5―21  聖域


「それでね、面白いのはここからでね……」

 エレノアがさも重大ニュースの様に語り出した。


「今王都では魔石不足で、値段が物凄く上がっているんだって。以前の倍以上って話よ」


「魔石の一番の供給元は辺境伯家だからな、冒険者が半分以下になって、軍も大打撃を受けたんだからそうなるわな」

ケリーの言葉にエレノア頷いた。


「出荷量は一時の半分以下だって。公爵領からの魔石も減ってるって云う話よ」

 それはたぶんうちの支払いに充てられているせいだろう。


「若様は全然魔石を商業ギルドに流していないんでしょ?」


 マリウスは騎士団が狩った膨大な量の魔物素材を商業ギルドに卸しているが、魔石だけは自分が確保していた。


「ははあ、エレノアの言いたいことは大体わかったぜ、今魔石を出せば大儲けできるって言いたいんだな」

 バーニーがエレノアを呆れた様に見る。


「そうよ、多分今若様がこの国で一番魔石を持ってるんじゃないの。今がチャンスよ」


 ダックスみたいな事を言われても、マリウスは魔石を売りだす気はない。

 商業ギルドからも魔石を流して欲しいと言われているが、マリウスは断っていた。


 むしろ未だ辺境伯家から購入している位だったが、今辺境伯家から購入している魔石の価格は、それ程上がっていなかった。

 或いは色々と在ったので、気を使われているのかもしれない。


「うーん、独り占めする訳じゃないけど、魔石は村を発展させるための原動力だから、売りに出す気は無いよ」


 金は他で稼げばよい。今はゴート村とノート村の発展が最優先だとマリウスは思った。


「勿体無いわね、チャンスなのに」


 エレノアは未だ未練があるようだが、マリウスは話題を変える事にした。


「アンヘルを引き上げた冒険者は何処へ行くのかな? うちに来てくれればいいのに」


「ああ、それなら今王都の第6騎士団が兵を募集してるってアイリスの手紙に書いてあったから、そっちに行くんじゃねえか」

 ケリーがエールを呷りながら答えた。


「第6騎士団のモーゼル将軍は冒険者上がりでも実力があれば、どんどん採用するからな」


「隊長クラスは殆どが、傭兵か冒険者上がりらしいぜ」


 アデルとバーニーが頷き合う。


「将軍は下級の法衣貴族出身だから他の将軍たちからは嫌われているけど、実力は第6騎士団が王都騎士団最強って云う噂よ」


 エレノアの言葉にマリウスが質問した。

「騎士団最強って、王都に騎士団って幾つあるんですか?」


「若様は本当に何も知らねえんだな。王都の騎士団は全部で九つある」

 ケリーが呆れた様に言った。


「第1騎士団から第8騎士団と魔術師団の総勢7万が王都を守っている」


「王都なんか行ったこと無いんだからしょうがないよ、なんで第6騎士団は人を集めているんですか?」


「あそこは3年前に、王都騎士団が獣人の兵士を排除する事を決めたせいで、ごっそり人が減ってたんだ。第6には大勢の獣人兵士が雇われていたからな。冒険者があぶれているなら戦力補強の機会だと思ったんだろう」


 そう言えばイエルやダックスたちも、王都では獣人は騎士団に入れないと言っていた。


「モーゼル将軍は最後まで抵抗していたけど、結局400人からの獣人兵士を解雇する事になったんだ。あれで第6の勢いが大分落ちたな」


「そう言えば獣人の騎士団からの排除を言い出したのは、西の公爵だったな。王家を守る騎士団に獣人は相応しくないとか言って」

 アデルが思い出したように言った。


 西の公爵とはつくづく嫌な奴だったんだな、とうとう会う事は無かったけど、とマリウスは思った。


「あいつが死んだんで、少しは王都も空気が変るんじゃねえか」

ケリーはそう言ってエールを飲み干すと立ち上がった。


「さて、ちょっと早いが午後のパトㇿールに行くか!」


「よっしゃあ、一働きして来るか!」


「まあ、さすがにこの村で暴れるバカもいなくなったけどね」


「あの戦いの後じゃなあ」


「ずっと暇」


『白い鴉』の五人は店を出て行った。

 彼らは午前、正午、午後の三回村の巡回パトロールをしている。


 この前の騒動で、この村の戦力が近隣にまで知れ渡ってしまったので、最近は騒ぎもめっきり無くなった様だった。


 満腹したハティが足元で、目を閉じて眠っている。

 マリウスはお茶のお代わりを貰いながら、束の間の平和に心を和ませていた。

  

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「クレスト教会が前筆頭理事、フランツ・マイヤーを立てて薬師ギルドの業務再開を求めてきました」


 ロンメルが口元に笑みを浮かべて、魔術師団長ルチアナ・キースリング准将に言った。


「ふふ、薬師ギルドから市場より安価に手に入れていたポーションが、彼らの大事な資金源だったからね、このまま行くとクレスト教会は、資金源だけでなく影響力まで失いかねないでしょうね」

 ルチアナも面白そうに答えた。


「本国からポーションを輸送させて凌いでいるようですね、教会の治療費が更に高額になったと、都民からの苦情が殺到しています。『奇跡の水』が王都に持ち込まれる前に荒稼ぎというところですかね」


「どうするつもりなの?」

 ルチアナが探る様にロンメルを見る。


「勿論ポーションの製造を再開しますよ。このままでは王都に暴動が起きかねませんから」


 最初の浄水場が完成するのは秋になるし、完成しても王都の民全てに充分『奇跡の水』を行き渡らせるのは無理である。近隣の王領から人々が押しかけて来る事も予想される。


 この先も工事は何年も続行する予定であるし、王領の他の都市にも広げて行く心算だが、当面『奇跡の水』の配布はかなり厳しく制限される事になる。

 ポーションはまだまだ必要であった。


「薬師ギルドの幹部達を許すの?」

 眉を顰めるルチアナにロンメルが首を振る。


「いえ、彼らをギルドに戻す気はありません。こちらで厳しく審査した薬師達だけで、『奇跡の水』を使って従来通りのポーションを作らせます、効能は従来のポーションの二倍以上なのは既に確認済みです、それを商業ギルドと医術師ギルドに従来のポーションの五分の一の価格で卸します」


「大丈夫なの、そんな値段で?」


「ふふ、どう計算してもその価格で、充分な利益が得られますよ。それが適正価格ですね」


 これまでは西の公爵が素材の薬草を法外な値段で卸し、その素材で製造したポーションを薬師ギルドが更に法外な値段で販売して、利益を西の公爵とギルドの一部の幹部達が懐に入れる、二重の暴利を乗せた価格が設定されていた。


 恐らく西の公爵家がポーションで得ていた利益は、年間数千億に上るだろう。 

 ロンメルが公爵領の薬草園を全て摂取したことで、ようやく健全な価格でポーションを販売できる事になった。


「ふーん、それが流通されたらいよいよ教会は追い込まれるわね、でも『奇跡の水』はどうするの、ゴート村から運ばせるの?」

 ルチアナの問いにロンメルが首を横に振った。


「恐らく薬に使う程度なら浄水施設が無くても王都で製造できるでしょう。それについてはマリウス殿に相談中ですが、来月には製造を始められる見込みです。新しいポーションの製造が始まれば、取り敢えず王家で保有している旧ポーションを全て、商業ギルドと医術師ギルドに捨て値で開放する心算です」


 王家では緊急用に十万本のポーションをストックしてある。『奇跡の水』が王都に持ち込まれ、更に『奇跡の水』を使ったポーションが生産される様になれば、無価値になる代物である。


「ふふ、それで教会の荒稼ぎは終了ね、あいつらは今度こそ確実に力を失って行くわね」


 『奇跡の水』騒動ではギリギリのところで、聖騎士二人の謀反と云う形で、逃げられてしまった。


「ゴート村でも既にポーションの生産を始めて貰っています。未だ量は少ないですが、将来的にはゴート村に大規模な製薬工場区画を作らせ、王国で使用されるポーションは全てゴート村で生産させる心算です」


 ロンメルの言葉にルチアナが頷く。

「ふふ、辺境の小さな村がこの国でも有数の産業都市に生まれ変わるのね。誰も手を出せない聖域ってわけだ」


 製薬拠点が辺境の果てのゴート村に集約されれば、簡単には手出し出来ない事は先日の騒動で教会勢力も身に染みているだろう。


「それにしても効果が二倍以上か、本当に西の公爵達はバカな事をしたわね。何もしなければ今でも王都で大きな顔をしていられたのに」


「全くですね、あまりに此方の思惑通りに彼らが行動を起こしたので、私も何かの罠が有るのかとあの時は疑ってしまいましたよ」


 僅かばかりの『奇跡の水』を独占して、利益を得る等と云う西の公爵達の考えは、ロンメルには愚の骨頂としか思えなかった。


 彼らは『奇跡の水』の本当の価値を全く理解していなかった。

 『奇跡の水』は国中に広げてこそ価値を持つ。正しく富国強兵の切り札である。


 『奇跡の水』を王領と反教皇国派の貴族の領地に優先的に広めて行く事で、親教皇国派の貴族たちの分裂を誘い、同時に国民全体の労働力の底上げに利用する。

 更にゴート村製の高効能ポーションを安価に流通させることで、クレスト教会の影響力を弱め、社会不安を取り除く。


 ロンメルはゴート村の製薬拠点を順次拡大させながら、周辺の友好国や中立国にもポーションを輸出する心算だった。

 ゴート村製ポーションが大陸に広がっていくにつれて、王国は大陸随一の医薬先進国として、周辺諸国に対し圧倒的に優位な立場を得る事になるだろう。


 いずれ王国は諸外国に対し、今の神聖クレスト教皇国をも遥かに凌ぐ影響力を持つ事になり、嘗てない繁栄を手にする事になる。

 教皇国の干渉など撥ね退ける、大陸一の強国へと生まれ変わっていくだろう。


 或いはロンメルの生きている間にその光景を見る事は出来ないかもしれないが、マリウスがこの国にいる限り、それは約束された未来だった。


「それで、今日私を呼んだのは何? その話をしたかったわけじゃないんでしょう」

 ロンメルの夢想を遮る様に、ルチアナが言った。


「そうでした、実はあなたに見て貰いたいものが有ったのですよ」


 ロンメルが笑って立ち上がると、部屋の隅のテーブルの上に置かれた品物の上に掛けられた布を捲った。




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