5―46 連合軍
ゴート村を発つ直前に、森の中で見つかった廃村の製薬施設で、120年前に薬師ギルドがウムドレビの実を使って、密かに研究していた『禁忌薬』については、クルト達も調査に立ち会ったので大まかな話だけは知っている。
「どうやら薬師ギルドはエールマイヤー公爵の依頼で、密かに『禁忌薬』の研究をしていたようですね」
ロンメルが顔を顰めて話し始めた。
「2年前王領の西の端、エールマイヤー公爵領に近い山間の、獣人達の住む小さな村で、村人達が全員“魔物憑き”になる事件がありました」
ロンメルが当時を思い出す様に静かに語った。
「我らが動くよりも早く、エールマイヤー公爵騎士団が現地に赴き、村人全員を殺して村を焼き払ってしまいました」
「明らかな証拠隠滅だな」
ウイルマーが吐き捨てる様に言った。
「私の手の者の調べで、その村に事件の前日薬師ギルドの薬師が二人、訪れていたことが判明いたしております。その後行方不明になっていた二人の薬師をずっと探していたのですが、件の製薬所で殺された薬師の中にその二人がいました」
「うちの兵士が掘り起こした製薬所の裏庭から、骨まで変形して異形の姿になった30人以上の死体が出て来た。医術師たちの調べでは、姿は魔物の様だが人族と獣人族の遺体だそうだ」
ウイルマーの言葉にエリーゼ達が息を呑む。
幽霊村の製薬施設の地下にも骨の変形した白骨が幾つかあったのを思い出していた。
「何でそんな酷い事を……」
「まあ碌な事は考えてはいないだろう。そして其の薬が今、シルヴィーの手に渡った」
ウイルマーが眉を顰めて言った。
「恐らくシルヴィーは其の薬と、マジックグレネードを使ってベルツブルグでテロを起こす心算ではないかと思われますが、現在我が公爵騎士団は此の王都とエール要塞に多くの兵を割かざるを得ない状況で、領都の守りがかなり手薄になっています」
アルベルトがクルトを見ながら本題に入る。
「公爵騎士団の代わりに第6騎士団と魔術師団から援軍を頂く事になりましたが、クルト殿達にもぜひ我らに協力して頂きたいのです」
「無論その者達がマリウス様と公爵様を狙っているのであれば、我らも協力する事に異論は御座らん」
クルトはアルベルトに頷いた。
「それは有り難い、クルト殿達に加わって貰えれば百万の味方を得たようなものだ。我ら第6騎士団からはアメリ―の部隊とヴィクトル達『野獣騎士団』の300を送る」
ウイルマーの言葉にルチアナが頷いて言った。
「魔術師団からはこのアルバンに50人の魔術師と150人の騎士を付けて出陣させよう。」
アルバンが無言で頷く。
「エンゲルハイト将軍が兵500を引き連れてベルツブルグに向かいました。ベルツブルグの守備隊と公爵閣下の親衛隊の軍勢が500。逢わせて1500の連合軍で広いベルツブルグを守る事になります」
クルト達が9名、ハティを連れたマリウスとクラウスが、フェリックスが率いる40名の護衛を引き連れ来る予定なので、アースバルトの戦力は50余人だが、全員マリウスの付与した武具とアイテムを装備している。
アルベルトはクルトに向き直って言った。
「それとクルト殿にはもう一つお願いが有ります」
クルトがアルベルトを見た。
「クレスト教皇国がエルドニア帝国を動かして、エール要塞に侵攻させようとする気配があります。我らは帝国の動きを封じるために、帝国内で抵抗を続けている獣人達のレジスタンスを、マリウス殿に支援して頂きたいとお願いするつもりでいます」
クルトが頷いた。
「クルト殿にはマリウス殿と、レジスタンスの使者の仲介に立っていただきたいのです。」
クルトは嘗てマリウスが、ブロックとナターリアの話に、憤りを露にしていたのを知っている。
恐らくマリウスはその話を断りはしないだろう。
「承りました。必ずマリウス様は御力を貸して下さるでしょう」
クルトが力強く答えると、皆が安堵の溜息を洩らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都の西門の傍の下町の外れ、八芒星の形の城壁の三角に尖った部分の一つ中に、獣人街があった。
セルゲイとカタリナ、ナタリーの三人は、狭い路地を通り抜けると、『梟亭』と書かれた酒場の扉を潜った。
薄暗い店内の奥のテーブルでターニャがセルゲイ達を見つけて手を振る。
「セルゲイ、カタリナとナタリーも。ほんとにあんた達なんだね。すっかり立派になったじゃないか」
三人はアースバルト家の家紋入りの、揃いのコート風の薄手の革鎧を着ている。
ここ『梟亭』は獣人地下組織『野獣騎士団』の溜まり場であった。
セルゲイが、ターニャと一緒に飲んでいるアキム、ドミトリー、ゲルマンを見回して言った。
「ああ、ゴート村では良くして貰っている。お前たちも来ればよかったのに」
「うん、私は将軍の傍から離れたくないから、サーシャは元気にしているかい」
「料理上手のサーシャは直ぐに村の宿屋の大食堂の料理長になったわ。騎士団の若い男たちに凄く人気があるの」
カタリナが羨ましそうに言った。
「そう、あの子が元気なら良いわ、今度こそ幸せになってくれると良いけど」
そう言ってターニャが笑った。
「この前は助かったよ。本当にもうだめだと思った」
「全くだ、セルゲイ達が来てくれて無かったらあそこで死んでいでたな」
「全くだ、それにあのやたら良く効くポーションのおかげで怪我ももう大丈夫だ」
アキムの言葉にドミトリーとゲルマンが頷き合う。
「偶然通りかかって良かったよ、仲間だって言ったらクルト副団長が直ぐに動いてくれて」
「クルト副団長って、あの虎獣人の滅茶苦茶強い人かい」
「そうよ、クルト副団長は騎士団最強の戦士なの」
ターニャにナタリーが頷いた。
「最強は若様だって、副団長はいつも言ってるけどな」
セルゲイが笑いながら言った。
「あの副団長さんもそうだけど、あんた達の鎧や剣、普通じゃないよね」
ターニャがセルゲイ達の揃いの鎧を見た。
「ああ、これには若様が凄い付与魔術を付けてくれているんだ。剣も魔法も炎も効かない。それに武器も凄い威力が上がる様な魔法が掛けられている、此の腕輪にもな」
「私の腕輪には魔法の効果が上がる付与が付いているの。おかげで中級魔法でも上級魔法並みの力が出せるのよ」
カタリナが腕輪を見せて自慢する。
「凄いな、よくそんな高価なアーティファクトを直ぐに貰えたな」
「これがあの騎士団の標準装備なんだって」
カタリナの言葉にアキム達が驚いて言った。
「騎士団全員がそれを持っているのか、どおりで公爵の騎士団があっさり全滅させられるわけだ」
セルゲイが笑いながら首を振った。
「騎士団だけじゃない、村人皆だ、サーシャも三つ位魔法の付いたペンダントを貰ってたよ。確か……」
「あ、“物理効果増”と“疲労軽減”それに、ああそうだ“技巧力増”。あれを貰ったら一段と料理の腕が上がったって、サーシャが喜んでたわ。」
ナタリーの言葉にターニャ達は驚いて顔を見合わせる。
「村人皆にもかい、それをその若様が一人でやってるいのかい。信じられないけど将軍が会いたがるのもわかるね」
「若様の力で村はどんどん大きくなっていく。まだまだ人を集めるそうだから、お前たちもその気になったら来ればいいさ」
セルゲイが言うとカタリナ達も頷いた。
「獣人でも差別されることも無いし、ドワーフもノームも、エルフも人族もみんな普通に仲良く暮らしていける所よ」
そんな所が本当にあるのだろうか。
ターニャたちは遠いゴート村の事を思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルチアナがロンメルの掌の上の銀細工のペンダントに右手を翳して“術式鑑定”を発動した。クルト達アースバルトの人々が帰った後である。
マリウスからロンメルに送られた、護身用アイテムだという銀細工のペンダントを、ルチアナが早速鑑定しているところである。
既にマリウスの力を知っているアルベルトはともかく、ウイルマーとアメリー、アルバン、エフレムも噂の辺境の少年のアーティファクトに興味が隠せない様だった。
ルチアナは右手を下ろすと、ロンメルの掌の上のペンダントを眺めながら言った。
「乗せてある術式は“結界”、“索敵”、“魔法効果増”、“物理効果増”の四つ。どうやら少年の魔法効果が更に上がった様ね、まさに国宝級のアーティファクトだわ」
ロンメルは満足そうに頷くと、大型の牛、ヤクを象った銀細工のペンダントを首に掛けた。
力が強く性格の大人しいヤクは、ロンメルの故郷の北部では、荷役や農耕に利用されている。
ロンメルは貴族になった時、自分の紋章に農耕用の有輪犂を引くヤクの意匠を選んだ。農民宰相のヤクの紋章は、王国民に最も愛された紋章になっている。
「それ程の物なのか?」
ウイルマー・モーゼルが興味深げにロンメルの胸元のペンダントを見た。
「多分、今この場にいる全員でロンメルを殺そうとしても無理でしょうね」
ルチアナの言葉にアメリーやアルバン達も驚いて、ロンメルの胸元のペンダントを見た。
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