5―17  12人の怒れる錬金術師


 再び平和を取り戻した村に、奇跡の水を求めて、また人々の往来が活発になった。


 最近はエールハウゼンやリーベンだけでなく、公爵領府ベルツブルグや辺境伯領からも数日を費やして村に訪れる人も混じっている様だった。


 公爵騎士団とハイドフェルド子爵の騎士団の敗北で、アースバルト家の戦力が周辺に知れ渡り、この地の平穏が保証されたので皆が安心して村を訪れる様になった。


 王国内の薬師ギルドが実質、業務停止状態なので、『奇跡の水』の需要が高まっているのも拍車をかけている様だった。


 西方では解散を迫られた西の公爵家の騎士団と、王都から派兵された騎士団との小競り合いがあったそうだが、一日で鎮圧されたらしい。

 親教皇国派の貴族たちは誰一人動かなかったようだった。


 西の公爵家は大半の領地を王家に返上し、公爵領の広大な薬草園は宰相ロンメルが全て接収する事になった。

 薬師ギルドがどのように再編され、何時業務を再開するのかは全く未定だった。


 マリウスはフランクやベン達、工事の職人や人夫達が住居を与えられて立ち去った後の、古い村の広場に騎士団や職人達が張ったテントを、撤去せずにそのまま旅人に無料で開放する事にした。毛布も無料で貸し出す。


 エールハウゼンとの駅馬車が巡行するようになって、御年寄りの旅人が増えている様だった。

 家で寝たきりだった老人を、家族の者が連れてきて公衆浴場に連れて行っている。


 アンナに経営を任せる宿のオープンまで未だ時間が掛かりそうだったし、泊まれない人たちが増えて来たので、取り敢えずの措置だった。

 この広場はゴブリンロードとの戦いの時、マリウスが“防寒”を付与した場所で、夜も冷えない。


 15張りある大型のテントには、一つに10人位が寝泊まり出来た。

 隅に公衆トイレを増やして、反対側に屋根だけの小屋を造り、水道の蛇口を設置して、土コンテナに“発熱”の石を入れた物を数個置いて、常時お湯が沸かせるようにしてある。


 公衆浴場の前の屋台を集めたフードコートも、順調に店が増えている。

 テントに泊って、公衆浴場に行き、フードコートで食事をして、朝水を汲んで駅馬車で帰っていく老人の姿が、多く見受けられるようになった。


 フェリックの部隊がエールハウゼンに帰還し、代わりにマルコの部隊がやって来る事になった。


「若様! 何かあればいつでも御声を御掛け下さい。若様のお召なら何を措いても一番に参上致します!」


「未練だぞフェリックス! 若様は私がお守りする。安心して帰るが良い!」


 涙を流すフェリックスを、何故かドヤ顔でニナが見送った。


 当初は周辺の魔物を狩れば、ゴート村の騎士団は縮小される予定だったが、マリウスがどんどん東に版図を広げているため、ゴート村の騎士団は縮小しない事になった。


 今回の件もあるし、ゴート村の戦力は重要と云うクラウスの判断らしい。

 ただ、ゴート村にいる兵士達のレベルが急激に上昇している事に気付いたジークフリートが、定期的な兵士の入れ替えをクラウスに進言し今回の入れ替えになった。


「騎士団長が、自分が行くって言っていたんですけど、御屋形様がやっと引き留めて私になりました」

 マルコが笑いながら言った。


「あはは、ジークは相変わらずだね」


「エルシャ達の事が有るし、エールハウゼンを離れる訳にはいかないでしょう。本人はこのままではクルト副団長どころか、ノルン君とエリーちゃんにまで抜かれてしまうって焦ってますけどね」


 クルトは既にレベルを32迄上げている。


 マリウスの付与した武器や防具、アイテムを装備したクルトの戦力は多分ユニークとでも互角に戦えると思える。

 今は上級や特級のアーツを幾つか新たに手に入れているようだった。


 ノルンとエリーゼも村に来てからずっと討伐隊に参加している。

 順調にレベルを上げているのでそろそろ別の仕事をして貰おうと考えている。


 マルコは皮革師2名と、木工専門の大工を2名、鍛冶師と鉄工師が1名ずつとビギナーの魔術師を5名連れてきていた。


 公爵家から、武具納入のスケジュールの前倒しと追加の注文が来たのと、アースバルト家の軍備を充実させるための人員である。


 職人達はメアリーとミアに預け、ビギナー魔術師達はさっそくレベル上げ施設で、ヨゼフに鍛えて貰う事にする。


 最初に来たビギナー魔術師のマッシュ、デリア、ティオの三人はレベルを8迄上げ、討伐隊を外れて今は生産職の仕事に入って貰っている。


 その後に来た12人のビギナーたちも、レベル5になったので、討伐隊とマッシュたちの手伝いを交代で勤務する事になった。


 12人と一緒に村に来たミドルの土魔術師アグネスも討伐隊を外れ、ブレアやクララ達と道路整備などの土木作業の仕事に回って貰った。


 魔物討伐の方は、北側に進んでいたジェーン達と冒険者の混成部隊は、既に公爵領まで達し、東に進み始めている。


 南下していくニナの部隊と、ノート村から北上して来るオルテガの部隊が合流するのも時間の問題だった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 奇跡の水騒動が治まって五日後、明日はいよいよ王都からの獣人移住者を受け入れる予定のマリウスの元に、突然王国宰相ロンメルからの紹介状を携えた、12人の錬金術師が訪れた。


「我々は決してマリウス殿に屈したわけではありません。失墜した薬師ギルドの名誉を回復致したく、薬師としての本分を果たす為、このゴート村に移住させて頂きたい」


 少々無礼な物言いに、マルコとニナが立ち上がりかけるのをマリウスが手で制し、読んでいた宰相ロンメルの紹介状を机の上に置くと、12人の薬師の代表らしい、20代後半位の眼鏡をかけた灰色の髪の女性を見た。


「あなたが元王都薬師ギルド本部理事のカサンドラ・フェザーさんですか?」


 ロンメルの預かりになった薬師ギルドは実質休止状態で、ギルドの幹部たちは全員一旦役職を解かれていた。

 マリウスの館の応接室である。


 マリウスとイエル、レオンとクルト、ニナ、マルコ、クレメンスが対応している。


 まさか薬師12人でマリウスを襲ったりはしないだろうが、何を言い出すか分からないので自分達も立ち会うと、クルトと隊長達も同席している。

 マリウスの傍らにはハティも寝そべっていた。


「いかにも私がカサンドラです」

 カサンドラは化粧もせず、髪も櫛が通っていないのかぼさぼさだった。


『これはあれか、この世界のリケジョってやつか』


 アイツは今一喰い付きが悪かったが、カサンドラはよく見るととても綺麗な顔立ちをしているし、どことなく品があるように見えた。


「えーと、薬師としての本分を果たすと云うのは、具体的に何をされるのですか?」

 挑戦的にマリウスを睨むカサンドラにマリウスが尋ねた。


 始めてマリウスを名指しでもたらされた王国宰相の手紙には、カサンドラと彼女の一派は比較的まともな薬師達で、マリウスの元で王国の為に働かせて欲しいと書かれていた。


 薬師ギルド本部の理事は3人で、カサンドラは一番若い理事だったそうで、つまりカサンドラは旧薬師ギルドのナンバー4だったらしい。


 カサンドラは製薬部門の統括者で優秀な錬金術師だそうで、彼女が理事に就任してから、嘗てはかなり出回っていた、劣化した素材を使った粗悪ポーションが総て駆逐されたと、ロンメルの紹介状には書かれていた。


「知れたこと。ポーションの効能を維持する為素材を厳選し、製法を厳守し薬師達の技術を向上させ、安定した品質のポーションを市場に供給する事です」


「それは生産職としては充分な答えですが、薬師と云うのは研究職でもあるのではありませんか? それだけでは新しい薬は開発されない事になりませんか?」


 マリウスの疑問にカサンドラは眉間に皺を寄せて、苦渋の表情を浮かべた。


「薬師ギルドでは新しい薬剤の開発は禁止されていました。我々の許されていたのは既存のポーションの品質維持だけでした」


「既存のポーションと云うのは120年前に製法が確立されたと聞いていますが、それではポーションは120年間、全く何も進歩していないという事ですか?」


 マリウスは若干呆れながらカサンドラを見た。

 ポーションが進歩していないだけでなく、120年間薬師ギルドの錬金術師たちは、新しい薬を一つも開発していない事になる。


 何故そんなルールを作っていたのか理解に苦しむが、『奇跡の水』を使ってポーションを作ろうとしなかったのもそのルールの所為なのだろうか?


 国王が大して躊躇もなく薬師ギルドを潰してしまったのが、何となく納得できた。


 屈辱で顔を赤らめるカサンドラに、マリウスは敢えて冷たく言い放った。


「従来のポーションより、この村の水の方が効能が高いのは、既に証明されています。はっきり言って従来のポーションは必要ありません」

 それが原因で騒動が起こったのだから、カサンドラ達も認めざるを得ない。


「この村で働くのであれば、この村の水以上の効能のあるポーションの開発をして貰う事になりますが、宜しいですか?」


「臨むところです、我らの力をご覧ください」


 因みにカサンドラはレアの錬金術師だった。

 勿論マリウスは最初から錬金術師を受け入れると公言しているので、彼らを拒む理由はない。


 カサンドラとアドバンスドの3名、ミドル8名の12人の錬金術師達が、新たにゴート村に移住する事になった。


 マリウスは彼らに住居を与えるとともに、工房区の一番西端の、浄水場に近い場所にある建物を製薬工房にする事にした。


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