとエルシャの故国アクアリナ王国は21年前にエルベール皇国と教皇国に滅ぼされている。


「そうアクアリナ王国。古い小さな王国は神樹のダンジョンという分不相応の宝を与えられました。そしてあのバカ女は事もあろうにそれを人々に分け与えようとして、周囲の逆鱗に触れたのです」


「神樹のダンジョン? それはガオケレナの実がなるというハオマの木の事ですか?」


 思わず口に出してしまったマリウスの問いに、エルシャが目を見開いてマリウスを見た。


「驚きました。教皇国の秘事をご存じなのですね? あの女が喋ったのですか?」


「司祭様。その御話は……」

 ルーカスが狼狽して、エルシャの話に割って入る。


「マリウス。なんの話だ?」

 クラウスが訝し気にマリウスに尋ねた?


「えーと、カサンドラから聞いたのですが、古代ハイエルフの霊薬に必要な素材の一つ、ガオケレナがなるというハオマの木の話です」

 マリウスは慎重に言葉を選びながらクラウスに説明した。


 霊薬エリクサーを作るにはウムドレビの実とガオケレナが必要になるらしいが、ウムドレビは密かにマリウスが管理している。


 アクエリナ王国が滅ぼされた理由がガオケレナであるなら、ウムドレビの事は教会と教皇国には絶対に秘密にしなければならないとマリウスは思った。


「アースバルト子爵殿、マリウス殿。今の話は教皇国の秘事。他言無用、ここだけの話にして頂きたい」


 かなり焦った様子で言うルーカスを、エルシャが冷ややかな目で見下ろしていた。


 ルーカスは改めてマリウスに向き直って言った。

「マリウス殿は異教徒、エルマ・シュナイダーと親しいのですか?」


「エルマ様はゴート村の司祭なので、勿論親しくさせて頂いていますが」


「マリウス殿、先日のピエールとラファエルの反乱については、かの者達の上司としてお詫びいたすが、決して我らの本意では無かった。どうか新薬の扱いについては公平に願いたい。このままでは本国の者達を抑えられなくなる」


 頼んでいるのか脅しているのか良く解らない事を言うルーカスに、マリウスは努めて感情を表情に出さない様に答えた。


「勿論そのつもりですが、新薬の取引に関しては私には決定権はありません。全て宰相様にお任せしています」


 ルーカスは失望の色を隠せない様だが、エルシャは寧ろ楽しそうだった。

 エルシャは最後に小声でマリウスだけに聞こえるように告げた。


「ハイエルフに心を許してはいけません。アレはこの世界にいてはいけない者達です」


 マリウスは結局、エルシャが何の為にマリウスに逢いに来たのか良く解らないまま、宴は終わった。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 


 城に登城していくガルシアとクルトを見送って、ノルン達8人は取り敢えずベルツブルグの街を歩いてみる事にした。


 エールハウゼンとも王都とも違う、古い石畳の街を歩いていると、外国に来たような気分になる。


「王都よりなんか明るい感じね」

 エリーゼが辺りを見回しながら言った。


「王都みたいに高い家がひしめいて建ってないからな。彼方此方に林もあるし」

 エフレムが町並みを見回しながら答えた。


 八人は革鎧と剣だけは装備して街に出た。エフレムも大盾は館に置いて来ている。

 確かに新芽を付けた木々の緑色が、彼方此方で見受けられた。


「この辺は貴族街みたいだからな。下町に出たらもう少し家や人が多くなるんじゃないか」

 セルゲイの言葉に、カタリナが指を指す。


「あっちの通りの方に人が一杯いるよ。市が立っているんじゃない」


 確かに向こうの方で、通りを多くの人や荷馬車が往来しているのが見える。

 周りも家がびっしりと詰まって来た。どうやら庶民街に出たようだった。


 広い通りに出ると、通りの脇に出店が立ち並び通りを人や荷馬車が行きかっていた。

 暖色系の色合いの服を着た人が多く、エールハウゼンには無い、華やかな雰囲気にノルンがキョロキョロと行きかう人を眺めていた。


「なーに、ノルン。綺麗な人でも居たの?」

 エリーゼがノルンをジト目で見る。


「ベルツブルグは美人が多いっていうからな」


 セルゲイがにやにやしながら、前を歩く猫獣人の足長美人に視線を送る。

 猫獣人の美女はセルゲイの視線に気付くと、ツンとそっぽを向いた。


「え、いや、そんなのじゃないよ。ただ華やかな街だなって思っていただけだよ」

 ノルンが顔を赤くして言った。


「ははは、まあ東部で一番の街だからな。それに歴史の古い街だから、王都とはまた一味違う華やかさがあるな」

 ダニエルが笑いながら頷く。


「ホントね、私も帰るときにはここで服を買っていこう」


 カタリナが通りに並ぶ店を見ながら言った。

 派手な色合いの華やかな服が、店頭に飾られている。


「遊びに来てるんじゃねえぞ。相手はこの街を滅茶苦茶にしようとしている連中なんだからな」

 エフレムが声を落してカタリナに言った。


「分かってるわよ、でもこの街で本当にそんな事をするつもりなのかしら」


「うん、考えたくないけど将軍たちの話を聞いていると本当みたいだね」

 ノルンも真剣な顔で言った。


 親衛隊らしい警備の一団が時々鋭い目で周囲を見回しながら通り過ぎていく。

 やはり街は厳重な警戒態勢の中にあった。


「こんな広い街を、たった1500の兵で守るなんて、無理な話じゃないかな。」

 ナタリーも不安そうに呟くとセルゲイも頷いた。


「こんな所でヤバい新兵器だの、怪しげな薬だの使われたら大変な事になるだろうな」


「大丈夫よ。明日の夕方にはマリウス様が到着するから、きっとこの街を守って下さるわ」

 エリーゼが自信たっぷりな様子で皆に答えた。


 ノルンもエリーゼに頷いてマリウスから貰った腕輪を触った。

 この腕輪に、“速度増”、“筋力増”、“索敵”、“疲労軽減”が付与されている。

 腰に吊った、マリウスから貰った短剣にも“魔法効果増”、“物理効果増”、“貫通”、“強化”が付与されていた。


 マリウスが付与した装備に触れていると少し気持ちが落ち着いて来る。


「そうだな、若様とハティが来れば、教会の連中が何人攻めて来ても相手にならないさ。俺たちは若様が来るまで、きっちりこの街を見張っていれば良い」


 ケントが自分に言い聞かせるようにに言うと、エフレム達も頷いて、改めてベルツブルグの町並みを眺めた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「諸将の方々には我が領都ベルツブルグを守るため参陣して頂き、このエルヴィン・グランベール、心より感謝いたす」


 エルヴィン・グランベール公爵は片膝を付いて自分に礼を取る、第6騎士団のアメリ―と魔術師団のアルバン、『野獣騎士団』のヴィクトルとクルトたち連合軍の諸将を見回して鷹揚に会釈した。


 ベルツブルグ城の謁見の間である。


 クルト達の後ろには、公爵騎士団のガルシア・エンゲルハイト将軍とブルーノにガイア、それに金髪を短く刈った女性が並んで、エルヴィンに片膝を付いて頭を垂れている。


 エルヴィンの隣にはエルザが座っていた。

 エルヴィンは何故か上機嫌の様だった。クルトを見て声を掛ける。


「貴公がハーゼ卿か、噂はエルザとガルシアより聞いておる。マリウス殿の騎士団一の使い手だそうだな」


 クルトが頭を低くしたまま答えた。

「有り難き仰せなれど、某など諸将の方々に比べればまだまだに御座います。主より授けられた力で、どうにか御役目を全うできております」


「ふふ、先日送られてきた武具を見たが、マリウスはまた力を上げたようだな」

 エルザが口角を上げてクルトを見た。


「早くマリウスに逢いたいものだ、なあ旦那様」


「うむ。儂もマリウス殿に逢うのを楽しみにしておる」


 エルザに振られてエルヴィンが引き攣った笑顔で答えた。

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