5―45  王都会談


「ブレドウ伯爵ですか?」

 昨日も名前を聞いたなと思いながらクルトが問い返した。


「ブレドウ伯爵はこの国の大蔵卿で、国内の商業や流通に関して大きな発言力を持っていますが、教皇国派の重鎮でもあります」

 アルベルトが代わりに答えた。


「教皇国派の貴族が、我らに敵対するのですか?」

 クルトが首を傾げる。確かにアースバルト家も一応ロンメルの陣営ではあるが、王都に入った途端いきなり、親教皇国派貴族の重鎮とかに標的にされるのは意外であった。


「それはそうでしょう、聖騎士たちの陰謀を退けて、教皇国派の盟主エールマイヤー公を失脚させたのはマリウス殿ですから、マリウス殿は今や彼等の最大の敵でしょう」


 今更何を言っていると云う風にアルベルトがクルトを見た。

 クルトはノルン達と顔を見合わせる。


 確かに村を襲った西の公爵や聖騎士と戦う事になったが、しかしマリウスが自分の口ではっきりと、教皇国やクレスト教会と戦うと言った事は一度も無い。


 クルトからロンメルに手渡したクラウスの書状の内容は、クレスト教会が、カサンドラ達が開発した新薬の購入を打診してきたという話で、その為にエールハウゼンの司祭エルシャ・パラティが、マリウスに面会を申し入れていると云う話である。


 勿論新薬の取引はロンメルが決めるであろうし、油断はできないが、一応アースバルト家とクレスト教会との間では一定の和解が成立したか、しつつあるというのがクルト達の認識だった。


 ノルンとエリーゼ、ダニエルとケントも首を傾げる。


 ウイルマーが訝る様にクルトに尋ねた。

「どうも認識に違いがある様だが、マリウス殿は教会勢力と戦う為に、立ち上がられたのではないのか?」


 クルトは困ったように眉を顰めて答えた。

「マリウス様はクレスト教会が敵だとはっきり仰せられた事は一度もありません、向こうが村を襲って来たので、止むを得なく戦っただけで御座る」


 エリーゼ達も頷きながら言った。


「攻めて来るなら仕様がないから相手をするけど。みたいな」


「面倒くさいけど仕方ないな。的な」


「忙しいからさっさと終わらせよう。という感じですか」


 ケントの呟きにダニエルも苦笑して頷く。


 ロンメルがノルン達の話を聞いて声を上げて笑いだした。

「エルザ様も言っておられました。どうもマリウス殿は教会の事等、端から歯牙にもかけておられぬ様子だと。真の話だったようですね」


 ルチアナが呆れた様にクルト達を見る。

「それじゃあ教会や西の公爵の方が、あの子に勝手に突っかかって行って、自滅していったっていう事?」


 クルトは困ったように頷きながら答えた。

「マリウス様は村を発展させて、魔物を追い払い、魔境に進むこと以外にはそれ程興味がない様です」


 ウイルマーが驚きながらクルトに言った。

「しかしマリウス殿が獣人養護の立場である事は間違いないのでしょう?」


 クルトは大きく頷いて答えた。

「マリウス様はどの様な種族の者達も差別することはありませんし、ギフトで人を区別することも致しません。村では人族も獣人達もドワーフやエルフ、ノームまで、ビギナーの者も高クラスの者も、皆マリウス様の元で村の発展のために生き生きと働いています」


「随分と人道的な方なのですね、貴族の御曹司なのに」

 アメリーが不思議そうに尋ねるとノルンが答えた。


「マリウス様はそういう事を考えた事が一度も無いのでしょう。いつもフェンリルのハティの背中に乗って村の中を歩きながら、人族にも獣人族の人達にも同じように声を掛けています。ハティを連れてドワーフたちと一緒にお風呂に入ったり、獣人族やノーム、人族の子供達と屋台でレモネードを呑んでいる時が一番楽しそうです」


「なんだか夢の国の話の様だな」

 ウイルマーが腕を組みながら苦笑する。


「村に移住してくる人たちとも直ぐに打ち解けて、皆ずっと村に住んでいたみたいになるわね」

 エリーゼが言うとエフレムも頷いた。


「我らにも騎士団に入隊すると、直ぐに高価なアーティファクトを与えて下さりました。『これがうちの標準装備だよ』と仰せられて。」


 ロンメルが口元に笑みを湛えた儘クルト達に言った。

「そんなマリウス殿に魅かれて、辺境伯家と公爵家がマリウス殿の仲介で手を結ばれる事になりそうです。ゴート村に移り住んだカサンドラ・フェザー達が新薬を完成したことで、教会は更に追い込まれているようですし、マリウス殿のお考えがどうであれ、教会と教皇国派にとってマリウス殿は、最早看過できない最大の敵になっているのは事実です」


 ロンメルはクルト達を見回して話を続けた。

「昨日国王陛下より、閉鎖していた薬師ギルドの本部をゴート村に移し、カサンドラ・フェザーを薬師ギルドグランドマスターに任じる許可が下されました。薬師ギルドは完全にマリウス殿の傘下になったという事です。更に今日、ブレドウ伯爵の資金源の一つであった魔道具師ギルドのグラマス、テオ・ラッセルが、ゴート村に拠点を移し、マリウス殿の傘下に入る事を王家に願い出てきました」


 薬師ギルドや魔道具師ギルドの話はクルト達も初耳だったので、驚いて顔を見合わせた。


「ギルドの本部が王都からゴート村に移って来るのですか? マリウス様の傘下に入ると言うのはどうゆう意味ですか?」


 ノルン達は、意味が良く解らないと云う様にロンメルを見た。


 アースバルト家の当主はクラウスで、マリウスはまだ7歳の嫡男でしかない。それにギルドは本来商人や職人達の独立組合である。 


「勿論ギルドの本部が王都を離れて、一貴族の傘下に入ると云うのは前例のない事ですね。国王陛下はマリウス殿の事を大層お気に入りのようです。恐らくマリウス殿が秋に王都を訪れた際には、アースバルト子爵殿とは別に、マリウス殿も国の重要な役職を賜る事になるでしょう」


 ロンメルの話にクルトやダニエル達は驚きを隠せない様だが、エリーゼは何故か誇らしげにドヤ顔をしている。

 ノルンは多分マリウスはその話は迷惑がるだろうなと思った。


「ほお、薬師ギルドに続き魔道具師ギルドまで取り込むのか、これでマリウス殿とブレドウ伯爵の対立は決定的になったな」

 ウイルマーが口角を上げてクルトを見た。


「そういう事になるのですか。恐らくマリウス様の方には、そんな心算は無いのでしょうが」

 クルトが困ったように答える。


 反教皇国派にとっても、親教皇国派にとっても、マリウスが最重要人物として認識されている事を、クルト達も王都に来て初めて思い知らされたと云うのが本当の処である。


 何より多分マリウス自身が、自分の立場を解っていないだろうと皆が思った。

 西の公爵の陰謀を阻止して事態は解決したと思っていたが、更に深刻な事態になりそうな気配に、ノルン達も顔を見合わせる。


 アルベルトが戸惑っているクルト達を見て、要件を切り出し始めた。


「クルト殿達はこれからベルツブルグに行かれる予定でしたね」


「ええ、王都での要件は片付きましたので、明後日此処を発ち、ベルツブルグに先乗りして御屋形様とマリウス様をお迎えする心算ですが」


「実はクルト殿達に、グランベール公爵家からお願いが有るのですが」

 アルベルトがクルト達を見て言った。


「我らに頼みたい事で御座るか?」

 クルトがアルベルトに問い返す。


「はい、実はクルト殿達が王都に入られたあの日、帰国する公爵様ご夫妻を狙って、聖騎士達の襲撃がありました」


「なんと公爵様が襲われたのですか?」

 クルトも驚いて声を上げた。


「はい、賊たちは公国のマジックグレネードと呼ばれる新兵器を使い、公爵閣下の馬車を襲いましたが、幸い族は撃退し、ご夫妻もマリウス殿の付与された武具の御蔭で無事で御座いました」


「その様な事が有ったのですか」

 アルベルトが頷いて話を続ける。


「どうも教会と言うか、教皇国の標的が、グランベール公爵家に向いた様なのです」

 ノルン達が息を呑んで話に聞き入った。


「それについては私が話そう。実は教会の暗部であるガーディアンズの総帥、シルヴィー・ナミュールが多くのガーディアンズを引き連れてこの国に潜伏しているのだが、どうやら公爵領の隣のブレドウ伯爵の領地に集結しつつあるようだ」

 ルチアナがクルトを見ながら話し出した。


「色々と検討してみたが、恐らく彼らの狙いは公爵領でテロを起こす事だと我々は推測している」


「公爵様の領内で、ですか?」


「そう、そしてこのタイミングでシルヴィーが動くという事は、恐らく標的にマリウス殿も入っていると思われる。奴らが狙うのは十中八九、領都ベルツブルグだ」


 クルトやノルン達が一斉に緊張する。

「それは間違いない話ですか?」


 クルトの問いにウイルマーが答えた。

「貴公らと別れた後、我らが向かった薬師ギルドの製薬所にいた薬師は、全てシルヴィー達に殺され、そこにあったと思われる薬品が持ち去られている。其の製薬所は西の公爵家の肝いりで建てられたもので、中でとんでもない実験をしていたようだ」


「とんでもない実験というと?」

 ウイルマーが何を言い出したのか解らず、クルトが問い返す。


「人を故意に“魔物憑き”に変える薬です」

 ロンメルが代わりに答えた。


 クルトやノルン達がハタと顔を見合わせる。

「それはもしや……?」


「そう、あなた達が見つけた、辺境の森の隠れ里で作られていた、古代ハイエルフの『禁忌薬』です」

 ロンメルが静かに答えた。

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