5―41 シルヴィーの罠
「黒い鎧を着ていますが間違いなく聖騎士ですね、5、6人の組に分かれて東門と北門から次々と外に出たようです」
「東門と北門か、第2騎士団と第7騎士団の持ち場だな。全部で何人だ?」
第2騎士団のクシュナ―将軍も第7騎士団のバンベルク将軍もどちらも教皇国派である。
「全部で30騎、合流してグランベール公爵の馬車を追うようです。ブロンの部隊と魔術師団の小隊が後を追っています」
ウイルマー・モーゼル将軍はアメリ―の報告に眉を顰めた。
「まさか本当に動くとはな。中にシルヴィーは居るか?」
「いえ、確認は取れていません。どうします、我々も出ますか?」
ウイルマーは少し考えてからアメリ―に言った。
「お前は200騎程連れて後を追ってくれ、俺は残る。囮かもしれん。教会本部とエルダ―商会の方はどうなっている」
王都一の大店エルダ―商会はガーディアンズの拠点の一つであったが、大蔵卿ブレドウ伯爵のお抱え商人なので手が出せずにいた。
「どちらも『野獣騎士団』が見張っていますが連絡は在りません」
『野獣騎士団』はウイルマーが配下に置く獣人地下組織である。
アメリ―が聖騎士の後を追うべく第六騎士団の屯所を出陣した。
ウイルマーは考える。エルヴィンとエルザを守る公爵騎士団は300。
30騎程でどうこう出来るとは思えないが、何をしでかすか分からない連中ではある。
『皆殺しのシルヴィー』がいないなら囮の可能性もある。
ウイルマーはシルヴィーの狙いを見極めようと全神経を研ぎ澄ませていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『野獣騎士団』のターニャ・ウイッテは、エルダ―商会から出たシルヴィー・ナミュールの馬を追った。
「おいターニャ、シルヴィーは何処に向かっている!」
ターニャの馬に追いついた白熊獣人の格闘家ヴィクトルが怒鳴った。
「南門だ! 仲間が合流している。12人だ」
仲間の一人をモーゼル将軍の第6騎士団の屯所に走らせる。
「南門を出たぞ!」
アドバンスドのアサシン、豹獣人のターニャは自分の“索敵”の範囲ぎりぎりの300メートルの距離を保ってシルヴィーを追った。
ヴィクトルと三人の『野獣騎士団』の兵士がターニャの後に続いた。
「街道を真っ直ぐ南に進んでいる。デフェンテルに向かっている様だ。」
ターニャは田園地帯の間を走る街道を、馬を走らせながら振り返って、ヴィクトルに言った。
二時間ほど走り続けると田園地帯を抜けて、林が見えて来た。
ここは嘗てエレーネたちが、聖騎士の追手を撃破した場所だった。
突然林の中から五本の矢が、先頭を走るターニャに向かって飛来する。
ターニャは咄嗟に体を馬の上で伏せて矢を躱すが、一本の矢がターニャの左肩に刺さった。
「ターニャ!」
ヴィクトルがターニャに馬を寄せて周囲を警戒する。
仲間の三人も馬を止めて周りを見回した。
「おかしい! 私の“索敵”に反応しない!」
痛みをこらえて肩から矢を引き抜きながらターニャが叫んだ。
ターニャたちの前と後ろに、林の中から10人ずつの騎士が出て来て彼女達を挟んだ。
「クソ、罠か! 多分“探知妨害”系のアイテムを装備しているんだろう」
騎士達は黒い鎧を着ているが、前方の真ん中に立つ騎士だけは聖騎士の銀の鎧を着ていた。
獣人の剣士たちが剣を抜く。
アドバンスの格闘家ヴィクトルは、スパイクの付いたガントレットを装備した拳を握りしめると、前方の騎士達に向かって上級アーツ“気功砲”を放った。
中央に立つ聖騎士が前面に“フォースシールド”を三枚展開し、衝撃波を防ぐと騎士達の後ろに居た黒いローブが“ファイアーストーム”を放つ。
ヴィクトルとターニャは馬を飛び下りて身を伏せた。
後ろの獣人剣士たちも馬から飛び降りながら、後方から迫る騎士達に“剣閃”を放った。
後方の黒騎士も“フォースシールド”を展開して“剣閃”を弾くと、後ろに居た五人の騎士が矢を放った。
馬が炎に巻かれて嘶きながら前方の騎士達に向かって駆けだした。
後方の黒騎士の放った矢を、ヴィクトルが再び“気功砲”を放って全て叩き落とす。
前方の聖騎士が放った“ブレードキャノン”が駆け込んでくる馬を弾き飛ばし、其の侭ヴィクトルの革鎧を着た背中を直撃した。
「ヴィクトル!」
ターニャが三本のダガーを黒騎士達に放ちながら、理力の砲弾に跳ね飛ばされて地面に倒れ伏したヴィクトルに駆け寄った。
強力な格闘家の耐性が破られている。ヴィクトルの背中の傷はかなり深そうだった。
ターニャの放ったダガーは“フォースシールド”に弾かれて地面に転がった。
「ターニャ! 逃げろ。真ん中の奴はレアだ!」
後方の騎士達の中から再び矢が放たれ、二人の獣人剣士が右肩と脇腹に矢を受けて倒れた。
「ぐあっ!」
「ドミトリー! ゲルマン!」
ヴィクトルがよろめきながら立ち上がり、口元に酷薄な笑いを浮かべる、中央に立つ聖騎士を睨んだ。
後ろの黒ローブが再び“ファイアーストーム”を放とうとした瞬間、馬車の客室の屋根の上から、ケントが“連射”で同時に放った五本の“貫通”、“的中”を付与された矢の一本が黒ローブの背中を貫いた。
二本の矢は中央の聖騎士が“フォースシールド”で防ぎ、一本は黒騎士が剣で払ったが、一本はもう一人の黒騎士の胸を貫いた。
黒ローブが倒れながら苦し紛れに放った“ファイアーボム”をアドバンスドの熊獣人の盾士エフレムが大盾で受け止めた。
マリウスによって“魔法反射”、“物理反射”を付与された大盾に当った“ファイアーボム”は其のまま弾き返されて、黒騎士達に向かって飛んだ。
聖騎士が“フォースシールド”で“ファイアーボム”を弾きながら叫んだ。
「誰だ! 我らの邪魔をするのは!」
エフレムとセルゲイを従えたクルトが聖騎士を睨みながら言った。
「貴様らこそ何者だ! 聖騎士が王領の街道で盗賊の真似事か!」
「エフレム!」
ターニャが叫んだ。
「みんな無事か!」
「何故お前たちが此処に?」
ヴィクトルがセルゲイとエフレムを見て驚いて声を上げた。
「私達もいるよ!」
林の中を迂回してきたカタリナとナタリー、ダニエルとエリーゼがヴィクトル達の処に駆け寄ると、前方と後方の騎士達に向かって構えた。
後方から矢を放とうとした黒騎士達に、林の中からノルンが“フォールサンダー”を放つ。
“魔法効果増”で威力を上げた上級魔法の落雷が、黒騎士達の真ん中で弾けて黒騎士達が弾け飛んだ。
エリーゼがポケットにから瓶を取り出すと、ヴィクトル達に次々と中身を振りかけていった。
『奇跡の水』で作ったポーションである。
瞬時に傷が塞がって痛みの消えたターニャが、不思議そうにしながらエリーゼに言った。
「あ、あんた達は?」
「私達はマリウス様の騎士団よ」
「マリウス様?」
カタリナが前方の騎士達に“魔法効果増”のアイテムで威力を増した“ファイアーボム”を連射するのと同時にクルトとセルゲイが”速度増“で”瞬動“を加速させながら黒騎士達の中に斬りこんだ。
剣を構える黒騎士を、クルトは駆け抜けながら“物理効果増”と“切断”を乗せた剣で鎧ごと切り裂く。
ダニエルが後方の騎士達に“的中”、“貫通”を乗せた矢を放ち、ナタリーが“物理効果増”を乗せた“剣閃”を放った。
鎧を貫かれ、切り裂かれる騎士達に、林から出て来たノルンが“エアーバースト”を三連射した。
圧縮された大気が弾けて黒騎士達が宙を舞って林の中に放りだされた。
「す、すげえ…」
ヴィクトルが突然現れた援軍の、圧倒的な強さに舌を巻いた。
聖騎士が展開した“フォースシールド”を、クルトのドラゴンの鱗の粉で鍛えた大剣が粉砕した。
聖騎士はクルトの大剣を、光をおびた銀色の剣で受け止めた。
クルトは自分の大剣を受け止めた、聖騎士の銀色に光る剣を見た。
恐らくミスリル製の剣に理力を流して強化しているのだろう。
聖騎士が後ろに跳び下がって再び“フォースシールド”を展開しながらクルトを睨んだ。
王都の方角から馬蹄の音が近付いて来る。
「俺の名はライアン・オーリック! 獣人、貴様の顔は覚えた。今度会ったときは必ず殺す!」
ライアンは言い捨てると林の中に駆け込んで姿を消した。
第六騎士団団長ウイルマー・モーゼルが兵を引き連れて駆けつけた時には、黒騎士達は6名の死体を残して消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第6騎士団副団長アメリ―・ワグネルの率いる200騎が先行するブロン隊長の率いる50騎に追いついたのは、王都から5キロほど離れた高原を抜ける街道だった。
魔術師団の小隊30騎も並走している。1キロ程前方に公爵騎士団の一行が小さく見えた。
500メートル程後ろを30騎の黒鎧の一団が張り付いている。
「副団長、どうしますか?」
アメリ―と馬を並べたブロン隊長が尋ねるとアメリ―が言った。
「制圧するぞ、ブロン先行しろ!」
「はっ!」
50騎が速度を上げて黒騎士達と距離を詰めていく。
レアの弓士アメリ―が馬上で左手を前に翳し弓を構える格好をすると、左手に光の長弓が現れた。右手を弓を番える様に引くと今度は光の矢が現れる。
アメリ―はレアアーツ”天翔光矢”を放った。
空高く上がった光の矢は、ブロン隊の頭の上を跳び越えながら黒騎士の一団の頭上で、五つに別れて降り注ぐ。
黒騎士の二人が馬上で振り返ると、“フォースシールド”を頭上に展開して矢を防いだが、三人の黒騎士は光の矢に貫かれて馬から転げ落ちた。
黒騎士の一団は左右に散って公爵騎士団に向けて速度を上げた。
アメリ―も速度を上げてブロン隊の後を追った。
200メートル程迫った魔術師達から“アイスジャベリン”や“ストーンランス”が放たれるが、全力で公爵騎士団を追う黒騎士に届かなかった。
公爵騎士団は停止すると馬から降りて中央の馬車を二重に取り囲み、円陣を作って外に向けて木盾を構えた。円陣の中からも矢や魔法が放たれる。
黒騎士達は散開して躱しながら円陣に近づくが“ファイアーストーム”の炎に巻かれて一騎が脱落する。
矢に貫かれて更に二騎が脱落した。
150メートル程接近した黒騎士達が、馬上から一斉に円陣に向けて黒い球を投げつけた。
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