5―37  カサンドラ


「よく御存じですね司祭様。カサンドラは、ここに残された資料で初めて知ったようでしたが」


「ハオマの木は私の故国、アクアリナ王国の西で発見されたダンジョンの奥底にあると言われていました。霊薬の元になるガオケレナが成るという話も聞いたことがあります」


「ダンジョンの奥に木があるのですか? ハオマの木もガオケレナも実在したのですね。其のダンジョンは今でもあるのですか」


「行ったことはありませんが、そのダンジョンは神樹のダンジョンと呼ばれ、今は教皇国が管理していると聞いています」

 エルマが少し寂し気な表情を浮かべた。


 そう言えば以前ホランド先生が授業でアクアリナ王国が教皇国と皇国に滅ぼされたのは、ダンジョンが原因だと言っていたのをマリウスは思い出した。


 つまり教皇国は今ガオケレナを持っているという事になる。

 これは益々このウムドレビの事を、教会に知られるのは拙いかもしれないとマリウスは思った。


 ついでだからもう一つの薬についてエルマに聞いてみる。


「実は120年前の薬師ギルドの錬金術師達は、此処でウムドレビの実を使ってもう一つの薬の実験をしていた様なのですが」


「もう一つの薬ですか?」


「ハイエルフの『禁忌薬』だそうです」

 マリウスはさりげなくエルマの顔を見ながら言った。


「ハイエルフの『禁忌薬』ですか? それはどの様な薬なのですか?」

 エルマは『禁忌薬』の事は全く知らない様だった。


「解りません、今カサンドラ達が資料を調べていますが、未だ何も見つかっていません」


 マリウスは勿論人を“魔物憑き”に変える薬など作る気も無かったし、この件は本当に秘密にしておくべきだと思った。


 ケリー達とエルマ、エリナは日が暮れる前にゴート村に帰って行った。

 ミラやミリ、レニャ、ブレア達はここで数日泊まり込みになる。


 マリウスは建材用に、村の傍の森の木を30本程“エアーサイス”で一気に切倒してから後を任せて、ハティに乗って、一旦ゴート村に引き上げる事にした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 村に戻るとブロックとエイトリの工房に向かった。

 馬車関係、水道の蛇口、農具類、ドラゴンの鱗で打った剣や槍等に“並列付与”で次々に付与を施していく。


「相変わらず見事ですね」

 感心するブロックとナターリアの横で、新しく入った獣人の鍛冶師や鉄工師が、口を開けてマリウスを見ていた。


「今度新しく出来る村に必要になると思うから大型のポンプを一台作っておいてよ」


「新しい村が出来るのですか」

 ブロックが驚くとマリウスが笑って言った。


「討伐隊の拠点と錬金術師の研究所だけの小さな村だけど、場所がゴート村とノート村の中間の森の中だから、将来移住者が増えれば周りを開拓して、広げていくつもりだよ」


 魔境探索に関する話は未だ何も決まっていないが、公爵家と辺境伯家の同盟が実現すれば一気に加速するはずである。


 それまでにセレーン河迄の東の森を出来るだけ“魔物除け”の杭で囲んで、開拓を進め魔境迄の道を作りたいとマリウスは思っていた。


「若様! 出来たよ」

 ナターリアが平べったい木の箱を持って来てマリウスに見せた。


 マリウスは箱を受け取ると机の上に置いて、蓋を取った

 銀細工のハート草を象った飾りのついたペンダントが12個入っている。


「誰にあげるの?」


「カサンドラ達だよ」


 マリウスはカサンドラ達12人に未だ付与アイテムを渡していなかった。

 最初の反抗的な雰囲気で、彼らの事を信用してよいか少し迷った所為だが、彼らは真面目で仕事熱心な者達だったので、ナターリアに錬金術師用のペンダントを発注していた。


 決して忘れていた訳ではない。


 マリウスはマリウスはペンダントに並列付与を使って、上級付与“魔法効果増”、“物理効果増”、“技巧力増”、と中級付与“疲労軽減”を付与した。


「ナターリア、急がないけど同じものを50個くらい作っておいてよ」

 エールハウゼンから五人の錬金術師が来ているし、王都からも恐らく近日中に錬金術師が大勢やって来る筈である。


「解かったわ、あと、これ」

 そう言ってナターリアはエプロンのポケットから銀の指輪を取り出した。


 マリウスは指輪を受け取ると内ポケットからフレイムタイガーの魔石を3個取り出した。


 今現在、マリウスの持つ特級魔物の魔石はハイオーガ2個、アースドラゴン2個、フレイムタイガー6個の、合わせて10個しかないがカサンドラの為に3個使う事にした。

 

 多分新薬を完成させたカサンドラはこれから、マリウスやエルマと並んで、教会の勢力に狙われる存在になると思われた。


 ロンメルからも身辺警護の強化を指示されているし、これからゴート村でポーションの大量生産を始める上で、カサンドラは村にとっても重要人物になる。


 マリウスはフレイムタイガーの魔石を使って指輪に特級付与“知力増”と“結界”、“探知妨害”を付与した。

 更にハイオークの魔石で上級付与“索敵”を付与する。


 カサンドラ達錬金術師たちは全員“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”、“毒防御”の付与の付いたローブを纏っている。


 更にレアの錬金術師であるカサンドラは“物理耐性”、“魔法耐性”、“毒耐性”、“水魔法適性”、“魔力感知”の五つの戦闘補助系スキルをもっていた。


 これだけの付与アイテムを持たせれば、余程の事がない限り自分で自分の命は守れるであろう。


「カサンドラの事が好きなの?」

 突然ナターリアが不機嫌そうな声でマリウスに尋ねた。


「えっ……ナイナイ。それは無いよ」


 カサンドラはマリウスより20も年上で、それこそ親子ほど年が離れている。


 マリウスが自分を睨むナターリアに向かってひらひらと手を振ると、礼を言って慌ててブロックの工房を出て、次はミラの工房に向かった。

  


 リリーとノア、マクシミリアンが“木材加工”で木製給水菅を作っていた。

 三人は、マリウスの与えた“魔法効果増”、“物理効果増”、“技巧力増”、“疲労軽減”を付与した腕輪を付けると。ミドルなのにいつの間にか上級スキル“木材加工”と“木材乾燥”のスキルが芽生えていた。


 三人ともレベル上げ施設に定期的に通って、基本レベルを6迄上げているし、ジョブレベルも40に達していた。

 魔術師よりは少し少ないが魔力も150以上ある。


 新しく入った獣人の大工三人も仕事に入っているので、ミラがいなくても作業は問題なく進んでいる様だった。


 マリウスは給水管や杭にいつもの様に付与していく。

 やはり新入りの獣人の大工達が、口を開けてマリウスを見ていた。


 マリウスはエアコンの本体は館に運んでおくように頼んで、次は薬師工房に向かった。



 工房に入ると、クラウスの審査に合格した、五人の錬金術師達が既に工房で作業していた。


 全員ミドルである。エールハウゼン支部の錬金術師でアドバンスドだったのは、ギルマスのエリアス・ベーカーだけだったらしい。

 五人とも既に住居は用意してある。


 此の工房で主に『奇跡の水』を使った従来のポーションの製造をして貰う事になる。勿論アデリナの仕事と交代制で作業する事になる。


 マリウスが中に入ると青い顔をしたカサンドラがマリウスの傍に駆け寄って来た。


「マリウス様、お、お話があります」

 カサンドラがマリウスに思いつめた顔で声を掛けた。


「話? 改まって何だいカサンドラ?」


「この者達から聞かされたのですが、マリウス様がこの地に新生薬師ギルドを立ち上げて、私をそこのグランドマスターにしようとしていると云うのは本当ですか?」


 うーん、大筋は合っているけど、その言い方だとまるでマリウスが話を進めている様だ。


 そもそも未だ王都で宰相がそういう話を進めているという話を、一昨日ホルスに聞いたばかりなのに、もうエールハウゼンの薬師達に話が広がっているのはどう云う事だろう。


 どうもアースバルト家の秘密保持能力は、限りなく問題がありそうだ。

 アイツの話では、情報を制する者が世界を制するそうだが、その点に関しては、アースバルト家は王国でも最弱のレベルかもしれないとマリウスは思った。


 一度父上やホルス、ジークとじっくり相談した方が良さそうだと、マリウスが難しい顔で考え込んでいるとカサンドラが震える声でマリウスに言った。


「初めてお会いした時の無礼はお詫びいたします。どうかお許しください。私如き菲才の物がこれ以上の重責を負うのは無理でございます。どうかご再考を御願い致します」


 よく見るとカサンドラの目の下には隈が出来、げっそりとやつれている。

 恐らく何日も眠っていないのだろう。


「えーと、それはグラマスの話を断ると云う事ですか? 苦しい立場のこの国の錬金術師達をここで見捨てると言うのですか?」


 カサンドラの顔が苦渋に歪む。

 いかん、また悪乗りしてしまった。  

 

 泣き出しそうなカサンドラを見て、やや後ろめたくなってきたマリウスは、ハティの背中に括り付けておいた木の箱を取って、傍の机の上に置いた。


「エールハウゼンから来た人たちには未だ渡せないけど、他の錬金術師の人達は集まってくれるかな」


 マリウスとカサンドラの傍に6人の錬金術師が集まって来た。

 ミドル3人はアデリナの処に行っている。ティアナとゲルトは幽霊村でウムドレビの研究を続けていた。


 マリウスが木の箱の蓋を開くと、中を覗き込んだ錬金術師達が息を飲んだ。


 「錬金術師用のペンダントを作らせたので皆一つずつ取って下さい。失くさない様にいつも身に着けておくように」


「これはまさか奇跡のアーティファクトで御座いますか?」


「我らも遂に、この村の一員に認められたのでございますね!」


 薬師達は感激の声を漏らしながら、争う様にペンダントを取ると自分の首に掛けた。


 カサンドラも震える手で一つ取ると、自分の首に掛けた。


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