5―30 ウムドレビ
ウムドレビは猛毒を振りまく植物系の上級魔物だが、赤い実をつける。
その実が不老不死の霊薬、エリクサーの材料のになると言われている。
勿論伝説の類で、ウムドレビも、エリクサーも本当にこの世の中に存在しているのか、少なくてもマリウスの周りには知っている人は誰も居ない。
にもかかわらず皆が一度はエリクサーの名前を聞いた事がある。
曰く不老不死の霊薬。
曰くあらゆる病や怪我を直し、手足の欠損すら治せる万能薬。
曰く古代ハイエルフの秘薬である。
曰くウムドレビと云う木の魔物の実から作られる。
伝説と云うのはそういう物なのだろうが、誰も見た事がないのに、情報だけは幾つも伝わっていた。
そもそもハイエルフ自体、去年辺境伯領に現れるまでは、誰も見た事がない伝説の種族であった。
ハイエルフは千年以上の時を生きると云う噂だが、そんな長命な種族が更に不老不死の霊薬を作ると云うのも意味不明である。人がそんなに長生きしたいと願うのか、マリウスには理解できない話だった。
しかしハイエルフは実際にいたし、ウムドレビもこの村の近くに生息していると記録には書かれている。
いつもなら好奇心で前のめりになるマリウスだが、何故か不安な気持ちになるのはこの廃村の淀んだ空気の所為だろうか。
拠点の工事を始める前に、エルマに“浄化”を頼もうと思った。
マリウスも“浄化”の付与は使えるが、この廃村跡には聖職者の“浄化”の方が良い様な気がした。
この村の村人達は全て薬師ギルドの錬金術師とその家族で、この屋敷の主だった男は村長であると同時に、この村に在ったらしい研究所の責任者であったらしい。
カサンドラは120年前にポーションの製法が確立されてからは、薬師ギルドは薬師達に新薬の開発を禁止したと言っていたが、同じ頃にこの辺境の隠れ里で密かにウムドレビの研究をしていたという事になる。
マリウスは遅れて到着したクルトの部隊の、狼獣人のアドバンスドの剣士セルゲイとダニエルに、もう一度村に戻ってカサンドラ達を連れて来るように頼んだ。
クルト達の部隊の馬には、マリウスの付与付きの馬鎧を装着させてあった。
普通の馬なら急いでも片道2時間は掛かる距離だが、多分3時間も掛らず往復できるだろう。
マリウスはカサンドラ達が到着するまでの間、村を見て回る事にした。
オルテガの部隊の者が、村の中の雑草を刈り取ってくれた御蔭で、少しは歩きやすくなっていた。
村の中の家は殆どが崩れて、屋根や壁に穴が開いている様だったが、東側の端に少し大きなレンガ造りの平屋の建物が残っていた。
五部屋ある屋敷の中は、既にオルテガの部隊の兵士が調べた後だったが、どうやらここが製薬研究所だったようで、実験器具や薬品の入った瓶、書類の束が多く残っていた。
マリウスはカビ臭い臭いに交じって、薬品の臭いがする一番入り口に近い室内に入って行ったが、ハティは臭いが嫌みたいで、入り口で止まって中には入らなかった。
部屋の中は書類などが散乱して、やはり所々にどす黒い染みがあった。
マリウスは念の為に働かせていた“索敵”で、この家に地下室があるのに気付いた。
「どこかに地下室の入り口があると思うんだけど……」
マリウスの言葉にクルト、ノルン、エリーゼ達が手分けして、各部屋を覗いて調べて回った。
「この書棚の奥に空間があります!」
ダニエルが“索敵”で一番奥の部屋の壁に並んだ書棚の後ろを指差して皆に告げた。 熊獣人の盾士エフレムが書棚を横に滑らす様に動かすと、後ろに下に降りる階段があった。
マリウスがクルトに頷くと“ライト”を灯した。
クルトを先頭にマリウスとノルン、エリーゼが階段を降りて行く。マリウスが皆をさりげなく“結界”で包んだ。
エフレムやオルテガ達は外で様子を見ていた。
地下に降りると広い部屋で、壁際は檻になっていた。
鉄格子の嵌った檻が四つあり、中を覗くと魔物らしい、骨格の歪んだ白骨が一体ずつ入っていた。
部屋の壁際に照明の魔道具があったが、操作しようとしたノルンが首を振った。
「魔石の魔力が切れてるみたいですね」
檻と反対側の壁際にも書棚が並んでいたが中は空っぽで、床に割れた瓶が転がっていた。
エリーゼが眉を顰めながら檻の中を覗いて呟く。
「何かの実験かしら、気持ちの悪い所ですね」
クルトが檻に掛かっている南京錠を引っ張ると、古くなった南京錠は簡単に引き千切れた。
マリウスが中に入ると、ノルンとエリーゼが後に続き、クルトは外で周囲を警戒する。
「魔物でしょうか」
ノルンが犬の様な頭に、背骨の曲がった猿の様な白骨を覗き込みながら言った。
マリウスは頷きながら白骨を覗き込んだが、ふとある事に気が付いて腰の剣を鞘ごと抜くと、鞘で白骨の胴体の部分を少し動かした。
「おかしいな。魔石が無いよ」
体が朽ち果てても骨と一緒に魔石が残る筈である。
「それじゃ魔物じゃなくて獣なんでしょうか?」
ノルンの言葉にマリウスが首を振った。
「こんな姿の獣、ちょっと思いつかないな。それに頭に角があるよ」
犬の様な頭蓋骨の額の部分に穴が開いていて、下に白い角が落ちていた。
上からオルテガが、カサンドラ達が到着したと知らせて来たので、マリウス達は地下室から出た。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ダニエルとセルゲイに連れて来られたカサンドラと、ゲルトが血の気の引いた青い顔で製薬所跡の資料を読んでいた。
もう一人のアドバンスドの錬金術師ギルベルトには、村長の屋敷の方の資料を調べさせていた。
錬金術師達も、付与付きの馬鎧を装備した馬で村までやって来た。
高速で走る馬にしがみ付いて林道を駆けて来た四人は、村に着くと転げ落ちる様に馬から降りた。
元々毎日オーバーワークで睡眠不足だった四人は、今にも吐きそうな真っ青な顔をしていた。
そう言えば薬師達はいつも顔色が悪いなとマリウスは思ったが、半分以上はマリウスの所為なのには気付いていない。
マリウスは取り敢えずカサンドラ達にオルテガ達を警護に付けて調査を続行させながら、クルト達とウムドレビが生息するという沼地に向かう事にした。
クルトとノルン、エリーゼ、エフレム、セルゲイ、カタリナ、ナタリーにケントとダニエルの九人とアドバンスドの錬金術師ティアナが、ハティに乗ったマリウス
ウに同行する。
誰か一人錬金術師にウムドレビを確認してほしいと頼むと、カサンドラが立ち上がりかけたが、他の錬金術師たちが止めてティアナが同行する事になった。
十人は全員頭まですっぽり隠れるフード付きの、上着とズボンが一体になった所謂ツナギふうの衣装を着こんだ。
ダボダボした大きめのこのツナギはアイツが言う特殊防護服で、毒物が蔓延するような所を想定して作った特別製である。
撥水性の高いポイズントードの皮製で、“毒防御”、“酸防御”、“消毒”、“防水”が付与してある特別仕様だった。
全員、靴もポイズントードの皮製のブーツに履き替えて、同じく手袋も嵌める。
マリウスとハティは全属性防御である“結界”を使えるので必要ない。
マリウスはティアナをハティの背中に一緒に乗せると、ハティを歩かせてウムドレビのいると言う沼地に向かった。
クルト達は特殊防護服の腰回りをベルトで絞って口元もフードで覆い、歩きにくそうにマリウスに付いてきた。
因みにマリウスは昨日ジョブレベルが50に上がっていた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:42560
Lv. :29
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス アドバンスド
Lv. :50
経験値:124888
スキル 術式鑑定 術式付与 重複付与
術式消去 非接触付与
物理耐性 魔法耐性
FP: 818/818
MP:8180/8180
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 570
魔法効果 : +570
レベル50のボーナススキルは、予想していた通り“魔法耐性”だった。
アドバンスド以上の魔術師はレベルが上がると、戦士職と同じ“物理耐性”、“熱耐性”等の防御系スキルを得られる事があるそうだが、戦士職のそれよりは少し劣るらしい。
森の中を1キロ程進むと、すぐに開けた沼地に出た。
この辺りはもうセレーン川迄10キロもない。魔境から暖かい空気が流れて来るのか、未だ四月の上旬だというのに、既に木々が緑に色づいている。
沼の周りを不自然に囲むように、歪に捻じれた太い木が数十本生えている。
葉の全く無い枝の先に原色の赤紫の蕾が幾つか付いているのが見える。
マリウスはクルト達に此処で待つように指示すると、“結界”を張って、ハティを沼に向かって進めさせた。
マリウスの後ろに乗るティアナが緊張して、マリウスの服の背中をギュっと掴んだ。
ハティが近づいて行くと、沼の周りの木の枝がゆっくりと揺れ始めた。
マリウスがハティを止めさせる。
よく見ると沼の周りの彼方此方に鳥や動物か魔物らしい骨が散在していた。
ノルンとエリーゼが、心配そうにマリウスを見ていた。
ハティが木に向かって低く唸り声を上げた。気が付くと木は枝だけでなく、幹ごとゆっくりとマリウスに向かって動いていた。
地面からずるずると根が出て来て少しずつ地面を這いながら移動している様だ。
ゆっくりとマリウス達を囲むように蠢きながら、枝の先に付いた蕾が次々と開いていった。
毒々しい原色の花が開くと、吹き出す様に花粉を撒き散らし始めた。
マリウスは“結界”を半径10メートル程に広げて、木の魔物ウムドレビが傍に近づくのを止めた。
ウムドレビはマリウスの“結界”の周りを取り囲み、次々と赤紫の花を咲かせていった。
ウムドレビには目らしいものも、口らしいものも無かったが、マリウス達の位置を正確に感じている様だった。
マリウスは、“結界”を取り巻いて蠢きながら毒の花粉を撒き散らすウムドレビの不気味な姿を観察していたが、足元に赤茶色の小さな丸い実が沢山落ちているのに気が付いた。
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