5―40  魔道具師ギルド


 お祭りから一夜明けて、マリウスがハティと館の外に出ると、彼方此方で酔い潰れてそのまま寝てしまった騎士団の兵士や村人達が、道端や広場に転がっていた。


 今日は全員お休みするかなと、マリウスは苦笑した。


 昨日は楽しかった。

 しょっちゅうは困るけど年に2,3度位なら、こんなお祭りの日を作るのも良いかもしれない。


 今度はエリーゼやノルン、クルト達が皆いる時にやろうとマリウスは思った。


 ジェーンとキャロライン、マリリンの三人とエレノア、ソフィー、ヴァネッサ、ベアトリスが広場で大の字になって眠っている。


 辺境伯家と東の公爵家も何れ同盟関係になるので、味方同士になるとはいえ、若い娘が酔っぱらって広場で寝てる姿は如何なものかとマリウスは眉を顰めた。


 フランクとベン、イエルとケリー、マルコとフェリックスもテーブルに突っ伏して潰れていた。

 酒に強いドワーフたちは無事に家に帰った様だ。


「どないしましてん若様! 村人がそこらじゅうで倒れてますがな、また教会が攻めて来ましたんでっか?!」


 馬車が停まってダックスが血相を変えて降りてくると、マリウスに駆け寄った。


「あはは、皆酔っぱらって寝ているだけだよ。昨日お祭りがあってね」


「そないでしたか、ビックリしましたがな。お祭りやったら儂も呼んでくれればええのに」


 恨めし気に言うダックスにマリウスが言った。

「御免、御免、急にお祭りが始まっちゃったんだ。今度やるときは必ず呼ぶよ」


「急にお祭りが始まるんでっか。相変わらずけったいな村でんなあ」


 マリウスはダックスの後ろに立つ、身なりの良い老紳士を見た。


「お客さんかな、ダックス?」


「ああ、びっくりして忘れてまうとこでしたわ。ご紹介します、この御方は王都の魔道具師ギルドのグラマスはんです」


 老紳士はマリウスの前で、胸に手を当てて一礼すると言った。

「魔道具師ギルドグランドマスタ―、テオ・ラッセルと申します。本日はマリウス・アースバルト様にお願いが有って参りました。」


「僕にお願いですか?」

 魔道具師ギルドのグラマスが一体マリウスに何の願いかと少し警戒しながらマリウスがテオを見た。


 ロマンスグレーの髪を綺麗に撫で付けた、品の良い老紳士と云う印象は変わらない。


「ええ、実は私達魔道具師ギルドは現在非常に苦しい立場に立っております」


 やはりクレームか?

 マリウスがダックスをちらりと見た。


 魔道具師を探してくれとは言ったが、ギルドのグラマスを連れてきてどうする?

 ダックスはマリウスの視線に、何も言わずニコニコと笑顔を浮かべている。


「魔石の高騰と合わせて、マリウス様の魔石を必要としない魔道具の参入により、主力製品の暖房の魔道具の注文がばったりと途絶えてしまいました」


「注文が無くなったのは春になって暖かくなったからではありませんか?」


 マリウスがテオに尋ねるとテオは苦笑して首を振った。


「魔道具はそれ程簡単に作れるものではございません。一人の魔道具師が創れる魔道具は精々月に2.3台、故に魔道具は殆どが注文生産です。この時期には既に来年の冬販売する魔道具の注文が埋まっていなければならないのですが、どの魔道具師も未だ一割も注文が来ていない状態です」


「月にたった3台しか作れないのですか?」

 マリウスが驚いて尋ねた。


「ええ、現在私どものギルドに所属している魔道具師の八割以上がミドルの魔道具師で御座いますが、彼らは皆個人営業で魔道具を手作業で、本体の作成から装飾、術式の焼き付け、制御の取り付けなどの作業を一人で行っている者が殆どで御座います」


「そこに若様が一日に何台も作るちゅう話をしたら、テオはんがごっつ驚かれはって、ぜひ若様に紹介してくれ言いはりましてな。こないして連れて来たんですわ」


 黙って話を聞いていたダックスがやっと話の間に入った。


「我々は薬師ギルドのようにマリウス様と争って自滅したいとは思っていません。むしろマリウス様の傘下に入って、我々にマリウス様の魔道具作りのノウハウを伝授して頂きたいと考えて、こうして参上した次第です」


「いやノウハウと云うか、そもそも僕は魔道具作りの素人なのですが……」

 マリウスが困った顔で言うと、テオが頷いて言った。


「マルダー氏より話は伺っております。マリウス様は我々とは全く違うやり方で魔道具を量産していると聞きました。そしてマリウス様は多くの職人を求めておられる事も」


 テオは居住まいを正して片膝を付くとマリウスに言った。

「ぜひ我らがマリウス様の傘下に入ることを御認め下さい。我らはこのゴート村に拠点を移し、マリウス様のお仕事をお助けしながら新しい魔道具作りを学びたいと思っております。どうか我らの願いをお聞き届けくださりますよう伏して御願い致します」


「それは僕の方は大歓迎だけど、本当にいいの?」


「若様、テオはんもこない言っとるさかいよろしやないですか、これで若様の商売も一気に弾むゆうもんでっせ。若様もテオはん達も万々歳、ウィンウィンちゅうやつでんがな」


 ダックスはエアコンの量産計画の目途がついたことに大喜びの様だが、マリウスは一つだけ気がかりな事が有って、テオの目を見ながら尋ねた。


「薬師ギルドとの事を知っているのなら敢えて聞くけど、魔道具師ギルドは何処かの貴族や教会と繋がっていたりする事は無いのかな?」


 テオは少し困った顔で言った。

「仕事の関係上、大蔵卿のブレドウ伯爵様には毎年幾何かの心づけを送らせて頂いておりますが、マリウス様の傘下に入らせていただいた暁には、ブレドウ伯爵様とは縁を切らせて頂こうと考えております」


 うーん、やっぱり紐が付いているのか。

 マリウスはダックスに尋ねた。


「ブレドウ伯爵ってどんな人か知ってる?」


「ブレドウ伯爵でっか、勿論知ってますがな。バリバリの教会派の嫌なおっさんですわ、大したこともしてくれへんのに、儂も何遍も毟り取られてますわ、若様構う事あらしまへん。ついでにいてもうたりましょや」


 いや、トラブルはご免だけど。


「もし魔道具師ギルドの人達がこの村に拠点を移したら、何か嫌がらせをして来るかな?」


 ダックスはクスクス笑ってマリウスに言った。


「若様、相変わらず御自分の立場がわかっておりませんな。若様は今や公爵家と辺境伯家に後押しされて、宰相様や国王陛下も注目してる、飛ぶ鳥を落とす勢いのお人でっせ。どない転んでも教会派のブレドウ伯爵とは敵同士やおまへんか。なんか嫌がらせが出来るならとっくにしてきてまっせ」


 え、僕ってそんな立場なの?


「まあ向こうも腐っても大蔵卿ですさかい、せっこい圧力位は掛けて来ますやろうけど、勢いは若様の方が上でっせ。このダックス・マルダーも付いております。安心して暴れたって下さい」


 ダックスがポンとお腹を叩いた。

 確かに教会勢力に敵視されているのは今更な話である。

 どうせ仲良くはなれそうに無いのなら、気を遣う必要も無いかとマリウスは思った。


 取り敢えず酔っぱらって眠っていたフェリックスを起こし、クラウスに事情を説明する手紙を持たせてエールハウゼンに帰した。

 テオの方もこれから帰って王家にギルド移転の申請を提出するそうだ。


「恐らく王家の許可は直ぐ下りると思います」


「そうなのですか?」

 マリウスが首を傾げるとテオが笑って云った。


「実は私共にマリウス様の処に行く事を、最初に勧めて頂いたのは、宰相様なのです」


「えっ。そやったんでっかテオはん?」

 ダックスも初耳の話らしい。


「ええ、魔道具が売れなくなり出してから直ぐ宰相様をお訪ねしたのです。宰相様は新しい時代に魔道具師ギルドが生き残りたかったら、マリウス様を御訪ねせよ仰せられました。その時は少し迷いましたが、薬師ギルドがゴート村に移転する話を聞いて私共も決心致しました」


 うーん、これはつまり薬師ギルドに続いて魔道具師ギルドも面倒を見ろと言う意味だろうか。


 宰相ロンメルの意図は良く解らないが、職人を広く求めるのはマリウスの一貫した方針なので、拒む理由は無い。


「父上と王家の許可が出たら、魔道具師達の移住を受け入れます。工房と住居を用意しますので移って来る人数と、時期を教えてください」


 マリウスは魔道具師ギルドのゴート村移転を許可した。

 テオは直ぐに王家に移転届を出すと言って、帰って行った。


 とはいえ、五日日後にはエールハウゼンからの移住者の受け入れ、十日後にはベルツブルグ行の予定となっている

 魔道具師の移住から、稼働できるのは来月後半になると思われた。


「ぎりぎりでんなあ、今何台あります?」


「あれから200台位はできたけど」


 先日エリスも、鼠獣人のビギナー魔道具師ジョシュアも共に一つ基本レベルを上げてくれたので、一日13,4台は生産できるようになった。


「其れ全部買わして貰いますわ、注文だけはどんどん入れていきますさかい、ジャンジャン作っておくんなはれ」


 既にダックスの元には王室に納める400台とは別に、数千台の予約注文が入っているらしい。


 マリウスは取り敢えずミラとナターリアに、本体の生産を急がせることにした。

 後は魔道具師が揃ってから、一気に量産に入る事になる。


 アリーシアの縫製工房でも順調に“防暑”を付与する夏物のシャツの製造が進んでいる。こちらはハイオークの魔石を使って、一気に100枚単位で付与していく。


 夏の王都に、ゴート村ブランドの商品が並ぶのを楽しみにしながら、忙しい日々を送るマリウスであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る