5―25 シェリルの選択
「今回は家の嫁だけでなく、辺境伯家が君に助けて貰ったようだね。家を代表して礼を言うよ。有難うマリウス・アースバルト殿」
「初めからそう言えばいいのですよ」
ステファンがぶつぶつ言っている。
「いえ、元々僕の所為で起きた戦いでしたから。此方こそ巻き込んでしまって申し訳ありません」
マリウスの館である。
結局シェリルとステファン、エルマにイザベラ、ケリー達『白い鴉』の五人とエベアトリス達も付いて来て、イエルとクレメンス、クルトとニナにマルコ、ノルンとエリーゼが、マリウスと一緒に対応する。
何故かジェーン達三人もいるが、どうやらシェリルはこの三人がエルザの従者だという事を、既に知っている様だった。
リナやユリアたちがバタバタと宴の準備をしてくれた。
「良いねえ、勝ち戦の後にも決して奢らない、謙虚で礼儀正しい処もポイント高いねえ、私の好みだよ。君やっぱり私と……」
「御婆様!」
「うるさい子だねえ、お前は融通が効かないから女の子を泣かせるんだよ。男なら女の5人や10人纏めて幸せにして見せな」
「なっ! なっ! 何を言っておられるのです! ぜっ! 全然関係ないではないですか! わた、私は……!」
全員が生暖かい目でステファンを見た。
「ステファン、一旦落ち着こうか」
マリウスがそう言うとエルマも頷く。
「そうですよステファン。皆様の前で見苦しいですよ。わきまえなさい」
「は、母上まで。何故私が責められているのだ?」
がっくりと肩を落とすステファンの横で、イザベラも真っ赤になって俯いた。
テーブルの隅でエリナは注意深くシェリルを観察している。
勿論“索敵”と“人物鑑定”で最初にシェリルが村に入ったのに気付き、エルマに知らせたのは彼女だった。
エリナはシェリルが何の為にこの村にやって来たのか警戒していた。
まさかとは思うが、マリウスを殺しに来た可能性もゼロではないと思っている。
シェリルはエリナの視線に気付いた風もなく、マリウスの傍らに寝そべるハティを見た。
「時にマリウス君、そのフェンリルの事だけど」
「ハティがどうかしましたか?」
「ハティと云うのか、君はハティとどうやって出逢ったの?」
シェリルはマリウスの目を真っ直ぐ見ながら問うた。
「ハティとはノート村の東の森で出会いました。ハイオーガとその上位種のエルダーオーガと戦っていました。」
マリウスは王国最強の魔術師の強い瞳から、目を反らさずに答えた。
「ふむ、ハイオーガにエルダーオーガか。マリウス君、君は魔境に進むつもりかい?」
「はい、そのつもりです」
「君は魔境の事をどれぐらい知っているのかな?」
シェリルの質問にマリウスが首を振った。
「何も。何も知りません」
「何も知らないのに魔境を目指すのかい?」
揶揄う様なシェリルの言葉にマリウスは静かに答えた。
「何も知らないから見てみたいのです、自分の目で」
シェリルがクスクスと笑って言った。
「良いね、マティアスと同じ目をしている」
ステファンがハッとして、頭を上げてマリウスを見た。
「魔境は南の海に突き出た巨大な半島さ、広さはこの国の十倍ほどある。そして私達はその北西の一角に取り付いているに過ぎない」
シェリルが淡々と語り出した。
「伝説の統一王イザーク・ルフトも晩年に魔境に進み、そして二度と帰ってこなかった。魔境に取り憑かれた者で帰って来たものは誰一人いない。それでも君は魔境を目指すのかい?」
マリウスはシェリルの言葉を一つずつ噛みしめながら答えた。
「僕は皆で一緒に魔境に進みたいと思っています。帰るときも皆と一緒に帰ってきます。皆の居る所が僕の居場所です」
アースバルトは魔境を目指す。その為に自分達は此処にいる。
マリウスの目に迷いはなかった。
クルトもニナもマルコも、ノルンもエリーゼも、クレメンスもイエルもレオンも皆無言で頷いた。
眠っていたハティが、目を開いて尻尾を振る。
シェリルは微笑むと言った。
「王家からステファンとハイエルフの族長の娘、ウルカとの婚姻が承認された」
イザベラの顔が曇る。
「シュナイダー辺境伯家も秋に、君達と一緒に王都に上る事にした」
「あ、えっと、そうなんですか?」
突然話題を変えられて、マリウスが戸惑いながら答える。
シェリルが苦笑して言った。
「解ってないようだね。つまりシュナイダー辺境伯家は、東の公爵家と馬を並べて王都に上るってことさ」
「御婆様、それは……?!」
ステファンが驚いてシェリルを見た。
「ああ、ロンメルの小僧の思惑通りなのは癪に障るが、シュナイダー辺境伯家はグランベール公爵家と手を結ぶ用意があるっていう事さ。勿論仲介人はマリウス・アースバルト、君だよ」
シェリルの言葉にその場の一同が息を呑んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「へー、面白いね、木に“軟化”と“強化”を付与したらこんなふうになるのかい」
シェリルが木ゴムタイヤを突きながら、感心したように言った。
「それで溝が切ってあるのは何の為なんだい」
「それは雨の日に、車輪が横に滑らない様にする工夫だそうです」
ミラがシェリルに説明した。
「成程ねえ、アンヘルとナイメンの間にも駅馬車は走らせているいけど、こんなに乗り心地の良いもんじゃないね」
シェリルはミラの工房を見回した。
宴の後、マリウスの館の馬車で送られて、教会の横のエルマの屋敷に引き上げたシェリルは、翌朝再びマリウスの館に訪れると、いつの間にか工房区まで入り込んでいた。
マリウスも止む無くイエルと、シェリルを案内するが、シェリルはヅカヅカと一人で歩いて行く。
「あの、御後見様、此処は立ち入り禁止区画で…」
「あら、シェリルって呼んでよ、他人行儀ね」
「いや、他人ですから」
「クールな男も嫌いじゃないよ。」
「…………」
シェリルはマイペースにユリアの乳製品工房、焼き物工房、ブロックとエイトリの鍛冶工房、ミラの木材加工工房、アリーシアの縫製工房、未だ稼働前のガラス工房、カサンドラ達の薬師工房等全部覗いていった。
シェリルとカサンドラ達錬金術師とが新薬の研究室の前で睨み合う一幕もあったが、結局辺境の魔女の貫禄に負けて、全部見られてしまった。
公爵家に卸す武器工房だけは、クルトとマルコ、クレメンスとイエルが何とか死守した。
中に出荷間近の、公爵家の紋章入りの武具が山積みになっていた。
クレメンスやイエルの必死の形相に、シェリルも何となく察しがついたのか、ニヤリと笑っただけでそれ以上は無理押ししなかった。
昨夜のシェリルの申し出は直ぐにクラウスに伝えられ、クラウスからエンゲルハイト将軍に伝えられる。
今公爵とエルザは王都にいて、もうじきベルツブルグに戻って来るらしい。
タイミング的にはマリウスがベルツブルグに行って、婚約の儀を済ませて帰って来てから、両家の話し合いに成るかと思われる。
「何なら私達も一緒にベルツブルグに行こうか?」
「いや御婆様、それは少々性急過ぎて無礼ではありませんか。婚約の儀の場に乗り込むなど」
ステファンがシェリルを止めてくれた。
西の公爵家が失脚し、東の公爵家と辺境伯家が手を結ぶ。それは国内の勢力図を一変させるような重大事だそうだが、正直マリウスには良く解っていない。
辺境の小さな子爵家の嫡男に、王国の政治の事など縁が無い話と思っていた。
まあ公爵家と辺境伯家に挟まれているアースバルト家にとっては、両家が仲良くしてくれるに越したことは無い位には思っている。
魔境進出もステファン達と共同なら、多分ずっと早く進められるだろう。
シェリルはその後上下水道施設などを見物していった。
「今度はアンヘルにも来て欲しいね」
「はい、前から一度行ってみたいと思っていました。余裕が出来たら必ず行きます」
シェリルはステファン、イザベラとバルバロスに乗ってアンヘルに帰って行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
公爵騎士団との戦いで、マリウス達が得た物は少なかったが、唯一の戦利品が馬と武具だった。
戦いで無事だった200頭余りの軍馬を摂取したのでゴート村とノート村にそれぞれ牧場を作らせて放牧し、数名の農民と騎士団の者が交代で世話と調教をしている。
メアリーたち皮革師に今馬鎧を作らせていた。試験的に“筋力増”、“速力増”、“疲労軽減”といった付与を乗せて馬に装着してみたところ、マリウスの付与魔術は馬にも有効な事が分かったので、馬鎧の増産を命じた。
行き渡れば、騎士団の機動力が増すだけでなく、流通の為の運輸力も上がる事になる。
武具の方に関しては未だどうするか決めていない。売却しても良いかと考えている。
将来的には馬の繁殖なども進めていきたい。マリウスはレオンに命じて牧場の拡大と、人員を募集する事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「教皇猊下は此度の事態を大変憂慮されておられます」
聖騎士シルヴィー・ド・ナミュールは冷たい瞳でラウム枢機卿を見た。
「うむ、エールマイヤー公爵が先走ったな。完全にロンメルにしてやられた。マリウス・アースバルトの力を見誤っていた我らの完敗であった」
ラウム枢機卿は唇を噛みしめた。
ジャックの裏切りが決め手になったとはいえ、よくよく事態を振り返ってみると、危機を訴える薬師ギルドに引き摺られて、宰相ロンメルの張った罠にまんまと飛び込んだだけだった。
伝え聞くマリウスとゴート村の戦力は圧倒的であった。とても五百や千程度の戦力で落とせる相手では無かった。
「聖騎士ピエール・モローとラファエル・ベルナールはどういたしました」
「案ずるな、王城内の手の物に始末を付けさせる。ルーカス達がエールハウゼンに留まってくれたことが唯一の救いだ。」
二人は今日明日の内にも牢内で暗殺される予定である。
二人のレア聖騎士を失う事は痛手であるが、もはや逡巡する猶予はない。
「我らはこの国に進出する大きな足掛かりを失いました。次は如何なる手を打つ御積りですか」
第11聖騎士団長シルヴィー・ド・ナミュールはガーディアンズの総帥でもある。
本国が彼女をこの王都に送り込んで来たという事は、自分に後がない事を示していた。
シルヴィーは王国内の教会にポーションを運ぶ輸送隊に紛れさせて、百を超えるガーディアンズの兵士を、密かにこの王国に忍び込ませていた。
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