5―18  獣人移住者


 総勢118名の獣人移住者が村に到着した。労働者は101名。


 マリウスは、レオンから受け取った名簿を見て驚いた。

 クラス別で言うとアドバンスド8名、ミドル28名、ビギナー65名だった。


「随分平均クラスが高いね」


「これだけのクラスでも、王都では獣人に仕事が無いという事なのでしょう」

 レオンも眉を顰める。


 高クラスの生産職を排除して得られるメリットっていったいと、マリウスも首を傾げた。


「ひょっとして獣人差別は国力の弱体を狙う、神聖クレスト教皇国の陰謀とかじゃないの?」


「うーん、どうでしょう、そこまで考えているかどうか解りませんが、獣人差別の緩い東側の方が、明らかに産業が栄えている様に思えますね」


 辺境伯家がその代表である。グランベール公爵領でも、獣人が職に就けないという事は無い。農業や流通業、鉄鉱業などの職種に多くの獣人が働いていた。


 職種で言うと農民72名、商人2名、鍛冶師2名に鉄工師2名、料理人3名にメイド3名、大工2名と石工3名、縫製師2名に、戦士職6名とミドルの火魔術師と土魔術師がいた。


 6名の戦士職のうち、2人はアドバンスドの剣士と盾士だった。

 3人のビギナー戦士と面談し、二人には駅馬車の御者の仕事についてもらう事にした。


 既にエールハウゼンとゴート村間には6台の駅馬車が運行し、エールハウゼンとノート村間、ゴート村とノート村間にも2台ずつ運行していた。


 それでも混雑が避けられず、更に駅馬車を増やすべく、エールハウゼンやノート村にも御者の求人を出していた。


 もう一人はフリードの処で働いて貰う事になった。


 運送業のファルケとフリードの処にも、追加で荷馬車を2台ずつ与えてあった。

 ファルケはノート村で二人御者を雇って、四台の荷馬車を弟のファビアンともに運行させている。


 公爵領との行き来が増えて手の回らなくなったフリードに変わって、エールハウゼン行に馬車を一台回していた。


 ノート村から牛乳や農作物の入荷量が増えため、休み無しで稼働していた。

 ユリアの乳製品工房ではヨウルト、チーズ、バター、生クリームなどが順調に生産され続けている。

 エールハウゼンや公爵領からも、徐々に注文が増え始めている。


 マリウスはこれから暖かくなるので、ブロック達に冷蔵馬車のオーダーを出した。


 アンナとの熾烈な交渉の結果、料理人2名とメイド1名、商人1名は『狐商会』に就職する事になった。

 アドバンスドの料理人を、アンナに持っていかれたのは痛かった。


 今後はアンナのヘッドハンティングを警戒し、従業員の待遇改善を検討中である。


 先にエールハウゼンから来た3名と、更に鍛冶師2名と鉄工師2名が加わったブロックにもう一つ工房を与え、こちらはエイトリに指揮してもらう事になった。

 ブロックにはドラゴンの鱗を使った武具の生産を拡大して貰う。


 マリウスはクレメンス達を同道して、以前倒したアースドラゴンの甲羅を回収していた。

 回収に出向いた際、湿地でもう一匹別のアースドラゴンが棲み着いていたので、ハティとマリウスで討伐し、二匹分の甲羅をブロックの工房に預けてある。


「これ程の大きさで、傷のないアースドラゴンの甲羅を見るのは私も初めてです」


 ブロックとエイトリ―が興奮したようにアースドラゴンの甲羅から暫く離れなかった。


 恐らく二枚で数億の値段が付くらしい。どう使うかは暫く二人で考えてみるそうだ。


 ナターリアは最近、銀細工にハマっている。

 アンナの店に数点卸しているが、人気商品で店頭に並ぶと直ぐ売れてしまう。


 最近アンナがよく工房近くの塀の辺りで目撃されるので、クレメンスに警戒を厳重にするように命じた。今度は職人の引き抜きを考えている様だ。


 エイトリはアンヘルから、妻と二人の子供を呼び寄せている。

 マリウスはドワーフの女性に初めて会ったが、髭を生やして無かったので安心した。


 上の子は8歳で、アドバンスドの鍛冶師のギフトを送られていた。

 今は学校に通いながら、エイトリ―の工房で見習い修行をしている。


 ミドルとビギナーの縫製師2名がいたので、アリーシアに頼んで縫製工房を立ち上げて貰う事にした。


 夏に向けて“防暑”を付与した衣類を大量に生産して、王都に販売する計画をダックスと検討中だったので、渡りに船だった。

 ダックスはさっそく辺境伯領に綿と麻の買い付けを手配した。


 ビギナーの魔道具師が一名いた。

 鼠獣人の少年だったが、さっそくヨゼフに預けてレベル上げをさせる事にする。

 エリスの下に付けて、魔道具の生産を拡大する予定だ。


 ダックスから冷蔵庫とエアコンの追加発注が来た。何方もこれから夏に向けて需要が増える事が予想される。

 

 マリウスを喜ばせたのは、犬獣人のアドバンスドの焼き物師が1名いた事だ。

 既に焼き物工房はスタートしていた。


 レニャがノート村近くの川沿いに良質の粘土層を発見し、ノート村から人を雇って 採取した物をファルケの馬車が定期的に村に運び込んでいるた。

 土魔術師達が原土を粉砕しながらフィルターを透し、“圧縮”で空気を抜いて粘土を作り上げている。


 最初にやって来たビギナーの火魔術師マッシュと土魔術師ティオが中心となり、新しく入ったビギナーの魔術師たちが交代で手伝いに入り、前回の移住者であるミドルの石工に陶器工房専属になって貰っていたが、もう一名石工を増やす。


 作業員として農民二人も専属で勤務していたが、更に二名増やす。

 ブレアやクララも時々応援に入って貰っていた。


 型を使って“土操作”と“圧縮”で同じ形の皿やコップ等を大量に作り、マリウスが五つの”発熱”を付与しエリスが制御を付けた窯の中で一旦850度で素焼きし、石工たちが“研磨”で仕上げを行う。


 水魔術師が水操作で纏めて均等に釉薬を塗布し、窯の中で1200度で本焼成を行っている。窯の温度は火魔術師が火魔法で微調整しながら交代で24時間温度管理をしていた。


 今のところ三種類くらいの色と、簡単な絵柄位しか付けられなかったが、新たに参入したアドバンスド焼き物師には、釉薬や焼き方を変えた陶器の作成や、 ”転写”スキルで上絵を付けて貰ったり、大型陶器の作成を進めて貰う心算だ。


 既に便器の為の型が完成し、試作品が出来上がっていた。

 今後は量産の体制を目指してもらう。


 ガラスの生産に関しても、溶融窯の制作を始めたが、いかんせん魔術師等人手が足りないのが悩みだった。


 現在レベル上げ中の5名だけでは心もとない。

 来月末にはエールハウゼンから二回目の移住者がやって来るので、魔術師が混じっていることを期待する事にする。


 ミリ達の2基目のレベル上げ施設も完成し、生産職中心にレベル上げを行っていた。


 更に二名増員されたミリの工房は二手に分かれて、三基目のレベル上げ施設の建設と、人口増加の為にもう一か所増やす事にした浄水場の建設に別れてもらう事にした。


 レニャが抜けたため、ブレアとクララだけでなく、工事専門の土魔術師、ベルガーとフォークも交代でミリ達の仕事を手伝う事になった。

 人手不足を少しでも解消するのに、生産職のレベル上げは必要だった。

 

 住人と観光客の増加に伴って、公衆浴場も新たに増やす事にした。

 フードコートを挟んで南側の工事中の区画との境界に作る事にしたのは、南側に拡張する新しい村の住人に、北側の公衆浴場が遠過ぎる為だった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カサンドラは“効果判定”というレアスキルを持っていた。


 手を翳すだけで、薬剤の効果や副作用等人体への影響を全て知る事の出来るスキルで、マリウスはカサンドラに命じて、“効果判定”でポーションと奇跡の水を比較して貰う事にした。

 工房区の端にある製薬工房の奥の研究室である。


 マリウスはイエルとレオン、クルトとクレメンスを連れて、実験結果を確認しに来ていた。ハティは薬師工房の臭いが嫌いらしく、外で待っている。


 カサンドラの周りにはアドバンスドの三人の錬金術師ティアナ、ギルベルト、ゲルトがいた。


 “効果判定”の結果は、傷や骨折と言った外傷を修復する効果は奇跡の水が従来のポーションの1.3倍、病気を治癒する効果は1.2倍、体力を回復する効果は1.5倍程度だった。


「そんなもんですか、もっと差がある様に感じるのですが」


「それだけでも充分画期的ですが、奇跡の水の最も特筆すべき効果は、免疫力や自己治癒力の改善と向上のようです」


 カサンドラが上気した顔で話を続けた。


「『奇跡の水』を飲み、『奇跡の水』の風呂に入る生活を続ける村人達は、疲労が堪りにくく病気にも罹りにくい、怪我や病気をしてもすぐに回復できる体を手に入れる事が出来ます。継続的に摂取し入浴する事で、これまで回復不可能だった怪我の治療や、ポーションでは全く効果の無かった難病の三割程にも、何らかの効果が確認できます」


 やはり何よりも圧倒的に物量の差が大きい様だ。『奇跡の水』は浄水場が稼働すれば、毎日大量に生産できるのが最大の強みである。


「恐らく今の生活を続けて行くだけで村人達の平均寿命は、30年は確実に伸びるでしょう」


 この村にくる前に、既に奇跡の水の事を調べ尽くしているカサンドラは、やや緊張した表情で答えた。


『100年後には超高齢化社会だな、今から年金制度とか、介護とか考えといたほうが良いぞ』


 うーん、元気な間は頑張って働いて貰おう。

 寿命が30年伸びるならマリウスも、100年後にも生きているかもしれない。


 マリウスは予想していたのでさほど驚かないが、クレメンスやイエル達は驚いた顔で話を聞いていた。


 カサンドラの後ろに並ぶティアナ達も緊張した硬い表情で話を聞いていた。


「それでお願いしていた薬は作ってくれましたか」


 マリウスがカサンドラに尋ねると、カサンドラが緊張した面持ちで、薬棚から瓶を取り出してマリウスの前に置いた。

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