6―2   豊作


 クラウスが大きく頷くと言った。


「その通りだ、そんな物を街中で使われたら大変な事になる。既にエンゲルハイト将軍がベルツブルグに入られて城門を固めておられる。それでだマリウス、魔石は持ってきているか?」


「はい、念の為上級魔物の魔石を100個と中級を300個、低級を300個は荷物に入れてあります。」


 向こうで付与魔術を使う事もあるかもと、一応魔石は準備してあった。


 本当は今着ている錆色の上着の内ポケットに特級魔物のハイオーガの魔石2個と、アースドラゴンの魔石が2個、フレイムタイガーの魔石3個が入っているが、それはよほどのことが無ければ使う心算は無かった。


「よかろう、ちょうど辺境伯家から送られてきた魔石も少しある、上級が50個と中級が200個だ。これだけあれば何とかなるだろう」


 クラウスは満足げに頷くとフェリックスを見た。

「出立の準備は出来ておるか」


「は、50騎揃っております。いつでも出られます」


 予定より数が多いのは、クラウスも向こうで戦になるかもしれないと予測しているのだろう。

 マリウスは持ってきたイヤリングをクラウスとフェリックス、ジークフリートに渡した。


「“結界”、“念話”、“索敵”、“暗視”の四つが付与してあります。“念話”が何処まで届くかはまだ分かりませんが、取り敢えずこことゴート村位の距離は問題ないようです」


 マリウスは三人にざっくりと各付与術式を説明した。

 三人とも戸惑いながらも効果を確認して満足した様だった。


「これはまた凄まじいアーティファクトですな。これがあれば戦が一変してしまうかもしれません」


 ジークフリートの感嘆の声にクラウスも頷く。

「確かに全員とはいかなくても隊長クラス全員に行き渡れば、どれほどの戦果に繋がるか想像もつかんな」


 今回はやらかしてはいなかった様だった。

 それだけ皆、厳しい戦いを予想していると云う事なのだろう。


「よし、明朝日の出に出発する。そちらの三人には馬車を一台用意しよう」


「ありがとう御座います子爵様」


 ジェーン達がしおらしく頭を下げる。

 ドアがノックされ、ゲオルクがエルシャの到着を告げた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「やっとお会いできましたね、マリウス様」

 嫣然とほほ笑むエルシャは確かに驚くほど綺麗だった。


 吟遊詩人のサーガにも詠われる『興国の聖女』は、エルマより三つ年下と聞いているのでクラウスと同じ年の筈だが、少しも年齢を感じさせなかった。


 艶やかな黒髪を頭の上に束ねたその顔は、エルマによく似ていた。


「初めまして司祭様。マリウス・アースバルトです、今日はエミールさんはおられないのですね」


 エルシャは聖騎士ルーカスと、二人の女官だけを連れて、クラウスの館を訪れた。


「先日あの者がマリウス殿の村に押しかけたそうで申し訳御座らん。エミールには錬金術師を王都に送り帰らせております」

 エルシャの傍らに立つ聖騎士の隊長ルーカスが答えた。


 マリウスは優雅に笑うエルシャを伴って客間に入って行った。

 客間では既に宴の準備が整っていた。

 

  ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ブレアはリンダと三人の獣人の少年の作業員を連れて、幽霊村からゴート村とノート村を繋ぐ街道に行き着く道の拡張工事を行っている。


 馬車が二台通れる幅で、雨水が道路に溜まらない様に、真ん中を少し高くしたかまぼこ状に、土の道路を“圧縮”のスキルで固めていく。


 リンダは所々道幅が狭くなっている処に、“土操作”で土を集めて道幅を確保したり、穴の開いている処を土で埋めたりしていた。

 獣人の男の子三人が道の両端の邪魔になりそうな木を切り倒し、藪を切り払って、“魔物除け”の杭を打ち直していた。 


 工事もほぼ完了が近く、ゴート村とノート村を繋ぐ街道が見えて来た。


「お腹減ったね、お昼にしようか」

 ブレアがそう言って街道に出ると、街道の向こうを流れる小川の川べりに降りて、川の水で手を洗った。


 リンダと作業員の獣人の男の子三人が、弁当を持って川べりに降りて来た。

 五人は草の上に布を引くと、座って持参した弁当を食べ始めた。

 川の向こうに麦畑が広がっている。


 この辺りはアースバルト領の数少ない穀倉地で、エールハウゼンの西の小さな農村が畑を開いている。

 後一か月位で収穫になる筈の小麦が青々と育っているのが、川向うからも見て取れた。


「あれ、なんかおかしくないですか?」

 麦畑の方を見ながらリンダが声を上げた。


「え、何か変な物が有る?」

 ブレアがサンドイッチに齧りつきながら、リンダを見た。


「あの小麦畑、今の時期にしては育ち過ぎじゃないですか?」


「そうなの、私は良く解らないけど」

 リンダが立ち上がって川べり迄降りて行く。


「私家が農家だから分かります。ていうか、あの小麦おかしいです、私の背丈より伸びてます」


 獣人の男の子たちもリンダの横に並んで、川向うの小麦畑を見ている。

「スゲー、もう穂先までびっしり稲穂が付いてる。こんなの王都の麦畑でも見た事ないな」


 彼らは王都から来た獣人移住者である。

 王都の南には広大な穀倉地が広がっている。


「そうなの、まあ豊作なら良い事じゃない」


 ブレアは気楽そうな声を上げるが、リンダは対岸の小麦畑を見ながら首を捻った。


「小麦があんなに育つなんておかしいです、ゴート村のレオンさんに報告した方が良いです」


 ブレア達は幽霊村を拠点にしているので、ゴート村には帰れない。


「オルテガ隊長に言っとけば良いんじゃない」

 ブレアが二つ目のサンドイッチをほおばりながら暢気な声で言った。


  △ △ △ △ △ △


「スターク河の流域だけ豊作ってどういう事?」

 シェリルが農業担当官僚のデリク・マイヤーに問い返した。


「解りません、他の地域は例年通りかこの冬の寒害の影響で、やや収穫が下がっているようですが、スターク河の流域だけが小麦も他の野菜類も全ての作物が異常なほど生育しているようです」


「そんな事、今までに有ったかい?」


「いえ、私の記憶している限り初めての事ですが」

 既に髭が白くなっているデリクは40年、農政一筋で辺境伯家に仕えて来た。


「気になるね。済まないけど詳しく調べてくれるかい。どのあたりまでの農地が豊作なのか地図に細かく記してきておくれ」


「は。直ちに手配いたします。それと田植えは如何致しますか」


 温暖な辺境伯領の海沿いの平野では、米の栽培も行われている。

 スターク河の下流には広大な水田が広がっており、来月には田植えの時期を迎える。


「そっちはいつも通りで良いよ」


 広大な辺境伯領の一部の地域だけが豊作。

 シェリルの長い人生の中でも、初めての出来事だった。


「そう言えばスターク河の川上には、あの子の村があったね」


 シェリルは十中八九この件に、マリウスが関わっていると予感していた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 てっきり新薬の取引の話になるかと思っていたが、エルシャは其の件には一切触れなかった。


 エミールからマリウスの返事を聞いていたのかもしれない。

 歴史の古い国の王女であり、ルフラン公国、教皇国の司祭も務めた事のあるエルシャは、色々な事を知っていた。


「大聖女ウルスナ・ロレーヌ様が女神クレストからゴッズの福音を得るまで、福音の儀はハイエルフだけの特権だったそうですよ」


「それは知りませんでした。それでは大聖女様が最初の人族の聖職者だったのですね」


「ええ、そして大聖女様の福音の力で、人族の者達が多くのギフトを得て力を持ち、遂に1000年後、イザーク王がゴッズのギフトを得て、ハイエルフを滅ぼし、大陸を統一したのです」


 エルシャの話はマリウスの知らない事ばかりだった。

 クラウスやマリアもエルシャの話を驚きながら聞いている。


「ハイエルフはエルフの古代種だとか、エルフが進化した種族だとか言われていますが、実際にはどちらでも無いのですよ」


「というと?」

 マリウスも思わずエルシャの話に引き込まれる。


「今から3000年前、突然エルフの中に現れたそうです、ほんの短い期間の間だけ、たった数百人のハイエルフが生まれて、その後2000年に渡って大陸を支配したそうです」


 たった数百人で大陸を支配したという事は、それ程ハイエルフの力が強大だったという事だろうか?


「いわば突然変異と言った方が正しいのかしら、そしてハイエルフ達は統一王イザーク・ルフトによって、一人残らず滅ぼされたと思われていました」


 そう、去年突然辺境伯領に現れるまでは、ハイエルフは伝説上の種族であった。


 マリウスは勿論、クラウスや、マリウスの周りの人間もハイエルフを実際に見た者はひとりもいなかった。


「ハイエルフとエルフはどう違うのですか?」

 マリウスの問いにエルシャが笑って答えた。


「見た目はそっくりですよ。純血のハイエルフは紫の髪をしているそうですが。只ハイエルフはエルフの数倍の寿命と力を持つそうで、気配を感じるスキルを持つ者が見れば、一目でわかるそうですよ」


 エルフ自体が数百年の長い寿命と強い魔力を持つ者が多いのに、ハイエルフはそれ以上の存在という事なのか。


「教皇国は1000年の間、ハイエルフの事を研究し続けてきました。何故だと思いますか?」


「それはハイエルフの支配と敵対していたからでは無いのですか?」


「ふふ、どうでしょう。案外彼らはハイエルフに憧れていたのではないのでしょうか」


 エルシャが悪戯っぽく笑う。

 驚きながら話を聞くマリウスに、エルシャが唐突に話題を変えた。


「マリウス様のギフトは付与魔術師でしたね?」


「はい、一月に此処の教会で付与魔術師のギフトを授かりました」

 戸惑いながらマリウスが答える。


「付与魔術と私達の“福音”はよく似ていると思いませんか?」


 エルシャの突然の問いかけに、マリウスが驚いてエルシャに答えた。

「はい、実は僕もずっとそう感じていました」


「私達の力もマリウス様の力も、女神クレストの与える力。私達は女神の力を分け与えられた者同士なのです」


「女神の力ですか?」

 マリウスが戸惑いながらエルシャに問い返した。


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