5―43 エリーゼのために
クルト達一行は王都の南の城門を抜けて、王都の町並みにゆっくり馬を進めながら、城下の貴族街にあるアースバルト家の王都邸を目指した。
「広いねえ。城門を潜ったのにお城があんな遠くにある」
エリーゼが馬の上から、小高い山の上にある石造りの王城を眺めたながら声を上げた。
王都ロッテンハイムは、四角形を二つ斜めに重ねた八芒星の形の城壁の中に、更に二重に城壁があった。
王城を囲む城壁と二番目の城壁の中に貴族街があるが、南門から次の城壁の門までたっぷり5キロ以上有るようだった。
「城壁の中にアースバルト領が殆ど入ちゃう位の広さがあるらしいよ。」
ノルンも辺りをキョロキョロしながら言った。
ここは下町らしく、彼方此方で市が立ち、多くの人々が荷物をもって行き来している。
野菜の入った籠を抱えた人、背中に薪を背負った人、多分南洋諸島辺りから来た肌が褐色の人等様々な人種の人々が彼方此方で店を覗いたり、話をしたりしていた。
クルト達が進む広い石畳の道も、馬車や荷車が行き来していた。
「すっごい人だね、街も全部石造りだし、でもなんかちょっと汚いね。いやな臭いもしているし」
エリーが顔を顰めると、エフレムが振り返って笑って言った。
「これだけ人が住んでいたら仕様が無いさ。貴族街は綺麗だが下町はこんなもんさ」
先頭にクルトとエフレムが並んで馬を進めている。
どちらも身長が2メートルある二人は、マリウスから特別に馬体の大きな馬を与えられているので、見上げるほどでかい二人が異様に目立っていた。
エフレムは熊獣人である。
時折路上の人々達が自分達を見て何か囁いているのにエリーゼが耳を澄ました。
「何アレ、獣人が騎士の格好してる。どこの田舎者よ」
「何か派手だけど薄っぺらい革鎧だな、ありゃぜったい弱いぜ」
「第二騎士団に見つかったら直ぐ追い出されるぜ」
マリウスは附与魔術を施すので重い鎧はもう必要が無いと、皮革師のメアリーにお揃いの薄手のコート風の革鎧とズボンを作らせて、皆に支給し始めている。
マルコや一部の騎士達は頑固にフルプレートメールを装備し続けているが、ゴート村の騎士団は八割方お揃いの革鎧になった。
革鎧の背中にはアースバルト家の剣と馬の紋章が金糸で刺繍されていた。
「何かやっぱり感じ悪い街ね」
「そう言う処だってここは」
後ろを行くセルゲイが吐き捨てる様に言った。カタリナとナタリーも黙ったまま馬車を進めていく。
一行は黙々と街を通り過ぎると、貴族街に抜ける城門にたどり着いて門の中に入ろうとしたが、中から突然20人程のプレートメールの騎士達が馬に乗って出て来ると、クルト達の馬の前を塞いだ。
「止まれ! この先は貴族街だ。貴様ら獣人の来るところではないわ。帰れ!」
隊長らしいゴテゴテした派手な鎖の装飾の付いた、プレートメールの男がクルトとエフレムに向かって言った。
「我らはアースバルト子爵家御嫡男マリウス様の騎士団の者、主の使いにて、子爵邸におられる御隠居様のところに参る。貴公らこそ何者だ!」
クルトがそう言って隊長らしい男を睨むと、体長が眉を吊り上げてクルトに言った。
「マリウスだと! ふん、辺境の小競り合いで僅かな功を立てた田舎領主の子倅か。我らは此の門の守りを任された、クシュナ―将軍配下の第二騎士団の者だ。ここは貴様らの様な田舎者が来るところではない、とっとと失せよ!」
後ろの騎士達がゲラゲラ笑っている。
クルトがエフレムと顔を見合わせた。
「面倒だな、押し通るか?」
「副団長。クシュナ―将軍は大蔵卿のブレドウ伯爵の腰巾着で、揉めると面倒なこと……!」
クルトとエフレムの間を、馬から跳び降りたエリーゼが“瞬動”を“速度増”のアイテムで加速させながら駆け抜けると、跳び上がって、馬に乗る隊長格の男のプレートメールの兜に、ドロップキックを喰らわせた。
“筋力強化”のスキルを、“筋力増”で威力を増したエリーゼのドロップキックをまともに受けた隊長格は、馬から吹き飛ばされると地面に激突し、ゴロゴロと転がって仰向けに止まると動かなくなった。
面が信じられない程内側に凹んでいる。
「エリーっ!」
ノルンが頭を抱えながら悲鳴を上げた。
「マリウス様の事をバカにする奴は、私が許さないわよ!」
エリーゼが仁王立ちで騎士達を睨んだ。
「貴様! こんな事をして只で済むと思っているのか!」
騎士達が馬上で剣を抜いた。
クルトとエフレムは、顔を見合わせて無言で肩を竦めると馬上で剣を抜き、盾を構えた。
ケントとダニエルも顔を見合わせると、苦笑しながら弓に矢を番える。
「あー、もう! どうなっても知らないよ!」
ノルンがエリーゼに向かって剣を構えた兵士達に“エアーバースト”を三連射した。
騎士達の間で次々と空気が破裂して、騎士達が弾き飛ばされて宙を舞い、馬が横倒しになった。
セルゲイとナタリーも剣を抜き、カタリナが馬車の上で魔力を練り始めた。
まさにクルトが突撃しようとした瞬間、騎士達の後ろの方からローブ姿の小柄な男が駆け寄って来て叫んだ。
「お待ちくださいクルト殿!」
クルトが馬を止めて小柄なローブの男を見た。
「お久しぶりですクルト殿」
「おお、貴公は公爵家の軍師殿」
クルト達を止めたのはグランベール公爵家軍師、アルベルト・ワグナーだった。
アルベルトの後ろには50騎ほどの騎士達が控えている。
アルベルトが合図をすると騎士達が、地面に転がっている第二騎士団の騎士達を捕え、武器と取り上げて捕縛していく。
「放せ! 我らはクシュナ―将軍配下の第二騎士団の者、たとえ公爵家の騎士団でもこの様な狼藉は赦されませんぞ!」
アルベルトに向かって怒鳴る騎士に、アルベルトが冷ややかに言った。
「狼藉はお前たちの方だ。この方たちはグランベール公爵家の大事な賓客だ。事と次第によっては王都の騎士団でもただでは済まさんぞ!」
アルベルトに睨みつけられて、騎士はたじろぎながら必死で抗弁する。
「わ、我らはこの門を守る職務を遂行したまで。暴れたのは此の者どもの方だ!」
「ほお、妙な事を言いますね。クシュナ―将軍の持ち場は王都東門の筈。一体誰の命でこの門を第二騎士団が守っているのかな?」
アルベルトの後ろから、長身の法衣の男が現れた。
「誰だ貴様は! 騎士団の任務に文官風情が口を挟むな!」
法衣の男を睨みつける騎士に、アルベルトが憐れむように言った。
「この国の宰相の顔も知らんとは、余程下っ端の者をよこしたらしいな、クシュナ―将軍は」
「さ、宰相だと!」
ロンメルは肩を竦めると、アルベルトに言った。
「全員捕えて牢に放り込んでおいてください。大方ブレドウ伯爵の命で、アースバルトの方々に嫌がらせをしに来たのでしょうが、後で家の者に尋問に行かせます」
牢で尋問とは多くの場合、拷問を意味する。
「ま、待たれよ、いや、お待ち下され! 我らは何も……」
狼狽して後退る騎士達を公爵騎士団が捕縛して引き摺って行く。
アルベルトとロンメルが、改めてクルト達の方を向いた。
クルトは剣を納めると、馬を降りて片膝をついて礼をとる。
全員がクルトに倣って馬を降りると、エリーゼも慌ててクルト達の後ろに戻って膝を付いた。
ロンメルは柔和な表情を浮かべてクルトに言った。
「アースバルト子爵殿の御家中が王都に入ったという報せを受けて来てみれば、案の定愚か者共が出て来ていた様子。遅れてしまい誠に申し訳ございません」
「いえ、我らこそ王都にて騒ぎを起こしてしまい恥じ入る次第に御座います。全て某の責任で御座いますれば、此の者達にはお咎め無きよう伏してお願い致します」
ロンメルは笑って首を振った。
「危うく国の騒乱になる様な大事を鮮やかに納めてみせたマリウス殿の御家中を、咎める者等居りません。そのような事をしたら私が国王陛下のお叱りを受けてしまいます」
そう言うとロンメルはアルベルトに頷く。
「クルト殿、今日は御用も御座いますでしょうが、一度公爵家の屋敷にもお招きしたい。逢わせたき方々もおれば、王都を発つ前に時間を作って頂きたいのだが」
クルトはエフレム達の顔を見回してから答えた。
「某たちの方は構いませぬ、それと主と若様より宰相様に急ぎの書状と、届け物を預かってきております」
クルトが後ろの馬車を指差し、更に懐からクラウスの書状と装飾の付いた小さな木の箱を取り出した。
「こちらは若様から宰相様にで御座います」
ロンメルはクルトに近づくと書状と木の箱を受け取って、満足そうに頷いた。
「それでは改めて使いの者を行かせます。子爵殿の屋敷でお泊りですね?」
クルトが頷くとアルベルト達とロンメルたちは帰って行った。
公爵騎士団の兵士達が馬車ごと荷物を引き取り、馬はハーネスから外されてナタリーとカタリナに戻された。
騎士団の兵士達が木ゴムタイヤを巻いた車輪を珍しそうに眺めている。新しい馬を繋いだ馬車が軽やかに走り出したのを見て、騎士達が驚きの声を上げていた。
「あれが宰相のロンメル様? おじいさんって聞いていたけど全然若かったね。」
エリーゼが言うとノルンも頷いて言った。
「四十代くらいにしか見えなかったね。ていうかエリー。他に言う事無いの?」
「何よ。私は全然悪くないわよ。あいつらの方が先にマリウス様の悪口を言ったんじゃない!」
腰に手を当てて胸を張るエリーゼにノルンが呆れていると、クルトが声を上げて笑った。
「その通りだ。我らもエリーゼ殿に後れを取ってしまったわ」
「全くだ。気が付いたらもう俺の横をすり抜けていたよ。見事な一番槍だ」
エフレムも笑いながらエリーゼを見た。
「一番槍と言うか一番蹴りでしょう。アルベルトさんが来てくれたから良かったけど、危うくエリーの所為で騎士団と戦争になるとこでしたよ」
愚痴るノルンにカタリナが笑った。
「一番被害を出したのはノルン君の魔法じゃない。五人位気絶したまま連れていかれたよ」
「うん、あれは見事の援護だった。ノルン、また腕を上げたな」
ダニエルが感心したようにノルンを見る。
クルトが笑いながら馬に乗ると言った。
「さあ、日が暮れる前に御隠居様の処に参るぞ」
皆も笑いながら馬に乗り、城門の中に入って行った。
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