5―26  第6騎士団


 ラウム枢機卿は敢えて余裕のある表情でシルヴィーに答えた。


「元老院議長、シュタイン侯爵と大蔵卿のブレドウ伯爵を動かしてみる心算だ。今

この王都では魔石の値が高騰している。二人を動かして魔石の供給元である辺境伯家と東の公爵家に圧力を掛けさせる」


 本当のところ、ラウム枢機卿にはこれと云った手は無かった。

 西の公爵が失脚し、ロンメルに大事な資金源であった薬師ギルドを抑えられた今の状況は最悪と言って良い。


 本国からポーションを取り寄せて何とか凌いでいるが、それも秋に『奇跡の水』が王都に持ち込まれたら終わりである。


 噂ではロンメルが『奇跡の水』を使ったポーションを製造する為に、薬師の選抜を始めたらしい。高効能と噂の有るポーションが流通するようになれば、更に教会はダメージを受ける事になる。


 その為旧薬師ギルド筆頭理事だったフランツ・マイヤーを使って、何とか薬師ギルドを取り戻し、ポーションや『奇跡の水』を手に入れる事が出来ないか画策していた。


 魔石の件も、ロンメルの陣営の東の公爵家に圧力を掛けて、少しでも交渉を有利に運ぼうという目論見であったが、恐らく嫌がらせ程度にしかならないであろう。


 神聖クレスト教皇国とライン=アルト王国、ルフラン公国の間では今も、攻守同盟の条約が継続している。

 エルベール皇国の滅亡までは、条約は一方的に破棄する事はできないよう認証官によって拘束されており、その間は互いに相手国に侵攻する事はできない。


 それ故に大軍を動かせない間、西の公爵家と薬師ギルドを取り込んで、時間を掛けて王国を内部から弱体化させる策を進めてきたが、状況は白紙に戻ってしまった。


 シルヴィーと聖騎士を密かに動かすのは、認証官の契約に触れないぎりぎりの行為であり、彼女が送られてきという事は、本国が最早強硬策以外に状況を打破する方法が無いと判断したからなのだろう。 


 シルヴィーは冷ややかな瞳でラウム枢機卿を見ると言った。

「温いですな、教皇猊下はマリウス・アースバルトの奪取をお命じになられました」


 シルヴィーの言葉にラウム枢機卿の顔は青ざめた。

「いかに猊下の思し召しとはいえ、今この状況でマリウス・アースバルトに手を出すのは無理ではないか。下手に動けば我らは全てを失いかねない」


「猊下はエルドニア帝国に使いを出されました」

 それだけ言ってシルヴィーは冷たく笑った。


「なんと、帝国を動かされる御積りか。確かに帝国が動けば東の公爵家は動きが取れなくなるが……」


「宰相ロンメルの動きを封じる為にも、まず東の公爵家を叩いておきましょう。噂ではマリウスは来月ベルツブルグを訪れるとか。その時が絶好の機会になるでしょう」


 ラウム枢機卿はシルヴィーの酷薄な笑みから目を背ける。

 この女は隙さえあれば、いつでも動くだろう。


 『皆殺しのシルヴィー』


 まさにあのお方の忠実な猟犬であった。

 これ以上の失敗は出来ない。そんな事になればこの猟犬の牙は自分に向けられる事になる。


 ラウム枢機卿は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何人集まった?」


王都第6騎士団長ウィルマー・モーゼル将軍は執務机の椅子に腰掛けたまま、副団長アメリ―・ワグネルを見た。


「は、冒険者を中心に53名を採用しました。既に部隊に配属済みです」


「53名か、結構集まったな。」

 モーゼル将軍はアメリーに手渡された名簿に目を通しながら呟いた。


「将軍、終に御立になるのですか」

 アメリーがキラキラした瞳でウイルマーを見た。


「立つか立たぬかは相手次第だな、先日アースバルト領で捕えられた聖騎士達が昨夜王城内の牢で殺された。犯人は不明だ。ロンメルの隠密から、教皇国からシルヴィー・ド・ナミュールが王都に入ったと報せも来ている」


「げっ! あの『皆殺しのシルヴィー』が王都に来ているのですか!」

 アメリーが驚いてのけ反った。


「ああ、ガーディアンズの総帥がまさか観光に来ている訳でもあるまい、警戒を怠るな。いつでも動けるようにしておけ」


「了解しました!」


 西側のビッグネームの王都入りに、アメリ―の声にも緊張が混じる。

 部屋を出るアメリ―と入れ替わりに。伝令が入って来た。


「将軍! 御来客がお見えになられました」


「通せ」

 ウイルマーは短く応えると名簿を机の上に投げて、部屋に入って来た二人を見た。


 魔術師団長ルチアナ・キースリング准将が、ローブ姿の痩せた眼鏡を掛けた男を連れている。


「久しいなモーゼル将軍、西の連中に牙を抜かれて不貞腐れていると思っていたが、やっと仕事を始める気になったそうだな」


 ルチアナが椅子に座ると、挑発するようにウイルマーを見た。

 ウイルマーは面白そうに二人を見ると、肩を竦めて溜息交じりに言った。


「俺はこう見えても文化人でな。休暇は読書と芝居の観覧と決めている。貴様らの様に年中休み無しで、血生臭い殺し合いをしている連中とは違うさ」


 嘯くウイルマーにルチアナが呆れる。

「何が文化人だ、貴様が獣人の地下組織を子飼いにして、王都の裏社会を牛耳っているのは調べがついているぞ」


「ふん、俺は行き場の無い昔の部下たちの再就職の世話をしているだけさ」


 ウイルマーは解雇せざるを得なかった獣人兵士達を地下に潜らせて、諜報網を王都に張り巡らせていた。


「で、そちらの御仁は初対面だと思うが、何方の御方かな?」


 ウイルマーは痩せた小男を見た。年は30位、眼鏡の奥の目は鋭かった。


「これは御挨拶が遅れて申し訳ありません。私はグランベール公爵家家臣アルベルト・ワグナーと申します」

 アルベルトは胸に手を当ててウイルマーに一礼した。


「ああ、あんたが公爵家の若い軍師か。噂は聞いている。今日は何の用だ?」

 ウイルマーはさりげなくアルベルトを観察しながら言った。


「実は此度、御当主様が一時帰国される事になりました。その間私が王都の軍を監督する事になりますので、モーゼル将軍閣下に御挨拶にまかり越した次第で御座います」


「帰国? 外務卿になったばかりでもう帰国するのか?」

 モーゼル将軍が眉を顰めると、アルベルトが口元に笑みを湛えて答えた。


「いえ、ほんの一時の帰国で御座います。御当主の御令嬢とアースバルト子爵の御嫡男の婚約の儀を領都ベルツブルグで執り行い、直ぐにまた王都に戻ってまいります」


 来月にベルツブルグにマリウス達が入るのは既に確定しているので、エルヴィンも国王の許可を取って国元に一時帰国する事になった。


「ロンメルから『皆殺しのシルヴィー』が王都に入ったのは聞いているね?」


「ああ、教会本部に隠れている様だな」


 ウイルマーが頷くと、ルチアナが話を続けた。

「西の公爵が沈んで、薬師ギルドをロンメルに押さえられた教会は窮地に立っている。本国からシルヴィーが送られてきたと云う事は強引な手も辞さぬという事だろう」


「恐らく教皇国が狙うとすれば宰相様か我が主、公爵様ご夫妻と思われます。帰国の途上は絶好の機会かと」

 ウイルマーは頷くと二人を見た。


「解った、警戒はしておく。だが西の狙いはもう一つありそうだな」


「狙い、どんな狙いだ?」

 ルチアナがウイルマーを見た。


「どうやら教皇国の使者が、エルドニア帝国の皇帝に会ったようだ」


「それは確かな情報ですか。なぜあなたが?」

 アルベルトが驚いてウイルマーを見る。


「俺の配下の獣人地下組織からの報告だ。あいつらは帝国の地下にいる獣人レジスタンスと繋がっているのだが、そこからの報せだ」 


「拙いな、帝国が動けば公爵家は身動きが取れなくなる」

 ルチアナの眉間に皺が寄った。


「大戦後の講和条約の期限は十年、去年効力が切れてその後新しい条約は結ばれていない。直ぐに大軍を起こすとは思えんが、西の動きと呼応して、何か仕掛けてくるのは間違いないだろうな」


「ロンメルにはこの事は?」


「ああ、既に知らせてある」


 ルチアナは背凭れに凭れ掛かると、大きく溜息を付いた。

「防戦一方ってのも疲れるな、私の性に合わん」


「ならこっちから動いてみるか?」

 ウイルマーがルチアナを見た。


「こっちから? 何か考えがあるのか?」


「ああ、例のフェンリルの少年。彼とさっき言った帝国の獣人レジスタンスを逢わせられないか?」


 ルチアナが驚いてウイルマーを見た。

「あの子にレジスタンスを支援させる気か?」


「その少年は優れた付与魔術師の上に、明らかに獣人差別に反対の立場の様じゃないか。」


 ルチアナは腕を組んで考える。確かに帝国国内でレジスタンスの抵抗が活発になれば、帝国の動きは封じられる。


「マリウス殿がベルツブルグを訪れる際に、両者を引き合わせる事が出来るのではありませんか?」


 アルベルトが二人にそう言うと、ルチアナも頷いた。

「確かに悪くない手だ、公爵領を通して帝国のレジスタンスに武器を支援する。モーゼル将軍、日程を合わせられるか?」


 ウイルマーが頷いて言った。

「シルヴィーの事も少し煽ってみよう。この王都は俺の庭だ、西の連中に好きにさせる気はないさ」


 不敵に笑うウイルマーにルチアナも頷く。


「私の方でも動こう。いつまでもあいつらに主導権を渡していられないからね」


 神聖クレスト教皇国の干渉を撥ね退けて、自分達の手に国の実権を取り戻す。

 王都では、同じ目的の持った者達が集結しつつあった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カサンドラは完成したばかりの新薬の入ったガラス瓶に手を翳すと、レアスキル“効果判定”を発動した。


 彼女の“効果判定”は薬剤の人体に対する効果や適量、副作用と言った詳細なデーターを実証実験なしで全て予測する事が出来た。


「どうですか、カサンドラ様?」


「病気治癒効果は従来のポーションの3.0倍、体力回復効果は3.3倍だ、従来のポーションでは治療不能と言われていた難病の6割に効果が確認できる」


 カサンドラの言葉に、ティアナ、ゲルト、ギルベルトの三人から歓声が漏れる。


「ついにやりましたねカサンドラ様、外傷回復ポーションの効果も従来の3.2倍、体力回復効果はやはり3.3倍。部分的な肉体の欠損も二割程度は再生できる効果が確認されています。これで我らはマリウス様の難題をクリア出来たのではありませんか」


 目の下に隈の出来たティアナが、涙を浮かべながらカサンドラの手を取った。

 

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