5―27  錬金術師たち


 カサンドラ達はポーションを病気治癒用と外傷回復用の二種類のポーションに分ける事で、それぞれの効果を上げる事に成功した。


「これで我らは赦されるので御座いますね」


 そう言って椅子から立ち上がってカサンドラの傍に寄ろうとしたギルベルトが、ふらついて床に膝を付く。ギルベルトを助け起こすゲルトもふらふらだった。


 彼らは住宅街にそれぞれの宿舎を与えられているが、ずっと宿舎に帰らず、製薬工房の研究室に閉じこもって殆ど不眠不休で作業を続けていた。


 此の工房からだと、公衆浴場迄通用門を通って、歩いて5分ほどの距離であるにも関わらず、風呂にももう何日も入っていない状態だった。


「皆ご苦労だった。今日は宿舎に戻って休んでくれ」

 カサンドラは三人にそう言うと、椅子に座り込んで、ぐったりと背凭れに体を投げかけた。


「いかが致しましたカサンドラ様、御顔色がすぐれませんが。何か気になる事でも……?」


 カサンドラはティアナを見ると、溜息交じりに答えた。

「マリウス様の奇跡の水を使って、従来道理の製法でポーションを作成しても2倍以上の効果が確認されている。マンドラゴラの根に赤竜の鱗の粉等と云う伝説級の素材を与えられて、やっと我らは五割程効果を上げる事が出来たに過ぎない。本当にマリウス様はこの程度の成果で満足してくださるのだろうか?」


「そんな、これ程の効果のポーションですらマリウス様には価値を認めて頂けないというのですか、もう我らにはこれ以上の物を創り出すのは無理で御座います」

 ギルベルトが再び床に膝を落しながら泣き声を上げた。


「現に我らは未だ、他の工房主のようにマリウス様からアーティファクトを賜ってはおらん。マリウス様は未だ我らの力を御認めになっておられぬ証拠であろう」


「そ、それは……」

 カサンドラの言葉にティアナもがっくりと膝を付いて項垂れる。


 新薬を完成させながら、なおも追い込まれていく錬金術師達の事を、無論マリウスは全く知る由もない。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カサンドラ達が遂に新薬を完成させたので、直ぐに宰相ロンメルにデータとサンプルを送った。


 正直忙しくて、カサンドラ達が新薬の開発を続けていたのを忘れていた。

 そう言えば錬金術師達に未だ付与アイテムを渡していなかったのを思い出して、マリウスはナターリアにペンダントを12個発注した。


 ドヤ顔で報告して来るかと思ったら、何故かひどくオドオドした態度で、カサンドラと三人のアドバンスドの錬金術師がマリウスの前に現れた。


「従来のポーションの三倍以上の効果ですか。凄いじゃないですか。量産は出来そうですか」


「そ、素材さえあれば量産は可能です」


「それじゃアデリナに言って、探索を広げさせましょう。栽培できる薬草はレオンに言って薬草園を作らせます」


「あの、マリウス様。本当にこれでよろしいのでしょうか?」


「? 効果があるのでしょう? 問題ないですよ、ご苦労様」


 何故か納得していない様に四人が、マリウスの執務室を退出して行った。


 二十日足らずで従来のポーションの三倍以上の効果のある新薬を完成させた彼女達はやはり優秀な錬金術師であるが、もっと早くから始めていれば、薬師ギルドが潰れる事も無かったのではと思わなくもない。


 今薬師工房ではミドルの錬金術師達の手で、『奇跡の水』を使った従来通りの製法のポーションを製造しているが、ロンメルからクラウスの元に、ゴート村で更にポーションを大量生産する話が打診されていた。


 王家からの設備投資の為の補助金や、追加の錬金術師達の手配等も含めて、話が決まれば村に新しい産業が生まれる事になる。


 カサンドラ達が開発した新薬をどうするかは分からないが、取り敢えず製薬工房の事はカサンドラに任せておけば大丈夫そうだったので、マリウスは村の仕事に集中する事にした。


 今月末には、エールハウゼンから二回目の移住者がやって来る。

 マリウスは東の森の伐採跡で更に耕地を広げ、水路を伸ばしていた。


 既に先に入った移住者たちは、春播きの麦の種まきや、カトフェ芋の植え付け、トマーテや夏野菜の種まきを始めていた。


 新しく拡張する村の建設予定地の周囲も、堀で囲っていく。


 堀の内側の土の塀は1メートル位しかなかったが、この前の騒動で人に対する備えも必要だと考えて、土魔術師に交代で西側の塀から少しずつ高さを追加して貰っている。色々な工事と並行して行っているのであまり進まないが、5メートル位にはしたいと思っている。



 古い村の宿の改修工事が終わった。三階建ての宿はやはり大浴場と食堂を備えており、10人が泊れる大部屋が八つあった。


 アンナに経営を任せ、一泊朝食付き二千ゼニーのリーズナブルな価格設定にして貰う事にする。


 区別するために、先に新区画の大通りに作った宿を『ゴートホテル』、アンナに任せた宿を『狐旅館』と呼ぶことにした。

 新区画に作ったアンナの食品雑貨店も、好調の様だ。


 エールハウゼン、ノート村、公爵領のリーベンと絶えず荷馬車が行き来しているので、この村の品物だけでなく、色々な商品が充実している。


 観光客だけでなく、村人に仕事が増えた分、懐が豊かになったので商品の売れ行きは良く、陶器の食器類と乳製品が人気の様だ。


 アンナは陶器の食器類を、エールハウゼンやリーベンにも卸している様だ。

 ノート村とアンヘルの間にも荷馬車や駅馬車の往復を広げようとシェリルと話したが、道の整備や“魔物除け”の杭の設置、人手の確保に時間が掛かりそうだった。


 あちらからも人手を出すと言っていたので、辺境伯家との流通路が確保されたら、ノート村も酪農だけでなく、流通の中継地としての発展が見込めるので楽しみだった。


 アンナは直ぐにノート村に店舗を確保した。

 エールハウゼンでは、新しく雇った猿獣人のミドルの商人、ドミトリが開店の準備を始めていた。



 アンナに持っていかれたアドバンスドの料理人、サーシャは今年20歳になる豹獣人の綺麗なお姉さんだった。直ぐにチーズやカトフェ芋を使った料理をマスターした。


 『狐亭』のチーズインハンバーグは彼女のオリジナルで、王都で流行していたハンバーグにチーズを入れたらとマリウスが言ったら、直ぐに人気メニューに仕上げてしまった。


 『狐旅館』の大食堂の料理長になる彼女は、ユリアの最大のライバルになりそうな気がする。


 最近では、裕福な観光客は『ゴートホテル』の食堂に、それ程余裕のない人や村人はフードコートの屋台に、女子冒険者や女性兵士達は『狐亭』に、サーシャ目当ての独身冒険者や兵士は『狐旅館』の食堂にと、人気が分かれている様だ。


 彼女は以前、王都の第6騎士団の専属料理人だったらしい。

 戦士職のターニャと云う姉も第6騎士団にいたが、3年前に解雇させられたそう

だ。


 サーシャは騎士ではないので去年までは騎士団の厨房で働いていたが、周囲の第6騎士団への風当たりが強くなって来たので止む無く退職し、移住に応募したらしい。


 傭兵や冒険者上がりを多く雇っている第6騎士団は、他の騎士団や王都の貴族たちに良く思われていない様だった。


 「モーゼル将軍様は辞める必要ないって、ずっと庇ってくれていたんですけど……」


 モーゼル将軍は彼女の姉や、多くの獣人兵士達の再就職の世話もしているらしい。

  今回の移住もモーゼル将軍に勧められたそうだ。


 彼女と一緒にやって来た6人の戦士職と、二人の魔術師も第6騎士団の出身者だった。


 皆レベルが高く、特にアドバンスの熊獣人の盾士エフレムはレベル24、アドバンスドの狼獣人の剣士セルゲイはレベル22だった。第6騎士団では隊長格だったらしい。


 ミドルの土魔術師は魔物討伐と、生産職のフォローの兼務をして貰い、ビギナー戦士の三人は駅馬車の御者の仕事やフリードの処に就いてもらって、残りの4名はクルトに預けて新しく一隊を作った。


 この間の騒動で人への備えも必要なのを痛感したので、通常業務からは外れて、マリウスの裁量で自由に動かせる部隊が欲しかった。


 マルコが来てくれたので、魔物討伐や村の警備はマルコとクレメンスに指揮して貰う事にして、取り敢えずエールハウゼンに出向いてクラウスやジークフリートと打ち合わせてエルシャと聖騎士達の動向を探ったり、ダブレットのガルシアと連絡を取り合って、マリウスのベルツブルグや王都行の準備やルートの確認等をして貰う事にした。


 エリーゼとノルン、ケントとダニエルもクルトの部隊に入れた。エリーゼとノルンは遂にアドバンスドクラスを解放し、基本レベルも11まで上げている。

 ケントは既に18、ダニエルは20だ。 討伐隊は卒業して貰い、今後はマリウスの為に動いて貰う事にする。


 新しくクルトの部隊に入った四人の第6騎士団出身者、エフレムとセルゲイ、ミドルの犬獣人の槍士ナタリー、同じくミドルの猫獣人の火魔術師カタリナにも付与術式を施した武器や鎧、アイテム類を装備させた。


「新参の我らにこの様な高価なアーティファクトを与えて下さるのですか?」

 エフレムたちは装備を確認して驚いていた。


「うちではこれが標準装備だから。君たちもモーゼル将軍に勧められて此処に来たの?」


「はい、我々は騎士団を辞めた後も将軍の私兵として、諜報等の活動をしておりましたが、将軍が騎士なら日の当たる処で武功を立てろと仰せられて、この地に参る事に致しました 」


 第6騎士団長モーゼル将軍はなかなか面白い人物らしい。

 一度会ってみたいとマリウスは思った。



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