5―51  マリウスの決意


 精神操作の魔法?


「幻術士ですか。フレデリケさんと云う方は幻術士なのですか?」


 驚いて聞き返すマリウスにカサンドラが首を振った。

「いえ、フレデリケ様はレアの商人ギフトの持ち主と聞いています。薬師ギルドの営業と流通の統括をされておられました」


「フレデリケ・クルーゲ女史は商業ギルドグランドマスター、ヘルムートクルーゲ氏のお嬢様で、薬師ギルドには顧問的な役割で出向されていました。今は商業ギルドに戻られている筈です」


 商業ギルドのグラマス、それはまた随分と大物である。大貴族並の権力を持っていると、イエルから聞いた事がある。


『なんか影の黒幕的な』


「商業ギルドの方が、薬師ギルドに顧問に入るのですか?」


「ええ。それは昔からの慣習ですね。歴代理事の一人は商業ギルドから派遣されています」

 マリウスの疑問に、フランツが答えた。


「確かポーションの製法が確立された年から、商業ギルドから顧問が入る様になったと聞いています」


「という事はそれも120年前から始まったという事ですね」


 マリウスが眉を潜めて言うと、クライン男爵がマリウスに尋ねた。

「何か気になる事でも?」


「いえ、気になると言う程では無いのですが、色々な事が120年前に集中して起こっているなと思いまして」


 マリウスは120年前、薬師ギルドがポーションの製法が確立したと同時に薬師達に薬の開発を禁止した事、しかし同じ頃、密かに辺境の森の中でウムドレビの生息地に隠れ里を作って、エリクサーと『禁忌薬』の研究をしていた事、その村が滅んでしまって廃棄された事等をクライン男爵に語った。


「確かに気になりますね。正確に時系列に並べて、誰が何をしたのか検討してみる価値はありそうですね。クルーゲ女史の事も含めて私の方でも調べてみましょう。こちらの資料の写しを頂けます?」


「そ、それは私が用意します」

 やっと我に返ったようにカサンドラが答えた。


 薬師ギルドの幹部たちが、魔法で精神を支配されていた可能性がある。


 確かにフレデリケ・クルーゲと云う人物は不審であるが、王都の商業ギルド本部の役員をマリウス達がどうこう出来る訳でもないので、クライン男爵に任せるしかない。


 カサンドラは未だ混乱している様だが、クライン男爵が話題を変えた。


「教会の考えが割れているのは事実のようですね」

 クライン男爵がワイングラスをテーブルに置くと、真剣な顔になって言った。


「というと?」


「王都のラウム枢機卿は、政治的な駆け引きでマリウス殿に圧力を掛けながら、なんとか自陣に取り込めないか、せめて新薬を手に入れる交渉が出来ないかと策を巡らせている様です。一方で教皇国から来た聖騎士達は宰相様とグランベール公爵御夫妻、マリウス殿を標的に実力行使も辞さぬ考えのようです。あのエミール達、エルシャ司祭の聖騎士達は元々ラウム枢機卿の配下ですが、今は両者の間で中立の立場のようですね」


 うーん、それは単なる手段の問題で、マリウスを敵と看做しているという点では、考えは一致しているのではないだろうか?


「それは止むを得ない事でしょう。丁度王都を出る際に魔道具師ギルドの件も聞きました。そちらも恐らく問題なく王家に承認されるでしょう。薬師ギルドと魔道具師ギルドを傘下に納め、公爵家と辺境伯家の橋渡しをし、『奇跡の水』を王国に普及させ、新薬の権利を一手に握り、王国で最大量の魔石を保有するマリウス殿は、既に一地方領主の嫡男の立場を越え、反教会派の最大勢力と言える存在になりつつありますから」


 クライン男爵は可笑しそうに並べ立てるが、マリウスには全然実感はなかった。


 薬師ギルドも魔道具師ギルドも、宰相ロンメルがそうなる様に仕向けた感じだし、新薬の権利も現実的にはロンメルが握っている様なもので、マリウスが自由にして良いわけではない。


 魔石もどんどん使っているので、言う程持ってはいない。

 そもそも反教会派になると宣言した記憶もない。むしろ教会の方が、自分に一方的に敵対してきたという感じである。


 『奇跡の水騒動』の時から実は密かに思っていたのだが、寧ろロンメルはマリウスの評判を広げる事で、教会勢力を吊り出す囮に使っているのではないだろうかとすら思えて来る。


 まあそうだとしても、主家のグランベール公爵家も父親のクラウスもロンメル陣営に味方しているので、マリウスも従うしかないのだが。

 

 正直マリウスは教会と正面から争うのは、あまり気乗りしていなかった。


 教皇国の侵略という国防の問題はともかく、人々の信仰に口を挟む気は無いし、マリウス自身女神クレストを信じるクレスト教徒の心算である。


 だが教会が自分たちの権益を守るために非道な事も辞さず、それが自分の仲間達に及ぶのであれば全力で戦う覚悟はある。


 以前の奇跡の水騒動の時に、村人を皆殺しにしようとした件にしても、『禁忌薬』の件にしても、関係のない人々を平然と巻き添えにする教会の遣り口は、とても看過できるものでは無い。


 エミールに言った言葉は多少はったりではあったが、半分以上本気の言葉であった。

 マリウスはカサンドラに向き直った。


「カサンドラ。旧薬師ギルドが作った『禁忌薬』が、今は教皇国の聖騎士達の手に渡っているそうなんだ。彼らは『禁忌薬』を使って、この国でテロを起こそうとしている疑いがある」


 カサンドラが息を呑み、イエルやレオン、マルコ達も一斉に緊張する。


「大至急解毒薬の開発を始めて欲しい。僕の方でも幾つか対抗策は考えているけど、手段は多い方が良いから」


「はっ! 直ちに取り掛かります」


「マルコ、幽霊村の研究所はオルテガが守っているけど、街道にも警備の兵を出して村に不審な人間を入れない様にして。どの部隊も魔物討伐は僕が戻るまでは休みにしていいから。留守の間の騎士団の指揮は任せるよ」


「かしこまりました。お任せ下さい」


 何時になく戦いに積極的なマリウスに、マルコも表情を引き締めて答えた。

 マリウスもクルトもハティも村を留守にする。前の奇跡の水騒動の件もあるし、この辺境の村に敵が攻めて来ないとは限らない。


 マリウスは出発前に出来る限りゴート村、幽霊村、ノート村の戦力の強化をして行く事にした。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「今のところ我らの警備には、聖騎士らしい連中は引っかかっておらん」

 ガルシアが眉を顰めながら言った。


「本当に奴らの狙いはこのベルツブルグなのでしょうか?」

 ガルシアの副官、ブルーノ・シュミノフがクルトに尋ねた。


「軍師殿やモーゼル将軍達はその様に御考えのようです」


 ガルシアの屋敷でクルト達を迎えるささやかな宴が開かれている。

 ノルンやエリーゼ、ケントとダニエル。エフレム、セルゲイ、カタリナ、ナタリー達も同席していた。


 ガルシアの左右には、副官のブルーノと以前ゴート村を訪れた火魔術師のガイア・バーデンがいる。


「アルベルトがそう申すのなら恐らく間違いはあるまい。御屋形様と奥方様の行列も襲われていることであるし、少なくても婚約の儀が終る迄は、警戒を緩めるわけにはいかぬか」


 ガルシアが頷くと、ガイアが声を荒げて言った。

「白昼堂々と御屋形様と奥方様を狙うとは、教皇国の者共め、見つけ次第焼き払ってくれる!」


 ブルーノも頷いて言った。

「全く、マヌエラ殿もマヌエラ殿だ。あれ程のアーティファクトを与えられながら、族を十人以上も取り逃がすとは何事!」

 

 ガルシアは苦笑しながら言った。

「マヌエラの御役目は御屋形様と奥方様の警護。それにあの者の優れた斥候のスキルで、素早く対応できたのだ。」


 ガルシアに窘められて、ブルーノ達も頭を下げた。


「マヌエラ殿とはどなたですか?」

 クルトが知らない名に、ガルシアに尋ねた。


「ああ、御屋形様をお守りする親衛隊のマヌエラ・ジーメンス隊長だ。此度は儂が率いて来た500と彼女の兵300、ベルツブルグの守備隊200に、王都の援軍とクルト殿たちでこのベルツブルグを守る事になる」


「斥候のギフト持ちなのですか?」


 クルトが尋ねるとガルシアが頷いた。

「うむ、マヌエラはレアの斥候のギフト持ちで、その高い索敵能力を買われて、未だ28で親衛隊長の任を任せられている。」


「まあ、武闘派の御屋形様は不満の様ですが、奥方様が大層お気に入りの様です」

 ブルーノが少し不満げに言った。


「ふふ、ブルーノはレアの剣士でな。何かというとマヌエラと張り合いたがるのだ。気にしないでくれ。」


 ガルシアが笑いながら言うと、ブルーノが顔を赤らめて言った。


「某は、別に張り合って等おりません、ただかのアーティファクトを、ビルシュタイン将軍の部隊と親衛隊にだけ支給されたのは、少々納得がいかないと思っております」


「そう申すな、我らは所詮後衛、親衛隊やエール要塞とロランドの街を守る、ビルシュタイン将軍の部隊を優先するのは当たり前だ。次の分は王都の部隊に送られる。我らに回って来るのはその後だ」


 エリーゼやノルン達が顔を見合わせる。

 どうもマリウスの付与した武器と防具を配備する優先順位で、蟠りがある様だ。


「私が云うのも何だが、本当にマリウス殿の付与されたアーティファクトの力は素晴らしいですからな」

 ガイアがそう言って頭を掻いた。


 彼はイエルに挑発されて、マリウスの手で“魔法防御”を付与されたローブに挑み、皆の前で恥をかいたのをノルン達も思い出した。


「ふふ、儂のユニークアーツですら通用せなんだからな。一度その力を知ってしまえば誰もが欲しがるだろう」


 そう言ってクルトを見るガルシアに、クルトは微笑んで言った。

「マリウス様は更にお力を付けられ、様々なアーティファクトを、我らに与えて下さっております」


「おお、それは頼もしい。クルト、此度は当てにしておるぞ」

 クルト達一同がガルシアに一礼した。


「儂が警備の指揮を執る事になっておるが、明日城で御屋形様と奥方様、諸将を集めて軍議がある。クルトにも同席して貰いたい」


「は、承りまして御座る」 


 クルトの言葉に満足げに頷くとガルシアが言った。

「このベルツブルグを賊共が荒らそうというなら容赦せん。一人残らず槍の錆にしてくれるわ」

 

ガルシアの言葉に全員が頷いた。



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