第六章 ベルツブルグの少女
6―1 マリウスの帰省
館の前にハティを降ろすと、直ぐにゲオルグが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ若様、皆さまがお待ちかねです。」
ハティを見ても全く動じることの無いゲオルグは、さすが執事の鏡である。
「あにしゃま!」
シャルロットがトコトコと駆けてきて、マリウスとハティの前で立ち止まると、ハティの大きな体を目をキラキラさせて見上げている。
「おっきい、あにしゃまのわんわんですか?」
「ハティは友達だよ。」
マリウスがそう言うと、ハティがシャルロットにワンと吠えた。
ハティの尻尾が忙しく揺れている。
すっかり犬に成り切っているハティの頭を撫でながら、マリウスがシャルロットに笑顔で言った。
「ハティがシャルにコンニチワって、言ってるよ。」
「はてぃ。こんにちは、はてぃ」
シャルロットがそう言うとハティに手を伸ばして、ハティの頭を撫でた。
ハティがシャルロットの顔を舌でペロリと舐めた。
「ひゃあ、くすぐったいでしゅ。」
「マリウスちゃん!」
マリアとクラウスも出迎えに出て来ていた。
「父上、母上。今戻りました」
「うむ、よく戻ったマリウス。フェンリルで飛んで来たのか?」
クラウスが、シャルロットに首を抱えられたハティを見ながら言った。
「はい、ハティの背に乗って帰ったら5分ほどで帰れました」
「そんなに早く帰れるのなら、もっとしょっちゅう帰ってくれば良いのに」
口を尖らせて文句を言うマリアに、マリウスが笑って言った。
「申し訳ありません、色々忙しくて。母上起きていても良いのですか?」
「未だ四か月目よ。でもベルツブルグには付いて行けなくて御免なさい」
「父上と二人で大丈夫ですよ。ハティもいますし。母上はお体を大切にして下さい」
マリウスはそう言いながらシャルロットを抱き上げると、しゃがんだハティの背中に乗せて屋敷の中に入って行った。
屋敷に入るとハンナや料理長のベンヤミン、メイドや下男たちが次々マリウスの傍に来て挨拶していった。
家人達と近しい子爵家の緩い家風がとても心地良い。
懐かしい優しい空気がマリウスを包んでくれた。
皆ハティの背に乗るシャルロットを見ても、それ程驚かなかった。
ハティの噂ももうエールハウゼン中に広がっている様だった。
シャルロットはすっかりハティが気に入った様で、居間に入ってもハティにぴったり寄り添って離れない。
「あにしゃま、ゆりあは、いっしょではないのでしゅか?」
「うん、ユリアは村で沢山仕事があるから連れて来られないんだ。御免シャル」
「そうでしゅか」
シャルロットが寂しそうに、ハティにぎゅっと抱き着いた。
「なーにシャル。あなたにはレインがいるでしょう」
マリアがシャルロットの頭を撫でながら言った。
「レイン?」
マリウスが尋ねると、部屋の隅にいた10歳くらいのメイド服の少女が頭を下げた。
「新しくシャルの傍仕えになって貰ったレインよ」
「あ、レインです。兄がいつもお世話になっています」
レインがマリウスにペコリと頭を下げた。
「あ、宜しく、マリウスです。兄って?」
「レインはレオンの妹さんなの」
マリアの言葉に驚いてマリウスは改めてレインを見た。
レインと同じ金髪で、よく見ると顔も少し似ている。
「ああ、そうなんだ。僕こそレオンにはお世話になってるよ。へー、妹さんがいるなんて全然知らなかったな。屋敷で働いているなんて聞いてなかったよ」
「あ、兄は多分私がお屋敷に御奉公していることは知らないと思います。ずっとこちらには帰って来てないので」
レインが赤い顔で言った。
そう言えばレオンも働き詰めで、殆ど休みを取っていない。
「どうだマリウス、その後の村の様子は?」
「ええ、平和にやっていますけど人手が足りなくて、皆大忙しです。ああ、薬師ギルドの移転の手続きは無事終わりましたが、今度魔道具師ギルドも村に引っ越して来ることになりそうです」
「うむ、その件で実は色々と難しい状況になっているようだ。お前に話しておかなければならないことがあるので、少し私の執務室に来てくれるか」
クラウスの真剣な顔に、マリウスも頷く。
「解りました、あ、その前にえっと父上と母上とシャルにお土産があります」
そう言うとマリウスは、ハティの背中に括り付けてあった荷物の袋を降ろした。
鞘に入った剣が一本と、飾り箱に入った二つの銀のネックレスを取り出した。
「これは父上に、うちの鍛冶師がドラゴンの鱗で鍛えた剣です」
そう言ってクラウスに剣を手渡した。
クラウスは剣を受け取ると、アースバルト家の剣と馬の紋章が刻印された鞘から、剣を抜いた。
「おお、これは見事だな。持ち具合もちょうどいい。有難うマリウス、私の佩刀にしよう」
クラウスは反りのない両刃の剣を満足げに翳して見た。
此の剣にもマリウスの剣と同じ“物理効果増”、“切断”、“貫通”、“強化”の四つを付与してある。
マリウスはナターリアに作って貰った銀のネックレスを取り出すと、マリアとシャルロットに渡した。
「綺麗。ありがとうマリウスちゃん」
「ははうえしゃまとおそろいでしゅ、あにしゃまありがとうございましゅ」
銀のネックレスには“結界”、“魔法効果増”、“治癒”、“疲労軽減”の四つを付与してある。
シャルロットが使いこなせるかは分からないが、取り敢えず常時発動なので大丈夫であろう。
みな喜んでくれたので、マリウスはブロックとナターリアに無理を言って作って貰って良かったと思った。
クラウスの執務室に行くとジークフリートとホルスがソファーに並んで座っていた。
クラウスは自分の執務机の椅子に座り、ジークフリート達の後ろにフェリックスと先に到着していたジェーン、キャロライン、マリリンの三人が立っていた。
マリウスはクラウスに促されてジークフリート達の前に座った。
ハティはシャルロットが離さないので居間に置いて来た。
「実はマリウス、出発の前にお前に今の王都とベルツブルグの状況を説明しておかねばならない。」
クラウスが話を切り出した。
「二週間前、王都からベルツブルグに帰還する公爵閣下とエルザ様の行列が襲われた。幸いお二人とも無事で、怪我人も出てないそうだ。」
マリウスも頷いた。
侯爵夫妻襲撃の話は、クライン男爵から聞いていた。
「犯人はクレスト教会の暗部、ガーディアンズと云う連中だ。今この国にはガーディアズが多数の乗り込んでいるらしく、その者達が公爵領に侵入したらしい。」
ジークフリートやフェリックスも知っていたらしく静かに聞いているが、ジェーン達は知らなかった様で、三人で驚いて顔を見合わせていた。
「アルベルト殿たちは奴らがベルツブルグでテロを計画していると考えている様だ、狙いは公爵夫妻とマリウス、お前だそうだ。」
「やはり僕も、ですか」
クライン男爵もそう言っていたが、今一マリウスには実感がない。
この後夕方の晩餐に、エルシャを招いて歓談する予定になっている。
片方で友好を申し出ながら、片方で白昼堂々暗殺を計画する。
やはりクライン男爵が言う通り教会と教皇国も一枚岩ではないのもしれない。
「そうだマリウス。教皇国派はお前をずっとマークしていたが、薬師ギルドに続いて、魔道具師ギルドの移転の件で、教皇国派貴族の重鎮大蔵卿ブレドウ伯爵の恨みを買ったようだ。ブレドウ伯爵がガーディアンズを手引きして、公爵領に侵入させたとアルベルト殿たちは考えている。」
確かにテオはブレドウ伯爵と手を切るとは言っていたが、あれから未だ半月位しか経っていない。
「うーん、父上。その話が本当だとしても話の進み具合が速すぎるというか、魔道具師ギルドの件が無くても、賊はベルツブルグを襲うつもりだったのではないですか?」
クラウスも頷いて言った。
「確かにそうかもしれん。だが魔道具師ギルドの件で、お前が狙われる確率が跳ね上がったのも事実だ」
事態はマリウスの想像を超えて、独り歩きしている様だった。
「現在公爵騎士団は大半が王都とエール要塞から動けずにいる。王都の第6騎士団と魔術師団の援軍数百名がベルツブルグに入ったが、クルト達も一緒だ」
「そ、そうなんですか?」
クルト達には王都に御使いから、ベルツブルグでマリウス達を迎える準備を頼んで、先発させていた。
何故クルト達が王都の騎士団と一緒なのだろう?
知らない処でクルト達も巻き込まれているらしい。
「我らも明日ここを発って明後日にベルツブルグ入りするが、道中襲われることも警戒しておいた方が良い」
「出来れば儂が付いて行きたいので御座るが、エルシャ達の動きも気になるところで、ここを動くわけにはまいりません。」
ジークフリートが残念そうに歯噛みする。
「御屋形様とマリウス様の警護は我らにお任せ下さい。」
フェリックスが力強く言った。
「賊は公国の新兵器とかいう怪しげな武器を使うそうだが、お前が付与魔術を施した我らの装備なら問題なく撃退できる様だ」
「公国の新兵器ですか?」
眉を顰めるマリウスにクラウスが頷く。
「うむ、なんでも特級殲滅魔法を封じ込めた魔道具の様なものらしい。相手がどの位の数を持っているのか分かってはいないが、誰でも特級魔法が使える危険な魔道具らしい。」
うーん、そんな魔道具があるならちょっと見てみたい等と考えるマリウスを、ジェーン達がジト目で見ている。
「若様、今不謹慎な事を考えませんでしたか?」
「何か凄く興味ありそうな」
「一つ欲しいとか思っていません?」
「いや、そ、そんな事は思って無いよ。そんな危険な物を街の中に持ち込まれたら大変な事になると思っていたんだよ。本当だよ」
言い訳っぽくならない様、マリウスは努めて真面目な顔をしてクラウスを見た。
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