5―53  華麗なる門出


「へー、これが若様の強さの秘密ってわけか」

 ケリーがイヤリングを装着すると、効果を確認しながらニヤリと笑った。


「今なら若様にリベンジできるんじゃねえか?」


「あ、言っときますけど僕、何時でもその効果消せますから」


 本気か冗談か分からない事を言いながら、マリウスを挑発するように見るケリーに、マリウスはそう言ってから、ケリーの大剣に特級付与“切断”を、アデルの盾に“物理反射”、“魔法反射”を、バーニーの槍に上級付与“貫通”を、アデルの剣とソフィーの短剣に“物理効果増”を付与する。


 更に“魔法効果増”、“筋力増”、“速度増”、“疲労軽減”、といった付与の付いたペンダントを『白い鴉』の五人とヴァネッサ、ベアトリス、エリナに渡す。


 エリナ達のギフトは聞いていないが、彼女達も護衛の冒険者だそうだから、役に立つだろう。


 ナターリアに『白い鴉』のペンダントの銀細工は枝に留まった鴉の意匠、エリナ達とエルマには聖杯の意匠にして貰った。


 エルマのペンダントには“魔法効果増”、と“索敵”しか付けなかった。


「司祭様は“結界”を使えますね?」

 マリウスの問いにエルマは只微笑んで頷いた。


「えー、そうなのか?!」

 ケリーが驚いて声を上げる。


 上位の聖職者のスキルは謎が多いが、マリウスはエルマが幽霊村で“浄化”を使っている光景を見ながら、何となく“結界”も聖職者の特級スキルではなかろうかと感じていた。


 マリウスの使う“浄化”と“結界”の付与術式には、他の術式には無いルーンが刻まれていた。


 それは恐らく魔石の力とは別の力を引き出すルーンで、聖職者が使う神聖魔法に見られる特徴だった。

 高ランクの聖職者らしいエルマは、“結界”を使えるのではないかと思っていた。


 Sランク冒険者『白い鴉』の五人に、これだけの付与アイテムを持たせたら、多分アークドラゴンでも軽く狩ってしまうだろう。


 エルザが知ったら、大陸のパワーバランスが崩れてしまうとか苦情が来そうだが、マリウスはさほど心配してはいなかった。


 何となくマリウスは、この二か月位の間にケリーの事が大分解かってきた気がする。


 ケリーは多分、何処まで行ってもケリーの儘である。

 良く言えば『自由な冒険者』、悪く言えば『気儘な冒険者』。冒険者以上にも以下にもならないのがケリーであり、他の四人もそんなケリーが好きで一緒にいる。


 数々の付与はケリー達への前払いの報酬で、報酬分だけは必ずケリーは村を守ってくれるだろう。

 同時に、特別な力を持ったからといって、それで世界をどうこうしようと野望を抱くほどには、ケリー達は働き者ではないし、そんな事に全く興味も無いだろう。 


「若様、なんか今失礼な事考えてねえか?」


 まさかこの定食がケリーにも通用するとはと、更に失礼な事を考えながらマリウスは笑顔で言った。


「いえ、留守の間村を宜しくお願いします」


「おう、任せときな! 聖騎士が攻めてきたらあたし一人でブッ飛ばしてやるぜ!」


 ケリー達は新しい付与装備の効果を試したくて仕方ない様で、早速五人で東の森に出かけて行った。


 ヴァネッサも付いて行きたそうだが、ベアトリスに引き留められている。


「あたしたちは司祭様の護衛よ。辺境伯家は公爵家と同盟するんだから、司祭様に何か有ったら宰相様に怒られるわよ」


「ちぇ。もう此処に攻めてくる奴なんかいないよ、僕もアーティファクトの力を早く試したいのに」


「私だって早く試したいけど、若様とフェンリルが留守になるんだから分かんないわよ」

 二人が隅の方で。何か小声で揉めている様だ。


 これで用意した魔石は、殆ど使い切ってしまった。残った魔石はクラウスの為にブロックに打って貰った剣に“切断”と“物理効果増”を、マリアとシャルロットに用意したお土産と、公爵家の人々へのプレゼントにも“結界”を付与する心算だった。


「執政官様もお気を付けて、無事の御帰りをお待ちしています」

 傍らにエリナを連れたエルマがそう言って、マリウスを見送ってくれた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 教会を出て広場の前に差し掛かると、塀の突貫工事を終わらせたミリとローザ達石工工房の少年少女達と、幽霊村の仕事を終わらせて返って来たレニャが、机を広げてお茶をしていた。


 楽しそうに笑いながら話をするミリ達の姿には、四か月前に出逢った頃には感じ無かった、自分の力で立っている、一人前の職人の力強さがあった。


 うん。自分がいなくても大丈夫。村は変わらずに回って行く。

 此処にはいないミラもナターリアも、ユリアもリナも、エリスもアデリナも皆自分達の仕事を頑張りながら、辺境の村で力強く生活していくだろう。


 マリウスはミリ達の姿に微笑むと、手を振ってその儘ハティと館に戻って行った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 ベルツブルグの南東、森の中の小高い丘の麓に、未明に70人程の騎馬の一団が集結していた。


 丁度ベルツブルグからアースバルト領に向かう街道が見下ろせる丘の上に立つのは、教会の暗部ガーディアンズの総帥、『皆殺しのシルヴィー』ことシルヴィー・ナミュールであった。


 黒い鎧を着た兵士がシルヴィーの傍らに寄って告げた。


「総帥、潜入しているライアン隊長から連絡です。マリウス・アースバルトが二日後ベルツブルグに入るそうです。予定通り四日後の夜に作戦を決行するようです」


「ベルツブルグの兵力は今何人だ?」

 シルヴィーは次第に、夜明けの空が白み始めた北に見えるベルツブルグの城壁を見ながら尋ねた。


「王都の軍勢400数十名が昨日入城しました。先に入ったガルシア将軍の軍勢と親衛隊を合わせて1400余りです」


「アースバルトの兵数は分かっているのか?」


「はっ。ルーカス様の報せでは50人程になるそうです。フェンリルも一緒のようです」


 シルヴィーは冷たい目で、街道を見下ろすと、呟く様に言った。

「二日後にここを通るのか。マリウス・アースバルトとフェンリル。少し力試しさせてもらうのも悪くないな」


 シルヴィーは口元にぞっとするような冷たい笑みを浮かべて、眼下の街道を見下ろした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ベルツブルグ行きは、帰りの旅程を含めると十日も村を留守にすることになる。


 クルト達9人に王都からベルツブルグに先乗りして貰っているので、マリウスは村の戦力は連れていかない心算でいた。


 クラウスと一緒にエールハウゼンから出発する一行は、フェリックスの指揮で40人程護衛の兵を出すそうなので、マリウスはハティと二人で合流するつもりでいたのだが、ジェーン達が自分達も同行すると言い出した。


 一度実家に挨拶に戻りたいそうで、確かに三人とも、エルザの突然の命令でゴート村に置き去りにされた状態で、実家にも連絡を取っていないので、マリウスも止む無く三人の同行を許可した。


「嫁入り前の娘が、四か月も無断で家を空けているのだから、親もカンカンですよ」


「帰ったら、死んだことになってたりして」


「ベルツブルグのお店で、お洒落なドレスを買ってきたいの」


 そんなドレス着る処ないだろうと思いながら、相変わらずまとまらない会話をする ジェーン、キャロライン、マリリンにはエールハウゼンの館に先に行かせた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 クライン男爵もカサンドラから、幽霊村に残されていた資料の写しを受け取って王都に帰る事になった。


「この件は私にお任せ下さい。少々厄介な相手ですが出来る限り調べてみます」


「宜しくお願いします。何か分かったら僕にもお知らせください」


 クライン男爵は笑顔で頷くが、真面目な顔になるとマリウスに言った。

「くれぐれも御身辺にお気を付けください。教皇国から来たシルヴィー・ナミュールは危険な女です」


「僕は大丈夫ですよ。ハティもいますし、向こうにはクルト達も待っていますから。クライン男爵もお気を付けください」

 マリウスが傍らのハティの頭を撫でながら答えた。


 クライン男爵にも用心に、騎士団の装備と同じ付与アイテムを、それなりの数渡しておいた。

 王都でも騒乱が起きる可能性がありそうに思えた。


「マリウス殿に何かあれば、再び状況は教皇国に傾いてしまいます。何より宰相様はマリウス殿を御自分の後継者と定めている様ですから」


 クライン男爵は冗談とも本気ともつかない事を言って微笑むと、馬車に乗り込んで王都に帰って行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスはぎりぎりまでイエルやレオン、マルコ、ニナ、クレメンスと留守の間の打ち合わせをしてから、騎士団の屯所を出ると、ハティの背に乗って空に駆け上がった。


 マルコ、ニナ、クレメンスと騎士団の兵士達が整列して剣を胸に捧げ、マリウスとハティを見送っている。


 工房区の上から見下ろすと、ミラとミリ達、ブロックやナターリア、エイトリ達工房の皆が表に出て手を振っているのが見える。


 ユリアやリナ達屋敷のメイドと料理人達やレニャにエリスとアデリナ、製薬工房の錬金術師達や、武器工房のメアリーとミア達、縫製工房のアリーシア達も表に出てきて、マリウスとハティに手を振っていた。


 カサンドラはティアナとギルベルトを連れて、昨日のうちにオルテガ達が守る幽霊村の研究所に入って、『禁忌薬』の解毒薬の開発を始めていた。


 マリウスは皆に手を振ると、ハティを更に高く空に上げた。

 村は以前の三倍程の広さになり、彼方此方で家を建てる職人達が働いている姿が見えた。


 振り返ると東の森を切り開いた、広大な畑が広がっていた。

 移住してきた人々が畑で働いている姿が、小さく見える。


 前を見るとエールハウゼンまで続く街道に、人や荷馬車が大勢行き来していた。

 ノート村と幽霊村に行く南の街道にも、リーベンに行く北の街道にも人や荷馬車の往来が見える。


 皆の力で切り開いた村が、確かにここにあった。


「ハティ! 母上とシャルを紹介するよ。きっと歓迎してくれるよ!」


 マリウスが声を掛けると、ハティが嬉しそうに空に向かって吠えた。


 マリウスは西の空に向かって、ハティを駆けさせた。

  


             第五章 陰謀と禁忌薬 完



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