5―42 公爵夫妻襲撃
「あっ! いかん、あれは!」
アメリーが馬上で思わず声を上げた。
公国の開発した新兵器、マジック・グレネード。特級魔法を封じた殺戮兵器だった。
周囲に轟音が鳴り響き、円陣の周りを特級火魔法“インフェルノフレーム”の炎の柱が吹き上がり、特級風魔法“ゴッズラース”の雷が吹き荒れる。
円陣を組んで木盾を構えた兵士の前で次々に特級魔法が炸裂し、爆炎で公爵騎士団の姿が見えなくなった。
やられた、とアメリーが思った瞬間、風魔法が爆炎を吹き飛ばすと、木盾を構えたまま無傷の姿の公爵騎士団の姿が現れた。
円陣の中から革鎧を着た100騎が跳び出して黒騎士達に向かって馬を駆けさせた。
ブロン隊も黒騎士に突撃する。混戦の中で黒騎士達が次々と打ち取られていった。
アメリーは兵を公爵騎士団の円陣の周囲に展開させながら、木盾を構える騎士達を見た。
騎士達の前は特級魔法の炎と雷で地面が黒く焼け焦げているが、騎士達は全く無償の様であった。
中央の馬車の扉が開いて、ドレス姿の真っ赤な髪の女が降りて来た。
エルザはアメリーに向かって言った。
「モーゼル将軍の配下の者か?」
「はっ! 第6騎士団副団長アメリー・ワグネルで御座います。公爵様ご夫妻にお怪我は御座いませんか?」
アメリーは馬から降りると、エルザの前に片膝を付く。
「ああ、私もエルヴィンもご覧の通り無事だ」
アメリーが顔を上げると馬車の前でエルヴィン・グランベール公爵が腕を組んで周囲を見回していた。
傍らに短く髪を切った、目つきの鋭い女騎士が立っている。
「怪我人もおらぬようだな、さすがマリウスの盾だ。特級魔法程度は寄せ付けぬか」
エルザは騎士団の兵士を見回しながら言った。
彼らは200枚の“物理防御”と“魔法防御”を付与した木盾を装備している。
黒騎士達を追った騎士達も“物理防御”と“魔法防御”を付与した革鎧を装備していた。
「マリウス殿ですか?」
誰の事だろうと思いながらアメリーが問い返した。
「ああ、私の自慢の娘婿だ。『皆殺しのシルヴィー』はいなかった様だな。世話になった、我らはこのまま国元に帰還する。モーゼル将軍に宜しく伝えて来れ。」
そう言ってエルザは馬車に戻って行った。
ふと目を向けると馬車の後ろに、馬に乗った顔見知りの獅子獣人の男がいた。
『野獣騎士団』団長のミハイル・アダモフだった。
ミハイルはアメリーに一礼すると、動きだした馬車に続いて馬を進めた。
「副団長! 12人逃げられました。北に向けて逃走しています。7名は捕えました。こちらの被害は軽傷者が3名だけです。」
ブロンが馬を寄せて来ると、アメリーに言った。
後の11名は死んだようだ。
「お前の隊は賊の後を追え、私は捕虜を連れて王都に帰還する」
「了解しました」
ブロン隊が北に向けて駆けだした。
アメリーはもう一度足元の焼け焦げた大地を見た。
「特級魔法を寄せ付けないだと。そんな事が有るのか?」
アメリーは首を振ると、王都に向けて馬首を返した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フェリックスがまた村にやって来た。
魔道具師ギルドの事は王家の許可が出れば、マリウスの好きにして良いと言うクラウスの返事だった。
先に薬師ギルドの移転の許可とカサンドラのグラマス就任が王都で決定されたらしい。
結局詳しい説明は無いまま、薬師ギルドはゴート村に本部を移し、マリウスの管理になると云う事で、既に国王の使者が王都を出たらしい。
フェリックスは何故か、捕えてクラウスの元に送った教会のガーディアンズ、マルティンとエミリアを連れていた。
「宰相様からこの者達の事は御屋形様に任せると言う許可が出たのですが、御屋形様ももうこの者達を今更捕えても仕様がないので、釈放して良いと申されました」
まあ情報を探りに来ただけで、誰かを殺したりしたわけではないが、温情というよりはクラウスも忙しくて面倒になったのではと、マリウスはちらりと思いながらフェリックスに尋ねた。
「それで何で此処に連れて来たわけ?」
マリウスが首を傾げるとフェリックスも困ったように答えた。
「二人とも王都に帰れば殺されるから此処に置いてくれ申しておりまして」
陰謀に加担した物達はもう全員捕えられて王都に送られ処罰されている。
クレスト教会はぎりぎりで西の公爵を見捨てて、聖騎士二人を謀反人とし切り捨て、罪を問われなかった。
確かに今更当時の密偵の二人が出て来ても、確実に暗殺されてしまうのが落ちだろう。
宰相の方も既に騒動の件は片付いて、新しいポーションとカサンドラの新薬を巡って、教会との駆け引きで圧倒的に優位な立場に立っている今となっては、下っ端の密偵にそれ程価値があるとは思えない。
「教会の力が及ばないのはこの村だけだそうです」
それは確かにそうかと思いながら、教会のスパイだか殺し屋だかを村に置くのはマリウスにも抵抗がある。
マリウスの気持ちを察したのか、二人がマリウスの前で跪いて頭を下げた。
「御願いです、なんでも致します。どうか我らをマリウス様の配下にお加え下さい」
「この地以外に私達が生きていける所は他にありません。お願いします」
マリウスは止む無く二人を村に置くことにした。二人を見ていてふと一つ思いついたことがあった。
どう考えてもエールハウゼンや、もしかしたらこのゴート村にも沢山の密偵が潜んでいるとしか思えない。
この二人なら密偵を探し出せるのではないかと思った。
正直その手の人材に欠けているのは確かだし、勿論すぐに信用はできないが、少し彼らの働きを見てから判断しても良いかと考える。
マリウスは直ぐにクレメンスを呼んで、二人の仕事を相談する事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
新たに5名を加えた錬金術師達は、薬師工房で『奇跡の水』を使ったポーションの生産、アデリナの元で抽出作業や薬草の探索、幽霊村の研究所でウムドレビの研究の三つのグループに分かれて作業を続けている。
新しい工房が完成する頃には、王都から錬金術師がやって来る筈である。
更にポーションの量産体制が望まれている上に、新薬の製造も始めないといけないので、マリウスは東の森の開拓地に大規模な薬草園を作る事にした。
宰相ロンメルが摂取した西の公爵の旧領からも、薬草が入って来るが、ゴート村でも自前に栽培する事にした。
獣人移住者でアドバンスドの農民ギフトを持つ馬獣人のビルモスをリーダーに、五家族17人で40ヘクタールの土地に、ハート草、モーリュ草を中心に薬草専門で栽培してもらう。
どの程度の需要が在るのか未だ分からないが、恐らく大量に必要になると思われた。
畑ではカトフェ芋やトマーテ、夏野菜等が順調に生育している。
秋になれば小麦の植え付けが始まるので、今は畑の土地造りが行われていた。
ガラス工房も遂にスタートした。
四人の火魔術師と三人の風魔術師で、原料を溶融したガラスを金型に流し込み、金型と風魔法を使ったブロー&プレス法で瓶やガラス容器の製造から始める事にた。
板ガラスを作る為のフロートガラス製法を行う為に、ダックスに錫を注文してある。設備と人員が整えば、大型の板ガラス作りを始めたいと思っている。
焼き物工房では今ポーション用の素焼きの瓶が大量に作られていた。
マリウスは焼き上がって来る小瓶に並列付与を使って纏めて“劣化防止”を付与している。
色々な仕事がスタートして、忙しさのピークであるが、マリウス達は明日に迫った、エールハウゼンからの移民の受け入れ準備に追われていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私は王都第6騎士団団長ウイルマー・モーゼルだ、配下の者達を救って頂いてありがとう」
ウイルマーはクルトを見た。
虎獣人の戦士は、威風堂々とした態度でウイルマーと相対している。
「アースバルト子爵家騎士団副団長クルト・ハーゼ。たまたま通りかかっただけの事、礼は不要で御座る。我が手の者と知り合いの様だったので助太刀致したまで」
エフレムやセルゲイ、カタリナとナタリーが膝を付いてウイルマーに頭を下げる。
「エフレムたちか、息災の様だな」
「はっ! お久しぶりで御座います将軍閣下」
ターニャとヴィクトル達もポーションで傷は全快し、ウイルマーの傍らに控えていた。
「時にハーゼ卿、貴殿らはデフェンテルから参られたのか?」
「クルトで結構、いかにも我らはデフェンテルより王都に向けて旅している途中で御座るがそれが何か?」
「途中で騎馬の一団とすれ違わなかったかな? 恐らく一人は聖騎士の女ですが」
クルトが首を振って答えた。
「我らは街道を真っ直ぐ上って来たが、その様な一団は見かけませなんだが」
ウイルマーがターニャの方を向いて言った。
「ターニャ、シルヴィーは本当にこの街道に進んだのか?」
「はい、途中までは間違いなくこの道を南に進んでおりました」
ウイルマーが腕を組んで考える。
「あの……」
クルトの後ろで犬獣人の男が遠慮がちに声を上げた。
「来る途中に確か西に折れる細い街道がありました。未だ真新しい馬蹄の跡が在ったのを見ました」
ダニエルの言葉にウイルマーが頷いた。
「確かに一本脇道があるが、その先は小さな山間の村があるだけだが……」
「将軍! 確かその村は!」
突然思い出したようにヴィクトルが声を上げた。
「その村が何だヴィクトル?」
「はい、確かその村の周辺は珍しい薬草の産地で、5年程前にエールマイヤー公爵が王家に願い出て公爵家の飛領にした土地で御座います、その村に公爵の別邸と薬師ギルドの製薬所があった筈。」
「其れだ! シルヴィーはそこを目指したのか。行くぞヴィクトル。案内いたせ!」
ウイルマーは馬に跨るとクルトを見た。
「クルト殿、我らはこれで失礼する。王都でまた挨拶に伺う故許されよ」
「なんの、気遣いは無用。我らは王都に向かいます故、御勤めに励まれよ」
ウイルマーはクルト達に一礼すると、南に向けて兵を進めた。
「私達も行くけど、また王都で」
ターニャたちがエフレムたちと言葉を交わしてウイルマーの後に続いた。
「それでは我らも行くとするか」
クルトが皆を促すと、一行は王都に向けて馬を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます