5―22 付与の村
ルチアナは、エアコンの魔道具に右手を翳し“術式鑑定”を発動した。
ロンメルは、普段は見た事のないルチアナの真剣な横顔を見ながら静かに待つ。 ルチアナは手を降ろしてロンメルを見た。
「いかがですルチアナさん?」
ルチアナはソファに腰掛けると脚を組んでロンメルに答えた。
「乗せてある付与術式は“発熱”、“冷却”、“送風”、“防火”ってところかしら。何れも初級と中級の付与術式ね、使っている魔石はゴブリンとホブゴブリンの物、“初級制御”を付けてシンプルだけどよく出来た魔道具ね。30万ゼニーならかなりお得じゃない。魔道具が売れなくなるわけね」
今王都では、魔道具師の主力商品である暖房の魔道具が全く売れなくなっていた。
殆どが注文生産の暖房の魔道具は、この時期には来年の注文が埋まっているのが普通なのだが、王都の魔石の高騰とダックスが持ち込んだ魔石が必要ないエアコンの所為でキャンセルが相次ぎ、全く注文が無い状況だった。
ロンメルが王家で大量のエアコンを発注したことが、更に事態に拍車をかけている。
勿論これもロンメルにとっては新たな布石であった。
「だけど注目すべき事はそこじゃないわね」
ルチアナは腕を組みながら、考える様に言った。
「と云うと?」
ロンメルが促す様にルチアナに問う。
「威力、魔法効果が異常ね、桁違いと言っていい。彼は今アドバンスドだったわね?」
「隠密の報告には、そう書いてありますね」
ベアトリス達の事である。
「一体どうやっているのか見当もつかないけど、おそらく彼の魔法効果は通常のアドバンスドの魔術師の40倍以上ね。この魔道具の術式は全て効果を抑えて、寿命に割り振ってあるわ。多分ゴブリンとホブゴブリンの魔石一個ずつで20年以上稼働するはずよ。威力に割り振ったら、多分この中で鉄を一瞬で溶かせる位温度を上げる事も、この部屋位数秒で凍らせる位温度を下げる事も可能でしょうね」
「40倍ですか、それは具体的にはどれ位ですか? 例えばあなたとアドバンスドの魔術師との差はどれ位なのですか?」
ロンメルがやや喰い気味に、ルチアナに問い返した。
ルチアナが顔を顰めてロンメルに答える。
「随分突っ込んだことを聞くわね。まあいいけど。大体魔法効果なんて一クラス上がって三割から精々五割も効果上がればいい方よ。私とアドバンスドの魔術師の魔法効果の差は精々2倍ちょっと、ビギナーと比べても4、5倍位かな」
「2倍ちょっとですか? その程度なんですか?」
ロンメルが驚いた様にルチアナを見た。
ユニークの水魔術師ルチアナは苦笑してロンメルに言った。
「あなたねえ、同じ上級魔法を放って威力が2倍以上なら凄い事なのよ。相当の戦士でなければレジスト出来ない筈よ。まああの辺境の魔女ならもう少し出せるかもしれないけど。ユニークの魔術師は其の膨大な魔力量で、大量の魔力を消費する特級や希少級、時には伝説級の魔法を使って戦うのが本来の在り方よ。」
ルチアナの言葉にロンメルは腕を組んで考えた。
実はロンメルは王室に所属する付与魔術師を使って、マリウスの『奇跡の水』が再現できないか試みていた。
レア一人、アドバンスド四人の王家のお抱え付与魔術師達に命じて、ベアトリスの報告で知った“消毒”、“浄化”、“治癒”、“滋養強壮”の術式を付与した水槽に水を張ってみたが、結局『奇跡の水』を再現する事は出来なかった。
やはり王家お抱えの錬金術師に効果を確認させたが、ほんの僅かの効果は認められるが『奇跡の水』どころか、従来のポーションにも遠く及ばない代物であった。
ロンメルはルチアナの言う、マリウスの桁違いな魔力効果こそが、『奇跡の水』の秘密であり、『奇跡の水』は恐らくマリウス以外の付与魔術師には、創り出す事はできないと確信した。
「彼は初級風魔法“トルネード”を、特級殲滅風魔法“ヘルズハリケーン”以上の威力で放ち、ケリー・マーバーツェルの『白い鴉』を圧倒したようです」
ロンメルの話に、ルチアナが声を上げて笑いだした。
「ケリーが負けちゃったの! 見たかったわね、あの脳筋がボコボコにされるとこ。まあこの魔法効果を考えれば、当然の結果ともいえるけど、何故魔法適性がない筈の付与魔術師が、そんな魔法を使えるのか疑問は残るわね」
「ケリーを倒したのは、魔法でもアーツでもない謎の攻撃だったそうです。ステファン・シュナイダーとアークドラゴンも、彼とフェンリルに敗れたそうですが、その時も彼は特級火魔法と、その謎の術を使ったそうです」
ルチアナが目を見張って言った。
「へー、いよいよ本物ね。エルザが自慢するわけだ。魔術師団にスカウトしたいけど無理でしょうね」
ロンメルは眉を下げて困った顔をしながら言った。
「エルザ様が御放しにはならないでしょう。国王陛下も彼には大層関心を示されているようですが。しかし今回の一件で神聖クレスト教皇国も、彼に注目した事は間違いないですからね」
「彼を手に入れようとするか、それが出来なければ全力で殺しに来るでしょうね」
ルチアナも頷いた。
「あの村にいる彼を狙うのは、教皇国も難しいでしょうが、彼は秋になればこの王都に登ってきます」
「解ったわ、魔術師団は全力で王都を警戒し、マリウス・アースバルトを守ればいいのね」
ロンメルも頷くと言った。
「グランベール公爵騎士団と、第六のウィルマー・モーゼル将軍が協力します」
「え、第六騎士団が此方に付いたの?」
「ええ、ずっと中立を守っていましたが、今回の一件でやっと、腹を決めてくれたようですね」
第六騎士団は傭兵や冒険者上がりを集めた、王都を守る騎士団の中でも、かなり異色の騎士団だった。
「実力主義のモーゼル将軍は、王国騎士団が獣人排除を決定したのをずっと不快に思っていましたからね」
獣人排除の先頭に立っていたのがエールマイヤー公爵だった。
「マリウス・アースバルトは『獣人救済会』の理事でマルダー商会会頭、ダックス・マルダー氏を通じて、獣人移住者を多数受け入れています。彼の嘗ての部下達も、最近ゴート村に移住したようです」
マリウスの投げた小石が、また新たな波紋の広がりを作る。
ロンメルは次の決戦に備えて、策を巡らせていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェリルは堀にかかった土の橋を渡ると、開け放たれた西門を潜り、村の中に入って行った。
ゴート村には来訪者を取り締まる関所はない様だった。
大勢の人たちが門の脇の、水道の蛇口の前に並んでいた。水道の蛇口は六つあり、兵士が二人、人々の列を整理している。
シェリルは入り口近くの、馬を預かってくれる馬丁の犬獣人の少年に小銭を渡して馬を預けると、辺りを見回した。
水道に並ぶ人々を整理する兵士の鎧に“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”を読み取る。腰に吊った剣には、“物理効果増”、“強化”と言った術式が読み取れる。他にも何か複数の付与が付いたアイテムや持っている様だ。
シェリルは大通りを東に進みながら街を見回した。彼方此方で家を建て直したり修理している。
所々で人夫達が道の地面を掘り返し、土管を埋めている様だ。
土管にも“消毒”、“劣化防止”の術式が読み取れた。
教会の前を通ったがそこには寄らずに、広場の前に出た。
大型のテントが立ち並び、テーブルや椅子が広げられて人々がお茶を飲んでいた。
未だ四月上旬の寒空に、何でこんなところでと思いながらシェリルが足を一歩進めると、突然は肌寒さが消えた。
シェリルの“術式鑑定”が、広場全体に掛けられた“防寒”の術式を読み取った。
すぐそこでテーブルを広げてお茶を飲む、獣人と人族の十代位の少年少女達を見た。
彼女達は首に“物理効果増”、“魔法効果増”、“疲労軽減”、“技巧力増”と言った付与の付いた銀細工のペンダントを掛けていた。
「今日は、ちょっと教えて貰いたいのだけ」
シェリルは一番手前の、兔獣人の少女に声を掛けた。
「あ、ハイ、何でしょうか」
「ここは何の場所なんだい」
テントから人が出たり入ったりしている。広場の隅に兵士が立ち、シートの上に毛布が重ねて置いてあった。
人々がそこから毛布を貰って戻って来る。
トイレらしい建物と、反対側の隅には此処にも水道があり、屋根だけのある小屋の中では、鍋に湯気が上がっている。
「ああ、此処は『テント村』と言って、もともと村の広場だったんですが、騎士団や職人さんたちが張ったテントを、若様が宿に泊まれなかった旅行者に開放しているのです」
「開放って、タダで泊まれるのかい?」
「はい、毛布も貸して貰えますよ。みんなお風呂に入って屋台で食事して、此処で泊まって、水道の水を汲んで駅馬車で帰ります」
ウサギ耳をぴくぴく動かしながら、少女が教えてくれた。
「ここは昔若様が暖かく成る魔法を掛けた場所だから、夜でも寒くないんです」
もう一人の年上の兔獣人の少女が答えた。
シェリルは広場の向こうで、子供が群がっている場所を指差した。
「あそこはなんだい? 子供が沢山いる様だけど」
「あれは『スケート場』って若様が言っていました。地面がつるつる滑る場所で、みんな滑って遊んでいます」
「あれは若様がゴブリンロードをやっつけた時に魔法を掛けた場所だね」
兔娘たちが誇らしそうに言った。
シェリルは少女達に礼を言うと奥に進んだ。
ロープで囲まれた直径20メートル程の土地の中で、子供達が笑いながら靴ですいすいと地面を滑っている。
時々転ぶ子もいるが、楽しそうにまた立ち上がって滑っていた。シェリルは地面に刻まれた“摩擦軽減”の術式を読み取った。
シェリルは再び通りの方に目を向けた。
大通りには鉄骨製の荷馬車が行き交っていた。
荷馬車にはすべて“劣化防止”、“重量軽減”、“摩擦軽減”、“強化”と言った術式が見える。
車輪には木の様なものが巻かれていた。ここにも“軟化”、“強化”、“劣化防止”と言った付与術式が見えた。
シェリルは溜息を付くと、更に村の奥に進んだ。村の奥に進んでいくと柵があり、門が開け放たれていた。
門の向こうにはもう一つ村があった。
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