5―34 帰って来た二人
廃村は水脈が豊富なようで、直ぐに地下水脈を見つけたレニャが、古い井戸と反対側になる場所に新しい井戸を“掘削”と“圧縮”、“土操作”のスキルを使って掘り始めた。
冒険者達と、クレメンスの兵士達が手分けして、元々の村の輪郭に沿って“魔物除け”の杭を打ち始めた。
この廃村跡は“魔物除け”の杭で囲まれた範囲より2キロ程森の奥にあるので、取り敢えずこの村に至る道にも両脇に杭を打って貰う。
ほとんど崩れた古い木造の家も数軒撤去して、更地にする作業も兵士達が進めている。
土魔術師のアグネスが“クリエイトブロック”で作った土ブロックを使って、村長の屋敷と製薬所の修理を行っているが、それと別に新たに大型のテントを四つ持ってきたので、それも設営して貰っていた。
マリウスはハティに乗って、上空から廃村の周囲の地形を確認していた。
近くにセレーン河の支流が流れていて、ノート村に続く川に流れ込んでいる。
村に水を引き込むのは簡単そうだったので、測量が済めば堀で囲んで水を引こうと思う。
この村からセレーン河迄は10キロも無い。
この村を拠点の一つにして、森を“魔物除け”の杭で囲みながらセレーン河迄の道を付ける心算だった。
ウムドレビの生息する沼地は、既に“魔物除け”の杭で直径500メートル位を囲み終わった様だ。
カサンドラはウムドレビの実を預かるのはかなりプレッシャーの様だが、せっかくの希少材料なので研究だけでも続けて欲しい。
マリウスは空から、西から廃村に近づく十騎程の騎馬の一団を見つけて、地表に舞い降りた
「若様!」
騎馬の一団の先頭にいるのは、フェリックスとホルスだった。
「如何したのフェリックス、ホルス?」
「御屋形様よりこの村の確認を命じられました。それと幾つか若様に急ぎご相談せねばならぬ事が出来ましたので、此処で若様とお会いできたのは幸いです」
ホルスが馬を降りて、マリウスに礼をした。エリーゼの父親で、家裁のホルスと会うのは三か月ぶりになる。
ホルスの視線はマリウスが跨るハティに向けられている。
そう言えばホルスがハティを見るのは初めてだった。
「僕に相談? 何、改まって?」
マリウスはホルスの馬と並んでハティを進めながら、廃村に向かいながら尋ねた。
「一つはウムドレビに関しては、宰相様に報告と相談の文をクルト副団長の使節に持たせて、御指示を仰ぐことになるという話です。恐らく此処もマリウス様の管理になると思いますが。それともう一つは、エールハウゼンにいる錬金術師たちの事です」
「錬金術師って?」
「はい、エールハウゼン薬師ギルド支部に所属していた錬金術師達ですが、宰相ロンメル様の許可を頂いたので、彼らもマリウス様の元で仕事をさせて頂きたいのです」
新しく製薬の仕事に携わる錬金術師達は厳しい審査を受ける事になっているが、エールハウゼン支部にいた錬金術師達の審査は、クラウスに任されたらしい。
「ギルマスのエリアスは未だこの廃村の事も含めて取調べ中ですが、御屋形様はエリアスと役員だった2名は不採用にし、希望の有った5名の錬金術師達を採用するので、マリウス様の元で働かせて欲しいとの事です」
無論クラウスが採用したのなら問題ない、錬金術師は何人いても困らないと云うか、恐らく全然足りない事が予測された。
『奇跡の水』を使ったポーションの大量生産と、カサンドラが開発した新薬の製造も決まったとクラウスから連絡を受けている。
エールハウゼンや、公爵領ベルツブルグ、辺境伯領アンヘルの商業ギルドにポーションが出荷される事になっている。
王都からも、ロンメルの審査を受けた錬金術師達も移住して来る予定であった。
製薬事業がゴート村の新たな基幹産業になるであろう。
今の工房だけでは足りないので、工房区の空きに広めの製薬工房を建設中だが、将来的に更に大量生産が必要になるらしいので、更に大きな製薬工場も建設しなければならない。
製薬だけでなく流通などの人手も確保しなければならないし、ポーションの容器などの生産も必要になる。工場が稼働すれば警備等の人員も必要だった。
また深刻な人手不足になる事が予想されていた。
ホルスは馬を寄せると声を潜めて、マリウスだけに聞こえる声で話し始めた。
「あともう一つマリウス様にお伝えせねばならぬことがあります。先日、クレスト教王都本部教会のラウム枢機卿猊下から、エルシャ・パラディ司祭を通じて、ゴート村と直接ポーションの取引をしたいと云う申し出がありました」
「ポーションの取引って云うのはどちらのポーションなのかな、カサンドラ達が作った新しいポーションの事かい?」
マリウスが驚いてホルスに聞き返した。
『奇跡の水』を使った従来通りの製法のポーションは王都でも製造する事が決まっている。王都や北部、西部の商業ギルドや医術師ギルドに出荷される予定である。
教会との取引がどのようになるかは、マリウスは聞かされていないが、手に入れようと思えばロンメルと交渉して、商業ギルドと同じ卸値価格でなら手に入れられるのではなかろうか。
逆にロンメルや国王に、クレスト教会にポーションを卸す気が無いのなら、アースバルト家が勝手に教会と取引する事は有り得ない。
新しいポーションに関してはマリウスがロンメルにデータとサンプルを送ったのが、つい半月程前だった。
宰相ロンメルから指示で、新薬はこのゴート村でのみ生産する事が決まっているが、どのように流通されるかなどは未だ何も決まっていない筈である。
新薬のこと自体未だ秘密の筈だが、何故クレスト教会が知っているのだろうと言う疑問もあるが、それ以上にこれまでの経緯から、クレスト教会がよくアースバルト家に、そんな交渉を持ち掛けてきたと云う驚きの方が強い。
マリウスの疑問を感じ取ったホルスが、マリウスに説明した。
「薬の事が何故漏れたかは、今調べている最中ですが、恐らく王都の薬師ギルドの錬金術師達のネットワークから漏れたと思われます。クレスト教会が危惧しているのは、ゴート村の新薬を真・クレスト教会が独占するのではないかという事です」
ホルスの話を聞いて、思わずマリウスが黙り込む。
言いたい事は分かるが、マリウス自身そんな目論見も無ければ、エルマ達に新薬の話をしたことも無い。
未だこれから製薬事業がスタートする段階で、販売流通に関する事は宰相ロンメルとクラウスに任せっきりで、マリウスは関わってはいない。
『奇跡の水』の問題が解決したと思っていたが、事態は更にややこしい事になってしまったのかもしれない。新薬の取り扱い一つでまた戦争の火種になりかねない。
「父上は何と言っているのかな?」
マリウスの問いにホルスも苦笑して答えた。
「御屋形様は大変お怒りの様子ですが、無下に断る事も出来ないので、此の件も宰相様に御相談するようです」
まあ、そうなるか。
「父上と宰相様の意見に従うよ」
マリウスとしては外に言いようがない。
「それで厄介なのは此処からで、エルシャ・パラディ司祭がぜひマリウス様とお会いしたいと申しておるのですが」
「薬の取引なら宰相様が決めるだろうから、僕と話をしても仕様がないと思うけど」
マリウスが眉を顰めて言った。
「それが、彼方の言い分は、色々と行き違いがあったので誤解を解きたいと申しております」
ホルスもやや呆れ気味だが、マリウスも仕方なく答えた。
「僕の方は構わないよ。でもゴート村で会うのは拙いんじゃないかな」
エルシャ一行とエルマがゴート村で逢うのは、さすがに危ういのはマリウスにも想像がついた。
「御屋形様は、マリウス様がベルツブルグ行の際、エールハウゼンの館にお立ち寄り頂き、エルシャ達と会見する場を作ろうと仰せです」
マリウスは公爵の娘エレンとの婚約の儀の為、来月早々にクラウス達とベルツブルグを訪れる予定になっていた。
新薬の取引に関してはロンメルとクラウスの考えに従う以外の選択はないが、正直に言うとマリウスもエルマの妹、『皇国の聖女』エルシャ・パラディに興味がないわけではなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
廃村に戻ると何か騒ぎが起きた様だった。
廃村の周辺を偵察していたジェイコブ達が、森の中でブラッディベアに襲われていた男女を助けたらしい。
「この人たち見た事あります。行方不明になっていた、王都から来た行商人夫婦です」
『夢見る角ウサギ』の水魔術師ハイデが、興奮気味にマリウスに告げた。
マリウスも宿の調査に立ち会ったが、確か二人が行方不明になったのは二十日以上前の話だった。今までずっと森を彷徨っていたのだろうか。
二人はかなり酷い怪我を負っていて、男の方は左腕の肘から先が無かった。
二人とも衰弱して、意識は無かったが取り敢えず生きている様で、錬金術師のティアナが外傷回復ポーションを無理やり飲ませて、傷口に振りかけた。
「命は取り留めました。直に目を覚ますでしょう」
ティアナの報告にひとまず安堵したが、ジェイコブとクレメンスが難しい顔でマリウスに報告する。
「二人とも服の下に鎖鎧を着込んでいます。男の方は服に2本のダガーを忍ばせていました。ただの行商人とは思えません」
「どこかの貴族が東の森を探索しているのだろうか? でも二人はゴート村でチーズを買っていたけど」
「あるいはゴート村を調べに来た密偵かもしれませんね。森の中まで調べているうちに迷ってしまったとか」
「そう言えばこの二人がゴート村に来たのは騒動の少し前だったね。もしかしたら西の公爵家か教会の密偵だったのかも」
あの頃は森の中の薬草の群生地も秘密だった。
或いは薬師ギルドの者かもしれない。
「ティアナ。薬師ギルドには兵士か冒険者は居るの?」
「本部や一部の製薬所では、警備の兵や冒険者を雇っていますけど、この二人は見た事ないですね」
後ろのゲルトも頸を横に振った。
一応二人には監視を付けて貰い、マリウスはホルスとフェリックス、オルテガを呼んで、食事をしながらベルツブルグ行の打ち合わせをすることにした。
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