5―47 新たな波紋
「“結界”が常時発動しているから不意打ちも効かない、それ以前に“索敵”が常時発動しているから事前に危険を察知できる、“魔力効果増”で索敵距離も上げているわね」
「試したところ半径1キロ位の敵味方は察知できる様ですね」
「貴方確か上級までの土魔法も使えたわね?」
ユニークの農民のギフトを持つロンメルは、“土魔法適性”のスキルを持っていた。
「今なら多分特級魔法以上の威力が出せるでしょうね、“物理効果増”も付いているからアーツもとんでもない威力になっている筈よ、正直ユニークにこのアーティファクトは反則ね、一人で無双できるわよ」
ルチアナが呆れた様にぼやいた。
「そんなアーティファクトを標準装備で騎士団全員に持たせるのか。教会勢力を全く恐れないのも納得できるな」
ウイルマーの言葉にロンメルが首を振った。
「騎士団だけではないようですね、彼は職人にも農民にもアーティファクトを持たせて、辺境の地を切り開いているようです」
「ふっ、皆が『奇跡の水』に目を奪われている間に、辺境の地に強大な領地を作り上げている訳か。そして東の公爵家と辺境伯家がいち早く少年の力に気付いたという事だな」
ウイルマーの言葉にアルベルトが苦笑して頷く。ロンメルが話を続けた。
「恐らく教皇国もマリウス殿の力に気付き始めています。マリウス殿を手に入れた者が大陸を制す。彼は王国にとって最強の切り札であり、同時に最大の火種でもあります」
「確かに彼の力を知れば、大陸中の国が彼の力を求めて攻め込んでくる未来もあり得るわね」
ルチアナが眉根を寄せる。
「彼の力を秘匿するという事も考えましたが、『奇跡の水』の一件でそれは無理だと分かりました。それなら出来るだけ迅速に、彼の力で王国そのものを強化する方が得策だと判断しました」
そう言ってロンメルは一同を見回した。
「この先、私や公爵夫妻にもしもの事が有ったとしても、王国の為に最も優先すべきことはマリウス殿を守る事。これはエルザ様の意思でもあります。その事を皆さんに周知しておいて頂きたい」
ロンメルの言葉に一同は黙って頷いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王国の西端、バーデン伯爵領を4人の聖騎士に守られた荷馬車が進んでいた。
一行は神聖クレスト教皇国との領境の山間部の森に入っていた。
バーデン伯爵は親教皇国派貴族で、バーデン領は教皇国にとっては通過自由な国境だった。
「日没までに国境を越えられそうだな」
先頭で馬を進める聖騎士が、後ろに続く聖騎士を振り返って言った。
「ああ、総帥から預かった薬と薬剤を無事教皇猊下にお届けできる」
アドバンスドの聖騎士、クロードが笑顔で頷いた。
彼らはシルヴィーが、西の公爵の秘密の製薬研究所から摂取した『禁忌薬』の半分と、研究所に残っていたウムドレビの成分抽出材全てを荷馬車に積んで、本国に帰還する処であった。
「猊下がずっと御求めになられていたものだ、まさか西の公爵と薬師ギルドが密かに製造していたとはな」
「恐らく西の公爵は我国との交渉の切り札にする心算だったのだろう。愚かな事だ。黙って我国の為に働いていれば……うおおおっ!」
突然前を行く聖騎士の体が馬ごと炎に包まれた。
棹立ちになった馬から振り落とされた聖騎士の体が、炭の塊になって地面に転がった。
荷馬車の御者が慌てて馬車を停めた。
クロードは“魔法耐性”を全開にしながら剣を抜いて周囲を見回す。
「うわああっ!」
今度は荷馬車の後方にいた聖騎士が炎に包まれた。荷馬車の御者が慌てて御者台から飛び降りると、林に向かって駆け出した。
「おい、待て! 何処へ行く!」
クロードの制止の言葉にも御者は停まらずに林に向かって走って行ったが、突然立ち止まった。
直立した御者の首がぽとりと地面に落ちた。
クロードは倒れていく御者の体の向こうに見えた人影に向かって、迷わずに“ブレイドショット”を放ったが、影は手に持った長剣で理力の弾丸を切り払った。
「ぎゃぁぁ!」
後方からもう一人の聖騎士の悲鳴が聞こえたが、クロードの視線は林の中から出て来た陰に注がれたままだった。
長剣を握る旅行者風の姿をした、長身の男の額には二本の角が生えていた。
「ハイオーガ! 馬鹿な。なぜこんなところにハイオーガが……?!」
クロードは聖騎士の鎧を貫いて、自分の胸から飛び出した長剣の先を見下ろした。
膝を付いたクロードの背中から剣が引き抜かれた。
「ハイオーガではない。我らはエルダーオーガ、永遠を生きる鬼だ」
女の声と思しき言葉を聞きながら、どさりと倒れたクロードの瞳は、炎を上げる荷馬車を見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「薬師ギルドだけでなく魔道具師ギルドまでが、王都を離れてアースバルトの子倅の村に行くだと! そのような事が許されるのか!」
大蔵卿ロベルト・フォン・ブレドウ伯爵は机をたたいて激昂した。
「どうやらかの少年は、ブレドウ伯を次の標的に決めたようですね。」
ラウム枢機卿が同情するようにロベルトに言った。
「何故陛下はあのような者に、好き勝手な事をやらせておるのだ!」
「知れた事。宰相と東の公爵が裏で糸を引いるに決まっておるわ!」
元老院議長ヴェルナー・フォン・シュタイン侯爵が忌々し気に声を荒げる。
「思えば辺境伯家が魔石の出荷を減らしたのに合わせて、東の公爵家が魔石を売り惜しむようになった。てっきり魔石の値を吊り上げて、暴利をむさぼろうとしておると思って居ったが、奴等最初から狙いは魔導具師ギルドだったのか」
地団太を踏むブレドウ伯爵にラウム枢機卿が頷く。
「これは用意周到に張り巡らされた、ブレドウ伯爵の御力を削ぐ為の卑劣な策略。またしてもあの者達にしてやられましたな」
「もはや我らも手段を選んではおれん。猊下に何か良い策は無いのか?」
自分を見るシュタイン侯爵に枢機卿は忌々しそうな顔で答えた。
「かの少年に薬師ギルドを奪われ、新薬を抑えられている今の状況では、我らも表立った事は出来ません。この王都に『奇跡の水』が持ち込まれ、更に新薬の権利をエルマの教会に独占されるような事態に為れば、我らも窮地に追い込まれる事になるでしょう」
病人や怪我人の治療は、福音の儀と共に教会の重要な資金源であり、クレスト教会の影響力の源でもある。
回復魔法とポーションの併用による治療がこの世界の最高の医療であったが、『奇跡の水』と『奇跡の水』製ポーションがそれを覆そうとしている。更に高効能のポーションが真・クレスト教教会に渡れば、最早この国での活動そのものが危ぶまれていた。
「昨日、王領のデフェンテルやラグーンの他に、グランベール公爵家をはじめロンメル派の貴族三家の領地に、『奇跡の水』を導入する国王陛下の許可が下りた」
シュタイン侯爵の言葉にブレドウ伯爵も悔し気に頷く。
「それもロンメルの差し金であろう、自陣営の貴族にだけ『奇跡の水』を与える事で、我らを立ち枯れにしようと画策しているに違いない!」
突然現れた辺境の少年は、今では教会と親教皇国派貴族にとって最大の障害になっていた。
「今ガーディアンズの総帥シルヴィー・ナミュールが兵を率いて公爵領に入り込んでいます。帝国の軍勢もエール要塞に向かって進軍中です。公爵と件の少年を、纏めて片を付けてくれるでしょう」
「おお、ナミュール卿が遂に動かれるか、それならば我らも何か手を貸すことはございませんか?」
ラウム枢機卿はブレドウ伯爵に、にやりと笑うと、末席にいる第2師団長クシュナ―将軍と第7騎士団長バンベルク将軍を見た。
「かの少年の手先となって、魔道具師ギルドがゴート村に移る手引きをし、あまつさえ獣人どもをかの村に送り込んで異教徒を増やす、目障りなタヌキを一匹始末して戴きたいのですが」
クシュナ―将軍が、ラウム枢機卿の言葉に大きく頷く。
「アースバルトの獣人どもにはわが手の者が痛い目にあわされた借りがある。猊下、ぜひ其の御役目このトッド・クシュナ―にお任せ下され」
ラウム枢機卿は満足げにクシュナ―将軍に頷いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスは、結局面倒を見る事になった元教会ガーディアンズの二人、マルティンとエミリアにゴート村とエールハウゼンの密偵探索をさせることにした。
どう考えても、領内にかなりの密偵が入り込んでいると思われる。アースバルト領の事情は周辺貴族や王家、教会に筒抜けの様だ。
最低限の自衛のためにも、そう言った人間も必要だとアイツも言っていた。
マルティンは駅馬車の御者、エミリアは『狐商会』の従業員という表向きの仕事を与えて、エールハウゼンとゴート村を往復しながら、不審な者を洗い出す様に命じた。
アンナにはある程度話をして、協力して貰っている。
クラウスには一応文で二人の事は伝えてある。
彼らが教会のガーディアンズだと知っているのはクレメンスと『夢見る角ウサギ』の三人、オルテガだけだが、彼等には口止めし、二人の顔を覚えていた者達には、此の村に移住を希望した若い夫婦だと伝えてある。
マルティンは左手を失くしていたが、さすがにアドバンスドのアサシンで、片腕で問題なく御者の仕事をこなしていた。
エミリアの方も行商人に変装していた位だから如才なく『狐商会』の仕事をこなし、すっかりアンナの片腕になっている。
マリウスは二人に“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”を付与した衣服を与えた。
マルティンは“索敵”、“暗視”のスキルを持っていたので、“速度増”と“探知妨害”、“疲労軽減”を付与した腕輪を、エミリアは“魔力感知”のスキルを持っていたので“探知妨害”、“索敵”、“暗視”、を付与したペンダントを与えた。
戦闘力を上げる付与は最低限にし、密偵の仕事に役立ちそうな物を選んだ。
少しはアースバルト家の機密保持の戦力になってくれれば良いがとマリウスは思った。
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