5―39 祭り
マリウスは屋敷を出ると、ハティに跨って幽霊村に向かった。
半分程行ったところで、街道を大きな荷物を背負って歩く小さな女の子に気付いて、ハティを地上に下ろした。
「きゃ! あ、若様!」
「もしかしてリンダかな?」
ヨゼフにリンダを幽霊村のブレアの元に行かせるように昨日言ってあった。
「はい。幽霊村というところに行くところです」
リンダは見たところエリーゼと同じ位の年に見える、 小柄な茶髪の人族の女の子だった。
「一人なんだ、危ないから一緒に行こう」
街道は全て“魔物除け”の杭で囲んであるが、森の奥に女の子が一人で行くのは少し危険な感じがする。
マリウスはハティをしゃがませると、リンダに後ろに乗る様に言った。
リンダが恐る恐るマリウスの後ろに乗る。
「しっかり捕まってて」
マリウスがそう言うと同時にハティが宙に駆け上がった。
「きゃあ!」
リンダが慌ててマリウスにしがみ付いて、目を閉じた。
ほんの数分で幽霊村が見えて来る。
村の入り口にブレアがいるのを見つけて、ハティが地面に降りた。
「ブレア、リンダを連れて来たよ」
「遅い! もう仕事始めるわよ、テントに荷物を置いたら直ぐに働いて貰うからいらっしゃい」
「あっ。すみません。若様ありがとうございました」
ブレアがバタバタとリンダを連れて行ってしまった。
ああ見えてブレアは騎士団上がりなので、後輩の面倒見は良いのはマリウスも知っている。
笑顔でリンダに手を振ると、ハティを促して幽霊村に入って行った。
村に入ると、ファルケがノート村を往復する途中で立ち寄って、食料を降ろしていた。
既に新しい住居の工事が始まっていた。
さすがにずっと村の工事をしている職人や人夫達は手慣れたもので、柱が何本か立っていた。
ミラは昨日のうちに柵の修理を終わらせたようで、3メートル程の高さの柵の倒れた部分は全て新しい木材に変わっていた。
昨日マリウスが切倒した生木を“乾燥”、“切断”と“木材加工”のスキルを使って次々と建材に変えていく。
ミリはブレアとアグネスと一緒に整地した土地に、運んで来た石材を使って、新しい長屋の基礎作りを始めていた。
レニャは川から村までの水路のコースを測量中だった。
この辺りは未だ“魔物除け”の杭で囲まれた土地の外になるので、『夢見る角ウサギ』の三人を護衛に付けていた。
取り敢えずマリウスは村の周りの柵に沿って“フォックスホール”で堀を掘っていくことにした。
少し広めにとったが、それでも一遍が200メートル程にしたので4回で終わった。
西と東の門の前に“クリエイトブリッジ”で橋を架ける。
いずれはここにも浄水場を作って、公衆浴場を作りたいが、未だ大分先の話になるだろう。
村に戻るとシチューの良い臭いがしていた。
ブレアとリンダも戻ってミリ達と昼御飯を食べていた。
ハティが忙しく尻尾を振っている。マリウスも昼食にすることにした。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「マリウス様、水路の測量が終りました」
食事を終えて、まったりとお茶をしているマリウスの処に、レニャとミラ達が来た。
「もう終わったんだ。それじゃ水路は僕が掘るからレニャはミリ達を手伝ってあげて」
「レニャちゃんが入ってくれたら、私達も明日のお昼までには仕事が終わりそうね」
「じゃあ三人は『夢見る角ウサギ』の三人と一緒に明日ゴート村に帰っておいで」
堀と柵、家の修理が終わったら取り敢えずミラとミリの仕事は終わりである。
新しい家の基礎も終わったようなので、あとは職人と人夫、ブレア達に任せておけば大丈夫だった。
「じゃ、女子会も今夜が最後ね」
ミリが残念そうに言う。
「女子会?」
「ふふ、昨日の夜、女の子だけでテントでお喋りしながら一緒に寝たんです」
「ユリアちゃんに貰ったクッキーを食べながらお茶を飲んで。アグネスさんやブレアさん、ティアナさんとアイリーやマリーとハイデも一緒でした」
「それは楽しそうだね、ああ、そうだ」
マリウスは思い出してハティの背中に括り付けていた袋を外してミラに渡した。
「今日はレモンパイだって、形が崩れない様に持ってくるのが大変だったよ。今日はリンダも入れてあげてね」
大きな袋の中に木の箱が入っている。
「ありがとうございます。毎日こんなおいしいご飯やお菓子が食べられるなら、お泊りも良いですね」
ミラが袋を受け取りながら笑った。
クレメンス達には葡萄酒をファルケの馬車が運んである。
みなあまり休みをとれていないので、せめて食事だけでも満足して貰いたい。
もう直エールハウゼンから二回目の移住者がやって来る。
少しでも人手不足が解消されればいいのにとマリウスは思った。
★ ★ ★ ★ ★ ★
水路を掘り終わるとミラ達に後を任せて、マリウスはハティに乗って、ゴート村に引き上げる事にした。
ハティはゴート村と幽霊村を5分も掛らず飛んでいくが、馬で2時間は掛る距離だった。道を整備しても1時間半は掛るだろう。
此の周辺の森の魔物を駆逐して“魔物除け”の杭で囲んだら、森の中をゴート村と直線でつなぐ道を作っても良いかもしれない。
今はクルト達が村を離れたので、ニナの部隊がゴート村の警備をしている。
魔物討伐は、マルコの部隊と、キャロライン、マリリンと冒険者の混成部隊がゴート村の東の森の奥に進んでいる。
幽霊村の周辺はクレメンスの部隊が、ノート村からはジェイコブ達自警団が東の森に杭を少しずつ広げていた。
オルテガの話ではその後ノート村にハイオーガは現れていない様だった。
このままオルテガの部隊が幽霊村に駐留という事になると、ジェイコブの部隊を強化する必要があるかもしれない。
クレメンスと相談して冒険者を数組回す事にしようとマリウスは思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゴート村に戻るとフェリックスが来ていた。
連れ帰った教会のガーディアンズの二人、マルティンとエミリアは、取り敢えずエールハウゼンの騎士団の牢に入れられているらしい。
二人の身柄をどうするかも宰相ロンメルに判断して貰うらしいが、取り敢えずエルシャの処の聖騎士に見られると拙いので、牢で匿っているという感じらしい。
例の騒動は聖騎士二人の謀反と云う事で、教会は表立って処分は受けていないので、確かに二人が今更出て行っても教会に殺されるのが落ちだろう。
フェリックスはもう一つとんでもない知らせを持って来た。
何と自分に弟か妹が出来るらしい。
フェリックスの報せを聞いてマリウスもマルコ達も大喜びした。
「いやあ、御屋形様もやる事はしっかりやられておいでだったんですね」
マルコが笑うとクレメンスも言った。
「まこと、側室も置かず、我らも心配しておったがこれで御家も益々安泰だ」
「マリウス様は男の子と女の事どちらが良いですか?」
ニナの問いにマリウスが首を捻る。
「シャルがいるから今度は弟が良いな。妹でもいいけど。どっちでもいいか。楽しみだな。」
マリウスも御機嫌だった。
「若様の婚約も調いますし、今年は御家にとって最高に良き年となりましたな」
イエル達も嬉しそうだ。
いつの間にか騎士団のみんなで屋台に繰り出して、宴会になってしまっていた。
観光客たちが驚いている。
マリウスはご機嫌なので、アンナに金貨の袋を渡して葡萄酒やエールの樽を次々と運んで貰い、村人も観光客も騎士団の兵士も全てに酒を振舞った。屋台の料理も全て無料にする。
勿論子供達に、レモネードも忘れずに振舞った。
ユリアやリナ、料理人やメイド達が屋敷から料理をどんどん運んで来た。
フードコートから広場のテント村まで彼方此方で皆が宴会を始めていた。
「若様おめでとう御座います!」
幽霊村から戻って来たミラやミリ、レニャや『夢見る角ウサギ』の三人、ブロックにエイトリ、ナターリアや工房のみんながマリウスの処に来てお祝いを口にした。
「ありがとうみんな!」
マリウスの足元で大皿一杯の大角ウサギの唐揚げを食べていたハティが、顔を上げて空に向かって吠えた。
「お前もありがとうハティ」
日が落ちて来るとあちこちで柱に“発光”が灯された。
獣人たちが足を踏み鳴らしてリズムを刻みだす。
サーシャが広場の真ん中で踊り始めた。
情熱的なステップを踏みながら踊るサーシャの周りを、獣人の女性たちが一人一人加わって横に並んで輪を作って踊り出す。
誰かがリュートを奏ではじめ、木笛の音が加わる。
リズムに合わせてユリアの尻尾が揺れている。
いつの間にか幾つも輪が出来てミラやミリ達、リタやリナ、ユリアや屋敷のメイドと料理人達、ナターリアとレニャ、クララ、リリー達も踊っていた。
ノアやルーク、マキシミリアンもミラ達に誘われて輪の中に入って行く。
エリスとアデリナの踊りが可笑し過ぎてマリウスが笑うと、ユリアとリナに手を引っ張られてマリウスも輪の中に入って踊った。
カサンドラ達錬金術師たちも輪の中に入って来る。
輪の真ん中でヨゼフとハティが宙返りをした。
エルマとエレーネ、ベアトリス達も出て来た。
ヴァネッサが肉串を咥えたまま踊りに加わり、エリナやエルマが笑い転げた。
旅人たちや騎士団の兵士も、輪の中に入って行く。
ジェーン、キャロライン、マリリンが騎士団の兵士達と輪を作って踊っていた。
ルイーゼが両親と、踊る人達を見ている。
父親のグラムに背中を押されて、ルイーゼが手を振りながら輪の中に入って行った。
グラムはもう杖を突いていない。
『四粒のリースリング』のヘルマンやアントン、オリバーが『夢見る角ウサギ』のマリー、アイリー、ハイデを誘っている。
カサンドラが意外と踊りが上手なのに、マリウスは驚いた。
普段は工房に籠っている、メアリーとミア達も出て来た。
ケリーや、アデル、バーニーはフランクやベン、ブロックやエイトリと酒を飲みながら笑っていた。
イエルとレオン、クリスチャンとクレメンス、マルコにフェリックスも合流する。
人族も獣人もドワーフもノームもエルフもみんなが一緒に酒を酌み交し、一緒に踊っていた。
夜が更けてもゴート村のお祭りは何時までも続いた。
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