5―44  王都のクルト


「俺たちが製薬所に着いた時には、シルヴィーは既に立ち去った後だった。公爵家の別邸の使用人も、薬師ギルドの製薬所の錬金術師も全員殺されていたよ」

 ウイルマーが肩を竦めた。


「シルヴィーの目的は何だったのだ?」

 ルチアナの問いにウイルマーは首を振った。

 公爵夫妻襲撃の翌日、第6騎士団の屯所である。


「解らんな、大量の薬品や書類を持ち去った形跡はあるが、あそこに何が在ったのか知る手掛かりは何も残ってない」


 西の公爵の別邸も隣接して建てられた製薬所も、中は荒らされて薬品棚は殆ど空で、研究資料があったと思われる書架もガラ空きだった。


 製薬所の地下には檻があり十数体の魔物の死骸が腐っていた。

敷地の中に広大な荒れ地があり、一度掘り返して埋めた後が数十か所あった。


 今現在第6騎士団の兵士が掘り返している処である。製薬所と云うのは表向きで、何かの研究か実験をしていた様だった。


「まあ、西の公爵が薬師ギルドと極秘でやっていた事なら碌な事ではあるまい。レオニード・ホーネッカーの方はどうなった?」


 魔術師団長ルチアナ・キースリングも頸を振った。

「其方も足取りが全く掴めていない。あるいはもう消されたのかもしれん」


 レオニード・ホーネッカーは前薬師ギルドマスターで、西の公爵の一件で更迭され、自宅に軟禁中だったが、シルヴィー・ナミュールに襲撃を受けて身柄を奪われていた。


「なかなか派手にやってくれるな、結局シルヴィーの目的は其の製薬所に有った物なのかな?」

 ルチアナがため息交じりに言った。


「恐らくな、どれが囮でどれが本命だったのか良く解らんが、奴が目的を果たしたのなら今回は負けか」

 ウイルマーも苦々し気に呟く。


「しかし公爵ご夫妻の暗殺は阻止できましたし、我々の被害はゼロで17名は打ち取り7名捕えています。我々の勝利と言っても良いのではありませんか?」

 横で聞いていたアメリーが堪りかねた様に、苦い顔の二人に言った。


「阻止したって云うか、エルザ達が自力で防いだのでしょう。捕えた者も雑魚ばかりだし」


「被害が無かったのも、偶々通りかかったアースバルトの騎士団の御蔭だろう」


「そ、それはそうでありますが……」

 二人の呆れ顔にアメリーは下を向いた。


「それでシルヴィーの足取りはつかめたのか?」


「其れも不明だ。村人は北に向かって走り去る一団を見たと言っているが、王都に戻った形跡はない」


 ウイルマーはお手上げと云う風に肩を竦めたが、ふと思い出したようにしょぼくれるアメリーに言った。


「お前が逃がした連中も北に向かったと言ったな」


「はい、ブロンが追い掛けましたが、結局発見できませんでした」


「どうしたモーゼル将軍?」

 ルチアナがウイルマーに尋ねる。


「いや、そのまま北上するとブレドウ伯爵の領地になるな。奴らそこに逃げ込んだんじゃないか。」


「成程。シルヴィー達も王都を迂回して北上したのなら行きつく先はブレドウ伯爵領か。そうなると手は出しにくくなるが」

 ルチアナが眉を顰める。


 大蔵卿ロベルト・フォン・ブレドウ伯爵は、元老院議長シュタイン侯爵とも繋がりが深く、第2騎士団のクシュナ―将軍を子飼いにして王都で絶大な権力を握っている。

 エールマイヤー公爵が失脚した今、教会派の重鎮といっていい。


「わざわざ王都まで出向いて来たシルヴィーが、用もなくブレドウ伯爵の領地に逃げ込むとは思えんな」


「というと?」

 ルチアナがウイルマーの顔を見る。


「ブレドウ伯爵の領地の東は公爵領の北部に離接している」


「ベルツブルグに何か仕掛ける心算か?」


 驚くルチアナに、ウイルマーは腕を組んで考えながら答えた。


「公爵領の北からなら東部最大の鉱業都市ロランドにも、エール要塞や、当然帝国にも近いな。何処が狙いかは解らんが、公爵騎士団はいま大半が王都と、エール要塞にいる。領内は手薄の状態の筈だ」


「確かに、事を起こすなら好機ではあるな。解かった、ロンメルに話して対応を決めよう。モーゼル将軍は引き続き教会とブレドウ伯爵の動きを見張ってくれ」


 ルチアナが出て行くと、ウイルマーは未だしょぼくれているアメリーに言った。


「黒騎士達に襲われた時に、公爵夫人は間違いなく『マリウスの盾』と言ったのだな?」


「はい公爵夫人は確かに『さすがマリウスの盾、特級魔法程度は寄せ付けぬ』と仰せられました。『私の自慢の娘婿だ』とも。アースバルト子爵の御子息の事だったのですね。」


「うむ、ターニャたちを助けたアースバルトの騎士達やエフレム達も、とんでもない実力と装備で聖騎士を圧倒したそうだ。」


 ウイルマーは腕を組んで考える。

 国宝級のアーティファクトとも言っていいような武器や防具を、兵士達に惜しげもなく与える付与魔術師の少年。

 公爵家でも実践配備を始めている様だ。

 獣人達を受け入れ、クレスト教会にも屈しない少年。


「一度会ってみたいな」


「マリウス殿に、ですか?」

 アメリーがウイルマーの顔を見る。


「ああ、とりあえず騎士団の者達にはターニャ達を助けて貰った礼を言いに、逢いに行くつもりだが」


「私も御供して宜しいでしょうか?」

 アメリーにウイルマーは頷いた。


「ああ、御前も来い。この先共闘する事になるかもしれない相手だ。顔合わせ位しておいた方が良いだろう」

 

 ロンメルはあの少年が勝敗を分ける鍵になるとも言っていた。

 秋になればマリウスは王都にやって来る。決戦の時が近い事をウイルマーは予感していた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 公爵家の迎えの馬車に乗って、クルト達は公爵邸に向かった。王都に入った日から三日後の夕刻である。


 クルトとエフレム、エリーゼとノルン、ダニエルとケントの6人で二台の馬車に分乗して公爵邸に到着した。

 セルゲイ、カタリナ、ナタリーの三人は昔の仲間に逢うと言って別行動である。


 広い客間に通されたクルト達を、七人の男女が待っていた。

 ロンメルとアルベルト、それに一昨日出逢ったモーゼル将軍とヴィクトルがいた。


 中央に座るロンメルが話を始めた。

「アースバルトの騎士団の方々にはわざわざお越しくださり感謝します。今日は我らの同志の方々を引き合わせたくてお呼びいたしました」


「同志、で御座いますか?」


 少し緊張しながら周りの人々を見回すクルトにアルベルトが言った。

「私達は教会と教皇国の干渉からこの国の実権を守るために、宰相ロンメル様の元に集まった者達です。無論エルザ様も盟主のお一人です」


 どうやら反教皇国派の主要メンバーが集まった席に呼ばれたらしい。

 アースバルト家の主家であるグランベール公爵家が、宰相ロンメルを支持しているのは無論クルト達も知っているので、アースバルト家も一様この一派に組み込まれているのはクルトも理解している。


 『奇跡の水』の為の浄水場の王都建設や、ゴート村での新しいポーションの製薬事業で、マリウスの立場もすっかりロンメル陣営の一員になっている。


「第6騎士団長のモーゼル将軍とは面識があるそうですね」


 ウイルマーがロンメルに頷く。

「クルト殿、昨日は世話になった。危うく大事な配下の者達を失うところであった。礼を言わせて貰う」


 隣のヴィクトルも頭を下げた。

「彼は私が配下にしている獣人組織『野獣騎士団』の者だ。エフレムやセルゲイも元はそこにいた者達だ」


 エフレムが頷いてクルトに言った。

「将軍は我らが騎士団を追われた後も、密に我らの面倒を見てくだされたのです」

 クルトもエフレムに頷く。


「その事はマリウス様からも聞いている。マリウス様も一度、モーゼル将軍に逢ってみたいと仰せでした」


「ほう、マリウス殿が私に逢いたいと。私もぜひ一度マリウス殿にお会いして話がしたいと思っていたところです」


「あの、将軍……」

 アメリーが恐る恐るウイルマー達の話に割って入った。


「ああ、済まぬ。皆の自己紹介がまだであったな。ヴィクトルは良いとして、隣にいるのはうちの副団長のアメリーです」


「第6騎士団のアメリー・ワグネルです、以後お見知りおき下さい」


 アメリーがクルト達に一礼すると、ウイルマーは奥の二人に視線を向けて言った。


「そして其処の二人は魔術師団の者だ」


 ルチアナがクルト達を見ながら言った。

「私が魔術師団長のルチアナ・キースリング、そしてこっちが副団長」


「アルバン・クロードです、宜しくお願いします」

 剃髪の未だ若い痩せた男がクルト達に一礼した。


 クルトも居住まいを正して改めてウイルマーたちに一礼すると挨拶をした。


「私はアースバルト家騎士団副団長クルト・ハーゼで御座る。エフレムの事は御存じの様なので、その隣の二人はマリウス様の近習で、騎士団長シュトゥットガルト卿の御子息ノルン殿、家宰ワルシュスタット卿の御令嬢エリーゼ殿で御座る」


 二人とも騎士爵の子供たちなので、一応貴族の末席になる。

 二人が立ち上がって皆に一礼する。


「その向こうが騎士団のダニエルとケントで御座る」

 二人も皆に一礼した。


「エリーゼ殿とノルン殿は、昨日第二騎士団相手に大層な立ち回りでしたね」


 ロンメルが笑いながら言うとウイルマーも楽しそうに言った。

「トッドの処の兵士達をコテンパンにしたそうだな。私も見たかった」


 ウイルマーに揶揄われて、エリーゼとノルンも昨日の事を思い出して赤くなった。

「いえ、騎士達の態度があまりにも横柄だったのでつい……」


「マリウス様の悪口を言われて、頭に血が上ってしまいまして……」


 二人が冷や汗を掻きながらしどろもどろに弁解する。


「良い様よ、どうせクシュナ―将軍がブレドウ伯爵に点数稼ぎで、ちょっかいを掛けて来たんでしょう」

 ルチアナが可笑しそうにノルン達に声を掛けた。


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